2016-05-19

~Change The World~

Mサイズブラックコーヒーと、サンドイッチ

これがいつもの組み合わせだ。

先月転職して入社したばかりの会社の近くにあるコンビニ

徐々にデスクで食べる朝ごはんパターンも決まってきた。

はいつも忙しい。

遅刻ギリギリ時間に起きて、急いで顔を洗い、歯を磨き、化粧をして服を着替えて家を飛び出す。

ちょうど会社に着く頃にお腹がすくので、デスクメールチェック兼朝ごはんだ。

独身アラサー女性の朝なんてこんなもんだろう。

私は毎日生活でいっぱいいっぱいなのだ

早朝からおしゃれカフェに集合して英字新聞を読み合うような高尚な民族にはなれる気もしない。

大体どうして女性ばかりがアラサー独身だと肩身の狭い思いをしなければならないのだ。

税金だって多く納めているというのに。

「このロリコン国家め。」

コンビニの袋に同封してあったチラシに載っているキャンペーンアイドルグループだった。

チラッと視界に入るやいなや、私はそのチラシを不毛感情とともにデスクゴミ箱に捨てた。

自分が変えようもない環境について不平不満を言っても、損するだけだろう。

他人は変えられないのだ。

私は現実を受け入れながら、どうにか沈没しないように生きていくだけで精一杯だ。

ちょっと気を抜くと、あっという間に沈没してしまいそうな船。

遭難しないように必死に漕ぐしかない。

じゃあ、なんで航海に出たの、という疑問については考えない。

だって自分意思で出た航海じゃないのだから

さて、入社して一ヶ月半が経過した。

だんだん職場人間関係が見えてくる。

この職場ではどうやら栗原が裏ボスだ。

栗原事務職女性で、40歳は超えているだろう。

それを確認できるような勇気の持ち主はもちろんこの会社にいない。

入社してもう8年になるらしい。

おそらく、最後に異性とデートをしたのは何年も前だろう。

チームの上司武田だ。

おそらく50歳を超えた、典型的な家庭持ちサラリーマンだ。

栗原は表向き、武田を立てている。

しかしその裏では陰口ばかりのようだ。

ランチタイム栗原派閥は連れ立ってカフェテリアスペースで時間を過ごしている。

全員女性で、事務職総合職が混じっている。

弁当を持参している人ばかりだ。

その場でどんな会話が繰り広げられているかは、わざわざ派閥に入らなくても大体分かる。

武田をはじめとする社員の影口、悪口大会だ。

私も社会に出て6年目になるので、特に驚いたりもしない。

日本中職場で見られるごく当たり前の光景だ。

この会合目的はこうだ。

まず同盟状態確認

私たち仲間だよね。お互いに守り会おうね。」という暗黙の了解

メンバー同士の結束をその出席を持って確認するのだ。

つぎに経済制裁の発動だ。

同盟状態を抜けたものには「悪口」と「無視」という手痛い罰則が課されるのだ。

職場で「無視」をされるということは必要情報が入らない可能性がある。

それは仕事の出来に直結する。

そして罰則ついでに自分ストレスも発散できるという、

「おまけ」付きだ。

私は入社したばかりということもあり、

色々なチームのランチに一緒させてもらうという日々を送っていた。

何とか逃げていたわけだ。

ただし、その言い訳もそろそろ厳しい時期が来ていることは肌で感じていた。

「ピローン」

考えていたことを見透かされているかのようなタイミングで、

社内チャットの着信画面がポップアップした。

送信者は栗原の手下の山本だ。

鈴木さん、今日ランチのご予定ありますか?

もしなかったら、私たちと一緒にランチしませんか♪

あ、もし別にご予定があったら大丈夫です〜!!

ご都合お知らせ下さいませ^^山本

ついに来た。私のデスクにも赤札が貼られたのだ。

相手の都合に配慮しているように見せかけて、

すぐに返信しなければならないチャットという手段

そしてこの言い方。

頼む、キリシタンへの踏み絵のような誘い方は辞めてくれ。

私は悩んだ。

のるか、そるか。

分かっているのだ。

この手の会合は一度入ると、

抜けることはとても困難だと。

入隊は気軽に出来ても、除隊には理由がいるのだ。

それも普通OLにはとても用意できないような理由が。

「お」

「さ」

「そ」

チャットの返信を一文字文字打つだけで、手が震える。

何せ、もう既読マークはついてしまっているのだ。

早く返さなきゃ、早く返さなきゃ。

でもどうやって?

入隊したくない、入隊したくない、入隊したくない・・・

頭をどんなに高速で回転させてみても、

理想的な回答は思い浮かばなかった。

どんなにたくさんのシミュレーションをしても、

円満に断る方法が見当たらないのだ。

鈴木さん、ちょっと来て。」

そこに武田から呼ばれた。

から呼ばれてこんなに嬉しかったのは初めてだ。

何でも昨日出した資料の不備を、

今日中に直すようにとのこと。

大切な会議使用する資料なのでせっつかれた訳だ。

かしこまりました!申し訳ありませんでした。本日中に提出し直します。」

私はわざとフロアに響くような大きな声で返事をした。

そしてデスクに戻ると、やけに忙しいふりをして作業に集中した。

本当は2時間くらいあれば終わる修正だが。

このようにしてあっという間にお昼時になった。

相変わらずチャットへの上手い返しが思いつかない。

頭の中がスタック状態になっていたのだ。

そこで、山本がやってきた。

鈴木さーん。

さっきはいなりチャットしちゃってごめんね。

それで、今日ランチどうする?」

来た、来た。

しかも隣に裏ボス栗原もいるじゃないか

「あ、あ、あの・・・。」

私は軽いパニックになっていた。

彼女たちとは絶対ランチを取りたくない。

一回一緒したら最後、ずっと抜けられなくなることは分かっている。

毎日繰り返される自由を奪われたランチタイムなんて拷問だ。

でも、上手い断り方が思いつかない。

それに、この職場に馴染むためには彼女たちに嫌われることは避けられたい。

思考が巡りに巡り、5秒が永遠に感じられた。







何か言わなきゃ。何か言わなきゃ。

何か上手いこと言わなきゃ。





「ごめんなさい、私レズなんです。」





これが私の口からついて出た言葉だ。

自分でも何を言っているのか分からない。




レズなんです。

こんなに綺麗な人たちとランチしたら、私、気が変になっちゃう。

午後の仕事差し支えちゃう。」






栗原山本は目を丸くしてこっちを見ている。


自分の身体が自分のものじゃないみたいだ。





「今まで、女の人とした付き合ったことないんです。

からこの年齢でも独身なの。私綺麗な女の人に弱いんです。

見た瞬間に嬉しくなっちゃうんです。

とくに栗原さんすっごくタイプ・・・。だから、ごめんなさい!」




私は自分自分が何を言ったのか分からないまま、ダッシュでデスクに戻った。

そしてカバンを取ると、急いで会社の外に出た。


その日以来、

私は栗原軍団ランチを誘われることは無くなった。

それどころか、飲み会にもほとんど呼ばれなくなった。

特にプライベート話題には誰も一切触れてこなくなった。


かと言って仕事に支障が出たかと言われば、

そんなことはなく、むしろやりやすくなった。

事務職の人たちがやけに優しくなったのだ。


栗原けが知っている武田スケジュールをこっそり教えてくれるようになった。

このお陰で武田の予定に合わせて仕事の手を抜くことができるようになった。

社内のマニュアルをこっそり回してくれる人もいた。

お菓子を分けてくれる人もいた。

腫れ物認定されたことは少しこたえたが、

それは自分さえ気にしなければいい。

代わりに職場の人と距離感

取れるようになった。





「なーんだ、世界なんて簡単に変えられるじゃん。」





私はサンドイッチについていたシール剥がし

キャンペーンの応募用紙に貼った。

そしてコーヒーを飲みながら、

心の中でそう独り言ちた。






<完>

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