彼は中学だったころ、課外授業で聞いた話を今も覚えていると言う。
卒業生に講演を頼んで、人生にまつわる話をしてもらうというもの。
田舎の中学だから、出てくる人も商店街のパン屋とか、東京に行った大学生とか、
微妙なラインナップだったそうだが、それなりに楽しかったらしい。
後輩が今もはっきりと覚えているのは、地方都市に本社を置く、地元では有名な企業の創業者が話す回だったそうだ。
一目見て、「この人は、何か、違う」と思ったそうだ。
40半ばで、いかにも金持ちそうで仕事ができて、日本刀みたいな目つきが今も目に焼き付いていると言う。
彼は開口一番こう言ったそうだ。
なんとも反感を買いそうなことである。
しかし、人を見下そうというような思いではなく、何か、断固とした信念から出た言葉だと分かったそうだ。
車を買う、家を買う、海外旅行に行く……
後輩はウケをねらって「うまい棒1万本買い占める!」と言ったそうだ。
その場の全員笑ったらしい。
「違う。全然違うぞ。
金持ちにできて、貧乏人にはできないこと、それはな、『投資』だ。
今君たちが上げたのは、『贅沢』の部類だ。
『散財』と言ってもいい。
『金のムダ』とも言える。
君たちはそんなに金をムダにしたいのか?
違うだろう?
これができるかできないかで人生が決まる。
君たちはおそらく、受験に失敗するだろう。
そして、大した努力も苦労もせずに、だらだらとした日々を過ごしている金持ちが勝っていく。
勝ち上がっていく。
金さえあれば、君たちでも手に入るが、貧乏だから手に入らないのだ。
だから君たちが人並みの人生を送りたいと思うなら『投資』をすることだ。
それは勉強であったり友達づきあいであったり、人によっていろいろだろう。
確実に元手を増やす戦略を立て、それを実行し、結果を見て判断して戦略を練り直しなさい。
金は金を呼ぶ。
知識は知識を呼ぶ。
始め少しでも、増えればやがて、『まとまった量がそこにある』というだけで武器になる。
そうすれば、今ある差を覆して、金持ちたちに勝って自分が金持ちになることができる」
それから後は、具体的な元手を増やすための戦略の話に移っていったらしい。
そして当時、印象には残ったがぼんやりとしか理解できなかった話を、その後の人生で嫌というほど思い知ることになる。
まさに俺たちがいる会社こそが、貧乏ゆえに投資のできない会社だからだ。
今もまだ道半ばだというのに赤字が確定しているプロジェクトに投入されている。
新規の取引先が開拓できないから、いいようにされているわけだ。
かといってこんな職場をさっさとおさらばというわけにもいかない。
転職するにも金がいる。
俺はもう詰んでいるんだ。
それでいいんだ俺は。
だけど後輩はこれから立ち上がるらしい。
立派な奴だよ。
そしてカリフォルニアにあるプログラマ育成機関に入ってシリコンバレーを目指すそうだ。
今までの仕事ぶりからして、きっと彼は成功するんだろうという予感がする。
まさしく、金さえあれば、彼はそもそもこんな零細企業に囚われることもなかったんだろう。
羨ましくないと言えば嘘になる。
しかし俺にはもう『元手』が残ってない。
『散財』して使い潰してしまった。
豊かさっていうのはそういうことなんだろうな。