それは、彼女がそう言った時に始まった。その時、僕と彼女が付き合い始めてからの日は浅かったけど、僕も同じことを思っていた。だから、とても嬉しかった。
「じゃあ、二人で暮らす部屋を探しておくよ」
僕は彼女にそう言った。どんな家がいいか、どんな立地がいいのか、それを彼女と話している時間は楽しかった。そして、条件は揃った。駅から10分以内、2LDK、マンションの二階以上で、バストイレ別で、対面式キッチンで、コンロは絶対にガスコンロで2口以上、そんな条件だった。
僕は忙しい仕事の合間を縫って、コツコツとネット検索をして部屋を探した。探しているうちに、あることに気づいた。僕が検索した条件と近い条件の部屋を、僕が家探しに関係のないウェブブラウズをしている間にも広告表示してくれるのだ。
これは素晴らしい。僕はそう思った。これなら、ずっと効率的に彼女と暮らす部屋を探すことができる。
そうして、僕は常に部屋を探し続けることができるようになり、ついに理想の部屋を見つけることができた。その理想の部屋の情報をプリントアウトし、彼女に連絡を取って会う約束を取り付けた。きっと彼女もこの部屋がいいと言ってくれるはずだ。
だけど、ものごとはあっさりと崩れてしまった。待ち合わせ場所に向かう途中、他の男とキスをする彼女を見かけてしまったのだ。
「本命はあなただったけど、好きな人はこの人だから。残念だわ。さようなら」
その言葉の意味を僕が理解する前に、彼女は他の男と共に去って行ってしまった。
僕はぐしゃぐしゃに泣きながら帰った。そして、少しでも気を紛らわそうとネットを開いた。
そこに出てきたのは、あの理想の部屋の広告だった。駅から徒歩10分だから帰り道も安心で、二人で暮らすには十分広い2LDKで、プライバシーもセキュリティも安心なマンションの3階の部屋で、もちろんバストイレは別で、彼女が喜ぶ対面キッチンで、彼女の料理の腕を生かせる3口コンロ。本当に、理想の部屋だった。
僕は、その広告を見てまた泣いた。そして、恐ろしいことに気づいた。
どんなに気を紛らわしたくても、広告はどこまでも僕を追いかけてくる。どのページを見ても、叶わなかった夢のかけらが僕を攻め立てるように輝いている。
だから僕はアドブロックソフトを入れた。これで、悲しい広告をもう見ないで済む。
そして、この失恋をネタにして乗り越えるために、匿名で無料のコミュニティサイトに向かった。しかし、そのサイトは白紙だった。
調べてみたらアドブロックのせいだとわかった。が、それがわかったとき、なんだか何もかもがどうでもよくなってしまった。