先日、難民問題を巡る法務省(性格には法務大臣)の決定に関して、はてブ上で大きな批判がありました。行政が司法の決定を無視することに対する疑義が生じていたのです。しかしながら、そうした見解は、日本における行政訴訟体系に関して、正確な知識を有していないことから生じる誤解によるものです。ざっくりと解説します。
まず、難民認定申請を認める、あるいは認めないという決定をくだすことは、「行政処分」もしくは「行政行為」と呼びます。厳密には、両者の意味合いは異なると訴える学者もいます。
さて、この行政行為は、「公定力」と呼ばれる非常に重要な性質を有しています。どういった性質かというと、行政行為が法律や条例の規定に違反していても、権限ある機関が正式にこれを取り消さないかぎり、法律上有効とされる、というものです。つまり、お役所の言うこと・やったことが間違っていたとしても、裁判といった、正規のルートでそのやったことを取り消さないと、お役所の言いなりにならないといけないのです。
一見すると理不尽なように見えますが、もし違法ならすぐに無効、という風にすると、みんなが勝手にお役所のやったことは間違っていると判断してしまい、収拾のつかない事態になってしまいます。社会の秩序を維持するためには、必要な性質と言えるでしょう。そういう訳で、「行政不服審査法」及び「行政訴訟法」と呼ばれる法律に基づかなければ、お役所のやったことを否定できない、というルールがあります。
行政不服審査法は、裁判によらないものなので割愛します。以下では行政訴訟法にしぼって軽く解説します。詳しく知りたい方は専門書をどうぞ。
(1)処分の取消の訴え、(2)裁決の取り消しの訴え、(3)無効等確認の訴え、(4)不作為の違法確認の訴え、(5)義務付けの訴え、(6)差止めの訴え、です。(余談ですが、判例や学説の積み重ねによって、権力的妨害排除訴訟や義務確認訴訟も、行政訴訟の在り方として含まれるのではないかとする見解もあります)
本件で問題になってくるのは(1)になってくることは、その文言からも分かると思います。
行政の処分によって被害を受けたら、その処分を取り消すよう裁判所に訴えることができます。そして、取消判決が出た場合は、行政処分は初めからなかったものとして扱われることになり、処分がくだされる前の状態に戻ることになります。また、申請を拒否する処分が取り消された場合は、同じ理由で再び申請が拒否できないようになっています。専門的には、同一事情の下で同一の理由で同一処分をくだせない、と言いますが、これを、反復禁止効と呼びます。裏を返せば、仮に事情が変更していなくても、最初の理由とは異なる理由で再処分をすることは許容されているとも言えます。そして、この考えが通説です。だとすると、本件の場合、法務大臣が事情が変化していることを根拠に同一処分をくだしたことは、道義上はおかしな話に見えますが、法律上は間違っていないのです。
そこで、本件では(5)の義務付け訴訟を起こすことが考えられます。これは、申請に対して拒否処分がだされた場合に、裁判所に訴えて、申請許可を無理やりさせる訴訟です。2004年に行政訴訟法が改正された際に付け加えられた、比較的新しい訴訟類型です。ただ、非常に強力な手段であることから分かるように、なかなかハードルが高いです。どれくらい高いかというと、拒否処分に対する取消訴訟も提起しなくてはならないし、勝訴するためには、その取消訴訟が認められるだけではなく、申請を認めないことが「裁量権の逸脱濫用」であると認められる必要があります。今後どういった訴訟戦略を考えているか分かりませんが、話題となっていた記事を読む限りでは、おそらく義務付け訴訟で戦うのではないかと考えています。
結局のところ、取消訴訟は取消訴訟でしかないのです。被害者が不利益を受けることになった行政処分を取り消す、ただそれだけでしかないのです。したがって、本件において、行政府は法の支配という原理を無視している、と主張することは失当ではないでしょうか。現行法が上記の状況を認めている以上、これは立法政策の問題と言えるでしょう。
とりあえず、宇賀先生による「行政法概説II 行政救済法」を読んだら、行政訴訟法の全体像をかなり正確に細かく知ることができます。ついでに行政法判例百選もぜひ。
行政法全般なら、定番どころでは塩野先生の一連の「行政法I・II・III」ですね。一冊で済ませたい場合、原田尚彦先生の「行政法要論」をおすすめします。
とはいえ、これも厚いし法律書を読むのが初めてなら読みにくいかもしれないので、場合によっては有斐閣アルマの「はじめての行政法」をおすすめします。