2015-08-18

「○○できない」と「○○がじょうずにできない」の混同

自分イラストが描けない。だから絵が描けるひとを尊敬するし創作行為を尊いと思っている」という言葉にはどうにも矛盾を感じていて,そもそも,働く脳と動かせる身体(機械によって拡張されたものも含む)があれば絵は描けるはずなのである.だから上記の発言は正しくは「自分自分が素晴らしいと思うよう美麗で繊細で手の込んだ傑作たるイラストが描けないので,そうした俺が好きな絵を描くひとを尊敬する」ということになる.「絵を描けるひと」そのもの尊敬しているわけではないし創作行為を尊んでいるわけでもない.むろん美しいものをつくることができるひとは素晴らしいしそうした優れた人間が衆目を集めるのは道理なので何の異論はない.けれどものを作るということは本来誰でもできることで,いや生きていくうえで誰であっても常にやっていることで,だからこそ尊いという人間愛的なものであるだろうに上記のような発言をする人は平気で「下手の横好き」を否定し「美しくないものを作るひと」を罵倒し「醜いもの」を踏みにじる.そこになんだか憤りを感じてしまう.「○○できない」と「○○がじょうずにできない」を混同するのは自分他人も不幸にするのではないか.とりわけ,その『じょうず』が主観的ものであるときには.

記事への反応(ブックマークコメント)

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん