俺はトマトはおいしいと思っている。だから好きだ。
SNSで例え話として「俺はトマト嫌いなんだけど、トマトが嫌いだって言うとトマト好きの友人に『いやお前は本当のトマトの美味しさを知らないだけだ』って言われると、友人だろうと殴りたくなる」という話を見かけた。トマトは何故か例え話によくあげられる。トマト嫌いから、嫌いだというのに例え話としてこういうときだけ便利に使われる、トマトという哀れな存在。
ところで、お前にそんなこと言ってくる友人というのは実在するのか?
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