2015-05-23

20年ぶりに兄に会った

昨日、会社帰りにコンビニに寄ったら、駐車場で見知らぬおっさんに声をかけられた。

20年ほど音信不通になっていた兄だった。

私と兄は仲が良くも悪くもなく。兄弟だけど接点が無かった。

父と折り合いが悪かった兄は、中学に入ると家に帰らず毎日遊びほうけ、中学卒業してしばらくすると地元を離れて音信不通になった。

最後にまともに会話したのは、お互いが小学生の時だったと思う。

20年ぶりに会った兄は身なりこそ小奇麗にしていたが、どこか胡散臭くて相変わらず暴力香りがする人だった。

突然の再開に私はパニックになり、まともに会話ができず、聞かれるままに近況の報告等をして、すぐに別れた。

時間にすれば10分も無かった。連絡先の交換もしなかった。

別れる間際に、兄が私の腕を軽く叩こうとしたが、私が強張る素振りをしたので、兄は寸前で手を止めた。

兄は苦笑いをして、結局手を降って別れた。

私の地元はひどく田舎で、不良がステイタスだった。

地元の外の友人に、「不良漫画世界みたいだ」と言われた事もある。

兄は喧嘩が強く、それこそ漫画のような武勇伝を幾つも持ち、地元の不良なら知らない人はいない、そんな田舎不良界の有名人だった。

そんな有名人を兄にもつ私はといえば、不良でもなく、かといって勉強スポーツもできない地味な奴で、スクールカースト底辺、いわゆる「2軍」だった。

私の学生生活は全て兄の影響下にあった。

兄が地元にいる間は年上の不良に「有名人の弟」としてたまにチヤホヤされ、兄が地元を離れ、年上の不良達が卒業し、同世代の不良達が幅をきかせだすと私は「有名人の弟だからって調子に乗っている奴」となり、いじめられた。

毎日のように不良に呼び出され、同級生名前も知らない他校の不良と「タイマン」を強制された。

喧嘩なんてしたことのない私は一方的に殴られ続けた。

有名人の弟」として私をチヤホヤしていた年上の不良が、話を聞きつけて、私をいじめる不良達を叱りつけたが、いじめ陰湿ものに代わるだけで、いじめは私が地元を離れるまで続いた。

私はずっと兄を恨んできた。

兄のせいで自分人生台無しになったと、何もかも兄のせいにして、兄への恨みを糧に生きてきた。

20年ぶりに会った兄は

「俺がいなくなってから、大変だったんだってな。お前には悪いことしたな。」

と事もなげに言ってきた。

家に帰ってから、ずっとその言葉が頭のなかで勝手に繰り返される。

胃が重たい。吐き気がする。

結局、学生時代から私はずっと兄の存在に甘えてきた。

「兄の弟」として生きてきたように思う。

何もかも兄のせいにするのはとても楽だから

私がうじうじと引きずり続けた事なんて、兄にしてみれば少々心を痛めた程度の事。

分かっていたが、実際に兄の口から言葉にされて、自分がとてつもなく空っぽだと気付かされた。

これから何を糧に生きればいいかわからない。

何を恨んで生きていけばいいのかわからない。

兄と会いたくなかった。

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