海神区は発展を遂げた。もちろん、住民は増えない。こんな場所に住んでも幼稚園も小学校もないし病院もないし、その辺は東京都にくっついているわけで、隣接する江戸川区におんぶにだっこである。江戸川区には屋内型温水プールもあるのだ。高校生以上は210円で入れるよ。しかしそうではなく、複合ビルに住所を移す企業が増えたのである。一流企業こそ動かなかったが、中堅規模の企業や、新興ベンチャーのいくつかがN氏の交渉力もあって地所を移してくれたのだ。
第二の転機は、そうして移転した企業のひとつに、総合メディア商社トラメイトが含まれていたことからはじまった。
このころ海神区は寄付の半額をお米券などでお返事していたのだが、当然ながらこんな埋立地でお米などとれるわけではないのである。お米券は全国共用のお米が買えるチケットだが、これは海神区が区の予算で購入していたのだ。
しかし、移転してきた企業からは様々な提案があった。おかえしは海神区の特産であるところの私の企業の製品で送り返しませんか? というものである。
あたりまえだ。彼らはそういう接触を求めて本社の位置を変更したのだから。
N氏もこれに答えて「お返しが選べる海神区のふるさと納税」システムを構築。Amazonの欲しいものリストのように選べるお土産は海神区の新しい顔になっていた。
いわく
「大規模なものです」
効果は一瞬で現れた。
ふるさと納税は、納税ではなくなった。いやまあ、言葉は納税だが最初から寄付だったのだ。しかし寄付ではなく節税として使われてきた歴史があった。それが地元グルメの通販に姿を変え、再び節税となり、おもしろお土産自慢になり、いま、まさに欲望の宝くじとなった。
ふるさと納税をすると海神コインがもらえるのだ! 500海神コインで一回の抽選が茶ができます。SSRがでるとコンサートに行けるよ!
しかもN氏の狡いところは、税収の大部分をチャリティーとか何とか言って国連へ寄付してしまっているのだ。そんなところで金をがめつく絞らないでも、イベントの実行委員会の本部は複合ビルの中にある事務所なのである。使用料や企業からの税収で、海神区の財政は健全なのである。ああ、いや、こんなに利益が出るのは自治体としては不健全かな?
このシステムの素晴らしさは、ありとあらゆるジャンルに応用が利くということだった。チャリティーという武器を振りかざし、海神区は芸能ジャンルへも踏み込んでいった。
海神区には小学校も中学校も高校もないのだが、深夜アニメの舞台となった海神区には小学校も中学校も高校もあるのだった(ただし名前は全部「学園」になっていて学校ではない謎の教育施設っぽかった)。
いつの間にか複合ビルにはFM局「うみがみラヂオ」まで開設され、しかもこれは江戸川区や葛飾区だけではなくインターネット経由で全国に視聴者がいるのだった。
海神区発信のイベントは一年間4クール12か月52週の週末を埋め尽くした。若者やオタクばかりではない。
30000海神コインでは千葉県とコラボした梨狩りに参加できたりして50歳以上の有閑なみなさまに健康とレジャーと出会いの機会を提供していたのだ。
海神区はクールジャパンの代名詞として世界にとどろき、納税という行政参加はついに娯楽と、そして何よりライフスタイルと一体化した。人々は自らが自らの収入の一部を預けるという行為がダイレクトに地方自治体の挙動に影響を与えているという実感をかみしめた。
それは、アイドルのコンサートに参加して空気を共有する、自分たちがこのアイドルを育てている、その実感にお金を払っているファンが得ていた高揚とまさしく同じものだった。