誰がどう頑張っても格差は生じるよね、以上。で終わる話じゃないの?
Good hunting, Stalker.
http://gigazine.net/news/20150302-samsung-design/
Gigazineの問題点は尿みたいな背景色や安っぽいフォントや時代遅れのレイアウトからくるチープさ等いろいろあるんだろうけど、
一番は記事の間に挟んでくる、なんとなくテーマに合ったオシャレを意識しているんであろう写真だと思う。
例えば上の記事をみると、写真が4枚あるうちの下2枚は必要のない写真なんだよね。
スティーブ・ジョブズの写真を載せるより、それが関わったプロダクトの写真を載せるべきだし、
サムスン製品のデザインを語るのであれば、最低でもサムスン製品の写真を本文中にも載せなきゃダメでしょ。
Gigazineはタイトルで惹かれて開いても、こういう無駄な写真にウソっぽさを感じて、結局読まずに閉じちゃうんだよなぁ。
俺が聞きたいのは派遣か正社員かってことじゃなくて、格差は当たり前にあるのに格差を感じる人が他人を妬んでるとしか思えないような格差社会だ!的な事を言うのかってことです。
派遣だからーって文句言ってる人の気持ちがわからないんだよ。ならその前に派遣にならないようにすることってあると思うんだよね。
じゃあ、僕の貯金額は一兆円!
先日同期10人ぐらいで飲む機会があった。
その中で、お前ら実際貯金いくら位ぐらいあるんだよという話になり、一人ずつ言わされる羽目となった。
結果は以下のような感じ。
1000万ぐらい:1
100万以下:3
300〜600万:残り
録音準備して行っちゃいなよ、You!
まずはこんなのをフローを進め、ある程度仲良しになることだ。
ただし、これらをするためには、美味しいお店通になっておくこと。
食べログを読みあさったり、寺門ジモンやテレカドジモン、場合によってはダチョウ倶楽部のマッチョ担当など食通芸能人が奨める店を記憶する。下見する。
あとで連絡しやすいFBやTwitterなんでもいいけど、そこの公開投稿はお店情報を埋めつくしておく。
・夜飲み 複数人
・夜飲み 複数人
・平日ランチ 二人
・平日ランチ 二人
・平日ランチ 二人
恐らくこの辺りで、次のステップがし易い間柄になっているはずだ
・山登ったり
・スキー行ったり
などに誘ってみる
・夜飲み 二人
にチャレンジだ。
ここまでグルメで通ったお前なら、簡単。
「寺門先生がおすすめしている焼肉屋があって、ホンット美味いんだ!あのお肉食べさせてあげたい~」
だとか
「すげー珍しい餃子を出す店をジモンさんが教えてくれてるんだ。行ってみない?」
と甘えた声で言えば、「じゃあ連れてって」ってなるはず。
しかし「う~ん・・・(二人で夜は嫌だな風)」ってなるなら、すかさず、
「あ、ランチでまた違うお店見つけたんだ!今度はダチョウの人オススメ。そうネイチャー」って切り返して、今までの関係を続行。
こんな事をお気に入り女性を限定せず、さまざまな女性にやるんだ。そしたら自然と女子との会話や誘い方が上手になっていく。ランチ止まりでもいいんだ。
そうこうしてる内にお気に入りの女性も落とせるはずだ。簡単だろう?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E9%96%80%E3%82%B8%E3%83%A2%E3%83%B3
http://cocologsatoko.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/65-3e7c.html
http://satehate.exblog.jp/16720885/
この辺りを見るべし。
但し、福島でこれと同じことが起きるとは思っていない。
http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/19625355a628a784e9ecc1b598962524
チェルノブイリだけでなくて旧ソ連中心に放射能汚染で大変なことになっている所は沢山あるのだけど、ほとんど報道されてない。
前に深夜に放送していたドキュメンタリーでは、後頭部から首にかけて異様に盛り上がった男性や先天性の病気にかかった男性が出ていたし、癌や白血病で死んだ人や家族がそのような病気になっているのに、ここでしか生きたことがないしここでやっているようにしか生活できないということで住み続け、汚染された土地で出来たものを食べ、そこの牧草を食べている牛の牛乳や汚染された水を飲み続けている人の話もあった。
原 罪(はら つみ)1880-1937
第19代内閣総理大臣となり「平民宰相」と渾名された原敬の長男。
幼少の頃から自身の名前に苦悩したが、やがて「邪悪なる存在オリジナル・シン」と称し、
黒ずくめの扮装に奇怪な隈取りをして町内を走り回るようになり、父・敬を困らせたという。
いや、まだ何者でもないし、僕の名前なんて誰も知らないだろうというか個人的には一生裏方のエンジニアで十分と思っているのだけど(だから匿名)、ただ単にこのタイトルかっこいーなーと思っただけだ。あと匿名である以上、この内容を信じるも信じないも読者の自由だ。
サンフランシスコベイエリアに来て2年半。まだそれだけしか経ってないのか。ずいぶん長い時間が経っているような気がする。普段のこちらの会社は事業売却でレイオフしたり転職したりパフォーマンス不足でクビになったりしない限りは至って毎日同じような天気で同じような生活リズムで働き続けているものだが、その割にずいぶんといろんなことがあった気がする。約5年勤めた巨大SIerを退職する決意をしたのがちょうど3年ほど前。いま自分がこのエリアで働いているというのが少し驚きだ。
退職するまでは仕事は忙しいながらもそれなりに充実していた。プロジェクトが変わるごとにいろんな人と出会いながらいろんなシステムを作った。出版系、公共系、銀行系、社内システム、ユーテリティ系、プロジェクト規模も数十人から数百人まで。他の会社ではなかなか出来ない経験をしていたと思う。でも、どこか自分のやりたいことと違っていて、年次が上がるごとに焦りも増しつつあった。
研究室で研究のプロトタイプのアプリケーションを書きまくっていた時は本当に楽しかった。研究の理論を考えるよりも手を動かしてコードを書いて思い通りにアプリを動かす方が楽しかった。仕事をするならプログラムを書く仕事をしたいと漠然と思っていた。それでもSIerに新卒で入社してすぐに転職しなかったのは、いろんなステークホルダーと調整して仕様を決めていったり、クライアントから隠れた要求を引き出すような仕事も実際に始めてみると楽しかったからだった。今でも自分の仕事の進め方はSIerでの5年間がベースになっているのは間違いなく、そしてそれはシリコンバレーであっても今のところ大きな武器になっていると感じる。ちなみに、SIerに入社したのは他に内定が無かったからだ。。
当時は20台後半。プログラミングを仕事にするにしても長く続けるなら将来的にはベイエリアで働くのが良かろう。ただ、いきなり現地の会社にビザサポート付きで採用してもらうのはほぼ不可能なので、語学学校→コミュニティカレッジ→インターン→現地採用というフローが遠回りながらも最も現実的なようだ。いずれにせよ、準備だけはしておかなければなるまい、ということで週末はとにかく盲目的にプログラミングの勉強を続けた。WiMaxを契約して家の近所の図書館に閉館までこもりそこが閉まるとWiFiが使えるからふね屋に移動し、という具合にラップトップを持ち運んでうろうろしていた(自宅では集中力が続かないタイプ)。iOSを触ったり、気になったオライリーの本を読んだり、蟻本を読んだりとにかく闇雲に色んな技術に触れていたが、最もよく触れていたのはJavaScriptだった気がする。仕事では業務系Webアプリケーションが多かったので、Web関連だとJavaScriptが良かろう。また「なぜ関数プログラミングは重要か」という論文をJavaScriptで写経してみて楽しかったとかそういった理由だ。当時はまさかこれほどNode.jsが使われるようになるとは思ってもみなかったし、当時読んでいた本の著者と同じ会社で働くことになるとは夢にも思わなかった。
でも、結果的にその努力が自分の身を助けることになった。偶然、ベイエリアの会社で日本人エンジニアがH1Bサポート付きのエンジニアの募集をしていたのだった。その時点では自分なんかがいきなり飛び込める世界ではないと思っていて、最初は自分のコードに何かしらアドバイスをもらえればいいと思ってメールを送ったのを覚えている。そこからダメもとで受けてみたところ、コーディングインタビューの手応えがわりと良くてオファーをもらうことができた。
その会社ではちょうど2年働かせてもらった。自分のような特にオープンソース活動もしておらず英語も上手くない日本人にチャンスを与えて本当にたくさんの経験をさせてくれ、人生でかけがえのない時間を過ごさせてもらい本当に感謝している。今は転職してそこそこ名の知れた会社でコンシューマ向けのWebサイトをJavaScriptで開発している。
こういったケースはすごい稀でたまたまめちゃくちゃ運が良くて今の自分があるんだろうけど、でも万に一つのチャンスを逃さないように努力を続けることはたぶん大事で、おそらくそれが無ければ転職することも不可能だっただろう。週末にプログラミングの勉強をするという習慣は今も続いている(むしろ東京よりも娯楽も友達も少ないこちらでは週末は他にやることがない)。勉強したいことリストの増える速度が完全に消化速度を上回っているのだけれど、何も勉強したくなくなった時がプログラミングを仕事にするのをやめるときなんだろうなと最近は思っている。