2015-02-01

友達を簀巻きにした話

友人のYは、ちょっと危ないなとは思ってた。仲間内の中でも「あいつはきっとホンモノのマゾヒストだ」って密かに噂されてた。

けど、さすがに「ちょっと布団で巻いて欲しいんだけど」と真剣に頼まれた時は、頭の中で盛大にパトランプが回ったよね。(これは! ガチで! ヤバいやつ!!)って。

私「え……何……布団……?」

Y「そう。それで俺をくるんで、縛って欲しい」

私「しば……?」

Y「ああ、何で縛ればいいんだろう……あ、延長コードとかでいいかな?」

私「え、私が? Yを? 縛るの?」

余程怪訝な顔をしてたと思う、いや、して当然だと思う。

いろはすをガブガブ飲んでいたYは、私の珍妙な顔を見てキョトンと返す。

Y「いや、何も本格的に筵(むしろ)でくるんでくれとは言ってないじゃん?」

私(え、簀巻きって筵でやるのが正式なの?)

どこのマゾヒスト帝国常識だよ。知らんよ。

断っておくけど、Yはただの友達だ。彼のプレイに協力する義理必要も、一切無い。

でも頼まれたからやっちゃうよね。簀巻き。

気を付けの姿勢で横たわるY(ちなみに、暑いだろうからという理由パンツ一丁だ)の首から下をくるんと布団で巻く。出来るだけ圧迫してくれと本人が強く希望するので、胸部・膝付近の二ヶ所を延長コードで強く縛る。ごわごわしてやりづらいし、女一人の力では足りない気がする。人を簀巻きにするのがあんなに大変だとは思わなかった。

延長コードはYが用意していた結束バンドとやらで固定した。あれ、便利だね。まさか人を巻く為に使うはめになるとは思わなかったけど。って言うか何で常備してるんだろう。

ジャジャーン。Yの簀巻き、一丁上がりー。

見るも無残な簀巻きっぷり! 手も足も出ないとはこのこと!

ひょっこり頭だけ布団から飛び出してて、かえって無力感が増してる。

私「で、後はどうするの?」

Y「何もしなくていい」

私「うぇ?」

Y「今から、そうだな……2時間。俺の上に座って、漫画でも読んでてくれればいい」

えっ、この簀巻き状態で放置プレイを敢行? しかも私を参加させるつもり?

簀巻きのYは当然身動きもロクに取れず、ただ力無くフローリングの床に転がるだけ。更に漬物石(=私)を上に乗せて2時間を茫漠と過ごすって、それ何が楽しいのよ。

でも頼まれちゃったから、やるよね。

丸太にまたがる時の要領で、友人である(はずの)Yを布団で巻いた何かにまたがる。胴の辺り。

Yの妹が愛読していると言う『君に届け』が揃っていたので、とりあえず手に取る。

君に届け』がなかなかどうして面白くて、しばらくはYの上にまたがっていることを忘れて読んだ。

Yはすごく大人しくて、実に優秀な簀巻きだった。呼吸による微弱な動きも、モコモコな布団に吸収されるのかあまりこちらに伝わってこない。

3巻を読み終わりそうな頃だから、30分くらいかな。だんだんモゾモゾが目立つようになってきた。

そりゃあね、身動き一つするなって言われたって、生きてるんだもの。するよ。身体のどこかが痒くなったり、居心地悪く感じたり、絶対にする。動かしたくなる。

でもYは動けない。

Yの簀巻きが不快そうにモゾモゾ動く。「……んん」みたいな、吐息めいた声が微かに漏れ始める。ああ、気持ち悪くなってきたんだなって思った。でも私は何も言わないし、どいてもあげない。

2時間ゲームが始まる前、Yに念を押されたことが1つだけあった。

「何を言われても簀巻き状態から解放しないこと」。これだけ。

どういう意味かは後々よーくわかった。

モゾモゾが目立つようになってきて、7巻を読み出す頃、Yが明確な言葉を発した。

Y「ね、ちょっと解いて」

たか、と思った。試されている。

私は「んー」とあからさまに上の空で答えた。

Y「脚がさ、痺れてきてて」

私「あー」

Y「攣りそうなんだよ、ほんとに」

私「そりゃ大変だ」

Y「だからさ、ちょっとでいいから緩めてくれないかな」

私「もうちょっと頑張ってみよっかー」

何してんだろ、私。とは思った。

脚が痺れてきたのはきっと嘘じゃないんだろう。1時間重石を乗せて同じポーズでいたら、そりゃ身体のどこかしらが悲鳴を上げる。

しかし一度引き受けたからには職務を全うせねばなるまい。

彼がマゾヒズムを味わいたいと言うのなら、私はサディズムを発揮しなければならないのだ。目覚めよ、私の内なるサディストよ!

Yは聞いているこっちが可哀相になるほど、憐れな声を上げ始めた。おずおずとしたお願いが、徐々に鬼気迫ると言うか、迫真の嘆願へと変わっていく。

まるで本当に筵にくるまれて東京湾に落とされる寸前みたいなテンションで「解いてくれ!」って言ってくるから、(えっマジなの? マジでヤバいの?)ってヒヤヒヤしっぱなし。『君に届け』ってこんなに冷や汗が噴き出すようなホラー漫画でしたっけ?

そしてクライマックスは終了20分前に訪れた。

Y「漏れる」

私は戦慄した。そして唐突記憶フラッシュバックが脳裏を襲った。

こいつ、簀巻きの前に、水(いろはす)を摂取してやがる。

まさかこれも計算なのか? 事前の水分摂取により、簀巻きプレイ中に圧倒的尿意を催すことを計算していたのか? そうまでして自分限界へと追い込みたかったのか?

二十代男子が「おしっこ漏らす」のって、もう人としてアウトだろ。人として。

そこまでスレスレの状況を楽しめるのかこいつは、と私は心底愕然としていた。それとも私が知らないだけで、放尿プレイとかが紳士淑女の貞淑なお遊戯の一つとして流行ってたりするの?

漏れそうなYはモゾモゾどころか牡牛の如くのたうち回り始めて、上にまたがるどころではない。私はロデオなんて嗜んでないんだよ、悪かったな。

呆気なく振り落とされたカウボーイの私は、Yが苦悶の表情で「漏れる」「もう」「だめだ」と言った断片的なワードを唸るのを茫然と見ていた。あと15分もこれを観戦してろって言うのか。苦行かよ。

15分後、私は暴れる芋虫と化したYを人間へと戻してやる。

ハサミでパチンと結束バンドを切断し、布団から脱皮したYは酸欠なのだろう(そうだと思いたい)、紅潮した顔でぼーっとしていた。

早くトイレに、と言いかけたが、もうそ必要は無くなっていた。

名誉の為に言っておくけど、彼は簀巻きにされている間、尿意に耐え続けた。人間である為に、ひたすら我慢して我慢して我慢した。

から、簀巻き状態から解かれた瞬間に気が弛んだとしても、まぁ、何も可笑しい話じゃないのだ。

Y「いろいろ悪かったね。でも面白かったよ、ありがとう

見事におねしょした布団を洗濯機ねじ込みながら、Yはスッキリした表情で礼を告げてくる。

この先『君に届け』を読むたびに今日のことを思い出してしまうんだろうなって思った。まるで呪いだ。

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