あらぬ誤解を招く危険性があるため作品名は伏せておくが、自分はこれらの(深夜)アニメや漫画に興味がある。
しかし以下の3点より、自分は深夜アニメに手を出すべきではないと考えている。
中学生時代、自分は年甲斐もなくある特撮ヒーロー番組にはまってしまい、そこからテレビの特撮ものをとりあえずチェックする悪習がついてしまった。
その後もずるずると特撮ものを見続けている。しかし、特撮ものの放映は週に数本程度である。
自分は特撮もの以外でテレビを見ることはないため、これらの放映を全部チェックしたところで大した労力にはならない。
一方アニメは新作だけでも週に数十本のペースで放送されている。特に一部の独立U局では日に数時間アニメを流しているところもあるという。
また、筆者の特撮ものの視聴スタイルを踏まえると、「とりあえず全部チェックするか」ということになりかねない。
そうした場合、かなりの時間をアニメ視聴に奪われることとなるが、それが果たして健康的・文化的な生活か疑問符がつく。
かなりの数の深夜アニメが制作されていることは先述したが、これらのアニメを制作するクリエイターの労働環境は非常に劣悪であるという。
この背景としては、教育社会学者の本田由紀氏が指摘した「やりがい搾取」があると考えられる。
さて、劣悪な労働条件下で制作された深夜アニメを視聴し、それを視聴し買い支えることは、結果として「劣悪な労働条件なんて問題ではありませんよ」
「クリエイターの待遇なんかより自分の快楽が重要ですよ」というメッセージをクリエイターに向けて発することに他ならないのではないか。
そしてそれが劣悪な労働環境を温存せしめ、ひいては日本全体の労働環境をも劣悪化せしめる結果にもつながりかねないように思える。
古今東西、多くの創作物にはメッセージ性が込められている。そしてそれ自体は問題でもなんでもない。
しかし中には、著しく偏ったイデオロギーがメッセージ性の中に内包されている創作物も存在すると聞く。
この際、作品に込められたメッセージ性が作品ごとに多様であるならば、たとえ著しく偏ったイデオロギーがメッセージ性の中に内包されていても問題とは思えない。
しかし作品に込められたメッセージ性がどれも似たり寄ったりであるなら、創作物は瞬く間に洗脳装置に堕してしまうだろう。
つまり著しく偏ったイデオロギーを内包した創作物に継続的に接触することで、最終的にはそのイデオロギーを内面化してしまうのである。
さて、深夜アニメの現状を鑑みた場合、作品に込められたメッセージ性に多様性が担保されているかについては疑問が残る。
この理由としては深夜アニメのマーケットはほかの映画やテレビドラマと比べて小さく、その需要者層が限られた層であるということがあげられる。
また、深夜アニメの情報をキュレートするwebサイトの中には、排外主義を扇動するものも存在している。
これらの点より、作品に込められたメッセージ性に多様性が担保されているかについては疑問が残るとともに、結果として特定のイデオロギーを知らず知らずのうちに
自分は深夜アニメに手を出すべきではないということは頭では分かっているが、深夜アニメの誘惑に負けそうになる。
勿論深夜アニメの誘惑に負けることは法律違反ではない。また、人の道に反するとも一般的には認識されていない。
しかし自分の場合、何らかの方法で対処をしなければ深夜アニメに手を出し、そして自分や周囲、社会に様々な害悪をまき散らすと考えている。
違法薬物などのように誘惑に打ち勝つ方法が体系化されているわけでもない。しかし深夜アニメの誘惑に打ち勝つ妙案はないものかと思う。
バイトを詰めまくって昼中働け。くたくたになったらアニメ観る気力も湧かねえよ。 んで、そんなに排外主義が嫌いなら給料全部どっかのカウンター団体にでも寄付してやれ。
1)は困るけど2)はDVD刷るのにクリエイターは頑張らないはずだし枚数出て生産性が上がれば環境改善に動ける会社もあるんじゃないかなデフレだけど。3)はどっちかっていうと排外される...