2014-10-19

神道

 てきとうと言うまとめブログで吉水神社宮司極右レイシストだった件の記事http://blog.livedoor.jp/googleyoutube/archives/51864154.html)を読んでいたら、嫌儲民が「他の宗教には弱者救済システムがあるのに神道にはない」と言う話をしていた。本当だろうか。

 本当なら不思議な話だ。弱者のための、民衆のための宗教でないのならば、なぜこんなに長いこと存続したのだろうか。今はそうではなくともかつては、神道もちゃんと民衆のための宗教だったのではないか。もしそうなら原因は想像つくよね。国家神道だ。

 もともと神道原始宗教だった。権力者民衆という構図が成立する以前の宗教だったわけでしょう。それが人々の生活の変化に適応するために、自らの不足を仏教から補ったのではないか。仏と習合することで原始宗教の域を脱し、民衆のための宗教になったのではないか。そして近代の始め、明治神仏分離令および廃仏毀釈によって仏教が無理矢理引き剥がされてしまう。神道は切り刻まれ権力者のための宗教国家元首現人神として崇める事実上一神教として再編成される。神道民衆のための神々を失ったのはきっとこの時だ。

 仏教をはじめとする他宗教弾圧破壊され、神道すらも必要ものを根こそぎ削ぎ落とされてしまった。日本人が総カルト化するのも無理ないよね。あれだけ派手に敗戦し、現人神幻想が消し飛ばされたにもかかわらず、神道は元に戻る気配がない。戻る場所がないんだ。元の姿は明治破壊されてしまった。明治以前に何を祀っていたか、もはやわからなくなってしまった神社もあると聞く。

 もしこれらの推測が正しいのなら、神道には宗教改革必要だろう。神道権力者の手から奪還し、民衆の手に返さなくてはならない。できないなら国教カルトに戻るだけ。

 神社本庁の憲章には「再び天皇をいただく国づくりを目指す」と書かれている。日本人は未だ国教カルト呪いの只中にいる。

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