仕事をやめる前はあれをやろうこれをやろうと思っていたこともあった。
ただそれも、明日でも明後日でも、何なら数カ月後でもいいと思うと今やる必要もないような気がして、だらけてしまう。
10時間ぐらい寝てみたり2時間昼寝をしてみたりぶらぶらと散歩したりプールに泳ぎに行ったり昔のゲームをやったりと、
仕事をしていた時は絶対にやらなかったであろうことをしている。
昼間っから自転車を目的地に向けてだらだらと漕いでいる時に、時間に追い立てられないというのはいいものだなと思う。
仕事をしていたらきっと今頃は電車の中でぎゅうぎゅう詰めだっただろうなと思う時、今の時間を気にせずだらだらできる状況に深く安心する。
22時などにスーツを着てコンビニから出てくるサラリーマンを見た時にあの立場から逃れられてよかったと今の状況を幸福に思う。
こうしてだらだらしていると、会社勤めをしている人間は偉大だなあとまるで他人事のように実感する。
だからこんな普段書かないようなものを書いている。それぐらいひまだ。
時間的な意味で言えば自由だが、ひまでだらだらしているだけというのは果たして人間的な意味で自由なのだろうかと考えたりもする。
また現在形でいえば貯金があるので自由だが未来まで考えた時には明らかに自由ではないので未来形では不自由への準備をしているともいえる。
自由でいるというのもなかなか難しいものだと思う。
でもまあ、ひまというのもたまにはいいものだ。少なくとも仕事をしていたらこんな内容のない文章も書いていないわけだし、
普段しないことをして普段感じないことを感じている。ひまだな、やりたいことがないなと思ってぼっとしている時間もそう考えるとなんだか楽しい。
仕事をしていた時はいつも何かに追い立てられていた。土日があっても48時間後には仕事があって、
常に何時間寝て何時間あれをやって何時には移動して……と考えてもやりたいことが全部できるわけではない。
もちろんこのひまな時間は今まで働いてきたお金で賄われているのであり、永遠にこのままでいられるわけではない。
いつかは働かなくてはならないのだろう。余裕は時間から生まれるが時間は資金力から生まれ資金力は時間から生まれる。
この変換効率が自分にとって一番いいバランスを考えながら、もうしばらくはだらだらさせてもらおう(過去に金を稼いだ自分に)。
※ちょっとだけ追記
皆々様、アドバイスや経験談など様々なコメントありがとうございました。
先のことを何も考えていないので参考にさせていただきます。
俺もだ。 寝てる以外、はてなにオンラインしてるくらい暇だ。
そうやって数週間後や数カ月後に暇が極まってきたときに自分から進んでやっていることが「自分が一生やること」なんだろうと思ってる。 私はその時、コード書いてたよ…。
サラリーマン→ニート→フリーターになった今では 2日休みくらいがちょうど身体を動かしやすい、趣味に対してもやる気が保ちやすいテンポだなあと思う。 それ以上になるとダラけが...
TVみたり、ニュースサイトチェックしたり、ゲームクリアしたり 意外と暇にはならないんだよなぁ。 暇すぎて死にそう!ってのは嘘だわ。
暇は味わい尽くして 暇の素晴らしさの限界を知ったほうが良い 暇を苦痛と確信した時に再度出発したらよいです。 5年ぐらいかかるかもしれませんが・・