2014-04-21

今更ながら「ECDのロンリーガール」と加藤ミリヤの「ディア ロンリー

今更ながら「ECDのロンリーガール」と加藤ミリヤの「ディア ロンリーガール」を聴いたよ。


ECDのロンリーガール」という素晴らしい曲があります。知らねーよという人はとりあえず聴きましょう。

http://www.youtube.com/watch?v=OyMF1Yg8TEA

ECDといえば江古田のEKD48というキャバクラを思い出しますね。名前AKB48パロディなのにアイドリングメンバーの実の姉が働いているという変なお店でした。

話を戻すと、この曲は1997年に発売されたECDの『BIG YOUTH』というアルバム収録曲です。このアルバムがまた大変素晴らしいのですが、その素晴らしいアルバムの中でもこの曲は頭一つ抜けて素晴らしく、私も大変に気に入った次第です。特にKダブシャインバースの「ロッレクスした男に指輪 買わしたはずが繋がれる首輪」ってところが最高っすね。iphoneで延々リピートして聴いております

で、この「ECDのロンリーガール」という曲は、0から生まれたわけではなく、作曲/筒美京平作詞/松本隆の佐東由梨「ロンリーガール」という曲のサンプリング引用がされています

http://www.youtube.com/watch?v=Fe8K3NIwBy8

更に遡るとその曲もMarvin Gayeのsexual healingのパクリです。

http://www.youtube.com/watch?v=_NmhriLUBYQ

まりECDのロンリーガール」という曲はMarvin Gaye+筒美京平+松本隆+ECD+Kダブシャインで出来てるということになります。そりゃあこの面子で駄作になりようがないですわ。良い曲と良い歌詞を合わせた上に良いラップを乗せている訳ですから。これがいわゆる一つのHIPHOPクラシックというやつなんですかね。

そして2005年、「ECDのロンリーガール」に対するアンサーソングとして加藤ミリヤが「ディア ロンリーガール」を発表しました。

http://www.youtube.com/watch?v=DfPlxs4S8Lk

なんなんでしょうかねぇ、この脱力感は…。

加藤ミリヤはアンサーソング意味がわかってるのでしょうか。「ECDのロンリーガール」に対する言及がほとんどありません。佐東由梨の「ロンリーガール」を引用するという新規性はこの曲には無いし、一体何のために「ECDのロンリーガール」と同じネタを使ったのか、全く必然性がありません。

ECDKダブシャインは「ロンリーガール」という言葉をうまく読み替えることで、批評的なリリック作りました一見女性男性をうまく利用することで社会的成功を収めているように見えても、そこには確実に男女間の主従関係があり、女性男性から自立できているとは言えない。だからECDは、真に自立せよと、「立ち上がれ」と何度も促しているのです。自立とは孤独ものだが、それに耐えられるだけの強い人間になれ、と。同時にサビ部分は「物欲と金の前にへつらう」女の子たちの心象風景も描いている、ように私には読めます

このリリック現代でもいまだに通用する批評です。女性社会的成功イメージの中には、いまだに根強く「玉の輿」という選択肢があります紗栄子しか加藤茶の嫁しか里田まいしかり、彼女たちの「成功」は結局のところ結婚相手の男性収入依存しているにすぎません。そういった女性たちに対して、ECDKダブシャインは「立ち上がれ」と言っているのです。

またECDバース2014年現在視点から見ると、アイドル業界に対する批評のようにも見えます。少なくとも、その様に読み解けるだけの普遍性がこの曲にはあります

しか加藤ミリヤのアンサーはなんですかこれは。

子供みたく扱わないで 経験が生む確かな自分が創る 容易く分析なんかしないで わかったような顔でこっちみないで

メール携帯絶対手離せない 学校行きたくない 家に居たくない 押し付けないで古い考え ここからうちら時代

って、単に彼らの言葉を拒絶しているだけで、何のアンサーにもなってないじゃないですか

しかに、加藤ミリヤが彼らの言葉を拒絶をすること自体にはある種の正しさがあります。なぜなら「ECDのロンリーガール」は男性ラップしているからです。彼ら男性が、女性に対して自立しろといくら言ったところで説得力ゼロで、むしろ彼らのリリック暴力的でさえあり得ます。その暴力に対する返答としての「容易く分析なんかしないで わかったような顔でこっちみないで」という一文には、ある程度の論理的説得力がありますしかしそのあとの「押し付けないで古い考え ここからうちら時代」は駄目です。これでは「一周回って女性は自立しなくても構わない」というアンサーになってしまます。さすがに加藤ミリヤ女性は家庭にいるべき!女性社会進出なんて一時の流行だ!みたいな思想だとは思えないので、単にその辺りについてはあんまり考えてなかったんでしょう。というか彼女歌詞はいったい誰に向けた言葉なのか正直よくわかりません。「ECDのロンリーガール」に対するアンサーでないとしたらまだわかるのですが、だとしたら今度はなんで「ECDのロンリーガール」を元ネタに使っているのかがわからなくなってしまます

あと最初最後女性名前を羅列するのは、曲の耐用年数を短くするばかりなので、別にそこはECDから継承しなくていいです。しかも多分、そこの部分の意図はあんまり伝わってないっす。

※参考

加藤ミリヤ/ディアロンリーガール - Yahoo!知恵袋 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1456714784

加藤ミリヤのディアロンリーガールの歌詞に出てくる沢山の名前はどーゆー意味ですか? - Yahoo!知恵袋 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1148396826

加藤ミリヤディアロンリーガールの名前あるじゃないですか いじめてた人って、、... - Yahoo!知恵袋 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1038595200

加藤ミリヤさんのディアロンリーガールの最初最後女の子名前は誰ですか? - Yahoo!知恵袋 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1026628865

まあしかし彼女がこの曲を書いたのは16歳の頃ですし、そこまで求めるのも酷な話なのかも知れません。彼女が十分に大人として成熟した暁には、ぜひもう一度、自立した大人の女性として、ECDへのアンサーを出してもらいたいものです。

ちなみにECD自身はこの曲について複雑な思いを抱いているようで、「NO LG」という曲では

「なんでロンリーガール もうやんないの?

やるかボケカス どうせケーダブバースだけだろ 聴きたいのは?」

なんてラップをしてるみたいです。ECDとしてはこの曲ばかり褒められるのは複雑なんでしょう。たしかにこの曲のKダブシャインバースはズバ抜けてますからねえ。

ECD最近の曲だとこれが良かったです。

http://www.youtube.com/watch?v=jBHD5e502IU

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