元々の話を忘れてもらっちゃ困る。村人AとBが「我々日本人」と言いうるのは日本国があるからだ、という話だぞ?
仮に俺が今でいう北海道にある村の住人で、君が沖縄にある村の住人だとしようか。
日本国がなければ、俺に取って君は「なんか南の方の村の人」だし、君にとって俺は「北の方の村の人」だ。
よそものであり、同胞ではない。血縁的にも遠い。「我々の子孫」? 何それ。俺の子孫と君の子孫は無関係だろ?
日本人が日本人を「我々」という一つの集合と見なし、その子孫の数を云々議論することが出来るのは、日本国という体裁があるからだ。
Permalink | 記事への反応(1) | 14:54
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元々の話を忘れてもらっちゃ困る。村人AとBが「我々日本人」と言いうるのは日本国があるからだ、という話だぞ? そりゃ日本という国ができた後の「我々」であるので日本人とい...