2013-08-04

人を殺して楽になりたい

俺は今まで苦痛を感じながら生きてきた。苦痛から逃れるために自殺することを頻繁に考えるような人生を送ってきた。そして年々苦痛は増大する傾向にある。

こういう状況で不治の病に侵されていることが判明した。それまで出来ていたことがどんどん出来なくなっていくような病気だ。それは予想以上のペースで辛さ・死にたさが増していくことを意味する。今でも十分苦しいのにこれ以上の苦痛になんて耐えられる訳がない。

さらに悪いことに病気の進行具合によっては自殺する能力すら奪われるかもしれない。そうなったらもうおしまいだ。気が狂いそうなほど生きるのが苦しくてなって自殺することでそれから解放されようと思っても自殺する能力がないなんて!

そんなのはあり得ない。何としてでも回避しなければならない。死ななければならない。死ねるうちに。身体の自由がきくうちに。

俺は苦痛を恐れる。苦痛から逃れて幸福になるために自殺するのに、失敗して後遺症が残りさらに苦しくなるなんて結果になったら元も子もない。死ぬなら苦しみなく、確実に死ななければならない。

でもどうやって?どうやったら確実に死ねる?

首吊り定番だが失敗したときリスクが高すぎる。実際俺の知り合いで首吊りに失敗して腕が常に痺れるようになった人がいる。

硫化水素は有望だったが政府圧力によりムトハップが入手不能となったので製造するのが難しい。政府は苦しみを終わらせる権利を奪うな。

電車の前に飛び込むのは痛みが怖い。意識を失うのにも時間がかかりそうだ。俺はこれ以上痛みを味わいたくないんだよ。

だが一つだけ確実に死ね方法があった。二人以上の人間を殺して死刑になればいいんだ。早期執行希望して実際にそうなった宅間守の例もあるしこれなら十分確実だろう。ああ慈悲深き日本司法制度!二人以上殺すのは車を借りて小学校集団下校の列に突っ込めばいいだけだから簡単だ。俺の自殺犠牲になるのは可哀想だが正直自分以外の人間が苦しむのは俺自身の苦しみと比べれば瑣末な事だ。

確かに去年の自殺者は三万人を切ったかもしれない。しかしそれは表面上のことだ。民主党政権あの手この手自殺する手段を奪い苦しみを終わらせる権利を剥奪した結果だ。苦しみから逃れる手段として自殺を選ぶのに、その手段を奪ってただで済むと思うなよ。自殺者は減ったがその分苦痛を抱えながら生きる人間は増えた。そのツケを払うのはお前達だ。

このひずみはいずれ社会問題となるだろう。その前に政府安楽死施設を作れ。俺が人を殺す前に。いいや、無数の俺のような人間苦痛から解放を目指して殺戮を行う前に。

  • 死ぬなら苦しみなく、確実に死ななければとのことだが、絞首刑は苦しいぞ? 絞首によってすぐに死ねるわけではなく、2分以上にわたって吊るされたまま苦しむことになる場合も多い。...

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