2013-06-16

煽動』の時代

最近、『煽動』の時代が来てるなと思う。

橋下もそうだし、乙武もそうだし、上杉もそうだし、ノビーも、きっこも、

ブラックじゃないと言い張るワタミ会長も、クソみたいなまとめブログも、正確な情報を流さないマスメディア煽動者だ。

知恵袋とか小町で活動してる釣り師も、煽動者と言えるだろう。無害なほうだが。

今はキュレーション時代じゃない。『煽動』の時代だ。

人々を煽り自分の意のままに動かす時代だ。

Twitterが普及して、誰でもほいほい情報発信・情報共有ができるようになったことが大きい。

個人の情報発信は、まあ昔からされていた。

Web2.0とか言われた時代もそうだった。

当時は新たな時代の幕開けとかなんとか言われてた気がする。

でも、あんなのはサイト管理者ーサイト利用者間か、サイト利用者ーサイト利用者間のツールでしかなく、

そもそもそのサイトを使っていないと意味が無い。

大量の人々を煽動するためには、そこに興味がほとんどない人にも目に入らないといけない。

ブログなんて作っても熱心なファンぐらいしか見ない。

個人の意見を述べたWikiなんて作ってもだれも見ない。

煽動』のためには、ツールの力が足りてなかった。

ただ、ネットの力はその程度のものじゃなかった。

Twitter煽動者に力を授けた。

煽動は数だ。

発信する情報が誰かに見られることこそが重要だ。

見られない情報ゴミだ。

メトカーフの法則では、ネットワーク価値はその利用者数の二乗に比例すると言われる。

煽動者の価値は、煽動者が持つ人的ネットワークに含まれる二乗に比例する。たぶん。

ブログならPV数かURLツイート数、Twitterでいうならフォロワー数だろうか。

フォロワー数が多ければ多いほど、はたから見れば酔狂ともバカとも言える信者を、ファンネルのように動かせる。

敵への攻撃でも、自らの金儲けでも、『俺に一票入れてくれ』でも、布教活動でも、信者を動かしてなんでもできるようになる。

煽動者は行動し、Twitterでつぶやけばいい。信者勝手解釈してやってくれる。

煽動者にとって必要なのは、人々に自らの無謬性を信じさせることだ。

煽動者が発する情報の質は問題ではない。

それが正しかろうが間違っていようが、善であろうが悪であろうが、どうだっていい。

正しさが金を産むとは限らないし、むしろ正しい情報よりも間違った情報人を動かす

人の気持ちを煽り、自らの利益となる行動を取らせることこそが煽動者の目的だ。

不安人を動かす

情報不正確さは不安を呼ぶ。

怒りは人を動かす

善と悪は人の怒りを呼ぶ。

煽動者は絶対的であればあるほどよく、少しでも多くの人に、「私は正しい」ということを洗脳させられば、煽動者の勝ちだ。

アンチの数は問題じゃない。むしろアンチは多ければ多いほどいい。うまくやれば無謬性への洗脳を強められる。

批判者に対して、「あいつらは間違っている。我々が正しい」と攻撃し、それを信じさせればいい。

そういうのはTwitterでやればいい。フォロワー勝手に広めてくれる。

いま、「煽動」の時代が来てる。

ネットde言ってるあの人が真実を伝えてくれる』

ネットde言ってるあのブログ真実を伝えてくれる』

『あの人なら信頼出来る』『あの人なら一票入れる』『あの人が言ってたから〜』

ということを無自覚に考えている人が多くなってきている気がする。

煽動する者が勝つ。

より多くの者を煽動できたものが勝つ。

批判するものは、煽動者に容易に負ける。戦いは数だよ

静観せざるを得ず、煽動者たち、煽動された者たちはより、急進的になっていく。

それが害をもたらさなければいいと思う。

忘れ去られ、消え去れればいいと思う。

ただし、煽動者とその信者たちに、いつ巻き込まれるかはわからない。

煽動から、自衛しないといけない。

声高な煽動者が正しいのかどうかを自らが問わなければいけない。

騙されてほいほい付いて行ったら負け。

煽動』の時代は、とても面倒で、大変な時代な気がする。

  • そうした『扇動』に圧倒されないため(自分にとってよりよい情報にたどりつくため)にはどういう訓練や教育が必要だろうか。

  • 簡単な自衛方法があるよ。SNSを最初から使わないことだ。

  • 噂とか裏事情とか最新情報とかに通じよう、なんて思わないことが大切だと思ってる。 そういう類のものを追いかけていると、まともにものを考えなくなる。 事情通なんてろくな人間じ...

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