2013-04-06

正しさは好かれるためのルールではない

http://anond.hatelabo.jp/20130406152146

この増田を読んで思った事を書く。直接元増田への応答というわけではないが、多少関係はあるかもしれない。

 

世の中には「正しい事をしているのに何故嫌われるんだ」と思っている人が一定数いるように見える。

しかしこれは、そもそも問いの立て方がおかしいのだ。

正しさというのは喧嘩ルールみたいなものである。何が揉め事があった際に、どちらの言い分をどれだけ認めるべきか、正しさポイント多寡で決めるというシステムだ。

喧嘩ルールであって好感度に関わる項目ではないので、正しさポイントをいくら上げた所で人に好かれる訳ではない。好感度はもっと別の要素で決まってくる。だから、上記の問いは意味が無い。「正しい事をしているのに何故喧嘩に負けるんだ」なら意味のある問いになる。

 

さて、その立て直した問いに関連してだが、法廷など第三者が正しさをジャッジしてくれる場でないと、喧嘩ルール自体がフェアに機能しないことがある。閉鎖された人間関係職場などはその代表で、日常的にはかなりよくある状況と言えよう。

好悪の感情が何かしらある相手に対して、正しさを公平に判断するのは、誰にとっても難しいことだ。

からこういう場では、どうしても周りに好かれている人の方が有利になる。それでも圧倒的に正しさポイントに差があれば、嫌われ者の方が認められることもあろう。

 

ここからは話が二つに分かれる。

まず、喧嘩に勝つことに主眼を置いた場合。そのような閉鎖環境で勝つための方法はいくつかある。

一つは第三者を引きいれ、なるべく公平なジャッジをしてもらうこと。審判に相応しい権限を持ち、かつ関係者に対して特に好悪の感情を持っていない第三者が居れば、その人に頼むのがベストだろう。

だが、実際にはそんな都合の良い人はあまり居ないので、世の中には裁判官というそれ専門の人たちが存在する。つまり訴訟に持ち込むのである

もう一つは、周囲の好感度を稼いで自分不利なジャッジを避けること。好感度において喧嘩相手を上回る事が出来なくても、ある程度のラインをキープして、あとは正しさポイントを稼ぐ方に力を割く手もある。

 

次に、喧嘩別に負けてもいいから嫌われたくない、という場合

この場合、正しさについて完全に無視して良いかというと、そうとも限らない。

「もし喧嘩になった場合はどういうルールで勝負をするか、自分は理解してますよ」という周囲へのアピールは必要なのだ

ルールが全く通じない相手と一緒にいるのは、誰だってである。最低限一緒にいられるラインをクリアしなければ、好感度もへったくれもない。

はいえ、このラインは割といい加減である。盗んだり殺したりなど、倫理的に大問題というレベルでなければ、おおよそクリアと言えよう。

 

あとは好感度の稼ぎ方だが、これは一筋縄はいかない。容姿、喋り方、行動など、関連要素は多岐に渡る上、自分や相手の個性によって取るべき戦略にも差が出る。これさえやれば大丈夫、という必勝法は無い。

が、そこを敢えて乱暴にまとめてみると、以下のようになる。

 

A. 人は自分の味方をしてくれる人が好きである愚痴をこぼされた時などは、自分は貴方の味方である、というスタンスを崩さずに応答すると好感度が上がるだろう。

B. 人はマイナス感情を露わにする人が嫌いである。感情の向く先が話し相手とは無関係の他人であったとしても、怒ったり罵ったりというのは嫌われ易い。仮に正しさポイントを稼ぐために誰かを非難する必要があるような場面でも、なるべく冷静に間違いだけを指摘する方が嫌われにくい。ただし上記Aに則った場合、つまり共通の敵に向けた場合は、マイナス感情の発露が効果的な場合もある。

C. 人は自分を脅かす存在が嫌いである。何かしらの面で秀でていると、それだけで競争心の旺盛な相手には脅威と見なされてしまう事もある。これを避けるにはNo.1よりNo.2を目指すか、あるいは秀でているのとは他の面で人より劣っているのをさりげなく見せると良い。ただし、欠点が他人に迷惑をかけるレベルになると、これは別の方向で脅威になるので、その辺りはさじ加減が必要である

D. 属性で人を語るのは地雷。場の全ての人の背景をかなり詳細に把握しているのでない限り、「○○出身の奴は××だ」というような主語の大きい言い草危険である。いつ誰に流れ弾がヒットし、敵認定されるか分からない。場に居る当人だけでなく、その親類縁者や知人まで当たり判定に含まれる事を、常に意識しておいた方が良い。逆にこれを利用して、大きな主語で褒めるというテクニックもあるが、これは次項のEに引っ掛かる場合がある。

E. 依怙贔屓も地雷。相手によって態度を変えるのは、基本的に信用を落とす行為である。魅力的な異性にも、不愉快上司にも、同じような(できれば爽やかな)態度で接するのが理想であろう。

F. 自分が嫌った相手からは嫌われる。多くの人は相手の感情を読みとるのに長けている。自分が相手に悪感情を持っている事は、たとえ互いの意識に登ることはなくても、伝わるものと思っておくべきだろう。逆も言えて、好かれるためにはまず好くのが早道だ。心底嫌いな相手にそのように接するのは難しいが、せめてニュートラルな相手に対しては、「自分はこの人が割と好きである」と自己暗示をかけて臨むのが良い。

 

以上、あくまで個人の経験に基づく主観見解を書いてみたが、後半は正しさとは無関係な内容になってしまった。

尚ここで述べた好感度は、恋愛とは別のもう少し一般的で薄い感情の話なので、その点は誤解なきよう。

私は嫌われない事についてはそれなりに成功していると思うが、恋愛については全く成功していない。

記事への反応 -
  • ちょっと聞いてくれ。俺はもう何が何だかわからなくなってきたんだ。 でもなんか、こんなことは増田でしか言えなさそうなんで、書いてみた。 前提として、俺はもうすぐ40になる地方...

    • http://anond.hatelabo.jp/20130406152146 この増田を読んで思った事を書く。直接元増田への応答というわけではないが、多少関係はあるかもしれない。   世の中には「正しい事をしているのに何...

    • 本心から思う。楽そうな仕事してんだなと。

    • http://anond.hatelabo.jp/20130406152146

    • この人の内的な物語はどうでもいいんだが、自治体住民から言えば、この人、給料泥棒だよね。 給料泥棒だ。税金泥棒でもある。びっくりだ。 普通そういう精神的なやりくりは高校生く...

    • 中途採用ならともかく、新卒から公務員という規則ガチガチな職場に入っておいてまだそんなこと言ってるのか。 仕事のやり方が非効率的だとしても、あなたの一存で変えちゃまずいで...

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