2013-03-04

ブラック企業」だけを声高に糾弾しても、多くの労働者は救われない

文春新書の『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』が話題だ。著者の今野晴貴氏は、POSSE(ポッセ)という労働NPOを作り、1500件もの労働相談を受けてきた。仕事を通じて心身を壊してしまった若者からブラック企業の悪行を耳にしている人物である

そのような活動によって、命を救われた人もいることだろう。そのこと自体は価値あることであることは間違いない。ただし、傷つく社員立場から呼びかける対策だけでは、たぶんに対症療法的になりがちになるのが惜しい。

例えば、ブラック企業誕生の背景には、経済グローバル化の影響などがあるはずだが、本書ではそういった経済的な要因への考察がなく、それに基づく労働者未来に対する助言もない。

読後感がよくないのは、ブラック企業の醜悪さに吐き気がしたからではなく、こういう問題の捉え方だけでは救われる人は多くないのではないかという漠然とした不満のためだ。資本主義社会では、競争が基本原則であることは変えられない。セーフティネットは不可欠だが、セーフティネット論理だけで全体を覆うことはできない。

「すべての日本企業ブラック企業となりうる」という企業敵視が強すぎるのではないか。良し悪しや倫理的な判断は別として、まずは現実に起こっていることを幅広く見て、そこに関わる会社経営者がどういうインセンティブで動いているかを要因分析し、それを根本から変えさせるアプローチを取るのでなければ、企業批判は空回りし実効性はあがらない。

成長企業が「選抜」と「従順」を求めて何が悪いのか

結論ありきの企業批判がマズイのは、真の「問題」を捉え損なうからだ。本書は典型的ブラック企業として、あるIT企業アパレル企業の2社の例をあげている。そして共通点として、入社してからも終わらない「選抜」があることと、会社への極端な「従順」を求められることを問題視している。

しかし「選抜」と「従順」の何が悪いのか、落ちこぼれしまった人の悲惨な例を読むだけでは、いまひとつ判然としない。ITアパレルという競争の激しい業界において、この時代に生き残るためには「選抜」も「従順」も必要な手段であり、それに耐えられる人だけが働けばいい。

これを問題とする視点は、「普通の人が(無理をしなくても)生きていけるモデル」をあらゆる企業に当てはめようとする、一種の非現実から来ていると考えられる。

私企業であるユニクロ店舗が、激務で高給な一握りの「スーパー正社員」と、その指示に忠実に従う数多くの「普通以下の契約社員アルバイト」(薄給ですぐ辞める)で構成されていることに、なんら問題はないはずだ。それが顧客の満足や、世界的な競争力につながってもいる。

仮にユニクロの店員がすべて、そこを訪れる客よりも高い給料保証されつつ、「選抜」にも「従順」にもさらされていない正社員であったら、客はどう思うだろう。価格は2倍に釣り上がり、商品は売れず倒産することになる。

しかすると、「日本人正社員で雇い、ゆとりある労働環境で働かせることができない会社など出て行け。潰れてしまえばいい」と考えている人がいるかもしれない。しかユニクロが潰れれば何万人もの雇用が失われ、外資の同じようなSAP市場を席巻するだけだ。

「嫌なら辞められる」世の中にするしかない

ブラック企業」問題が解決された世の中とは、どんな状態になっているのか。すべての企業普通の人を温かく受け入れてくれる世の中を望んでも、絵空事だろう。ハードワークで高給を得たい人も、労働時間給与がそこそこの人も居場所を見つけることができる「雇用多様化」が現実的な目標ではないか

そのためには、まずは「嫌なら辞められる」人を増やす世の中を作ることである。これを実現するためには、セーフティネット付きで雇用流動性を高めることが必要だ。解雇規制を緩和し、企業に負わせている過重な社会保障を軽減することで、起業雇用を増やすことが考えられる。

優秀な人材が集まらなくなれば、企業はやり方を変えざるを得ない。経済合理性で動く企業を動かすためには、このようなアプローチしかない。しかし、企業を敵視する本書には、このような視点がないどころか、逆の手段を取ろうとしているように見える。

例えば、「労働組合NPOへと相談し、加入し、新しいつながりを作る」ことがブラック企業をなくす社会的戦略としているが、強い組合が総合電機メーカーリストラを阻止してきたことを考えても、流動化と逆行する方法が全体を改善するようには思えない。

また、「『正社員であること』を唯一の解答として与えられてきた若者」に、正社員になっても安定が保証されない現実を「残酷しかいいようのない事態」としているが、バブル崩壊から20年も経とうというのに、そんな甘い「解答」を持った若者などいるのか。

本書には「有益若者」という表現が何度か出てくるが、いくら有名大学卒でも、人文系出のお嬢様を多くの企業は「有益人材」と見なしていない。ここに学生企業の大きな認識ギャップがあり、職場とのミスマッチが起きる一因にもなっている。こういう点についても、現実企業視点を冷静にとらえて、多くの若者が本当に救われる助言をしてもらいたいものだ。

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