幸せな人生を送れていたのかな。今となってはもう聞くことができず本当に残念でならない。
やっと仕事に一段落ついたので、これからゆっくりと孫の成長を見守りながら余暇を楽しんで欲しかったのに。
私が小さい頃は本当に厳しくて、話をすることも怖かった父。
そんな父が入院後、みるみるうちにやせ細って…声に強さもなくなって…最後には意識もはっきりしない状態で、日々それを見ているのはとても辛かったなぁ。
ただ余命が残り数ヶ月ということは、家族で話し合った結果、本人には伏せることに。
私自身は告知すべきと思っていたのですが、母の強い希望を受入れ納得した結果なので後悔はないけれど、
入院していても症状が良くなることが無い状況で、まだカラダを動かすことが出来る限られた時間に、何かやり残したことをする機会を与えてあげたかったな。
もう一度故郷に帰ったり、逢いたい人がいたり、家族に伝えたい何かがあったかもしれない。
思い出すと、父とゆっくり話をしたことが無いような気がする。本当に申し訳なく思う。
若い頃から色々と迷惑ばかりかけてきたのに、親孝行してなかったな…
ちょうど震災一年後、父と私、妻と子で、父の故郷である岩手県釜石に里帰りして、父は父の母と実家でのんびりして、古い友人と呑兵衛横丁で酒を飲むことができて、それが唯一の親孝行だったかな。
親戚など多くのサポートのおかげで、なんとか通夜葬式も終わり、少しだけ一段落してみて、改めて無くなったものの大きさと重さが身にしみてきた。
いままで本当にありがとう。
おつかれさまでした。安らかにいてくれたら幸いです。
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