10年前であろうか、家畜の死肉を炭火で愚弄するアルバイトを終え、
国道134号線の高級レストラン「ガスト」にてアルバイト先の雇われ店長(とはいえ同い年の)とディナーをしていた時の事である。
運ばれてきた馬鈴薯の揚げ物などをつまみつつ、ふと顔を上げると雇われの顔色がすぐれない。
私は嘔吐恐怖症である。かれこれ15年間、じぶんでは嘔吐をしていない。我慢しているのである。
狼狽えているのを悟られまいとしながら「早く便所に行け」と促したが聞かず、ぐったりするばかり。
そして溜息を吐きながら雇われは水を飲んだ。また飲んだ。コップ1杯をペロリと飲んでしまった。
ものの数十秒であっただろうか、雇われは口を開いた。
「治った。脱水症状だったようだ」
確かに炭火を使う仕事故、水分補給はかかせないのだ。水を飲む時間さえ忙殺されていたのかと悲しくもなったが、
仕事が終わって数時間は経っていたので、雇われがただの鈍感であること、またそれはよく知ったことであった。
むしろ嘔吐恐怖症の私の心情を弄んだ事に怒りをひと通り巡らせたのち、安堵し食事をした。
いつも雇われと食事をする時は、ありきたりな愚痴や、先の見えない将来への不安などであった。
後ろ向きな話をしながらだらだら飯を食うというのは気心の知れた中でしかできない。
腹を満たした我々は、プロレタリアート特有の紙巻たばこ、セブンスターズを口に咥える。
しかし咥えたはいいがライターを車中に忘れてきたようで、火を付けられずどうしたものかと天井の照明と、意味不明な壁画を眺めながらその旨を雇われに伝え、彼のジッポーを拝借した。
雇われは薄笑いを浮かべていた。その意味はすぐに了解できた。ジッポーの石が切れていたのである。
私は何だか面白くなってお前もかとひとしきり笑ったのち、急に偽物の真顔を作り「10秒以内にライターを買ってこい」と雇われに100円玉をポンと投げた。
幸い、この高級レストランではレジの横にライターが置いてある。
他にも、密封されているにもかかわらず鼻をつくにおいを出す欧米の駄菓子や、子供用の玩具やキーホルダーなどが完備してある。
誰がキーホルダーなどここで購入するかは皆目見当がつかないが、いつ見ても置いてある。
雇われはライターを買いに行き、ホラよと寄越した。
彼はパシりにされた腹いせか、キャラクターの描いてあるライターを買ってきた。無地もあっただろうに…
私はそれのキャラクターを見て、素人が適当に書いたようなキャラクターだな、だの、またどこかの代理店が流行らそうと躍起になっているな、などと愚痴をいいながらセブンスターズに火をつけた。
雇われもそれで火をつけながらライターをまじまじと見ながら「リラックマと書いてある。程度の低いダジャレのつもりか」などとつぶやいていた。