俺はガムパッチンは分かりやすい例えだと思いましたが、批判する人は考えが凝り固まってるのか。
をするべきではない点について、
例えば、俳句本文中は目で見たそのままよりも趣の方を大事にしませんか?
例えば、映画やドラマとか見てて、「あ、これは死亡フラグだな」と分かってても、これは死亡フラグだとテロップなり明確に示されたらどうでしょう?
そういった類いのものですよ。単に面白さがわからんというならまだしも、何でこんなに論理的に批判しようとするのかよくわかりません。芸風を論理的に批判ならまだしも。俺はこういった動向がモンスタークレーマーと似てる気がしてなりません。まあそんな俺も凝り固まってるかもしれませんが。
上記の”例えば”を見ればわかると思いますが、「虚構新聞」だと付けろ!ということで「虚構新聞」の意味がなくなる。映画の例で言えば、死亡フラグを明示されて劇的なシーンが冷めるように。または(悪質でもないのに)ジョークなんか言うな!と言ってるように聞こえてなりません。
あと、リテラシーの点で言えば、一般の人がネットを使うようになったからと言って、なんでレベルを低い方に合せなきゃいけないのか?そうする事の方が大きな問題のように思いますが?