も、もちろん僕だって見えてるさっ!
どの基本書がいいとか、どの演習書がいいとか、過去問が大事だとか、
なんとなくわかってきた。
そして、どんな教材を使えばいいのか、なにを意識すればいいのかがわかっても、
大学受験のときは、そもそも机にむかっている時間が少なかったので、
勉強不足を理由にすることができた。
でも、法科大学院とかいうところでは、みんな夜遅くまで勉強していて、
そーすると、集めた情報を有効に使えないのが、どうやら勉強不足が原因ではないことに気が付く。
同じ時間、同じ教材で勉強しても、人によって出せる成果に違いが出てくる。
それは、要領がいいとか、才能だとか、確かにそれもあるだろう。
しかし、友人たちをみていると、どうやらそれだけでもない感じがする。
自分は雑だが、友人は丁寧だ、という感じだろうか。
人生に害を及ぼさなければそれでいいよ
もちろん全部が全部そうだっていうわけじゃないけど、概ね頭悪いよね。
運転も下手くそだし。
まさかこういうところまで男性性に束縛されただの言うアホフェミはいないだろうけど。
あの頭の悪さはどこから来るんだろう。
なるほど。自転車だとフレームの重さなんて制御という文脈では誤差で、むしろタイヤをどう重心に対してアラインするか、という所に集中できるのが、バイクのマスが大きくなるとそのアラインのためのコントロールというかモーメンタムというか、そういう成分が入ってくる、ということですね。
参考になりました。どうもありがとうございます(年取ったらバイクもいいなと思ってるけど、若いうちに一回乗っといたほうが良いかな‥‥‥とはいえ既にアラフォーだけど)。
「期せずしてその人にだけ恩恵が及んでしまう」ような場面を作るように心がければいいよ
その場にいる人全員に優しくしようとしたら、その場にいるのはその人だけ、みたいな感じ
そうすれば、「他の人を優遇しないことへの罪悪感」はあまり感じずに済む
この時期になると就職活動の明暗が別れてくる。
泣く者、笑う者、絶望して立ち尽くす者、諦めず前進する者etc...
僕は早期から就職活動をしていたこともあり中小ではあるが内定をいただくことができた。
僕は辛うじて笑う者になれたのだ。
笑う者になった。だからといって人の内定先を笑ったりはしない。
僕は安堵して笑う者となったのだ。なのに、就職活動に諦め半ば投げやりになっている友はあろうことか僕の内定先を鼻で笑って見下してくる。
最近では
と鼻息荒く言っていた。
僕は友人に笑顔で言う。
「それもいいんじゃない」