2011-05-06

ネット社会

色々考えてみた。

ネットがなかった時代を。

僕はよく2chをみる。見るたびに不幸になる気がする。

例えば恋愛のことについてを取り上げてみよう。

僕はモテる方ではない。背も低いしイケメンだとは思わない。これは主観的評価である

それでは2chに書きこんでみよう。例えば恋愛ネタ掲示板があったとする。

こういうのがよく立つのニュース速報だろうか。

女の子キスしたことないやつなんていないよな?>

僕は少し考えて、過去自分経験を書きこんでみるのだ。

大学の時後輩とならしたことがある」

他の人は嘘を書いているかもしれないし、本当のことを書いているかもしれないが、

本当のことを書いたとしても、見人にはそれが本当かどうか分からない。自分の時も然りである

ここでネットがなかった時代に戻ってみよう。僕はこういった話を誰かにするだろうか、そして皆の纏まった情報を聴く機会などあるのだろうか。

噂や人の話の上では、不特定多数情報を膨大に得ることなんて出来ない。大阪に住んでいて、見も知らない新潟の人の噂話を聞くなんて

まあないだろうと思う。殆ど小さなコミュニティの中だけだ。そういった話を得るためには、女の子情報網や、積極的に収集する力がなければ

そもそも叶わないだろう。しかしながら僕はコンビニに置いてある週刊誌や、投稿による「実話」マンガなんかを元にしてそういった情報を得るかも知れない。

しかしなんにせよ、”弱い”のである

インターネットの正確性なんてこの際どうでもいい。

ただその膨大な情報量が人を不幸にさせる可能性がある、ただそれだけなのだ。

リア充という言葉はそんな中から生まれてきたのかもしれない。

海の広さを知ることは本当に良いかどうか分からない。そもそも海ではないかもしれない。

井の中の蛙は池に行ったこともなければ、湖に行ったことさえないのだから、それが何なのかさえ

理解出来ないことだろうと思う。

僕はネットを始めてからダメになった。

この広さが心地良く、いつも止めることが出来ないでいる。

不幸さと同時に、時々すこしばかり幸福を分け与えてくれている気がしてならないのだ。

コメントも、トラックバックも、2chならレスをくれることだろうか。

ものの危険性を知ることは良いことだと思う。ただし止めることが出来なければどうしようもないのだが。

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