2011-04-06

母をぶった

認知障害のある84歳の母を85歳の父と一緒に介護している。母は「ここがどこで、今がいつで、自分が誰で、自分が何をしているのか」がわからない。見当識が無いというのだそうだ。半年前に在宅介護を始めてから毎日毎日「私、どうしちゃったの? どうなってるの? なんで誰もいないの?」と聞く。最初のうちは「病気なんだから」と辛抱強く答えていた父は、すっかりうんざりしてしまい、母がいつもの質問を始めると無視するようになった。私が代わりに答えると母は「なんでパパに聞いてるのに、あんたが答えるの?」と言うので「同じ質問を千回繰り返しているから、もう答えるのがめんどくさいんだよ」となだめている。

一昨日の夜、10時に就寝し、父は寝室に引き取り、私と母は病室としてしつらえた部屋で休んだ。11時ごろ、母がむくっと起き上がった。「何?」と聞いたら「パパに聞きたいことがある」とベッドから下りて、父の寝室のほうへ行こうとする。父は頻尿のせいで常に寝不足で、余計なことで起こしたら、さらに体調と機嫌が悪くなることが目に見えていたので力づくで阻止して、ベッドに押し戻した。すると母が「なんで、私がパパのところに行くのを邪魔するの? あんた、パパと出来てるでしょう」と言い出した。「私はパパは大嫌いだよ。でも、寝ているところを起こすのは可哀相だと思うから止めてる」と答えたら「あんたはパパが好きなのよ」と言い募る。その後も、1時間ごとに起き出しては、トイレに行くふりをして父のところに行こうとしたり、私を出し抜いて出て行こうとしたりする。朝4時、トイレに母を座らせていると「あんたは何をしているかわかっているの? 父親と関係を持つなんてしてはならないことよ」と言う。「やってない」と何度言っても聞かない。

ふと、思い出した

母は私を叩いて育てた。躾なのだそうだ。言ってもわからいからぶつのだと言う。じゃあ、この状況ならぶてばいいんじゃないか? 母は私をぶてば言うことを聞くと思っていたのだから、私だって母をぶって言うことを聞かせればいいのじゃないか? 頬を張った。何度何度も叩いた。母は「あんたは父親と出来てる」と言い続けた。叩いたって、言うことなんか聞かないじゃないか

翌日、ずっと母は父と私に向かって「あんたたち、いつからそんな関係なの? 許されないことよ。情けない。信じられない」と言い続けた。ケアマネさんに相談したところ「そういうことはよくあることなです。何日も続くようなら、どこか施設に短期で預けて、離れたほうが落ち着かれるかも知れません」とアドバイスしてくれた。

母は夜になっても、同じことを言い続けた。そして、一昨日の夜と同じように、夕べも同じことを言った。そして、私に向かって手を上げようとした。「ぶちなさい」と私は言った。「それで気が済むなら、何度叩いてもいい。でも、私とお父さんは何の関係もないと認めなさい」と、母はぶった。何度もぶって、私の頬は真っ赤になった。でも、ちっとも痛くなかった。母が私を叩くときに手加減したことなどない。今だって、もちろん、力一杯叩いているはずなのに痛くない。84歳の老婆に叩かれたって、ぜんぜん痛くない。最後には「関係はない」と認めさせた。

今朝になって、母の左あごに青痣が出来ているのを見つけた。昨日までは無かったものだ。私がぶったのとは違う場所だがほとんど24時間揉み合いをしていたのだから、いつかどこかでぶつけたのかも知れない。痛くないと言うので放置しておくことにした

母は今朝、父の顔を見て「あなたケンカした夢を見た」と言った。今回の騒ぎは、それで終わった。日常が戻ってきた。母はすっかりご機嫌だ。

昔も今も、私を叩くのは最高のストレス解消法らしい

今度、わけのわからないことを言い募ったら、母をぶつのはなくて、私をぶたせてやろう。私には母親はいない。私をストレス解消の道具にしてきた老婆がいるだけだ。やっと、母から解放されたような気がする。好きなだけぶっていい。私はもう母の言葉にも母の暴力にも傷つかない。私は母より強くなった。

201104072100追記。

コメントありがとうございます

思いがけない反響をいただいて、返信をしたら、ご期待を裏切るのでは?黙ってようか、とも思ったのですが、残念ながら文学として書いたのではなく、苦しい気持ちへの共感と、何らかのアドバイスを求めての投稿したので、追記の形でお礼を言わせていただくことにしました

この日記には前段階があります

「飯つくれと父が言う」

http://anond.hatelabo.jp/20100603223423

「飯つくれと父が言う2」

http://anond.hatelabo.jp/20100710104654

介護うつになりそうだ」

http://anond.hatelabo.jp/20110111155004

ここまでの経緯を簡単に言うと、私は母を老人ホームに入れたかったのに、認知症を患っている父に強く反対され、叔母が協力してくれると言うので在宅介護を始めたら、叔母がのっぴきならない用事で来られなくなり、母をデイサービスに週3日行かせることになったのです

主たる介護者は「父」で、私は補助に過ぎないのですが、23年前に両親の介護をするという条件で土地をもらって家を建てた(そこには75歳の夫の姉がいて、家が無くなったら行くところがありません)ので、介護から降りるという選択肢はありません。問題は、そのときはうちの両親と仲の良い夫がいたのですが、3年前に60歳で亡くなってしまい、私1人で抱え込む羽目になってしまいました

誰が悪いわけでもありません。人が亡くなる順番は年齢通りでは無いというだけです

母を施設に入れることを、父が承諾してくれさえすれば、今の状態から抜け出せるのですが難しそうです。でも、増田相談したおかげで、少しずつ「介護を抱え込まない」方向に進めています。今回もすぐ(ケアマネさんに相談だ)と思えましたし、ケアマネさんがすぐに理解を示してくれたことで、とても救われました

みなさんへの返事の中で言ったことも実行出来ていないことが多い(特に母を家に戻したのは痛恨です)のですが、少しずつみんなが楽しく暮らせる方向に進めていこうと思います。

ありがとうございます

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  • 家庭介護の終わり

    http://anond.hatelabo.jp/20110406115718 母85歳、認知障害があり要介護3。父86歳、ピック病で要支援1。私50歳は、ほとんど泊まり込みで、2人の日常生活を支えていた。 母は週4日の...

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