2011-03-01

博士課程というのは優良な人間を選別するところ

博士課程というのは優秀な人間を選別するところ。博士に入ったのに、無能な人間が排出されると、社会害悪を与えることになる。

無能な人間は生まれつき無能なのだ。生まれてきたこと自体が罪なのだ。

無能な人間は優良な人間をたたえつつ、自分が生まれてきてしまったという罪をあがないながら生きなければならない。

無能な学生が何人か死んだところで大した問題にはならないので、他人に迷惑をかけない方法なら死ぬことも許される。

博士課程自体が優良な人間の選別装置なので、大学教員には無能と選別した人間には「死ね」という権利があると思う。

殺人は罪になるが、「死ね」という言葉を発すること自体は罪にならない。無能な人間を排除することは、むしろ社会の発展に貢献しているとすら言える。

世の中こういうものだと思っておけば、いかなるブラック研究室でも乗り越えることができると思う。

自分は無能であるという罪を負っており、罪をあがないながらでなければ生きて行くことが出来ない。そのあがないが研究なのだ。だから研究は辛く苦しくて当然なのだ。

そう考えれば、いかなる環境でも乗り越えることができるとおもう。

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