2011-02-19

道民ツァラトゥストラ

2年前の今頃、仕事が終わって携帯を開くと父親からの読みづらいメール

「Sがインターネット遺書を書いていると警察から連絡が来た。なにかわからんか?」とのこと。

ついに来たかと思った。

母一人、子一人の訳あり。彼が20歳の時に彼の母(俺の叔母)は亡くなった。

当時16歳の俺には従兄の変化は分からなかった。

従兄は本州大学に行き、俺も道内の大学進学となり疎遠に成っていったが、

彼が留年し、学校にも行っていないことは親から聞いていた。

鬱だと言うことも。

俺も大学を4年で卒業することが出来ず、1年間本州へ逃げ出していた時期があり、

その時に従兄の家に顔を出した

手土産を渡すとチェーンロックがかかったドアから顔を覗かせ「ありがとう」と言った。

切なかった

小さい頃からいつも一緒に遊んでた従兄があんな風になるなんて思ってもいなかったし、

年代の親戚なんて、俺と妹と従兄しか居なかったか兄弟たいに育ってきた。

から、俺だけはなんて自惚れもあった。

彼が大学を辞め、地元に戻ってきた頃は、彼も調子が良かったようで、度々会っていた。

すごく楽しかった。

俺の誕生日プレゼントだっていって、PC組んでくれたり、申し合わせたわけでもなく

彼はHIPHOPが好きで、俺はReggaeが好きになっていて音楽の話しもいっぱいした。

それから数年、また疎遠に成っていった。送ったメールも返ってこなくなった。

その間の彼の生活は全くわからない。

どこかに「便りの無いのはよい便り」なんて思っていた節もあった。

そして、突然の父からメール

見つかるまでの1週間、どこか他人事のような気がしながら、過ごしていた。

置きっぱなしのPCからmixiログインしてたせいで最後ブログ記事の米欄

釣りだとか書かれたりもした

そこから、彼がν速コテだったことも知った。

ググったらその名前がたくさん出てきた。

不謹慎だが不思議な気分だった。

今こうやって書いていて、支離滅裂な文章だなと思う。

きっとまだ受け入れ切れてないんだな。

死んだら終わりだ。

俺も同じように生きる意味を探してた時もある。

わかんなくもないけどさ。

ほっときゃその内誰でも死ぬんだ。

から急ぐ必要なんて無かったろって思う。

彼の考えは無視して書く。

俺が寂しいんだよ。

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