2011-01-10

親父は火災保険には入っていたが、本当に火事に見舞われるとは思っていなかったのだ。

俺の親父は公務員で、俺は公務員はなりたくなかった。

 

親父は旧帝大出のエリートだったが、同時にマトモな先見の明があり、

「いずれ不況は来る。原因も時期も解らんが、一生平和好景気なんて事があるわけがねぇ」

と考え、公務員になった。

公務員だって国が無くなればお終いだけど、その頃には先に企業ダメになってるよ」

果たして日本はその通りになった。

 

親父の時代、旧帝大出の公務員負け組だった。負け組なのに激務薄給だった。

ヤクザと軽くもめてメガネを割られたり胃に穴をあけたりはしょっちゅうだった。

バカからバカにされるのもしょっちゅうだった。

「公の下僕」であって「お前個人の下僕」じゃないんだと、言ってやりたかった。

から俺は公務員はなりたくなかった。

 

親父は俺に少し失望したようだったが、無理強いはしなかった。

一言だけ

「今は、どんな仕事でも食っていける。でもいずれ50,60になったとき、体は動かなくなる。

その時でも続けられる仕事を選びなさい」と言った。

から俺は、肉体労働は避けた。

 

公務員だって国が無くなればお終いだけど、その頃には先に企業ダメになってるよ」

果たして日本はその通りになった。

俺の体はまだまだ動くけど、いつ会社が無くなるかは解らない。

でも、公務員にも首切りが行われていた。

本人の口から「辞めたい」の4文字を引きずりだせば、リストラはならない。

なまじ「公舎の外の世界に出てもやっていける有能な奴」ほど、末路は悲惨だった。

放り出しても人事の良心が痛まなかった。「あいつならやっていけるだろう」

 

親父は空気の読める男だった。言外の意図が汲める男だった。

から親父は無駄な抵抗はしなかった。だが、他の行動もしなかった。

喩えるなら、

親父は火災保険には入っていたが、本当に火事に見舞われるとは思っていなかったのだ。

棒立ちで崩れる我が家を見つめるばかり。

 

俺の親父は、息子に「扶養してやろう」と言われた瞬間、息を吹き返した

「舐めんな」の4文字を吐き出して、再就職を果たした

 

俺は思う。

俺なら、俺たちの世代なら、失職しそうになっても棒立ちにはならない。

それは常に現実味を帯びた話だからだ。

でも、心が折れた後に、こんなに早く息を吹き返せるだろうか?

無論、個人差はあると思う。あると思うがしかし、

こと精神力に関して今の世代は上の世代に勝てるものなのだろうか?

 

人生保険をかけていますか。

その保険が破れてもなお、生きる気力は有りますか。

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