アニメ、マンガが大好きな人とそれで食ってる人が反対派の大多数。
この人たちは他人に自分の趣味や仕事を取り上げられるかもしれないから、表現の自由という正論を振りかざしてる。
アニメ、マンガなんかどうでもよくて仮想敵を作ることで社会的立場を強くする人が賛成派の大多数。
この人たちは自分の価値観を他人に押し付けたいから、子供の健全育成という反論しようがない理屈を振りかざしてる。
結局どっちも本音でぶつかってない気がする。
ただ好きなものが同じより、嫌いなものが同じだというほうが人間同士の絆は強い。
誰かと友達になりたかったら同じ敵を作ったらいい。
なんだかイジメの構図と同じように見えるけどそれは気のせい。
人権なんてものより、目の前に存在する子供の保護を優先しようという論拠のほうが力強い。
世論は目に見えるものしか評価しないんだから都条例の改正案が通るのは当たり前。
学ぶべきところなんてなにもないただの利権闘争だ。
「都が規制しているから子供は見ちゃいけない本を見ていないはずだ。
そういうふうに親が考え始める。
やってはいけないこととか他者に対する愛情とか、人間として尊敬されるように教育をするのは親の務めなのに。
だたっぴろいライ麦畑で、小さな子供たちあそんでいて、誰かが崖から落ちてしまったとき。
「この先は危険」という看板が立っていないことを、怒るような親にはなりたくない。
よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもがいたら、その子の親がちゃんとキャッチする。
みんなにちゃんとキャッチしてくれる人がいる。
そういうほうが、いいなあ。
いつもながらの七色の言説、乙彼様です。
増田を含めて 崖から転落していく子供達に 手を差し伸べずにきた結果がこれだよ。 そういうほうがいいなぁと 聞こえのいい事をいいながら 一切手を出さずにきた私達のね。