以下は、いわゆるインドの高校世界史教科書、『世界史のテーマ』前書きの試訳である。
「世界史を読むということ」
ニーラドリ・バッタチャールヤ(チーフ・アドバイザー)
「どうしたら一年間で世界史を勉強することができるのでしょうか」とあなたはきくでしょう。「様々な国でとても沢山の出来事が起こり、それぞれの国でとても沢山のことが書かれてきました。その広大で限りないコーパスの中から、勉強すべきほんの少しのテーマをどうやって選べばよいのでしょうか」と。
それはもっともな疑問です。どんな種類のものであれ、世界史の本を読む前には、そのような疑問に答える必要があります。シラバスというものは、どのように組み立てられているのか明らかにしなければなりません。本もその狙いを説明すべきでしょう。
歴史を学び、書くという営みの中で、史学者は常に選択を必要とするということを忘れてはなりません。これは、素晴らしい小冊子『歴史とは何か』の中で、E・H・カーが何十年も前に指摘したことです。かび臭い文書館の膨大な史料の山を渉猟した後、史学者は重要と思われた事実を書きとめます。彼は、それらの事実を、その他の文書館で同様にして集めた証拠と付きあわせます。彼は読んだもの全てを写しとることはできませんし、集めた証拠を全て使うこともできません。ある史学者にとって意味を成さない証拠は、顧みられないまま残されます。時が経って、新しい疑問を抱いた史学者が同じ記録を読むことでしょう。彼女はそれまで見過ごされていた証拠を発見します。彼女はその証拠を解釈し、新たに既存のものと結びつけ、新しい歴史の本を書くでしょう。
歴史を書く営みは、この選択という要素と切り離すことができません。ですから、歴史を読むときには、どのような出来事に史学者が焦点を合わせているのか、それらをどのように解釈しているのか、ということに注意を払う必要があります。私たちは、史学者が展開している大きな議論、特定の出来事に意味を持たせる大きな枠組みを理解する必要があるのです。
最近まで、私たちが読む世界史というものは、しばしば近代西洋の興隆についての話でした。それは、切れ目のない進歩と発展の話でした(技術と科学、市場と貿易、理性と合理性、自由と解放の伸展)。ある出来事についての歴史は、この西洋の勝利という大きな物語の中で組み立てられることがとても多かったのです。帝国による世界の統制は、そのような過去の認識に基づいていました。西洋は、世界を文明化し、改革を導入し、土人を教育し、貿易と市場を拡大する、進歩の運び手と自任していました。
今日、私たちはこのような認識に疑問を持つべきではないでしょうか。そのためには、世界史を見直す必要があります。いくつもの大陸と長い時間を渡り歩き、世界史を新しく捉えなおすことができるか調べてみなければなりません。『世界史のテーマ』はその旅路のお手伝いをします。
それは、三つの方法によります。
その一つ目として、発展と進歩という輝かしい物語の陰となっている暗い歴史を紹介します。15・16世紀の南アメリカへの冒険者と貿易商の到来は、西洋の商業と文化を単に押しひろげたわけではなりません。疫病を撒き散らし、文明を打ち壊し、人口を激減させたのです(テーマ8)。後年、白人の入植者が北アメリカとオーストラリアへ移住したときも、単なる進歩のみがあったわけではありません(テーマ10)。これらの地域における近代資本主義社会発展の歴史の背後には、原住民の排除、ジェノサイドとさえ言える不穏な話が横たわっているのです。
二つ目として、国家と帝国の形成を扱う第二セクションがあります。そこでは、ヨーロッパのローマ(テーマ3)のみならず、イスラームの中心地の諸国家(テーマ4)、モンゴル人の国(テーマ5)についてのドラマが明らかにされます。これらの章では、それぞれの地域において、非常に異なった方式で社会と政体が構成されていたことが述べられます。
三つ目として、第四セクションは様々な近代への道を叙述します。かつては、工業化というものはイギリスで初めて起こり、その他の国々は色々な方法でそれを模倣しようと努めたと信じられてきました。そのような議論では、西洋は再び世界の中心とみなされています。しかし、今日の私たちは、創造性の全てが西洋起源でないことを知っています。しかしながら、反対に、西洋は外の世界の歴史に何の影響力も持たなかった、とか、それぞれの国の発展は独立に起こった、とか、発展の自生的な起源のみに注目すべきだ、などと単純に主張することもできません。それはとても視野の狭い見方であり、地方根性の一種です。そのかわりに、それぞれの国の人々がそれぞれ創造性を発揮して生活世界を形作り、それらの発展が、ヨーロッパを含めた他の国々や大陸に対し、交互に影響を与えたことを理解する必要があります。テーマ7では、ルネサンス期のヨーロッパが、外の世界の発展から多大な影響を受けたことを知るでしょう。
あなたの旅は、人類社会の始まり(テーマ1)と都市の始まり(テーマ2)から始まります。次に、三つの別々の地域で、巨大な国や帝国がどのように発展したのか、それらの社会がどのように成り立っていたのかを知るでしょう(セクション2)。続くセクションでは、9世紀から15世紀にかけて、どのようにヨーロッパの文化と社会が変化したか、そして、ヨーロッパの拡大が南アメリカの人々にとって何を意味したのかを詳しく知るでしょう(セクション3)。最後に、近代世界の形成に関わる複雑な歴史について知るでしょう(セクション4)。それぞれのテーマの多くは、その分野で交わされている論争について紹介し、史学者が途切れることなく古い問題を新しく捉えなおしていることを示すでしょう。
どのセクションにも、前書きと年表があります。それらの年表は試験に備えて暗記するためのものではありません。それらは、ある時期に世界の色々な場所で何が起こっていたのか考えるきっかけを作るためにあるのです。それは、ある場所の歴史を別の場所のそれと関連づける手助けとなるでしょう。
年表を作るということは常に困難を伴います。どのように焦点を合わせるべき日付を選べばよいのでしょう。全ての史学者が賛成することはないでしょう。事実、同じ時代について、色々な本で掲げられている年表を見比べてみれば、強調されている論点が異なることに気づくことでしょう。ですから、それが何を伝え、何を伝えていないのか、それぞれの年表を批判的に読む必要があります。年表は独自の方法で歴史を構成するのです。
今年度、あなたが南アジアの歴史を勉強することはありません。来年度、あなたは『インド史のテーマ』を読むことになります。この二年間(第11学年と12学年)で、世界史上の重要な出来事と歴史過程のいくつかについて理解するだけではなく、どのように史学者が過去を知るようになったかわかるようになるでしょう。彼らの用いる史料について、それらへの焦点の合わせ方について、歴史的知識というものが、解釈の繰り返しと論争を通して発展してきたことについて、知ることになるでしょう。
出典:National Council of Educational Research and Training, 2006, Textbook in History for Class XI: Themes in World History, New Delhi, pp. v – vi.
http://anond.hatelabo.jp/20090829003621 序文 前書き セクション1―草創期の社会 前書き 年表1(600万年前から前1世紀) テーマ1―時のはじまりから テーマ2―書くことと都市の生活 ...