2009-08-21

天才が死んだ

天才が死んだ。彼女とは高校部活で出逢った。自分という可能性に自惚れやすい時期だったにもかかわらず、自信という自信を木っ端微塵に打ち砕かれた。圧倒的なまでの天才。その天才が死んだ。自殺だった。

次の休日。同じ部活だった後輩に会いにいった。もう何年も会ってなかった。後輩は天才と同じ道に進んだが、持っているモノが違いすぎた。歌手としてデビューするもパっとせず、今は秋葉原路上パフォーマンスをしているらしい。駅をでるといくつもの人だかりができていた。大きなかたまりから探していくと見つけることができた。7番目だった。体に密着したエナメル衣装は申し訳程度に体を隠すだけで水着と遜色のないくらいに肌が露出していた。不自然に高い甘えた歌声は観客には届いてないようだった。ぴろりん。ぴろりん。観客たちは忙しそうに彼女スカートの中身を携帯メモリーに入れていた。

前日の夜、友人に電話をした。彼女天才に打ちひしがれたひとりだった。あるとき彼女徹夜して書いたスコアを持ってきたことがあった。小学校の時、ベースに目覚めて以来、毎日練習を欠かしたことのなかった彼女は上手だった。少なくとも同じ世代の中では間違いなく上位だった。でも上手なだけだった。恥ずかしそうに彼女演奏を終えると部活のみんなは聞き惚れていた。いい曲だった。だが天才が、ここはこうした方がいいんじゃない即興で直すと、はるかにいい曲になり、全体を直し終える頃には、震えるくらいの曲にまでなった。これは暇つぶしに作った曲だから。耐えられなくなった彼女はそういって徹夜で作ってきたスコアを破いた。

電話に出た彼女天才の死を知っていた。運良くメジャーデビューできたけどやっぱり彼女にはムリだった。出す曲はワンパターンだし、ピークは3年前。そんなことを言う彼女に今なにをしてるのか尋ねると詩や曲を作っていてるらしい。「それよりも今」興味のない話を打ち切るように彼女は言った。「学園祭映像を見ているんだけど、懐かしいなー、みんな若くてカワイイし、このときは良かったよなあ」それは彼女ヴォーカルで、天才がバックをやってた時の映像だった。彼女は何年も前からそんな調子だった。

後輩のパフォーマンスが終わり後片付けをしていたところに声をかけた。思いの外、彼女の驚きは少なかった。先輩、お久しぶりです。そう挨拶され近くのファミレスに行くことになった。世間話から会話をはじめたものの、それもすぐに尽き、話題はやはり天才のこととなった。本当に残念です、と俯く彼女は、友人とは違い、心から悼んでいるようだった。天才と同じ道に進むくらい、誰よりも憧れていた彼女

「ねえ」尋ねるべきではないかと思っていたものの聞かずにはいられなかった。「なんでそんなことしてるの?」

「ああ」過去を思い出したのか彼女は苦笑いして答えた。「わたしこういうの否定してましたもんね」

そう。彼女は誰よりも、今の彼女がしているようなものを否定していた。

「耳にタコができるほど聞かされたからね。あんなの音楽じゃない。恥知らずで信じられない。って」

「あはは。そんなことも言ってましたね」

「じゃあ――」

「先輩。やっぱりわたしには才能がありませんでした。部活の時からわかっていましたけど、実際にプロ世界仕事をして、もしかしたら、なんて淡い期待も消え去りました」そう言うと彼女の瞳がまっすぐにこちらを向けられた。「でもね、先輩。やっぱりやめられないんです。わたし。それでも音楽がやりたいんです。続けたいんです。だから音楽ができるなら、たとえそれがむかし軽蔑してたようなことでも、頑張ってやらさせてもらってるんです」

「まあ、できればやっぱり、多くの人に聞いてもらいたいんですけどね」照れ隠しに笑う彼女に対して私は曖昧な返事しかできなかった。

頭がぐるぐるしていた。家に着くとベッドに倒れ込んですぐに眠った。とにかく眠りたかった。けど夜中の2時に目が覚めた。冷蔵庫ミネラルウォーターを取りに行きソファーに座るとDVDラックが目につき、学祭DVDプレイヤーに入れてみた。流れる映像。あたしたち。音楽。また頭がぐるぐるしてきた。でも眠った。明日は仕事だった。

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