2009-08-08

「母子寮」という場所に対する私の印象

私は物心がついてから高校生までという非常に長い期間において、母子寮という環境で過ごしてきた。「母子家庭」という物自体は今時大して珍しいものではないが、「母子寮」と聞くと、何か変わったものであるような印象を抱く人がいるかもしれない。人格形成期の多くをここで過ごしてきた私は、多少その環境による影響を受けてきたのではないかと思う部分がある。そこで、母子寮にすんだ経験がある人間による、某母子寮出の生活の感想を、思い出せる範囲でつづってみようと思う。

  • 非常に閉鎖された環境での生活

今の時代、オートロックが正面玄関に採用されているアパートマンションも珍しくないので、集合住宅が閉鎖的な環境であることはさほど驚くことではないかもしれない。しかし、母子寮の閉鎖性は、管理人室に訪ねなければ中に入れないというセキュリティ上の問題だけが作り上げているものではおそらくない。

まず、母子寮に住む大人はすべて仕事家事を両方こなさなければならないという、非常に忙しい生活を強いられているため、職場と母子寮以外での人との接点がほとんどない(離婚か死別を経験しているため、子ども以外の家族との接点も比較的希薄である)。また、その子どもたちも親の家計の制約により部活や塾などの課外活動にあまり参加しない場合が多く、学校と母子寮以外での人との接点はあまり多くない。よって、母子寮に住む人と、それ以外の人との間には、見えないが、厚い壁が形成されやすい。この外界と隔絶された環境が、まずは母子寮の大きな特徴である。

閉鎖性の高い環境で長く生活し続けたことによって、私は外界の誘惑に囚われることなく勉学に集中できたので、あまり勉強熱心でないにもかかわらず、成績では学年で中の上くらいを維持し続けることが出来た。しかし、親や兄弟姉妹以外との接点があまり無かったためコミュニケーション経験が不足し、大学一人暮らしをしてからは人付き合いで相当苦労した。また、自分が極度のマザコンであるという自覚はあるが、その原因に母子寮の閉鎖性があった可能性もまったく無くはないと思う。

母子寮での生活は、独特のストレスとの戦いであった。まず、毎晩、子供が泣き叫ぶ声とその子供を怒鳴りつける親の叫び声で、非常に騒音が激しい夜を過ごしていた。別に家族喧嘩がうるさくてイライラしたことは母子寮を出てからも多々あったが、それでも母子寮で過ごしていたときと比べれば大分マシであった。母子寮で家族喧嘩が比較的多かった原因には、親が仕事で忙しいためなかなか子どもをしつけられないこと、前述のとおり母子寮は閉鎖性が高い環境のため、にもかかわらず家族同士の相互依存度は必然的に高くなり、よって家族間の摩擦が起こりやすいこと、この2点だと思う。

また、同じ住宅に住むほかの住人とのトラブルも絶えなかった。バツイチ経験ゆえか、非常にヒステリック母親が多かったように思える。それは仕方の無いことかもしれないが、子どもにはその辺の事情はよくわからないので、隣近所の怒りっぽいおばさんに怒鳴られるが怖くて、毎日びくびくしながら過ごしていた。これは、近くにいる人とトラブルを起こさないほうが身のためであるという教訓にはなったが、一方で家族や友人以外の人々(特に大人)に対する条件反射的な警戒心を強めてしまったように思う。

最初のほうで述べたとおり、母子寮に住む子どもたちは主に金銭的な制約によって学校以外の外の世界に触れる機会が少ない。そのため、私が住んでいた母子寮では、その内部で子どもたちだけのコミュニティが形成されていた。しかし、それはとても健全なものであるとは言えず、むしろいじめの温床となっていた。

母子寮内におけるいじめで一番の問題点は、セーフティネットがまったくと言っていいほど存在しないことである。親は忙しくてなかなか子ども同士の問題に向き合えない。管理人はおそらく外部から来た人間であるから、あまりきつく指導したり介入したりすることは出来ない。また、母子寮は外界から隔離されているため、外部へ救済を求めることも難しい。また、母子寮の子どもはどうしてもしつけが行き届いていない場合が多いので、いじめにおいても加減というものを知らない。暴力盗難なんて、日常茶飯事であった。

私は不安定な精神であったため、学校でも、母子寮でもいじめにあっていた。また、勉強は出来ても性格ダメだったので、いじめから解放される糸口を見つけられず、ただただ泥沼にはまっていた。学校でも、学校から帰っても、いじめに遭い続けるというつらい経験で負った傷は、後も長く引きずることとなってしまった。

大体、母子寮で生活した感想はこんな感じである。母子寮は家賃こそ安いが、それはこういった数々の問題が横たわっているからである。厳しい環境で生活したおかげで、私は少し優しくなれたかもしれないが、同時に負った傷も大きかった。また、学校と近所の母子家庭以外はテレビ新聞から見える範囲でしか「社会」というものを知らなかったため、大学に進学した時点では非常に社会性が欠如していたこともまた事実である(もっとも、これは社会についてきちんと勉強しようという意思が弱かった私にも責任はあるが)。家計やその他の環境が許すならば、避けたほうがいい場所だと私は思う。

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