2009-07-17

ちょっといい話聞きたくない?」

大学食堂でぼくがカレー口に運ぼうとしていた時だった。湯気を立てるうどんたっぷり入ったどんぶりの向こう側で、彼女はそう言って微笑んだ。

「いい話?」

「そう。ちょっぴり甘酸っぱい文通の話」

「いいねえ。聞こう」

「ふふん」

スプーンを皿に置いて手を組み身を乗り出すと、彼女はおほんとひとつ咳をして得意そうに話し始めた。

「あるところにひとりの女の子がいました。その子は自分が住んでいる町が好きではありませんでした。田舎だし、ぜんぜんオシャレじゃないし。女の子はすぐにでも町を出たくて堪りませんでした。だから、ある時手紙を書きました。誰にも送るつもりなどなかった手紙でした。思っていることを全て吐き出したのです。そうしないと女の子はもうダメだった。潰れてしまいそうだったのです。あくる日、女の子手紙を詰め込んだ瓶を海に投げ捨てました。――あ、女の子が住んでいた町は海が近かったのね。瓶は長らく波に揺られていましたが、やがて見えなくなりました」

さてさて、と、一息入れて続きを話そうとする彼女を、目の前に手を差し出してぼくは制する。きょとんと驚く彼女を尻目にぼくは話の続きを口にした。

「当たり前のように、女の子は返事が来るとは思っていませんでした。海は広いのです。きっと誰にも見つからないと考えていました。むしろ誰にも見つからない方がよかったのです。けれど、どういうわけか返事は返ってきました。とある日、再び訪れた浜辺に見知らぬ瓶が埋まっていたのです。女の子はびっくりしながらも文面を読み、そしてまた手紙を書きました。誰かに届いているような気がしたのです。数日後、また波打ち際に瓶が埋まっていました」

「どうして、涼太が知ってるの?」

目を大きくして驚きを隠さない彼女に、ぼくは少し恥ずかしくなりながらも答えた。

「……あの浜辺はさ、潮流が一度近くのテトラポットにぶつかるんだ。それから海の中に潜ってまた流れていく。だから海面に浮かぶものなんかだと簡単に拾えちゃったりするんだよ」

「えっと、つまり、あの手紙の相手ってのは……」

「まあぼくも、今の今まで相手が誰と文通してるかなんて知らなかったけどね」

言って鼻を掻いた目の前で、美奈の頬は音を立てるかのようにして一瞬で朱に染まってしまった。

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