2008-11-22

体罰を受けた一人の生徒

あれは中学2年生の頃でした。

担任の増山先生仮名)は怒るとものすごい体罰をすることで有名でした。しかし、誰もその体罰を見た事がなかったのです。ただ、突然ものすごい体罰が始まるということで生徒の間で恐れられていました。普段は優しく、温厚な先生だったので、私にとっては、増山先生がすごい体罰をするなんて信じ難い事でした。数年前までは校内暴力がまだ蔓延っており、一部の先生が生徒からリンチを受けるという事件も勃発していたため、増山先生の話は抑止力としての都市伝説だと思っていました。他の生徒も噂には聞いていても増山先生体罰の話を本気では信じてなかったようです。

当時同じクラス井川仮名)という生徒がいました。成績はクラスではいい方でしたが中の上くらいで、帰宅部だったし、そんなに目立つ生徒ではありませんでした。ある日、帰りのクラス会で、増山先生が連絡事項を伝えているときでした。井川がふざけて隣の生徒にちょっかいを出していたのです。「井川」。増山先生井川を注意しました。「井川」。井川は何故かその日、増山先生の注意を聞きませんでした。へらへらと笑いながら、いや、元々そういうちょっとニヤついた顔ではあったのですが、それが、増山先生逆鱗に触れてしまったのかもしれません。

増山先生はゆっくりと井川の方へ歩いて行き、「立て」と言いました。井川自分の席をゆっくりと立ちましたが、まだ薄ら笑いが残っていました。その井川が突然、後ろにぶっ飛びました。増山先生の右拳が井川の顔面に撃ち込まれていたのです。後ろの女子の席に井川の体が当たり、女子がキャッと悲鳴を上げました。井川はその場にうずくまりましたが、増山先生井川学生服の胸倉を掴んで、そのまま教室の後ろの壁まで井川を引きずっていき、叩きつけました。二度三度、拳が井川の顔面に叩き込まれます。井川の顔から薄ら笑いは消え、その表情は恐怖に引きつっていました。静まり返った教室に、小さく「グエッ」「ウグッ」という井川の声にならない声が何度も何度も響き渡りました。私を含めた他の生徒は、誰一人、井川を助けるために動くことが出来ませんでした。今にして思えば増山先生のその体罰は、いわゆる「デンプシーロール」に近い動きでした。途切れることなく一方的に井川は殴られ、その体罰は、生徒全員に無限に続くかと思われる時間でした。

やがて私も井川もその中学卒業し、同じ高校に入学しました。中学時代、私と同じくらいの成績だった井川は、高校では学年トップの常連になりました。私はいくら頑張っても井川にかなう事はなくなりました。

ある日井川と話していて、増山先生の話になりました。増山先生、という私に井川は言いました。「先生って呼ぶなよ。増山だろ」。そして、体罰の事に話は及びました。笑いながら井川は語りました「あれはマジで死ぬかと思ったな。だけど、感謝してるよ。あれでたいていの事は恐くなくなった。どんなに勉強してもあれより辛いと思った事もなかったよ」。井川の話を聞いて、私は井川に聞きました。もう増山先生体罰を許してるんだな、と。井川は私の目じっとを見て答えました。「許すわけないだろ。今でも憎んでるよ。みんなの前で、無抵抗な状態にして、気が済むまで殴ってやりたいよ」。ひとことひとことを呪詛のように吐き出す井川は、もう笑っていませんでした。井川の目には、怨念の篭った暗い光が宿っているような気がしました。

井川は現役で早稲田政経合格しました。私は名も無い地方の大学へ行きました。井川仮面浪人して翌年、東大文一へ合格し、4年後卒業して有名企業就職しました。大学生の頃、一度井川と会う約束をしたのですが、その頃は携帯も普及しておらず、待ち合わせがうまく行かなくて会えませんでした。井川が今どうしているか私は知りません。

井川体罰によって強くなった稀有な生徒だと、私は思います。

http://anond.hatelabo.jp/20081122005902

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