2008-11-17

日本すごいwwってスレが人気。

ああいうスレを見るのって、前は好きだった。

今もテレビで「世界を変える100人の日本人」とかやってるし

本でも「日本人ジョーク集」とか「日本世界からこんな風に思われてる!」系の本とか、ああいうの読むのが好きだった。

けど今は微妙。嫌いなわけじゃない。ただなんかもにょもにょする。何か居心地が悪い。というか、正確に言うと、「居心地が良すぎて悪い」って感じ。まあ大抵こういうスレとか本ってのは、基本的には「日本海外を比べたときの日本の特殊性、それゆえの凄さ」とかが紹介されてるわけなんだけどさ。結局そう言うのを見て喜んでる自分が嫌なのかもしれない。昔は無邪気に喜んでたけど、「外人はこの自動販売機を見ると驚くんですよ!」「えーなんでですか?」「自動販売機ってお金がいっぱいつまっているでしょう?そんなものを放置しておいて、しかも盗まれないっていう治安の凄さに驚くんです!」「わー日本すごい!」っていうこの一連の流れが、日本人である自分にとって余りに気持ちが良すぎて逆に「ん?」って引っかかる。という感じ。

言い表しづらい。

なんか、「こんな、日本のいいところばかり切り取って、それで海外と比べてこんなに凄いんだよなんて悦に浸っていていいのか?」という危機感。

ヘキサゴンの誰だったか忘れたけど、「日本はすごい!」っていう露骨な歌があったっしょ。あれを聞いた時も、なんか、大嫌いってほどじゃないんだけど、「うーん、うーん……いいのか、これで?」っていう引っ掛かりがあった。

時にジェロの活躍なんかを見て、「やっぱり日本人黒人とか差別しないよね、アメリカ人と違って」とか言ったりする人がいるんだけど、でもあれって「黒人なのにうまい」から注目されてるわけで……そう無邪気に差別してないとか言える立場でもない気がするし……

ちょっと前に増田で「日本人すごい、ってのがキモい!」ってエントリがあったけど、あそこまでは思わないけど、確かに違和感は覚える。

日本人すごい!っていう本なり、スレなり、番組なり、見てると確かに気持ちいいんだけどさ。

でも、なんか、ひっかかる。ああいうのは褒められるところだけピックアップしてるだけで、実際にはそんな褒められたことばかりでもないのも現実だし、大体、「日本人すごい!」って本・スレ番組では、そのピックアップにしたってちょっと美化しすぎなところもあるし……

なんていうのか。「全然日本なんてダメだ」って言いたいわけじゃないんだけど。いいところを探そうとすればそれはまあ結構あるんだろうけど、でもそんなところばかり見てていいのだろうか。日本人ならばむしろ、いい所と悪いところを正直に真正面から見据える姿勢が一番大事なんじゃないのかな……どの国だってたいていいいところ悪いところとあるわけで、いいところだけ探せばそりゃどこでも集められるんではないかと……そういう在る意味まやかしみたいな物で満足していていいんだろうか、って危機感を、自分に感じる。いくら「なんだかんだ治安いいよね」「おいしいよね料理」とか言ってた所でアキハバラの事件が無かった事になるわけじゃないし自給率高まったり中国産に頼らなくて済むわけじゃないわけで……ある種の現実逃避感を感じてしまうのかもしれない。勿論ああいうものを見ている人が、そうであるといいたいんじゃなくて、そういう事を自分自身に感じている。ああいう「日本すごい」系の本なりスレなりを見ているときの自分というのは、多分、日本の問題から無意識に目を背けている。そして安心したいと思っている。昔はそういう自分の心境に気付いていなかったけど、近頃段々とそれに気がついてきたからこそ、もやっとするんだろうな。

愛国心っていうのは、いい所も悪いところも見据えた上で、その上で尚好きであると胸を張れるような心なのではないか。

いい所だけ見てその度に心慰められているというのは、単に「いい話」を見て、人間希望を抱くといったような……そういう行動と同じなんじゃないか……

俗に言う「いい話」を見ていても、近頃はそのまんま素直に感動をしてしまいそうな自分に直前で歯止めをかけてしまう。

「いいのか、それで」って。

素直に楽しんじゃえばいいのかな。でもな。なんか、ひっかかる。

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