察する察しない論争がちょっと盛んだったけど、自分はなんでも口に出すタイプの女だ。察してもらうのを待っているのはまだるっこしいし、やっぱり自分の意図を伝えるなら口に出してハッキリ言う方がいい。
しかし昔から私は自分の要望をハッキリ口に出すタイプだったというわけではなかった。きっかけとなったひとつの事件がある。あれは今から15年前…私が高校生の頃、いわゆるバナナフィッシュ事件である。
私は昔から隠れオタクで、中学にあがった頃から別コミを読んでいてバナナフィッシュという(少女漫画にしては見た目が地味な)漫画を愛読していた。その日もいつもどおり、本は買えないにもかかわらず書店に通っていた。本棚を「これもあれも面白そうだなあ」と眺めているだけで満足だった。そんな私の横で、店員さんがマジックで張り紙を書き始めた。ポップというほどではないが、○○最新刊発売中とかそういうもの。ちらっと見るとどうも売れ残りのカレンダーの裏側を使ってるみたい。ビリビリと破るその手元を見ると……ア、アッシュ!?
そう、それは私が欲しいなあと思いつつ買うことができなかったバナナフィッシュのカレンダーだったのだ!
私は隠れオタクで、自分のオタクな部分があまり好きではなかったため、書店にわざわざ予約注文しなければならないカレンダーなどというものを手に入れることはできなかった。でも本当は大きな絵柄のカレンダーには憧れがあった。しかもバナナフィッシュは絵柄として地味だからなのか、当時のファンの年齢層が高かったせいなのかあまりカレンダーとかにはならなかった(カラーページも極端に少なかった気がする)のでとてもレアなカレンダーだった。
そ、それが張り紙に! ああああアッシュの顔が真っ二つになってるぅぅぅぅ!
私の心は千々に乱れた。このままではすべてのカレンダーが破かれて張り紙にされてしまう。ああああもったいない! 今なら! 今ならまだ間に合う!
私は勇気をふりしぼって店員さんに声をかけた。
「あああああのっ、その、それ…欲しいんですけど売ってくれませんか?」
店員さんは怪訝な顔して「これですか?」と言った後「いらないものなので別にいいですよ、どうぞ」といって無造作に輪ゴムで丸めて私にくれた。ただで。あまりのあっけなさにポカーンとしたのを覚えている。冷静になって考えてみれば店員さんにとっては売れ残りの何の価値もないカレンダーで、別にその裏を使わなければ張り紙が書けないというものでもない。
でもそのとき私は、自分にとっての価値と、他人にとっての価値がイコールではないことや、だからこそ交渉や要望を伝えることで自分の願望を満たせるということを身をもって実感してものすごく感動していた。だってタダで! カレンダーがもらえるなんて! すごいすごい! もっと早く言ってみればもう一人くらいアッシュを救えたかもしれなかったなあ!
この出来事があってから、私はできるだけ自分の要望を口に出すようになった。意外と他人にとってはたいしたことではない場合も多いので、望みをかなえてくれることが多い。嫌なら断られるだけだしね。世の中言ったもん勝ちですよ!