http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-01-21/2008012110_01_0.html
奨学金返済に仕送り 全く貯金できません
Q 奨学金の返済や家への仕送りで、毎月やりくりが大変です。月収は手取りで約15万円。貯金なんか全然できません。友人は、みんな同じような状況だというのですが。(24歳、男性、東京都)
300万円以上の借金を抱えて社会人のスタートを切らなければならない学生の現実を知った私は、「教育ローン」化した奨学金制度になさけなく思ったものです。
私は、あなたの奮闘ぶりに思わず「すごいなァー」とうなっていました。「貯金なんかできない」のは当たり前です。これ以上の無理はできません。
『年収崩壊』(森永卓郎著)によると「平均年収120万円の非正社員が、働く人の3分の1以上を占める」といいます。
こんな政治を変える展望も仲間と共に両手につかみながら、この社会もしっかり見すえたいものですね。
回答(Answer)になってNEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!!!!!!!
元増田です。
韓流は、(虚実はさておき)流行が目に見える形で現れていたから反発も相対的に強かったんだろうけど、
今のところ「蟹工船」ネタは「え、読まれてるの?」というのが正直な反応だろう。
何十万てこたないだろ。原爆何発分だよ。
正直、悪名高い2ちゃんねるなんかよりもいまのはてなブックマークは相当ひどい場所に見えました。非コミュニティ文化圏ゆえなのか、単に煽りたい人が多いだけなのか。いずれにせよ、最近の「死ねばいいのに」や「これはひどい」といったタグの嵐や書いた人間のことを人格まで否定するような発言の連続にはこれ以上耐えられそうにありません。
記事につくネガコメって、そんなにヒドイかな? 個人的には、否定的コメントも超ありがたいんだけど。
パブリックブログで書くってことは、当然それなりの反応を期待して書いてるんであって、それで得られるコメントは、ネガだろうがポジだろうが、嬉しい。無反応てのがイチバン応えるんだから。
そりゃどっちが欲しいかっつったら、賛同コメのが欲しいさ。けど、批判コメは「あそっか、そういう意見もあるのねー」って、自分の考えをさらに掘り下げるきっかけになるじゃん。トンチンカンな批判コメなら無視すればいいし。トンチンカンなコメは周囲の人間が見てもトンチンカンなんだから、気に病む必要なし。
賛否両論どころか、批判コメしかついてねぇ!って記事を書いちゃった場合は「うわー、これリアルで友達とかに言わなくてよかったー。Netで良かったー」て思えばいいんじゃね?
現実社会で放った何気ない一言で友達全員失う、ってことはあるかもしれないけど、ブログでの失言ぐらいで孤立はしないし。リアル友達にブログを教えてない人も多いだろうし、教えてたとしても、友達はあんたのブログをそれほど注目して読んでなんかない。ブログでの失言が実社会に影響するのは、有名人だけだ。
だいたい、ポジだろうがネガだろうが、はてブのコメントって全部本音じゃん。友達とか知り合いだと、気ぃ使ってガッチリ批判してくれなかったりする。それがないダイレクトな意見は、やっぱ聞いて損はないよ。友達や家族はぬるくて居心地良くても、社会はぬるくないんだからさ。ぬるくやりたいならmixiでやりゃいいし。
「記事主は『死ねばいいのに』『これはひどい』ていう罵倒タグに絶望してるんだから、批判だの参考になるだのってレベルの話じゃないんじゃない?」
うん、たしかに。
理由の上げられた批判なら反論のしようもあるけど、頭ごなしの罵倒はどーしょーもないからねー。
でもさ、なんつーか、そんな単純な常套句であっさり傷ついちゃっていいの? それで絶望できるって、いままでの人生どれだけしあわせだったの?
「死ねばいいのに」「これはひどい」なんて2秒でタイピングできるよ。記事読まなくてもタグつけれるよ。そんなんで心砕かれて、退場して、満足? それすっげーつまんない。自分の心を、そんな安易なタグで砕かせちゃいけないよ。それじゃー心が安すぎるよ。
人ひとり傷つけるんなら、それなりのオリジナリティーっつーか、「ああ、これは私のためだけに考えられた罵倒なんだわ」って感心できるような、そんな創意工夫が欲しい。
カラオケが下手な部長を最も効果的に怒らせる言葉は、「この音痴!」じゃなくて「歌うときに小指を立てるの、やめた方がいいんじゃないんですか?」だったり(文脈は忘れたけど、清水義範の本にたしかそういうことが書いてあった覚えが)。そういうヒネリのきいた言葉にならカチンときてもいいけど(ていうかカチンとくるけど)、脊髄反射のマンネリな罵倒はなー、ピンとこないっつーか、聞き飽きたっつーか。
ま、「絶望した!」って叫ぶ人がい続ける限り、「死ねばいいのに」タグも「これはひどい」タグもなくならないだろうね。効果テキメンだって証明されてるようなもんなんだから。誰もが痛くも痒くもなくなったら、自然と廃れるだろうけどね。
辛酸を舐めたものが集う場だけあって、ここのほうが遥かに具体的。
あと、掲載写真の若い女性社員は、実際の従業員ではなくモデルを使っている場合もあるよ。
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
日本国憲法では、身体的特徴や外見による差別は特に言及してないようだ。人種差別・性差別・身分差別・出身地差別と支持政党や宗教とかの信条による差別だけなのかな?障害者差別が含まれてないような気がするのは俺だけ?信条が含まれてることからして本人が選択可能な後天的な要因か選択不能な先天的要因かは重要じゃないようだ。
まあ、結論を下すのはまだ早かろ。
「若者に読まれている」というのが真ならば、ワーキングプアだの格差社会だのが続く限り蟹工船も売れ続けるはずなのだから、今後1、2ヶ月で消えるようならその程度と思えばいい。
なんか一連のトラックバック、ブクマコメを見ていてモヤモヤしていた気持ちの正体がわかった。
弱いものいじめだからだー!!
まあ痩せれば解決なんだけど、なんだかねぇ。
見た目太ってなくてもいっぱい食べてる人いるよね。
「痩せの大食い」はいっぱい食べてるけど痩せてるからいいの?
小中学生の時に太っていていじめを受けて、拒食症になってしまった自分としてはなんだか切ないんですよ。
まあデブは好きで食べ物を食べまくった結果太ったのであって太ってる自分が好きな訳ではない。
その点茶髪は茶髪になりたくて染めてるわけだから、ちょっと違うかもね。
問題の本質はちょっと違う気がするなぁ…
「残業代は一切出ません。定時もありません。まともな時間に帰れると思わないでください」
「会社の業績がすごく良かったとしても、あなたの仕事がすごく貢献したとしても、ボーナスとか出ません」
「客先常駐の偽装請負です。クライアント企業の社員と同じ仕事をやるけれど給料は安くて立場は弱い丁稚ですががんばってください」
(バリエーションとして、「東京、名古屋、大阪などの主要都市圏」「あなたの希望にあわせて選べます」など、やたら範囲の広い場合はこれ)
「安い給料で働いてくれる人なら誰でもいいです。」
「どうせ2,3年で辞めてもらいます」もしくは、「ブラックすぎて2,3年でみんな辞めるので猫の手も借りたいです」
ただし、業種・職種経験不問だったら、単に異業種・異職種からも歓迎の意かも
「……0.00000001%くらいあるかもね」
正社員にするつもりがあったら最初から正社員で募集するっての。
「これは女性の募集です。男が募集してくんなよ」
他になんかある?
自分たちがやらせてることじゃないからでは?アメリカではもっと議論されてるはず。日本も協力してるとはいえ、死刑のように多数の国民が積極的に指示してるわけじゃないから盛り上がらないんだろう。数十面殺されてるスーダンやチェチェンがスルーされてるのも同じような理由と思う。
書くのめんどくせーと思ったけど、誰も書かないので。
今、ここにある「蟹工船」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-01-21/2008012110_01_0.html
2006年から2007年にかけて、『30分で読める…大学生のための マンガ蟹工船』(東銀座出版社)、『まんがで読破 蟹工船』(イースト・プレス)が相次いで出版されました。
いずれも売れ行きは上々。東銀座出版社によると、初版の5千部は1カ月ほどで完売。「若い読者を中心に」広く読まれ、現在3刷を数えています。
そう!売れているのは小林多喜二「蟹工船」じゃなくて、マンガ版なんだよ!!
もう1つ根拠(にもならんが)
http://blog.livedoor.jp/insectshima/archives/51638822.html
「マンガ蟹工船」も売れているというのでちょっとamazonを覗いてみたら、今現在のランキングで「本全体」の145位。なんと新潮文庫『蟹工船・党生活者』を今現在は抜いて、「小林多喜二」ランキングではトップである。新聞を別にすれば、ぼくがなにか書いている本の中で一番売れているのではなかろうか??
だそーです。すげーなマンガ版。
追記。すまん本家も売れているようだ。
http://www.j-cast.com/mono/2008/05/29020633.html
三省堂書店神保町本店では、「ワーキングプア」と関連させて2月から特設スタンドを設けた。これまで300冊近く売れたという。丸善丸の内本店でも4月から特設スタンドを設置。こちらも300冊近く売れた。
イェーリング の「権利のための闘争」もいいぞ。
権利は与えられるものではなく、自ら闘って手に入れるものだ。
「闘う」ことを知らなければ、こき使われるだけに終わってしまう。
献体について詳しくは以下の財団法人日本篤志献体協会で調べられる。
献体の申込には本人のサインが必要。本人の体力が残されている間に行おう。
本人の希望であってもサインにはかなりの意志力が必要。ギリギリの状況だと本人にも周りの人間にも余裕が無いので修羅場になる。
今回はもう意識の回復が難しいのではないかという瀬戸際だったのでかなりやばかった。
できれば元気なうちに済ませておきたい。
献体登録には肉親者の同意が必要。5名分の署名と印鑑が必要なのでこれも前もって準備しましょう。
本人の親(今回だったら祖母)、兄弟などできるだけ反対しそうな可能性のある人のサインを集めます。
心が折れそうになったら「本人の希望、本人の希望」とぶつぶつ唱えましょう。
今回は郵送が間に合わず申込書の段階で遺体引渡しとなったが、書面がそろっていれば受け入れてもらえます。
最期を看取り、通夜や告別式の段取りが決まったら指定された連絡先に連絡。遺体引渡し方法などを打ち合わせ。
一般の火葬と違い、棺桶に入れたものは引き取り先で処分となりますので、極力いれないようにします。
あとは告別式後、一般の霊柩車と同じように迎えに来てくれます。
喪主挨拶など山場が続きますが、泣いてる母など見ていると逆に冷静になったりもします。
病院から出された死亡診断書を元に、区役所等で火葬許可証を作成します。
あとは郵送で火葬許可証を引き取り先に送れば手続きは完了です。
遺体はおよそ2年ほど、医療研究や解剖実習などに提供され2年ほどあとにお骨となって戻ってきます。
親父、ありがとう。最後のお勤めから戻ってくるのを待ってるよ。