2008-06-14

私は馬鹿です

 駄目だ。楽しみな予定がある日ほど不安がふくれあがって、眠れない。眠りに入るためにパソコンの前を離れたり、自分の頭の中から離れたりすることが、なぜか異様に恐ろしい。

 不可抗力といったら怒られるんだろう。甘えるなといわれるんだろう。

 楽しみが自分に襲いかかってくるのが怖い。杉田なんとかさんじゃないが、幸せをどう対処していいのやらいつも分からない。情けない、私は別に、人生を悲観するほどの苦労や苦しみに見舞われたわけでもないのに、どうしてか、どうしても、幸せやよころびというものを迎え撃つときに緊張してしまう。肩肘はって、応戦してしまう。

 幸せや、よころびが、いつまでも来なければいいのにと、思うことがある。それが自分に与えられることが恐ろしく感じられるのは、幸せやよろこびという場面で、自分が取るべき望ましい行動に、きちんと従えるかどうか、自分でそれを間違えないかどうか、自信がないことに起因するのだと思う。いつも、怖いのだ。幸せやよろこびを渡されたときに、「感謝しなければいけない」「よろこばなければいけない」そういう強迫的な気持ちに見舞われる。それがきちんとできなかったとき、私に幸せやよころびを渡してくれた人間の気持ちをも台無しにしてしまうということが恐ろしくて、幸せやよころびの場面が、「頑張らなくちゃ」努力をもって期待に応える時間に替わる。

 誰かや何かの気持ちに応えなくてはいけないような気がするから、約束は苦手だ。それを達成できなかったときのことを考えると、不安でいたたまれなくなってくる。何も手につかなくなってくる。怖くて、どうしようもなくなる。

 駄目だなあ、と、思う。成功体験が少ないから不安になるのであって、まずは不安を気持ちから切り離し、成功体験を増やしていかなければいけないことも、分かっている。でも、駄目だなあと思う。今日も、朝になってしまった。眠るのが怖い。眠って、朝になって、起きられなかったら? 起きられても、気分が悪かったら? 気分がよくても、きちんと笑えなかったら? 相手の期待に応えられなかったら? 幸せやよころびが、負担でしかなかったら?

 私はずるい、私はずるい。人以上のものをもらっておきながら、それを持たぬ人間の前で、こんなにもらっても困ると口にしているようなものだ。私は卑怯だ。他人の絶対的な評価の前に身体を横たえて、さあどうぞ、切って下さいと静かな声でいい、私の生殺与奪そのものを、他人に丸投げしてしまっている。いつだって、死んでいく人間が気楽で、刀を振り下ろす人間が苦しい。

 なんか、もう、わけが、分からない。私はただ、今日、食事に行く約束をしただけなのに、いろんなことが怖くて、床につけず、もう、朝だ。なんで、これだけのことが怖いんだか、わけが分からない。情けなくてみじめだ。約束の時間までに着替えて、化粧をして、出かけていけばいい。それだけのことなのに、それが本当にできるか自信がなくて、怖くて、気絶するほど眠くなるときまで、横になることができない。

 なんて情けないんだろう。冗談みたいだ。だって、ただ、出かけてご飯を食べるだけなのに。なぜ? 分からない。時間通りに行けなかったら? 約束が守れなかったら? そのときに相手がどう思うかを考えると、とても安らかに眠ってなどいられない。情けない自分が、嫌だ。嫌だ。期待するのも、期待されるのも、よころびを与えられることも、嫌だ、特別なことはすべて、苦しい。何もいらない。ロボットのように毎日、決まりきった、何の変哲もない、少しの面白みもない、つまらない毎日の中に、埋没していたい。

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