2008-05-26

キスの時って目を閉じるから何にも見えないってことに初めて気付いた

生まれて初めて、人と口をくっつけた。

口と口が触れた。

自分の口で、人の口に触れるなんて、私史上、もうそれはありったけなことだった。

ありったけ。

小学生に「おばさん、ボール取ってください」と呼ばれた狂おしい春の桜が、

こざっぱり散りきった4月の25日。

そのおばさんは、初めてキスをしたよ。

ホームランが飛んでいく音が、した気がした。かも。

そりゃね、かっとばすよ。

私はおばさん。

投票所には10回以上足を運んだことがあるし、

所得税もがっぽり取られるイイ年頃で、

suicaなんかもピッてやって、優雅に改札を抜けてる堂々たる社会人で、

キスなんて、キスなんて、

とっくの遠い昔の、教科書とか体育とか文化祭とか、そういうものに紛れながら経験して然るべきで、

こんな今頃、年金とか後期高齢者医療制度とかガソリン税がひしめき合う中で、

転がってきたら、初めてのレモン

ああ、私という人間は、キスしないと思ってた。

キスお化けも見ずに、おばあちゃんになって、

オーロラも孫の顔も見ずに、死ぬんだと思ってた。

この年まで見なかったものは、きっと十年たっても二十年たっても、見ないで生きていくんだと思ってた。

でも、苦しくなかった。

キスなんて、もう、分かってたから。

何百っていうドラマ映画を見てきたし、

うん千っていう少女漫画を読んできたし、

少々の小説も楽しんだ。

口付けという口付けが、そこには描かれていて、

感触も情景も熱いキスから冷たいキスまで詳細に描かれ、

私はその大体に感情移入して、何度も何度も夢中でしてきた。

ここで、キスがくるに違いない。って空気も読めるし。

このキスは、逆に悲しいな。って苦味も知ってる。

キスの時はあれでしょ、少し顔を曲げたりすんでしょ。どーせ。

散々見てきたっつーの、キスシーン。

ってね、思ってたのね。

びっくりした。全然違うんだもの。

私、本当にたくさん見たのよ、キスシーン。

想像だって妄想だってしたし。

リアル映像で、唇が重なっていく場面を。

絵でも字でも夢でも液晶でもプラズマでも、見たの。

でも、全然違うのね。

本当に当たり前のことなんだけど、

キスの時って目をつぶるから、自分のキスシーンは何も見えないんだね。

私がキスしてるところなんて、私にはわからないんだね。

私史上、一番の名場面は、真っ暗でした。

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