コンビニに出かけたんだ。雨が降ってるから花粉も大丈夫だろう。この隙に!って思って。
傘さしながら自転車で走ってたら途中で女の人とすれ違った。両手にスーパーの袋持ってた。つまり傘は持ってなかったんだ。
自転車でちょっと通り過ぎてから、引き返して彼女のところに戻った。で、声をかけた。
「傘、使いますか?」
そしたら彼女は
「あ、すぐ近くなんで大丈夫です。」
って言ったんだ。だから僕は
「あ、そうですか」
って言ってまたコンビニに向かって走り出した。でも走りながらちょっと後悔し始めた。僕はもう少し強引に彼女に傘を渡すべきだったんじゃないだろうか。
誰だっていきなり道でそんなこと言われたらとりあえず遠慮というか断ってしまうだろう。彼女だっていきなり声をかけられてびっくりしたに違いない。
でもどう考えたって彼女は既に結構雨に濡れていたし、すぐそこっていったってもう少し歩くに決まっている。その間にもどんどんずぶ濡れになってしまうに決まっている。
僕はもう少し強引に彼女に傘を渡すべきだったんじゃないだろうか。
もし私だったら走って逃げるか追いかけてきたら警察呼ぶ
同じく。 遠慮とかそういう問題ではなく気持ち悪過ぎる。
「これくらい雨に濡れたってどうでもいいや」と思って傘を差さない人もいるって事を知ってください。 濡れる事=絶対良くないこと、というのは視野が狭い。
ずぶ濡れになってる人を見て「かわいそうだな」「困ってるな」と思えないのは普通の感覚がなさ過ぎる。
「知らない人に声をかけられて怖いんじゃないか?気持ち悪いんじゃないか?」と思えないのも普通の感覚がなさすぎるよね。
「善意は肯定されるべき」って考え方、恐ろしい。 いや、あんた。 そんな大層な話にせんと。 もともと「街の片隅のちょっとシャイなエピソード」で流せばいいような話なんだしさ...
いや、そっちこそあんた…。 気持ち悪いし怖いと感じる人もいるのに「シャイなエピソード」にする方がどうなのよって思うよ。
そうだね。 たとえばさだまさしの「雨やどり」なんてキモいストーカーのタワゴト歌に過ぎないんだよね。
その人に限らず、ラブソングとか恋愛小説・ドラマは恋愛に興味ない人には気持ち悪いもんだよ。ああいうのが正常だと思ってるのはいわゆるゲーム脳並みに現実と妄想の区別がつかなく...
現実と妄想の区別がついていないのは ラブソングとか恋愛小説・ドラマを見て気持ち悪いと思う「恋愛に興味ない人」の方では。
元増田だけど、みんなの反応を見てびっくりした。「人に親切をする」というのは現代の日本ではもう無しなのか。俺だけが気づいてなかったのか。ちょっとかなしいな。 でも、だった...
人に親切する心は今の世の中も十分に生きている。 その上であんたのそれが「無し」ってだけだと思う。 大体必要なら買うだろ傘、100円で買えるんだから。
少なくとも東京やらその周辺では、もう「無し」なんだろうね…。 オレもかなしくなったよ。 増田よ、今夜は一杯飲もうぜ。 オレは下戸だけどな。
親切の仕方が問題。 何も考えずに一方的に押し付ける親切であれば無い方が良いということだ。
そうやって親切そうにして、暗がりに連れ込んでレイプする男もいるんだよ。 そんな被害に遭った子は「見知らぬ男にちょっとでも心を許したお前が悪い」って言われちゃうんだよ…。 ...
現代日本に限ったことじゃなく古今東西親切は親しい身内にするものでしょ。
通報されて経歴に傷がつく前に勉強できてよかったじゃないか。
昭和というか戦後というか70年代くらいの、 公共広告機構み
性別が違うとちょっとした親切って難しいよね・・・ 人助けや危険回避のような必然性があると躊躇なくできるのに
66歳の父親が車のってて、雨降ってるところに傘なしで独りで帰ってた小学生を見つけた 最初は通り過ぎたけどやっぱり気になって戻って、ドアあけて傘渡そうかと思って声かけた 断ら...