2007-05-25

四半世紀を振り返ってみる

徹夜の時間潰しに生まれてからの四半世紀を覚えている範囲で振り返ってみました。

一部あんまり意味の無い記述とかありますがあんま突っ込まないでくれれば幸いです。

1981年生まれの25歳。

保育園時代

今考えるとこの時から周り(他の園児)と馴染めず一人遊びが多かった。

卒園式で発表した将来の夢は"タクシーの運転手"

小学校低学年

外で遊ぶ事が多かった。

ただ、同級生らと遊んでる最中に気が付くと置いてけぼり食らって一人だったとか。

何かに気が行くと周りが見えなくなるタイプだったという事か?

小学校中学

この頃から家庭訪問では毎回"やればできる子"と言われる。

それが真実だったかどうかはさておき、特に何もやらずに過ごす。

ファミコンに代表される家庭用ゲーム機が本格的に普及し始めたのもこの頃。

ファミコンを親に激しくせがんだ末に買って貰ったのはメガドライブ

当然の如く、これはファミコンじゃない!と抗議。

母親が腕を骨折。何故か入退院を繰り返すようになる。

父親の実家から祖母がやってくる。

小学生高学年

母親入院が長期化。5年生の一年間を父親の実家がある沖縄で過ごす。

台風シーズンも終わりの頃、祖父母に慌しく連れ出され東京へ。

到着したのは母親葬儀中の葬祭場。

それまで特に何の説明も受けず、こちらからも聞こうとしなかった故に、

あまりの唐突すぎる状況に全くついていけず通夜の晩は普通に就寝。

翌日の告別式でも涙が出ない。火葬場で棺が納められた炉の扉が閉まって、

ようやく思考現実に追いつく。泣く。父親にしがみ付いていた記憶がある。

何度か棺の中を見た記憶はあるのだが死に顔は全く思い出せない。

その後沖縄に戻る。

春になり東京に戻ることになったが、父親の横には見知らぬ女性が。

幼児までいるし。告別式の晩に泊まった、父親の部屋には誰かと一緒に生活

している気配があった為、特に大きなショックも無く。

家族が二人増え新生活スタート

今考えると驚くほど違和感無く打ち解ける。弟の世話もなかなか新鮮な体験だった。

将来の夢は弟の影響で保父(保育士)だったが楽器演奏が壊滅的だったので諦める。

中学生

入学当初がピークで成績は下がりっぱなし。ただ、非行に走ったとかいうわけでもなく

周りが進んでいく中で取り残されただけだった。

集団の中での規律というかルールを守るタイプ人間でもなかったのでいじめられる事も

しばしば。とはいっても極端に酷い状況に追い詰められる事はなかった。

3年生の時、エヴァンゲリオンに遭遇。オタクに目覚める。

文芸部の活動で歌舞伎座に行った時は、東銀座にも関わらず物凄く遠くに来たような気がした。

(生活していたのは練馬区)

高校生

中学時代の担任の薦めもあり、都立工業高校に進学。

この頃から、ようやく世間(外の世界)を意識するように。

最初期メンバーだった事もあり、3年間運動部に所属。

団体で全国大会にも出場する機会があったが結果は惨敗。

成績は下の上。ギリギリ留年せずに卒業

折りしも就職氷河期真っ只中だったが就職内定をもらう。

ただ、将来の夢は無し。周りが就職するっていうから流されて就職

社会人(19??

1年目

業務用印刷機メーカーサポート部隊に配属。

関東を飛び回る。初体験もこの頃。

2年目

部署が変わる。担当の機種というかシステムそのものが変わる。

(印刷機から製版機へ)

名目上、営業部だったので残業代が出ず、給料大幅ダウン。

自分を含めサポート人員が全国で3人しか居ないという状況で出張範囲が

一気に関東から九州まで広がる。でも、営業部だから手当は雀の涙。

3年目

業務内容は変わらず名古屋に転勤。

営業部の人間なのにいつも作業着(笑)

酷いときは一週間で3回大阪出張

MMORPGを憶える。

4年目

大阪に転勤。業務変わらず。

が、そこの所長とウマが合わず転勤後2ヶ月で退職

東京に戻る。NEET生活突入

NEET?生活(22??

1年目

ネトゲやってるか寝てるかの生活。外出は基本的にコンビニ行くときのみ。

バイトも試みるものの長続きせず、この頃は殆ど変化のない生活だった為、あまり記憶に残っていない。

2年目

前半はネトゲ生活。部屋から物が無くなる。(お察し下さい

夏に、会社員時代の同僚からmixiのお誘いがかかる。それほど時間も経たないうちにコミュOFF会

出てみたりするなど生活に変化が。OFF会である人物と仲良くなる。

その頃からネトゲの幻から目が覚める。でも仕事はしたくない・・・したくないというか、やりたい仕事とは

あまりにもかけ離れていた為、やる気が出なかった。

やりたかった仕事というのは、IT系のハードウェアに近いところ。

NEET生活も3年目に挿しかかろうという頃、住所不定に転落の危機。

藁をも掴む思いで前述の人物に相談。「東京じゃなないところで生活する事になるけど行く?」と

聞かれ、即答。今の職場を紹介してもらう。

社会復帰(24??

1年目

職場のエースと自分とのあまりの実力差に価値観というか自尊心がものの見事にぶっ壊される。

多少判るとはいっても結局のところ、自分は初心者に毛が生えた程度だと思い知らされました。

やりたい仕事ってなんだったんだっけ?といった具合に立ち位置を見失う。

この頃からOFF会で出会った人物の事を先生と呼ぶようになる。

2年目

相変わらず彷徨っていた。のだが、なんとなく自分の立ち位置(出来る事)が見えてきたような気が

してくる。同時に、この頃から自分の性格というか志向で思い悩むように。いい加減遊んでいられる

年齢でもなくなって来た焦りもある。気が付けば四半世紀。

3年目(今年

職人にはなれない事をようやく自覚。ただ、自分が社会に対して出来る事が何なのかは未だ不明。

まだまだ当分もがく事になりそうです。

#気が付けば実母との付き合いより養母との付き合いの方が長いのか・・・

#ちなみに4人兄妹(俺妹弟妹)ですが、妹たちのお話はまた別の機会にでも。(あるかどうか判らないけど。

記事への反応(ブックマークコメント)

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん