2007-03-06

彼女には腕がなかった

彼女と出会ったのは高校のときで、「三組のこけしちゃん」は既に有名で、誰も彼もが彼女を遠巻きに見つめて噂するだけで、そんな彼女に僕は近づいた。僕に悪意がないことを、彼女はわかっていたのだろう。彼女は聡い人だ。彼女に触れることを許されたのは、長い高校生活の中で、僕だけだった。

彼女は、いつも口元を引き締めて、周囲を気にしないように振舞いながら、しかし他人の感情には敏感な少女だった。どうして腕がなくなったのか、僕は知らなかった。どうでもよいことだった。腕が欠けている。ただそれだけの理由で、僕はどうしようもなく彼女に惹かれた。そして彼女は、そんな僕を受け入れてくれたのだった。裸の彼女はおそろしく綺麗だった。肩のところの、元は腕がついていたはずの、滑らかな跡を舐めるのが好きだった。彼女が幻痛に苛まれ、声を漏らすのを聞くたびに、僕は快感に打ち震えた。

彼女との関係は、大学に入ってからも続いていた。ふとしたとき、突如として僕は我に返った。彼女の肩口を舐め回している自分を俯瞰して、これはまずいのではないか、と怖ろしくなったのだ。四肢欠損者に欲情する。それは異常なのではないか。社会的に許されざる存在なのではないか。考えはじめると止まらなかった。急に、他人からの視線が気になりはじめた。友人たちが僕のことを噂している。僕を異常者だと思っている。そうじゃない。僕は異常じゃない。異常じゃないんだ。

二人きりの時間が徐々に減り始めた。僕の心情の変化には、すぐに彼女も気付いたようだった。彼女が泣きそうな目で見つめてくるのを、僕は必死に振り払った。その頃の僕は、すぐに彼女から離れないと破滅してしまう、という強迫観念に取り憑かれていたのだ。だけど、それでも僕は彼女の上半身に欲情していたし、彼女の肩口を舐め続けていた。薄皮一枚繋がったような不安定な関係がしばらく続いた。

その日、僕は彼女からの呼び出しを受けて、彼女の住んでいるアパートに向かっていた。別れ話を切り出すいい機会だと思った。そして彼女とはもう二度と会わないのだ。彼女の部屋は真っ赤だった。赤い絨毯なのだと思った。違った。赤い赤い赤い赤い赤い血の海に、僕の愛した彼女が浮かんでいた。彼女に腕はなく、そして脚もなく、傍らには両脚とノコギリが転がっていた。とても小さくなった彼女は、「これで良いのでしょう?」、とても幸せそうに微笑んでいた。

  • http://anond.hatelabo.jp/20070306113856 のこぎりを引いてくれた人のドラマもありそうだな。

  • http://anond.hatelabo.jp/20070306113856 どうやってのこぎりひくねん

  • 彼女には腕がなかった読んだ。 思い出してすぐ見つかった記事ども。 たまごまごごはん - 身体欠如少女の憂鬱〜サイボーグ化できない少女達〜 X51.ORG : 四肢切断を熱望する人々 - 身体完...

  • http://anond.hatelabo.jp/20070306113856 目もつぶせば。

  • anond:20070306113856 anond:20130218042353 anond:20090307233645 anond:20170612133003 文才が何なのかわからないけど

    • ありがとう フィクションの創作はなんかちょっと違うかなと思った >anond:20170612133003 >anond:20090307233645 そうそうこういうのが読みたかったんだ

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