はてなキーワード: 蕎麦屋とは
そのへんの蕎麦屋で置いてあるところ
私が初めての東京に来たのは就職活動だった。中央線を降り、昼食に駅前のチェーン蕎麦屋へ入ったたところ、あまりのまずさに悶絶したのが初めての東京体験だった。料理漫画の関西人がしばしば言う「東京の蕎麦はドブ色してて出汁はきいてないし、麺はヘナヘナで食えたもんじゃない」は誇張でもなんでもないんだ、ということを実感し「やっぱり庶民の食いもんは関西だよな」という関西人にありがちな偏見を強くした記憶がある。
(もちろんこれは単なる偏狭な思い込みであって、東京人の味覚が鈍いわけではなく、件の蕎麦屋の本業が立ち退き業だからというだけであって、それなりの蕎麦屋はそれなりの蕎麦を出してくれるということは、当時の若い私にはわからなかった。)
しかしこの偏見を粉砕してくれたのがてんやの天丼だった。何気なしに入ったてんやでワンコインの天丼をあまり期待せずに頼んだところ、その旨さに打ちのめされた。もちろん料亭だの高級天ぷら屋だのは関西にもある。だが500円でここまでのものを出せる天ぷらやは関西にはない。カリッとした衣、濃厚なタレ、多彩なネタ、これらが500円で出てくる奇跡に感動を覚えた。ガッツリした衣にタレが染み込みちょうどいい塩梅となったところがうまい。米やタレの掛かっていない硬い部分と口の中で混ざるとなお良い。塩や天つゆで上品に食べる天ぷら膳ではこれは決して味わえない。これが500円?関西じゃぜったい無理でしょ。東京恐るべし。やっぱ東京って日本一の大都会だわ。
その後毎週末にはてんやに通い、関西に帰省したときはてんやが無いことにがっかりするくらい入れ込むようになった…のだがその後私は地方の工場勤務となってしまった。地方ではてんやが無い。しかし/しかも、そのころ結婚した妻は揚げ物が嫌いだったせいもあり、結局揚げ物自体と離れる生活を15年くらい過ごすことになってしまった。だがこの度、ついに、本社栄転、ということで帰ってきたのだ!東京に。てんやよ!私は帰ってきた!
ああ15年間焦がれた天丼とついに再開できる。そう思うと胸は高鳴り、期待で唾は溢れんばかりだった。だが一口食ってでてきた言葉は「なんやこれは。クソ不味やんけ」だった。関西を離れて20年も経つと日常で関西弁が出ることはなくなる。が、理性のタガが外れたときはやはりどうしても関西弁が出てしまう。関西の庶民向けの店ではだせそうもない、あのクオリティはどこへ行ったんや。ネタは良い。タレも相変わらず美味い。米は変わっているだろうけど違いはわからへん。だが衣はすっかり変わってしもうた。すっかり薄くなり、柔らかくヘナヘナの衣、こんなスーパーの惣菜天ぷらみたいなのはてんやない。あのてんやはどこへ行ってしまったんや…。憧れ続けて期待値が上がりすぎて失望してしまう、なんてことがよくあるのはもちろん知ってる(昔好きだった同級生と同窓会で再開したときとかみたいに)。だからてんやのタレだけ買って帰って近所のスーパーの惣菜コーナーの天ぷら使って天丼作ってみたんや。ほしたらほとんどてんやと変わらん出来や。流石にネタはスーパーよりてんやの方が良いけど、衣は全然変わらへん。なんかもうがっかりや。スーパーの惣菜とは一線を画した揚げたてカリカリ天丼がてんやのウリとちごたんか。これやったら「さん天」の方がマシやないか。あっちは490円でエビ2本入っとるし。
ネットで調べてみたところやはり衣は変えたらしい。ものは言いようだが、サクサク感を狙ってタピオカ粉を使うようになったとか。まあでも自分なりに考えるとなんだかんだいって衣が薄くヘナヘナになったのは時代の要請だったのだとおもう。
こんなところだろう。もうてんやへ行くことはない。というかおそらく1年に1回くらい行って毎回がっかりする、そんな店になるのだろう。てんやの天丼は死んだんだ。いくら呼んでも帰っては来ないんだ。もうあの時間は終わって、僕も人生と向き合う時なんだ。
というわけで1500円以下で衣がガッツリした天丼を食える店を東京住み増田諸兄がご存知なら教えてほしい(23区+多摩地区くらいで)。いかがだろうか。
逆だよ逆
そこに対して常識やモラル、暗黙の了解などという領域で意見するなど許されない
人を縛りたいのならそれを明示的にルール化せよ
という話がされたんだよ
だから
山盛りネギをするバカのせいでネギがなくなったら、それは蕎麦屋が悪いと責めるべきだし
ご自由にと書かれた割り箸や紅生姜を袋にギチギチに詰める人が居たとして
【そんな下品なことを禁止と明示しない店】こそが批判されるべきってなるんよ
批判するならこんな感じかね?
何故店の資材をご自由にお持ちくださいなどと表記して提示するのか
理解に苦しむ
ご自由にお持ちくださいと書かれた割り箸をごっそり持ち去ることを
ワイの周りだと
が現金だけ。
がPayPayだけやな。
一番痛いのはパン屋やなあ。ほとんどパン屋のために現金降ろしてるようなもん。
こうやって書くと結構残ってる印象。100円ショップ以外みんな個人商店だわ。
一方でお寺でエアレジが使える様になってるとか変化もあるんだがね。
昼メシを食いに出た、雨が降っていたので徒歩
蕎麦を食いたい気分、初めての蕎麦屋に入る、正確にはうどんそばの店
関西のこの手の店で蕎麦がうまい可能性はゼロだが味には期待していない、腹が膨れれば良い
先客が8人ほどいた、カウンター席に座る、ざる蕎麦とかやくご飯830円を注文
待っている間に店内を見渡すと棚の上に「コーナン」の買い物カゴが見えた
99%パクってきたものだろう
作業パフォーマンスの低下は気合と根性で乗り切る経営方針なのだろう
定食が届いた、店員がなにかモゴモゴと喋っていた、蕎麦湯が欲しければ言ってくれとかそんな気もするがまったく聞こえない、マスクしてるしボソボソ喋り、俺は少し耳が遠い
蕎麦もかやくご飯も食えないほどまずいわけではなかった、だが旨くもない
さっさと食い終わり店を出る、先客の8人はとっくに店を出て客は俺だけだった
傘立ての俺の傘は無くなっていた、予想はしていた。
ケシカランと怒り狂ってもしょうがない、一本残っていた傘を手に取る
しかし雨は止んでいた
振り返ると傘を指した鬼の形相のオヤジが突進してきた
俺は華麗なステップで避けた
道が凍結していた危ないったらなんの!
屋外のバケツには表面に氷が張っているのよね。
そこでスケートできんじゃね?ってぐらいまではいかないものの、
でもこれ道も凍ってるから、
本当に通常の道なのか凍結した道なのか見た目では判断できないぐらいな道端で
私危うく転びそうになったわ!
さすがに運動靴とかそう言うのには履き替えたけれど、
でも身体って自然とバランスを崩さないように無意識に作動するもので、
私が一瞬でも道でじゅりん!って滑りそうになった昨日書いたばかりのことを、
体勢が崩れるかと思いきや、
とっさに脚を倒れない方向に踏ん張るじゃない。
あれって誰が考えてとっさに判断してこのぐらいの脚の踏み込み方でいいんじゃね?って考えてるの?
無意識よ!
不思議だわー
その制御系。
全て寒いのがいけないのよ。
転んだら怪我したら痛いじゃない!って思いながら啜る月見そばって美味しいわよね温かくて!
満月にちょうど月見蕎麦を食べるってなんかスピリチュアルな感じがするけど、
だいたいは蕎麦って2種類あるじゃない。
駅そばのここは夏場は温玉に変わるけど、
冬は生玉子。
レジェンドの女ピン芸人の研ナオコさんがいうギャグで「生玉子!」って絶叫するネタの元ネタが分からないまま日々暮らして過ごしているようなもので、
崩しちゃうとお汁の温度が下がっちゃってせっかくの熱々の月見そばがその月見そばたる所以の温度をキープできなくなって温くなっちゃうのよね。
でも私蕎麦と玉子を絡めて食べる蕎麦カルボナーラと心で呼ばず今初めて言ってみたけど、
その食べ方だと温いのか玉子のとろっとした美味しい感じとでどちらを楽しむのか
迷うところよね。
こないだなんか余りに寒くって玉子の存在を忘れている頃に食べ終わってしまって、
夏目漱石さんが満月の夜に訳した本でアイラブユーってある一節のように、
ちょうどまだ生玉子の芯は冷たいままゴクンと最後飲み干したの。
そのぐらい昨日は満月!
全力でオオカミ男の女版でうぉー!って月見そばの生玉子を見て発狂しそうなほど身体の芯まで寒くって
寒さのあまり本当にウォー!って叫んじゃうけど。
わ、忘れていた山脈のことをうたいつつ私は温かい月見そばを平らげてしまってからまた心の冷たい生玉子を一気に飲み干してしまう山脈に向かってヤッホー!って叫んだのよ。
それこそオオカミ男のノリよ!
オオカミ男が満月じゃ無いときでもオオカミ男のパワーを発揮するときに
スーパーマンが電話ボックスで駆け込んで変身して助けに行くシーンのあれのオオカミ男版で
目の前のピンチに遭遇したら、
近所の近くのお蕎麦屋さんに駆け込んで月見そばを食べようとして変身して助けに行く設定のオオカミ男って全力で少年よね!
間違って全部食べちゃった回は笑っちゃったけど。
まだ変身していないって言うのに!
でも彼のピンチに遭遇しても慌てずに月見そばを食べて落ち着かせて最後の生玉子を変身してからゴクンと飲み込んで手の甲で口を拭いそろそろ行くか!って格好でピンチを解決するの!
だって悠長に月見そばなんて食べているうちは本当のピンチなのかピンチじゃないのかよく分からないわよね。
でも彼の中の美学があって
真のピンチの時は月見そばの満月に見立てた生玉子を見て変身したより、
リアル満月でそれを見て変身した方がフルパワー出せちゃったりとか!
的にやられそうになって月見そばの生玉子見て変身して助けに行ったのに力が及ばなくて、
真のパワーを発揮するオオカミ男になってピンチを毎回解決して今売っていう定番のフォーマットにすれば、
毎回満月にってならないとその真価は発揮できないわよね。
でも月見そばの満月に見立てた生玉子とリアルの満月のとで2段階で変身して強くなってピンチを解決するってカッコよくない?素敵だわ!
それぐらい私の心の中のヒーローよね。
そう思うわ。
うふふ。
タマゴとチキンが挟まってボリュームのあるミーにピッタリのボリューミーな感じがちょうどいいわ!
食べ応え充分よ!
たぶん。
こっちも絶好超よ!
温かく飲める朝のホッツでご機嫌さんよ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
仮面ライダーシリーズはずっと続いているものと思われているが、実は空白期間があり、われわれの世代はライダーに見放された世代だった。空白期間後に久々に復活したのが仮面ライダースーパーワンである。仮面ライダースーパーワンは過去のライダーと違って虫のようなバイクにのったりはしない。でかいバイクででかい態度で高速道路をクルージングする。変身してもライダーキックのような泥臭い技を繰り出したりはしない。当時の世相は「軽薄短小」。電卓やデジタル時計がもてはやされた時代なのだ。当然仮面ライダースーパーワンもちまちまとした道具を繰り出す。レーダーを腕に装着したり、ミサイルを腕に装着したり。いまでいうところのガジェットオタクだな。とうぜん俺ら世代はスーパーワンに夢中になった。
そうだけど、納得できない回がひとつだけある。
スーパーワンがでかいバイクをこれみよがしに転がしてど田舎にいく。群馬県のイメージだな。昭和の群馬。人外魔境
それでスーパーワンはど田舎の蕎麦屋に入る。注文するのは山菜そば。スーパーワンは山菜そばを完食。蕎麦屋のばばあが会計を求めるのだが、スーパーワンは「こんなまずいものに金を払えるか!」と言い出して大暴れ。おまえ、完食してただろ。店を破壊し始めたので、当然、群馬県警が駆けつける。スーパーワンはミサイルなどの卑怯な道具をつかって群馬県警を瞬殺。群馬県警はショッカーだったんだがな。そしてボスキャラが登場するのだが、でかいバイクで体当りしてボスキャラも成敗。大円団。
いやいやいや。山菜そば食い逃げしようとしたスーパーワンが一方的に悪いだろ。ショッカーがなにかわるいことしたかよ。納得がいかん。