はてなキーワード: Win-Winとは
現在のビジネスで平均月収は70万円位稼いでおりますが、東日本大震災の復興の寄付のためにさらに売り上げを伸ばすためにご協力を頂きたくメールさせて頂きました。
現状、家庭があり、サラリーマンなので現地に行くことは厳しいですが、副業で稼いでいるお金があるので寄付なら何とかできます。
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紹介して頂いて読者様になった方には、よいものを紹介し、購入して頂いたお金を寄付します。
ツッコミどころ満載すぎるwww
ウィンウィンウィンやかましいわwww
あとこれ「購入者様には喜ばれ、被災者の方にも喜ばれ、その2人が喜ぶことで私も喜べる」俺はWinできないのかwww
俺はなんのために協力すればいいんだwww
全体的に国語力やばすぎて、何言ってんのか分かんねーわwww
ここ、前から違和感があるんだけど、アフィ経由で買ったらお客は損しないけどamazonは紹介料負担しなくちゃならないから損するよな?
広告費は当然必要経費として、全体的に薄く価格に上乗せされるわけだ。
あれ、顧客損してね?LOSE-LOSE-WINでアフィブログの一人勝ちだ。
と思うので、最近何か買う時にはクッキー消去してアフィリエイトIDを外して買ってる。
自分が払った金が無関係の第三者に入るのはやっぱよくないでしょ。
「最初の火付けがステマ」というのも本当かどうか怪しいもんだけどな。
http://anond.hatelabo.jp/20120107185942
あーそういう事ね。
デマというか、昔から存在する悪意のまき散らし行為に別の名前がついただけだと思う。
気に入らない、もしくは関心の無い事象が世間から注目を浴びている状況に出くわした時にはき出したい台詞にぴったりフィットする言葉だっただろう。
メディアが安易に多用する「婚活」とか「草食系男子」みたいなもんで、名前そのものに元から需要があって「ステルスマーケティング(ステマ)」は見事にそれに応えてくれる言葉だったと。
もっとも、流行を作る側からしてみれば、一番痛いのは今も昔も変わらず「無視される」「話題にのぼらない」なので、ステマ呼ばわりされるだけでもかなり有り難い状況だったりするんだよね。
「○○○?知らね。つかそんなことよりさー…」と速攻で別の話題に流されるよりは「○○○?ああアレね。知ってる?○○○ってステマやってるんだぜ?」「へえ、そうなんだー。どんなの?」「実はね…」と一定時間話題になった方がよっぽどいいもん。
なんだかんだで「ステマ」という言葉はWin-Winな関係をもたらしてくれてると思う。儲けたい側は「ステマをやっていた…」と長く大衆の記憶に残るコンテンツを獲得できるし、叩きたい側は無視するよりも幾ばくかは鬱憤を晴らせるし。
これが仕事だと、お客様とかで「Win-Win」とか「シナジー」とか「ともに成長して行きましょう」ってスローガンをいう人は
相手を利用することしか考えてないことが多いんだよなぁ。
本当にWin-Winの話をできる人って、絶対にこの言葉をどや顔して使ったりしない。これは経験上間違いない。
これは第三者向け、投資家向けののメッセージであって、当事者同士で交わす言葉じゃないだろ。
正直成長って自分一人で勝手にやるもので、誰かがいるから出来るものではないべ?
男女が共にいる意味って、そこじゃなくね?と思ってしまうんだが。
成長の過程で相手が倒れそうになってるのを支えるとかならわかるけどさ。
もしかしてみなさん、異性に「ともに成長できる」事を求めてるの?その成長ってどういうイメージなの?全く意味が分からん。
俺こんなこというやついたら、全力で逃げるけどな。
だって、部下とかに成長のきっかけを与えるとかなら出来るかもしれないけれど、
対等なパートナーとして誰かを成長させるなんて無理だし。
無理なのに「この人と一緒に入れば私は勝手に経験値アップする」と勝手に期待されて、責任を勝手に求められるわけでしょ?
そんなん絶対破綻するに決まってるじゃん。
おたがい自分で成長して、ときどきその方向や速度のズレから衝突して、それを話し合いでまとめていく、
そういう関係が夫婦だと思ってるし、実際そうやって来たので、本当にこの言葉が何を言いたいのか分からない。
依存心のにおいがプンプンするゼェ~~!
最近世間ではスマートフォンが流行っていますね。もともとガラケーを使っていた人もぞろぞろと乗り換えていきます。
なぜガラケーからスマホに乗り換えるのか。それはガラケーよりスマホの方が便利でかっこいいからに決まっています。
彼女も同じことです。今の彼女より魅力的な女性がいるならば乗り換えたいと思うのも当然。
しかし、乗り換えの途中で彼女がいないという状況が生まれるのは喜ばしいことではありません。また乗り換えに失敗した場合、長期にわたって彼女がいなくなることになります。
そのような事態が起きないよう「安全に」彼女を乗り換える、それがこのエントリーの内容です。
まずは気になる女性と親しくならなくてはいけません。恋人になれる関係でなければ乗り換えるもクソも無いわけです。
すでに彼女がいる皆さんなら女性の一人や二人、落とすのは容易なことでしょう。ガンガン攻めてください。
ただし、相手に彼女がいるということを知られてはいけません。最初からいないか、すでに別れたということにしておくといいでしょう。彼女に振られたという嘘で慰めてもらうといった方法もあります。
これは相手に浮気をさせているという罪悪感を抱かせないためにも大事なことです。
また、今の彼女に怪しまれないようにする必要があります。これは次に説明する別れる準備で見ていきましょう。
彼女候補にアプローチを仕掛けている裏では、今の彼女と別れる準備をする必要があります。告白に成功すれば、今の彼女はただの邪魔者です。早めに排除できるようしっかり準備しましょう。
一番手っ取り早いのは、こちらが冷たい態度をとることです。冷たい態度を取ることで彼女は自分が悪いことをしたのではないかと思い始めるので、さらに相手が悪いと思わせるような言動を取るようにします。
どんな些細なことでもいいので、彼女が悪いという流れに持って行き、険悪なムードを作り出せれば準備は完了です。
ただし、浮気しているからこういう態度を取っているのではないか、と思われてはいけません。
彼女に親しい人間に適当な愚痴を言ったり、ストレスが溜まっているかのように振る舞うことで、彼女にそのような考えをさせないような環境を作り出しておきましょう。
しっかりと準備をしているならば自信を持って挑めるはずです。振られても保険がある、そう自分に言い聞かせアタックしましょう。
告白に成功し、晴れて新しい彼女を手に入れることができたならば、あとは付き合いだすだけです。
ただし、次の別れるプロセスを終えるまでは周りにばれないよう細心の注意を払ってください。
皆さんなら失敗するということはないでしょうが、万が一失敗した場合は「保険」を使いましょう。
彼女に適当に謝ってよりを戻せばいいだけです。彼女は許してもらえたと喜び、皆さんは彼女持ちでいられる。Win-Winな関係ですね。
成功したら元の彼女はいりません。腐っている生ゴミのように放置しておくだけで悪な存在です。とっとと捨てましょう。
こっちから別れ話を切り出し、適当な理由をつけて一緒にいられないと言いましょう。彼女は引き留めてくるかもしれませんが、強く撥ね除けましょう。
悩んだ結果別れるしかないと思った、とすれば周りも納得して皆さんを責めることはありません。
別れらたら、乗り換えは完了、新しい彼女とともに楽しいリア充生活をスタートしてください。
もしかすると元の彼女が、あなたが「浮気」をしていたと噂を流すかも知れません。
浮気は確かに事実なので否定しようがありません。周りに目は厳しくなるかもしれません。
しかし、新しい彼女はどう思うでしょうか。浮気をしていたということよりも、浮気をしてまでも私を愛してくれた、と思うのです。
周りの目をなんとかできれば、逆に二人の仲を深めることができるよいスパイスになるので、有効に活用しましょう。
「彼女持ち」というステータスを失うことなく新しい彼女に乗り換える、難しいことではありません。
「学力がある」とは旧帝早慶一工ないしはそれに順ずる偏差値を有していた者とする。
「学力があるニート」とは要するにフミヒロ氏(参照1、参照2、参照3)のような人物である。
要するに人生において重要とされる時期に外的・内的な要因により大ゴケした連中である。本人は「こんなはずでは」と思っている。一大事である。そして、他人にとっては正直、別に珍しくもない。
多くのエリートが夢想する「汚点のない人生」への夢を挫かれた哀れな人種である。本人もさすがにそれは諦めている場合が多い。同窓会へも行けなくなっている。己の栄誉は既に失われた。
ならば彼らが次に望むものは何か。金である。最低4桁は欲しいと思っている。
だが親は、もっと諦めている場合が多い。どこでもいいから社会復帰してくれ、健康ならばそれでよい、と思っている。
その意識差に彼らは苦しんでいる。元よりそこを妥協できる人種ならばニートにはならず高学歴ワープアになっているはずなのだがそこは親には分からない。
あまり大きな声で言えないのだが、高偏差値ニートは彼の代から成り上がれそうだった、という場合が多い。
そこで私は彼らの夢を叶えるべく少しだけ知恵を絞ってみた。役立てば幸いである。
そのまんま。彼らが籠もっているのはプライドと現実と親の妥協した望みの間で動けなくなっていることにある。
家を出るには金がいる。ニートの家はたとえるなら、共産国家である。私有財産などない。小遣いもあってないようなものである。自室の物すら半分は親の物である。その情けなさが彼らをより卑屈にさせるのであるが、それは今はともかく、金がないと家を出られない。
もちろん仮病である。
代表的なSSRI(参照)とマイナートランキライザー(参照)の名前と薬効、副作用を一通り暗記しよう。wikipediaがあれば3時間も要らないであろう。
次にメンヘラの思考・行動様式を観察・模倣しよう。2chのメンタルヘルス板、メンヘルサロン板が最適である。そこで鬱になった人が投げかけている相談、日常でどう支障をきたしているか、どういう愚痴を言っているか、を徹底的に学ぶのである。3ヶ月も要せずにあなたは彼らの「理解者」となるであろう。
そして通院である。矛盾のないストーリーを雄弁に、しかし鬱々と語ろう。医者は関心なさげにするであろうが、人生の汚点についても延々と苦しげに自分語りをしよう。ひき篭もり始めたあたりからその兆候があったと述べるのがよい。そして診断書をもらおう。驚くべきほど簡単にもらえる。もちろん薬など飲んではいけない。病んでない者には危険である。
ハロワはロクに採用する気もない企業がたくさんいる。とりあえず受けてみて、4つほど落ちよう。面接時には必ず重度の鬱病であることを暴露することを忘れずに。万一受かってしまった場合、採用後鬱を理由に仕事をドタキャンしよう。数回ドタキャンすればハロワで就けるような職場なぞすぐにクビになる。クビになったという事実もかなり大事である。後々、必ず役立つ。
ナマポ申請である。親に見捨てられ、鬱で、仕事もできない。自治体によるが、楽勝である。おめでとう。
ナマポで生き残れとはもちろん言っていない。自力で経済的に成功しないと高学歴ニートは成仏できない。勉強しよう。
士業がよいだろう。東大行くよりはよほど楽である。なんなら国立医学部でもいいだろう。
理系高学歴なら3年24時間フル活用すれば地域を選ばなければ正直なんとでもなる。
高校物理など大卒には遊びであることはエリートニートには周知のことであろう。
ギャンブルや酒をしなければ勉強のための費用など簡単なものだ。勉強は近場の図書館でするといいだろう。
勉強していることは役所の連中には隠しておこう。参考書が見つかったら「しようとしたが鬱でまるで手がつかぬのだ、社会復帰したいのだが」と悲しげに言おう。
医学部の学費だが、長年ニートを養えるような家庭なら大丈夫だ。医学部なら学資ローンや奨学金も楽勝である。安心して偏差値レースに舞い戻るがよい。
以上である。やってみれば分かるが、勉強できる人間であれば驚くほど簡単である。
親と医者と役人と納税者を欺くことになるが、どうせ今のままでは余計社会のお荷物となるであろうし、
長期的に考えれば実利的には誰もが得をする。win-winである。
「医学部に受かるのか」という声が多いが、前提として当エントリの対象者は「勉強しかできぬクズ」であり、そのような方は残念ながら増田の念頭に初めから含まれておりません。
心療内科への通院歴、精神系の病気を患った履歴があるだけで就職が厳しくなることを知ってて言ってるのだと思うけど、
俺がインターネットに集団ストーカーがどーのこーの書いてるのを知ってて、ああコイツやばそうだなと判断して不採用にしてくれるなら、
こっちもプライベートまで監視してくる会社は働いてて気持ち悪いから不採用にしてくれてありがとうございました、ってなるんだよ。
俺は自分自身正常とも異常とも思ってない。そんなの他人が判断することだ。
今のところ普通の人だと見なしてくれてる他人が多いということは、俺は正常なんだろうな。
これまでの勤務先にいた人間にすら話したことが無いこと、俺がインターネットに掲載した文章を
話したことも何度も会ったこともない人間が、知ってることが既におかしいの。
好きなものをその時々に応じて「価値がある」とか「美しい」とか「建設的だ」とか自分勝手に賞賛する
…いやごめん、それは憶測かもしれん。
でも高確率で人は好きなものを自分の周りに置こうとしたり、追い求めたりする。
わざわざ自分の嫌いな曲を集めて聴く人なんてまずいないし、
苦手な人と付き合うという人も…いるかもしれないけど苦痛だと感じているかもしれない。
(自分が何かを嫌うという「対象への嫌悪」それ自体を好む人はいると思うし、実際にいる)。
ネガティブな発言は人を不幸の方向に導く。
不幸せになりたい人なんてのはほとんどいなくて、みんな自分が幸せになりたくて必死だというのが現状だ。
金がほしいし、
恋人がほしいし、
仕事したくないし、
気ぃ遣うの疲れたし、
時間がほしいし、
休みたいし、
あのボケナスの脊髄ひっこぬいてフニャフニャにしたろかっておもうし、
あー遠いなー 幸せって。
だからまあ、どこの誰かも知らん人のネガティブ発言を聞いてるヒマなんかこれっぽっちもない。
ストレスばっかりたまっていく。
もうちょっと説得力のあるというか、全体の最大幸福のための話だと、
要するにネガティブな発言を吐いても、主体も客体もだれも幸せにならない。
(私はいいけど)他の人が迷惑するからやめろ、という感じで主語が大きくなる。
ネクラではない「明日が楽しみな人たち」は、自分が幸せだと周りも幸せになるということを知っている。
その逆の発想で自分の不幸を拡散すれば周りも不幸になってしまうじゃないかとかなり注意勧告される。
更に明日が楽しみじゃない人たちにとってもこの説はけっこう支持される。
糾弾されるのはネクラでネガティブ発言をやめられない人たちだけになってしまった。
(ベテランのネクラになると自分をネガティブな気持ちに落としこむことですら快感になったりする。
それでもネガティブな発言をする人はあとからあとからどんどん増えていく。
仕事場や学校でたまるストレスを愚痴として発散するのと似ている。
みんな人生という仕事場でたまったうっぷんをちょっとでもごまかしたくてネガティブ発言をする。
「イヤなら見るな」と言われてもムリだ。
あーじゃあ、そういうネクラな人の心理状態を鑑みて、慎重になってネガティブ発言は見逃してあげるべきなんだろうか?
友だちのグチを聞いてあげることは許して、ほかの人のグチは聞かないし許さないだなんて不公平なのかも?
そんな誰かが割を食うような解決方法はイヤだなあ。
ネクラな人だって「我慢してやってんねんぞ」みたいな態度を感じると気ぃ悪いわ。
できればwin-winの関係がいい。
もうちょい考えを深めてみよう。
論争が起こることのそもそもの疑問が二つある。
ネクラな人たちにとってこの世界は、悲しみとか怒りとか醜さとか無意味とか悪に溢れているように見える。
しかし、もっと冷静になって考えるとそれは世界の一側面でしかないことに気付く。
ネクラな人たちが見る世界と同じくらい、そこには楽しみとか喜びとか美くしさとか価値とか善がある。
実際、自分を劣悪な環境に置いていれば、どんどんネガティブになっていくけれど、
ちょっと笑える話を聞いたり、
お酒を飲んだり、
気の置けない友だちと話したり、
引越ししたり、
仕事をやめたりするだけで、なんかちょっと楽しくなる。
環境の改善する度合いが高ければ高いほど(つまり劣悪な環境から離れれば離れるほど)、
(世界が変わるのを期待して待っていても、その前に狂うか死んでしまうかもしれない、
もっと悲惨なのは、より悪い方に世界が変わっていくかもしれないということだ)。
ぼくの書いたことがもし正しいとすれば、ネガティブな発言を我慢するだけでない、もう一つの道が見えてくる。
世界のことをよく知っている人がいるならば、この世界はどうしようもないと思っている人に向かって
と教えてあげることである。
これがやはり根本的な解決となる。
できれば言葉で教えるだけでなく、一緒に楽しいことをするといい。
言葉による理論ではなく体験による感動で理解してもらうといいんじゃないかな。
人にはその避けがたい特性があるから、誰か忍耐強い人が世界の素晴らしさを説く前にケンカが起こってしまうのだ、
たぶんね。
しかし、だからといって個人的には「対象が嫌いだ」という感情を封殺してしまいたくはない。
人はなるべく朗らかに、全てを愛する博愛主義者のように生きたほうがいいんだろうか?
そんなせまっ苦しい考え方のために人が生きているとは思えないし思いたくない。
人はもっともっと多様な価値観や考え方を持っていいと思う。
ニューギニアの島では弔いの儀式として食人の文化があった気がする。
今はない?
かならずしも弔いのために用いられた儀式ではない?
それを野蛮で邪悪な悪習だと言えるのは現地人でない人だけである。
アフリカの牧畜民ヌアのコミュニティでは、不妊の妻にかわって姉妹が夫の子を生んだり、
またその逆や、あるいは夫が子を持つ前に死ぬと兄弟が亡兄の妻との間に子を作ることがある。
前者の場合は夫の子であり、後者の場合は弟の精子で宿った命でも、亡き兄の子どもということになる。
この社会でいう夫とは、彼らの生業手段である蓄牛を婚資として支払ったものだ。
日本では親子関係は血のつながりなんだけど、彼らは牛のつながりであって、
ぼくらは彼らをバカにする時、彼らはぼくらをバカにするのだ。
「血のつながりってwwwwwつながってるわけないやろwwwwww」
ある事象に価値があるとかないとかって判断してしまうのは多くの場合、
特定のコミュニティ内でしか成立しない狭い考え方による独断と偏見でしかないのかも。
あれ?ちょっとまてよ…。
ぼくさっき”個人的には「対象が嫌いだ」という感情は封殺してしまいたくない”と書いたよねえ?
んで、
今その理由を書いたよねえ。世界にはいろんな価値観を持った人がいて、
それを認め合っていいんじゃねーの?みたいな。
「みんなちがってみんないい」論法。
でもちょっとまって。
ネガティブな発言をする人は、世界を(あるいは自分を)嫌悪している。
バーロー「あれれー?どっちの人たちも{きらい}って感情は同じだねー。」
そうなのだ。
ネガティブな発言というのはポジティブな感情ではない。絶望とか嫌悪感の表出なのである。
ネガティブ発言を許せないという人は「○○が嫌いだと、人が言うことは嫌いだ」と言っている。
これはなんともバカバカしい話だ。
自分の嫌いは認められても、他人の嫌いは認められないと言っているのだから。
ぼくは個人的にはみんなちがってみんないいと思ってるんやけど、
その前提が成り立つことを許してもらえるなら、
「自分の嫌いを認めるなら、他人の嫌いも認めていいんじゃないか?」
ってことになる。
そうじゃないと「ネガティブ発言やめろ!」と言うたびに自分のクビを絞めてることになる。
ブーメランが飛んですぐに返ってきてる。「あんたがやめろよ…」と。
このバカバカしさは「ネガティブ発言をするな」という注意喚起のけっこうな抑止力になるかもしれない。
わーい!ぼくらは誰のことを嫌いと言ってもいいんだぞー!
○○のバカヤロー!!必死に走って間に合わずに目の前で電車のドアが閉まってしまえー!!!
というわけで
これでみんなハッピー?かな?
間違ってるかなあこれ?
2つ目は若干強引な感じもするから、もっといい方法あったら教えてほしいな~◎
ここまで読んでくれてありがとうございました。
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追記
現段階で寄せられたコメントにできる限り返答していきたいと思います。
どうしても批判のほうに目がいってしまって精神的にキツいです。
お前が一番ネガティブなんじゃね?って誰か突っ込んであげるべきだと思うの
ぼくはたぶんネガティブなんだと思います。ポジティブそうに見える書き方になっていますが、
ネガティブさを排斥しようとする状況が見るに耐えられないのです。
せめて「死にたい」ぐらいは言わせてほしいのです。ほんとに死なないために。
そういう人がたくさんいると思うんです。たぶん。
殺したくないんです。
ごめんなさい。生きててすいません。
生きてるんじゃなくてまだ死んでないだけのような気がしています。
ぼくはあなたのような人と共に生きたい。許しあいたい。強い人が怖い。
よかったらぼくのブログを読んでください。
http://d.hatena.ne.jp/yukkun1986/
新人の頃、意識的なマイナス思考が仕事には重要だと教わった。物事のいい面よりも隠れた危険性を常に考えろという「かもしれない運転」的なやり方
建設的なマイナス思考ですか。たしかにそれはいいのかもしれないですね。
未来という不確定性を検証するための思考はプラス・マイナス関わりなく可能性の一つとして考える余地があるのかもしれない。
ぼくはなんの役にも立たない(かもしれない)マイナス思考も封殺したくない。
あとでよむ
お願いします。
そうだね~、「いけない」ていう義務的じゃなくって、「いいたくないなぁ」ってね、うん。
誰も傷つけたくないのですが、それよりも自分が傷つくことのほうが怖かったりします。
これに関して自分は結論がまだない
ぼくもたくさんの意見をいただいて、
これで終わりにすべきではないと思いました。
そうなんです。相手の気持ちを考えることができれば、ぼくらは少しは寄り添えると思います。
問題は、双方にその余裕があるのかということです。
個人的にはぼくたちはもうちょっと相手を褒めたり、甘やかしてもいいんじゃないかと思います。
もうこれ以上人が病んでいくのは、堕ちていくのは耐えられない。
結論は俺も同じ考え。
現状が少しでもラクになればいいんです。
死ねばラクになれる、みんながもっと優しくなってもきっとラクになれる。
ぼくはどうせなら後者のほうがいい。
わーい。ネガティブ発言してもいいんだー(違)
ぼくはそれを咎めません。咎められません。
でも彼らを嫌いになれないのです。
ぼくがもうちょっと社会的に弱い立場だったら、
その立場を利用して言い返すこともできたのに、だなんて
【一番いけないのは、お腹が空いていることと、一人でいること】という話。
どこかで泣いている人がいたら、笑わせるんじゃなくて
バーローww
ちょっと悪ノリが過ぎたかも知れません。
でもあなたが喜んでくれるなら、それはよかった。
注意喚起くらいなら別にいいよ。強制力もないし、カウンターできるし。ポジであれネガであれ、みんなで同じ方向向いてるのが一番キモい
カウンターできません。
ぼくが正しいとか間違ってないなどとは思えないのです。
ちきりんさんが最近おすすめしていた「若者殺しの時代」という本の中では
バブル経済のことを「国中上げて間違ったことはやってないだろうと思っていたのだ。」と表現していました。
ぼくが合ってるとも思えませんが、じゃあ世の中の望むべく方向が合っているのかと考えると、
ポジティブ思考のイケイケで日本は負けただろwww / 「文句言う前に努力しろ」の一言で様々なデモが潰れちゃってるんだよね、それ一番言われてるから。
ぼくはネガティブで、基本的にネクラだと思います(たまにはポジティブにもなりますが)。
「文句言う前に努力しろ」の一言でいったい何人が死んでいるのだろうと思うと、ほんとうに恐ろしい。
暗い人は四六時中年中無休で暗いわけではなく、暗いことを言う確率が高いのでは。明るい人も同様。10回会って7回暗かったら70%の暗い人確率/キャラってやつなのかしら
そうだと思います。
ネガティブな発言が少しでもその人の気を紛らわせることができているのなら、
それでまだ死なないでいてくれるなら、死んでしまうよりははるかにマシだと思います。
ネガティブな発言をしている人間はネガティブ志向と解釈してしまう時点で説得力が無い。ネガティブな事をいう奴は人生を面白がっている奴も多い。ポジティブバカのように人生を楽しもうとはしてないかもしれないが。
これはたしかにそうだと思います。ネガティブ発言を風刺漫画のようにコメディに昇華する人はいると思います
(その喩えが適切かどうかはわかりません)。
読みにくいけど、今抱えてる問題意識に近かったので読んだ/かくして、「そんなネガティブ発言してると、世間からうざいやつだと思われちゃうよ」という太宰メソッドで注意勧告する羽目になって自己嫌悪するわけよ。
人間失格にある
(それは世間が、ゆるさない)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
自己嫌悪するしかないほど逃げ場がありません。もう首を絞めつくしました。
ぼくはそれをどうにかしたい。
何かを貶める発言をするなら逆の考えの人達から反感を買うくらいは覚悟してないとそれは甘え。反感を買ってでもする意義があると思う発言だけすればいい。
甘えたいです。ごめんなさい。
ほんとは人をイヤな気持ちにさせたくないです。ごめんなさい。
自分にウソをついて「大丈夫です」と言う度に、自分が嫌いになっていく。
皆でネガティブ言い合って皆でそれを嫌い合う。それが公平なのかも。どちらかが我慢するのはどうかな?/寛容さは大切だと思うけど。。
例えば、学校でデブな同級生に向かって「やーいデブ」と悪態をついて、
ひるんだり、へこんだりせずに「デブで悪かったな!」と言い返せることが対等で良い関係を作るのかもしれません。
乙武さんはそういうことをやっているので、みんなが彼のように強くなれればいいなと思いますが、現実はそうはいかないですね。
メンタルの弱い人に救済を。
あなたは素晴らしい人だと思います。あなたのような人が救いになるんじゃないかと思います。
出家するべき
今も思っています。
「ネガティブ発言を許せないという人は「○○が嫌いだと、人が言うことは嫌いだ」と言っている。これはなんともバカバカしい話だ。」…「フジテレビが嫌いだと、人が言うことは嫌いだ」と言っている人は多いね。
誰のこともあまり嫌いになれない(苦手な人はいます)ので、嫌いだと言ってる人に遭遇すると混乱してしまいます。
長期的な幸せを望みます。それと同時に短期的な不幸・死の連鎖を止めたい。
それらが同時にこなせたらどんなにいいだろうか。
何が間違っているのかぜひ教えていただきたい。
前にポジティブシンキングだかの企業が倒産したような。見えてる世界で綺麗醜いを言うことはプラスマイナスはないのかな。それをどう思って聞くか言うかでかわるのかな。
解釈の違いで人の反応は変わるかもしれません。
そういう人たちは怖いですが、ぼくには彼らを叱りつける権利がない。
しかし、気に入らないという思いが誰かを殺しているのかもしれないならば、
ぼくはこのケンカをやめさせたい。
ぼくもそう思います。
もし、将来ネガティブにならざるを得ない状況がひっくり返ったとしたら(つまり誰もが「明日が楽しみな人」になったら)、
根本的な解決になるかもしれませんが、その分ネガティブ発言への風当たりの厳しさは増すだろうと憶測します。
だから、やっぱり「それでいい」ということにしたい。
ぼくはもっともっと慎重になりたい。
間違ったことをしたくない。だから、
(というとすぐ「オリジナルガー」「二次創作公認ジャンルガー」が出てくるかもしれないけど
自分自身で同人とか作らないしリアル店舗の同人ショップは行ったことすらないから良く知らないけど、そんなに非公認二次創作が大半を占めているものなの?
以前電子出版・同人ソフトの流通に関する仕事をしたことがあるんだが、その時は二次創作がそもそも禁止だった。エロは有り。二次創作OKな他の大手でもオンラインだと二次創作の占める割合はたかだか1/3~1/4くらいしかないと思うんだけどなぁ。著作権法は親告罪なので二次創作は怒られてから撤去という扱いでもいいんだけど、俺が携わったサイトでは二次創作の方が市場が狭く面倒が多いと判断して最初から除外して、後の話を聞く限りではそれで商売はちゃんと成り立っているようだ。電子系とリアル本では違うのかもしれないけど、だから9割9分二次創作みたいに言われると「えっ」と思った。
その仕事で同人と言う時は商業系の倫理審査を受けているか否かで区別していた。倫理審査ってのは警察OBの天下りを背景にした組織の審査ってことね。警察のさじ加減次第で何でもありな青少年保護育成条例(全年齢の場合)や猥褻物陳列罪(18禁の場合)をどう回避するかがビジネス的には著作権以上に問題で、これを確実に回避するためには加盟企業で金出し合って警察OBを凄い給料で顧問にする……という端的に言えば一種の袖の下しかないわけだけど、それをしないのが同人なわけだね。官僚腐敗大国(笑)
同人というと全年齢なら東方とかひぐらしとかを多分みんな目指してて、18禁は個別のは良く知らないけど多分それに相当するものがあるんだと思うし、オリジナルしか取り扱わない仕事に携わった者としては同人こそが創作の理想郷だキリッとか思ってるくらいなんだけどな。
二次創作は出版社の方も内々では黙認してるっつーか広報要素としてカウントしていることも多く、かといって明示的に公認するのは面倒だし本家のグッズ販売食うほど大掛かりにやられるのは止めたいしで、ナァナァで黙認しておいて度を過ぎたらストップ掛けるという形にしているのが普通。これはこれでwin-winになってはいるんだけど仕組みとしてはあまり健全とは言えないので何とかお互い損しない枠組みをちゃんと作った方がいいのだろうね。もっとも前述の通り同人ビジネス的には単純に二次創作禁止としても問題はないのだけど。
答え出てんじゃん。やめちまえ。
日本の営業マンなんて、相手と同質化してジクジクとした中で「お愛想」でビジネス()を回してるだけなんだよ。
win-winの関係を築くための提案型営業、なんてよほど優秀なクライアント相手でないと通用しないという。
# うちもコンプライアンス的に危ないんじゃないの? っての何度か見てるからなー。
もし「まじめに」やりたいのなら、一度コンサル挑戦してみれば? 地頭と、いわゆる営業の世界とは別のコミュ力(というか、本来の意味での「社交性」)が求められるから、もしかしたらやっぱり向いてないと思うけどね。