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2011-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20110527094314

http://anond.hatelabo.jp/20110527095714


そんなことないですよ。



そこで書かれている100回見る1万人というのは、ちゃんとお金出して全巻揃えます


Blu-ray1枚5000円とすると1万人が買ったとして5000万円×1万人×全4巻=2億円


で売上2億円に対して制作コストが1000~1500万円位なのでビジネスとしても大成功です


フラクタルがこれに到達しているかどうかは別の話ですが、1万人を本気で狙うのに地上波は悪くないと思いますよ。



参考:http://j.mp/lWTJ01


TVアニメのヒットの指標はBD1万枚」


テレビアニメブルーレイで1巻につき1万枚を超える作品は年を通じてもかぞえるほどしかないほどの「狭き門」」

2011-04-22

魔法少女まどか☆マギカ想定外面白さだった件

21世紀にTV放映された連続アニメの中では間違いなく一番おもしろかった。

TVエヴァ以降まともに見れる連続アニメが何もなく、

本気で「地上波連続TVアニメはオワコン。宮崎駿ピクサー新劇ヱヴァさえあれば後はアニメなんてどうでも…」と思っていたけど、

まさかここまで楽しませてくれるアニメが出てきたことに驚いた。

ハルヒ面白いっちゃー面白いけど、エヴァ好きな自分としては求めるものが違うというか…

敢えて難点を言えば、

  • 口煩い視聴者を騙くらかすためとはいえ、1話と2話の萌アニメ路線は正直キツかった…orz
  • 上記に関連して女の子比率が高い。高すぎる。冬月とかゲンドウ的なおっさんがいれば…
  • 初めてエントロピー関連の話が出たときに、設定が唐突に出てきたことに対する違和感を感じた。もうちょっと上手いこと見せ方を練ってほしかった。

難点はほんとにこれぐらい。あとは正直に面白かった。

しかし何故かまどかは見れば見るほどエヴァを思い出す。一体何故だ。

や、ほんとパクリとは思わない。パクリだったらまずキャラクターテンプレ的な要素が強く現れる。例えば某長門とか。

どちらかといえば「俺はエヴァが好きなんだなぁ…」と再確認した次第。

そして「ああ、俺の思春期は20世紀の出来事だったんだなぁ…」と変な感慨を抱いてしまっただけだ。

あと、監督なのか脚本なのかどちらの功績かはわからんけど、良い意味で作品内外で視聴者を煽る/誘導するのが上手いなぁと。

別にアニメに興味ないからどうでもいいけど、うまいこと視聴者を煽れる人がいればきっとアニメ業界で働く人の未来は明るいんじゃないかなと。

失敗するとフラクタる事になるので、出来ない人は黙々と頑張るしかないんだろうけどね。

…まぁ、おっさんは久々にTVエヴァを借りて回顧してマッタリしよう…。

2011-03-10

まままの感想

ただの感想だけど書くところがないからここに。華麗にスルーされてもそれでいいや。

2chとか界隈のブログもろくに読んでないからがいしゅつがすぎるかもしらんし。

(当然ながら9話より先はまだ見ていない)

社会的にヒットしているというほどではないけど、ヒットしてるよね、アニオタ層をウォッチ範囲にしている(あるいは友人に多い)、かつ、普段はアニメをろくに見ない人でも見ていたり、「流行ってるみたいから見てみたい」という話を割と見かける(自分の観測範囲)。


自分はニトロ作品なんてチェックしてないが、)そっちのファンからすると虚淵玄として別に特別なことをやってはいないっぽい意見もみかけなくはない。彼的世界の今までのファンじゃない層にリーチしたんだなぁ。そして、それが深夜アニメ視聴者層マッチしていた(もちろん蒼樹うめやら魔法少女を使った目新しさはあったのだろうけど)。

蒼樹うめやら魔法少女」でこれをやったのは、大衆的作品では前例あんまりないのだからしいとは言えるだろうけど、別にこういう世界観ってそんなに珍しいものではないという意味ストーリー展開に驚きは少ないんだなぁ。

までで感想が終わっても中身がなさすぎるので、、、

それでも、まままは割と好きな作品だ。魔女対決シーンの絵やシーン全体の演出は結構つぼ。それと脚本も割とうまい。第6話で「悩むまどか」→「母親との会話」(この会話はこれはこれで単体でストーリーと関係なく世間一般の教訓にもなるかのように見えるセリフであり、かつまどかに対して意味のある教えであるようにも見える)→「さやかが変身しようとするシーンでまどかがははおやとの会話を実践(少なくとも実践したつもりになる、がそれが正しいのかどうかはっきりと語られるわけではない)」→「まどかの行動が設定を明らかにする」といった流れ、こういう脚本は誰にでもかけるものではありません。とはいっても、プロアニメ界の脚本家ならもちろんできる人は他にもたくさんいます、ただ、1話30分のアニメシリーズ、という枠組みでこういうのをやる人はあまりいない(まったくいないわけではないと思うので日本TVアニメOVAを全部見てるマニアは例をたくさん挙げられるでしょうけど、そんなに割合としては多くないでしょ)。30分TVアニメの枠を外せば小説映画ストーリー創作全体で見ればさらにもっと例はいくらでもみつかるでしょうけど、30分TVアニメではあまり好まれるとは思われていないかな。

ここまで読んで「お前矛盾してるじゃん、虚淵玄世界を珍しくないからとけなしておいて、脚本うまいとほめているがその「珍しさ」の程度は同じじゃないのか」と突っ込んでくれる人がいるとうれしいんだけど、はいそうです。展開そのものに驚きはない(目新しいとかこの作品が特別とはあまり思ってない)けど、作品としては純粋にそれなりに楽しんでます。好きな作品です。別にけなしてません。しいて文句を言えば、これを見て感動したり教訓めいた感想を言う人は私の好きな他の作品も見てほしいなってくらいで

でも、色々細かいところがまだわかんないんだなぁ。2chとか海外考察とか読むとわかるのかしら。それとも先を見れば解決する?

ソウルジェムが本体で肉体は簡単には滅びない」という設定な気がするけど、なんでマミさんはあれでやられたんだろう?9話の二人の対決もよくわからん魔女にとどめをさす基準(魔女がどうやったら倒せるか)もよくわからん

杏子さやか精神的接近のはやさもちょっととまどった。倒そうとしていた相手を第6話のソウルジェムの件であんなに驚いてさやかに同情する杏子。むしろあそこは「自分にもつながる未知の事実を知らされて動揺したのが先に来てしまったのがさやかへの同情心につながった」とか「戦いで倒すつもりはあったけど、それ以外の方法では倒すつもりはなかった」とか考えられるけど、後者解釈自分にはあんまりしっくりこないんだな。。。

ほむらはなぜ3話でまみにつかまってしまったのか?

2011-01-30

アニオタ保守本流という愚かしさ

日本一硬派なアニメオタク診断(http://kantei.am/55866/)というサイトを偶然見つけてしまい、

この管理サイトであるアニオタ保守本流」を含めて噴飯モノだったので何がそこまで人を笑わせ呆れさせ怒らせるか書き残しておく。


まぁ診断の質問内容を見てみればすぐ分かるが、基本的に1970年代後半のSFオタがアニメに参入した時代以降からしか書いてないよね(笑)

いや、本気で面白いつか、こいつ保守でもなんでもなく単なるSFボアニメ=アニメだと思っているSFロボオタだろ(爆笑)

質問にはディズニーの一文字もなく、桃太郎 海の神兵入れたら?と提案しても知らない顔されそう。教養なのにね×365、星みっつ落ちたわ☆☆☆


ごめん健康に悪いかブログの内容ほとんど見てない。けど、アニメディズニーTVアニメ鉄腕アトム的じゃなくなった

時代をひっくり返したという意味で、「革新」であったAKIRAを筆頭にするあの時代のジャパニメーションを「保守」と名付けるあたり、

世界アニメ史的な意味を全く無視できる反知性、狂気を感じる。ごめん、ふわふわ時間だわ(・ω<)


ラベリングして決めつけることに戸惑いはあるけれど、

それでもこのエントリを書くことに踏み切ったのはあの診断の質問内容が言い逃れ不可能なレベルから

富野虫プロの人?絵コンテ死ぬほど早く切る人?という視点が欠落しているのは、どうして…こんな所へ来てしまったんだろう…とびびったわ。

とりあえず、一言いうとしたらお前は保守を名乗るな。極々基本的なアニメ史に敬意を表さないお前に保守本流など名乗る資格はない。

SFボアニメしか関心がない「アンチ萌えアニメオタ」を名乗れつーの。本当、いらいいらしちまうぜ。失礼、かみまみた。




ですが、傍目から見ていて同族嫌悪内ゲバは見苦しいのでアニメが好きなもの同士仲良くやりましょうね。


#追記

トラバありがとうごいました2chにおける「いわゆる+民」のようなものと思われているのですね。

それは触らない方がよかったのかもしれません。嵐に反応した嵐として負けてしまったのは認めます

しかし、アニオタ保守本流とググったら現時点でも良い検索順位に来たため、

この様な評価があることが目に見えるのは良いことだろうと思い残しておきます

#追記2

よくよく考えたら、(SFロボしか知らない)アニオタ+(政治主張的には)保守本流なのかもしれませんね、あのブログタイトル

てっきり、アニメオタクとしても保守本流であると主張していると思い込んでいました

SFロボしか知らないアニオタと本人が認めているのならば、それが硬派というのか疑問だとしても、

保守本流と名乗って政治主張を行っている、程度の浅い、アニメ史に無頓着アニオタということでブログタイトルに偽りなしと言えそうです

2010-09-29

けいおん劇場化決定らしいが

いかに「日常系」の作品とて、劇場版になれば始まりがあり終わりがある。出来事の開始から終わりまでを語られるのが映画という100分くらいの尺なわけで、いままでの「けいおん!!」のように最後お茶してとりあえず終わり、な話は構成できない。

従って、今回の劇場版では劇場化に際して何かしら映画コンテキストからのアプローチが図られ、結果として物語が成立するようになるのだと思われるが、それが何であるのかがいまだに見当がつかない。

ドラえもんの例でいえば、例の如くのび太くんがドラえもんに無茶を言ってドラえもんの道具で遊んでいたら、そこで(ドラえもんという日常の)物語の外部から使者(ザンダクロスとか、恐竜の卵とか)が現れ、やがてそれらは大きな事件へと発展していく。いじめっ子だったジャイアンは一時的に心の友となり、イヤミスネオメカコンピュータに詳しいオタク立ち位置を獲得する。ジャイアン暴力で物を解決し、スネオアイデアと資金力で物事を解決する。のび太ボケて、ドラえもんがそれに突っ込む。しずかちゃんは脱ぐ。それぞれ役目が割り振られて、大きな物語を解決するに至る。

それはクレヨンしんちゃんケロロ軍曹にしても同じことであり、大体の家庭用アニメ劇場版は似たような構成になりがちだ。

さて、けいおんに戻ると、ドラえもん方式のこのやり方を、劇場版でも通用させるのであろうかということである。

いつも通りの放課後ティータイムメンバーギター弾いたりお茶飲んだりしてるところに、ある日突然転入生やら異星人やら吸血鬼がやってきたりするのだろうか。あるいは、放課後ティータイムというリアリティに則って、出てくるとすれば「無愛想な転入生」やそこら辺だろうか。

我々のロジックからすれば、さもありそうな流れではあるが、「けいおん!!」に関して言えばそれはあり得るのか?

先日から話題になっているアイドルユニット育成ゲームアイドルマスター2」がある。アイドルマスター2(以下IM2)では前作で搭乗していたキャラクタは一部わき役扱いとなりNPC化し、代わって完全な男である男性アイドルユニット三人組グループジュピター」が新規にアイドルマスター世界に「認められた」。少なからず、公式ではそういうことになっている。それに対して、既存のファンはどう思ったであろうか。

『異質』である。女性アイドルグループを育てようという中に、まったくの外から(本当は知っているはずだが、あえて知らないふりをしていた)機知外である「男性」は、その世界観親和性などなかった。よって、排除の対象とされた。今でもIM2でのその男キャラを排除する運動が盛んであるという。

けいおんに、放課後ティータイムやその他クラスメイト達以外の存在が、急に割り込んでくる余地があっただろうか。

ケロロ軍曹なら、毎週のように新キャラが登場してくるからさりとて珍しいことでもないだろう。しかし、けいおんではそれはありえない、と見る。理由は前述の通りだ。既にけいおんでは体制の硬直化が作品それ自体の本質として認知されている。新たなる関係性の示唆は、作品に対して保守的ユーザーが多くを占める「けいおん!!」にとって諍いの種でしかない。つまり。

けいおん!! 劇場版」では挑戦は行われない。

あくまで筆者の予想でしかないが、劇場版ではおそらく大胆な構成も図られなければ新キャラの登場もなく、あるいは物語の核となる「事件」そのものも起こらないであろう。

しかし、それで映画の体を保ちたいというのであれば、興行主が考える手法は一つである。

劇場版は、TVアニメ版のリメイク総集編になるかもしれない。

テレビアニメ版では、主要メンバーのすべてが同じ女子大に通うことになった、という話で区切られている。

物語の延長線上では、放課後ティータイム崩壊ティータイムとなっており、バンドを組めないのである。

そうでなくとも、諸々の保守的思想から導き出すに、女子大生となった彼女らのキャンパスライフを描くことは、創作者にとっては容易いが、視聴者には受け入れづらいものになる。高校生記憶を共有できる視聴者は数多くあれど、女子大ないし大学の思い出を共有できる視聴者はそう多くないからだ。

つまり、女子大生日常は、それがもともとファンタジー的な女子高生日常を描いたものだったという前提があったとしても「SF」くらいまでにリアリティが薄まってしまうことを意味する。

ならば、そんなのは書かないほうがいいに決まってる。

じゃあどうすればいいか。「想いで」を再編集するのだ。

かつて、京都アニメーションという会社は「涼宮ハルヒの憂鬱」というアニメシリーズで、「全く同じ話だけど微妙に構成が違うだけの話」をなんと8回も放送した、という記録が残っている。結果は不評であった。それはともかくとして、作品の制作方法として、原作1話があればそれを多角的な観点から再構成しなおし、ストーリーは同じでも別の話のように見せかける技術はこの試みによって研鑽されたのではないかと推測する。

今までのものは実験作だった、と仮定するならば、「けいおん!! 劇場版(仮)」がその本番になる可能性は否定できない。

マクロスフロンティアだってそうだった。エヴァンゲリオンだってそうだった。

リメイク」である。

テレビアニメではなしえなかったあの表現物語の構成を、劇場版ではより高クオリティでやりなおしてくれるのだろう、京都アニメーションは。

期待して待とう。まだ制作開始すらされてないっぽいけど。

2010-05-09

TVアニメお勧め教えて下さい

TVシリーズエヴァンゲリオン見た以来、TVアニメ見ていないのですが何か見たくなりました。

お勧めがあれば教えて下さい。

(できればチャンネル時間帯も書き添えていただけるとありがたいです)

2009-12-05

アニメの本数が減ったのはいいことなの?

今までが多すぎたって言う人、いるけど。本当にそうなの?

 

数が減ったほうが質が上がるの?本当に?

無難な作品しか出てこなくなるだけじゃないの?ゲームみたいに。

 

数が減った分、声優パイも更に減るけど。

声優は多すぎだよねってことか。声優志望にも厳しい時代が来るよなぁ…

 

TVアニメが減ったら、その分劇場アニメが増えて、

作画の上手い人はそっちに吸い取られるだけじゃないのか。

そしたら別に、質なんてそんなに今までと変わらないよね。

作画崩壊だって、今に始まった話じゃないし。

この先も、またいつ作画崩壊した作品が出てきてもおかしくはない。

 

以前に、アニメの本数減らせよ!!って言ってた人さ…

今、確かに本数減ってきたよ。

これが君たちの言う理想だったのかい?

2009-11-30

中村豊さんのカメラブレ、今観てるけどさ

やっぱカメラブレもいちいち指示しないと、こういう動きにはならんねえ…

 

めんどくさいからカメラの指示は撮影にお任せだったけど。

やっぱここ一番って時は自分でブレ指示つけなきゃダメかしら。うひー大変。

 

TVアニメカメラブレ細かく指示してる人ってどれだけいるんだろうか。

2009-11-28

http://anond.hatelabo.jp/20091127174928

これはダルイw 金田さんの流ればっかじゃないか。

宮崎アニメとか入ってない時点でなー。コピペだと判っててもダルイなー。

 

あと、京アニのかわいらしい動きとか、TVアニメを描きたいなら学ぶところ多いと思う。

金田アニメ宮崎アニメも、TVアニメとしては活用できる部分が少ないんだよね。

2009-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20091125170203

京都アニメーション00年代アニメトップランナーひとつなことに異論はないけど、

1.Key作品のTVアニメ

2.『ハルヒ

3.『らきすた』、『けいおん

を「京アニ」というひとつムーブメントとして語っちゃうのはちょっと無理矢理な気がする。

2009-11-23

BD化にTVアニメはついていけるもんなのか

DVD画質に満足できない視聴者観点からみた俺としては、BDに移行するのはいいことだ。プレイヤーないけどw

でも、現場人間としては頭の痛い問題ではある。

 

高画質化にあわせるためには、描く絵も大きくしないといけないのだろうか。

少し大判になるだけでも作画は大変になる。作画時間も増える。

全てのTVアニメ劇場アニメレベルで作るなんて、正直なところ無謀すぎる。

(劇場アニメはその大画面に耐えられるよう、TVアニメよりも大きな紙に作画されている。)

 

BDに対応した絵作りをしていく上でのハードルはいくつかある。

1.作業量が増える

 絵が大きくなればそれだけ作画作業量も増える。

 

2.制作期間の確保

 作画作業量が増えれば、作画期間もより長く確保しなくてはならない。

 

3.収入面の確保

 1カットあたりの単価が変わらないまま作業量が増えれば、実質アニメーター年収は減る。

 

4.アニメーター人員の確保

 大変な仕事をして年収が下がる、そんな仕事をやりたがる人はいない。

 今でさえ生活がカツカツな人ばかりなのだ。

 作監をやる人となるとなお難しい。

 

5.作画品質の劣化

 アニメーター人員の確保が難しい以上、新人などに仕事が振られる可能性が高くなる。

 

 

これらのハードルをどうやってクリアーするかとなると、

1の「作画量」増やさないままで、どうにかしていこうという所に落ち着いているのがTVアニメの現状。

 

または、制作期間の確保と収入面の確保が出来れば、こちらもクリアーできる。

劇場アニメは作画単価も高いので、そのよい例。

ただ人員の確保がどうしても難しいので、どの会社もできるというわけではない。

そして、劇場アニメばかりが作られてTVアニメが減っていくというのは、恐らく望まれている形ではない。

 

 

BD化の流れの中で、やはりどうにかよりよいものを作って行きたい、良い物を提供したいとは思う。

そのための試行錯誤は作画打ち合わせで行なっていくのだけれど…現状では3Dを増やしたり、とかかなぁ。

 

作画を自動パス化するツールで全て加工して作ってみる、とかどうかな?

いや、全く上手く機能する自信ないけど。

2009-09-27

ストーリーの要不要をめぐる物語論涼宮ハルヒ破綻

賀東招二新城カズマ、二人のライトノベル作家が、「ストーリーはいらなくなるのではないか」ということをおっしゃったわけですが。

 ・実用書『物語工学論』でカットされた賀東×新城特別対談の中盤盛り上がり、どーんと一挙無料公開! - 散歩男爵 Baron de Flaneur (Art Plod版) http://d.hatena.ne.jp/sinjowkazma/20090905/1252143285

・賀「最近アニメとか受けてるものととか売れてるものとか見てて、否定する訳じゃないんですけど、もうそれが受けてるんだったら、ストーリーとかいらないじゃんて。俺らが頑張る必要があんまりないというか。かわいい女の子が出てきて、よく動いてればいいんだったら出る幕ないなあ、というか」

・賀「実はストーリーって必要ない?」

・新「うん、あんまり必要じゃないのかもしれない。少なくとも、いわゆる古典的な構造というやつは」

・賀「今そこでかなり悩んでまして……」

・新「もちろん、それを必要とする人はいるんだけど、本質的に必要か?というと」

・賀「そうじゃないかもしれない」

なんかデジャヴュると思ったら手塚治虫のグチでした。

 ・『手塚治虫大全2』p.42「瀕死のアニメーション

なんのことはない、杉良太郎とか、野口五郎とか、草刈正雄とかのミーハーファンとおんなじ酔い方なのよ。そう、ミーハーなのよ。

 ここ数年、そういうファンが劇場アニメの半分以上を占めているといえるね。そういうファン向きに、観客動員を計算してつくるとね、一般にアニメといわれているものの内容とは、ちょっとちがってくるわけだ。べつに動かなくってもいいんですよ。“口パク”といって、ただ人物が立っていて、口をパクパクさせているだけの動きでも、かっこよく美形で、声優がごひいきのタレントだと、「ムフフ、キャーッ」なんですよ。こういうお客を相手に、当分はアニメの企画をたてなきゃならんとなると、こりゃあ困るねえ。

もちろん、それ以外のアニメもありますよ……(引用者略)……そういうのに、ミーハーのドマニア達を呼びよせる方法はないものかねえ、ないだろうねえ、まず相手になんかしないだろうね。

初出は「話の特集1979年7月号。30年前です。

似たような内容ですよね。自分が力を入れてやってきたことはもう流行らないんじゃないか、みたいな。

・賀東・新城「がんばってストーリーテリングをしても無駄。かわいい女の子が動いてればそれでウケるんだから」

手塚「がんばってアニメを動かしても無駄。美形のキャラに人気声優が声をあてていればそれでウケるんだから」

作家キャリアを積むとこういう不満がたまってくるのでしょう。

 

     ※     ※     ※

 

で、ハルヒなんですが。

・賀「ストーリーは必要なくなる。最近系統ですよね。おなじみのキャラクターが出てきて、なんか話してるシーンがあるだけで。別に何か起きなくたってかまいやしないんですよ」

・新「最近ラノベの中興の祖みたいに言われてるブギーポップキノって、実はむしろ昔ながらのタイプ小説なんだよね。ストーリーテリング比重がでかくて。ハルヒ生徒会や、らきすたけいおん!みたいな流れとは、間に分水嶺があるんじゃないかな。ハルヒも、1巻と2巻の間に分水嶺がある。1巻て実に古典的でよくできてる小説なんですよ。我々が言うところのストーリリング

私も、2巻を読んでこの小説ストーリーテリングを放棄したなと思いました。具体的には2巻冒頭の、キョン真相を明かしてもハルヒは信じなかった、というシーンで。

そのため2巻以降はストーリーがまったく進んでいません。様々なエピソードを積み重ねてはいますが、どのエピソードも最後には1巻で提示された初期設定に戻るようになっています。

あとはもう、初期設定をイジってどれだけ面白いエピソードをひねり出せるか、ということでしかないわけです。

したがって、ハルヒ小説ストーリーが無いというのは同意するところなのですが、それが新しい潮流か、といわれると、違うのではないかと思います。

 

ストーリーが無い作品というは、マンガでは昔からあるおなじみのものです。「サザエさん」「ドラえもん」「うる星やつら」「忍たま乱太郎」などなど。(また、小説でも「フルメタル・パニック!」や「スレイヤーズ」の短編って、そういうものだったんじゃないでしょうか。「スレイヤーズ」は、長編が終わっても短編は終わらず、長編よりも短編の方が多い状態です。)(それと、テレビドラマなら「水戸黄門」があります。)

ストーリーが無い作品は昔からあるわけですし、また人気を博した作品も少なからずあるわけです。一部のストーリーが不要な作品が目に付いたからといって、ストーリーが“本質的に”不要であると考えるのは早計でありましょう。

 

ハルヒが本格的にブレイクしたきっかけは2006年アニメですが、ハルヒアニメTV放送時には時系列シャッフルをしており、小説1巻『涼宮ハルヒの憂鬱』の最後がアニメ最終回になるようになっていました。

古典的”で“ストーリリング”がなされている長編が、TVアニメシリーズの軸になっていたのです。(長編の間に短編が挿入されるという構成は、富士見ファンタジア文庫長編短編の同時展開を彷彿とさせます。)

時系列シャッフルにより、視聴者時系列順にみていくよりも謎が多いように感じました。アニメ原作よりも歯ごたえのあるストーリーを展開をしていた、といえるでしょう。

ハルヒシリーズブレイクしたきっかけはアニメであり、そのアニメ原作ストーリーを最大限に活かすような構成になっていたのですから、ハルヒシリーズストーリー要素は不要であると考えるのも早計でありましょう。

 

それと、結局のところ、ハルヒ小説にもストーリーが必要だったのではないかと思います。

ストーリーテリングを放棄したせいで、ハルヒ

「あのね、キョン。この団を設立してそろそろ二周年目なのよ。期限は迫ってんの。一年活動やってて結果ゼロじゃあ示しがつかないでしょ?」(『涼宮ハルヒの分裂』 第一章 p.118)

とのたまうハメになったわけですからね。成果ゼロですよ。ゼロ

ハルヒが高校1年生のときに事態はなにひとつ進展しなかったわけですから、そのまま2年生になっても、なんにも進展しないでしょう。進展させようと思ったら、やはり“ストーリーテリング”をするしかない、“古典的”なことをやるしかない。

今からでもストーリーを進めることは可能ですが、小説2巻以降ずっとやってこなかったのを今更やりだしたって大惨事になるでしょう。

もともとハルヒ小説ストーリーがあきらめきれてないところがありました。回を重ねるごとに謎が増えたりしていますから。作中で時間が進んでいるので、今後の展開で謎が明かされていくといった進展があるのだろうと期待させてはいるのですが、実のところストーリーは進んで無いのですから、どうにもならないでしょう。謎をいつまでもひっぱってグダグダになるか、あっけなく解明されて肩透かしを食うことになるか、のどちらかになる可能性が高い。過去にもそうやって破綻していった作品があります。

ストーリーが無い作品は、ふつう時間の流れを止めることにより破綻を回避するものです。さきほど挙げた作品、「サザエさん」「ドラえもん」「うる星やつら」「忍たま乱太郎」では、キャラクターが進級することはありませんよね。しかしハルヒは進級してしまった。進級したせいでハルヒ小説は、破綻するかストーリーを進めるかのどちらかを選択しなければならなくなったといえるでしょう。どちらも困難な道です。

ハルヒ小説は『涼宮ハルヒの分裂』以降、刊行がストップしています。どういう理由があるのかは知りませんが、行き詰まっちゃったんじゃないかなあと私は思っています。

 

     ※     ※     ※

 

ちなみに、「けいおん!」についてはストーリーがあると思います。メンバーが出会ってバンド結成して練習してライブして、という時間の流れがちゃんとあるわけですし。学年が進んで後輩が入部してきたりしています。SOS団の団員がまったく増えてないハルヒシリーズと違って進展していますよ、これ。

ストーリー4コマ」という言葉もありますしね。もともとストーリーの存在しない4コマ漫画ストーリーを求める人がいたのでそいういうジャンルが生まれたのでしょう。

本当にストーリーが不要だったら、「ストーリー4コマ」なんてものは存在しないでしょう。

 

     ※     ※     ※

 

作品にストーリーがあっても、それが無視されてキャラクターだけが消費されていくのならば、やっぱりストーリーは不要なのかもしれませんが、ストーリーが無視されているという証拠はまだ出揃っていません。

まあ、その、ぶっちゃけ、賀東・新城のお二方には「受けてるものとか売れてるもの」のストーリーが見えてないだけなのでは? と思わないでもないです。

本当は作品にストーリーはあるし消費者も必要としているのだけれど、それが感じられないために、ストーリーが必要ないことを“発見”してしまったのではないかな、と。

2009-08-23

庵野秀明はそんなに凄い人じゃないと思う

先駆者としての庵野秀明には敬意を払いつつも、この人のアニメを面白いと思った事が無い。90年代の「TVアニメ粗製濫造時代」と言われていた時代の人だ。当時のアニメ演出家の地位なんて今とは比べ物にならない。競争相手なんて(今と比べると)居ないも同然の時代なら、ちょっと本気で取り組めばどんな演出しても「斬新」で「一番乗り」が簡単に出来た。やりたい放題がそこそこ許された時代だったはず。(同じ理由で攻殻機動隊監督の人もそうだと思うんだよね。それなりにやりたいようにさせてもらえた時代であれば、今でも成功する人間は沢山居ると思う)

ただ、庵野秀明というクリエイターに匹敵する人間は存在しないのかといったら、多分、全然そんなことは無いと思う。「鬼才」と担ぐ理由って、別に庵野秀明に心酔しているからではなくて、アニメ界の象徴であってほしいという、もっと利己的な理由じゃないかなと思う。

文化に偉人は付き物だもんね。アニメにも歴史があるれっきとした文化なんだぞと、業界ぐるみでその雰囲気を盛り立てていくために、庵野秀明を利用してきたところはあると思う。

http://anond.hatelabo.jp/20090821204803

2009-07-19

国内ヲタ海外ヲタ市場性

TVアニメワンピース』、日本放送1時間後にアメリカカナダで同日配

http://journal.mycom.co.jp/news/2009/05/29/026/

TVアニメワンピース』、北米向けのインターネット日配信が延期に

http://journal.mycom.co.jp/news/2009/06/11/046/index.html

たしかワンピースって、何年か前の編成で国内でも見れない地域がどかっと出て

投稿系サイトで見るのが当たり前になっちゃってるんじゃなかったっけ。

なんで海外向けだけにこんな事はじめたの?

海外ヲタネットで無償で見れても金を出す、って考えなのかな。

2009-07-14

アニメ作監をやってわかったこと

アニメ作監をやるようになってしばらくたつけれども。

原画の時、何が必要だったのか。分からなかったことがいくつかわかった。

 

原画の人でここを見ている人はそんなにいないだろうけれども、

もしも参考に出来たら頭の隅にでも入れておいてほしい。

分かっている人には何当たり前のこと言ってんの、といわれるだろうけど。

 

1.頭身は合わせる

頭身合わせるのって難しいけど、これが出来てるかどうかで作監作業の楽さは段違い。

特にロングの時は頭身が合ってないだけで全修しなければならない。

絵だけで見ればかわいいのが描ける人とかでも例外ではないので、もったいない

動きも何もかも書き直しになってしまうので、みんな不幸である。

 

作監作業が楽だということは、レイアウト戻しも早く出せるので原画さんにもメリット高し。

これに関しては以後の項目も同じことが言える。

 

2.キャラ対比に頭の位置を合わせる

キャラより妹キャラのほうが頭が高い位置にあったら変だ。というのは極端な例だけど、そういうこと。

バストアップの時には特にコレに気を使ってもらえると助かる。

これがアイレベルからズレている場合、キャラの位置とか上下ずらしてーとかで誤魔化せることもあるんだけど、

下手するとキャラから背景から全修だったりする。

 

3.キャラ配置などがコンテから逸脱しすぎない

コンテはレイアウト発注書みたいなものなので、

上記二つに気を使っていたとしてもコンテと違いすぎると全修になってしまったりもする。

コンテを読む力っていうんだろうか。上手く言葉に出来ないけど。

 

ぶっちゃけ最近絵コンテ自体を上手い人が描かれる事が多くなったので、

そういうコンテの場合、コンテ拡大コピーを元に絵作りしてもらったほうが助かったりすることもある。

とか書くと怒られちゃうかしら。

 

4.絵に愛を持つ

もう精神論なんだけど。でもこれはじわじわくる。

やっつけで描かれたレイアウトとか、なんで修正しなきゃならんの、とか思っちゃうけど、

例え全修しなきゃならないって状況でも、その絵に愛を感じたなら、作監からその原画さんに対しての敬意も違う。

それは作監修正に自然と反映される。愛のある絵は、よりそれを活かしたくなる。

 

 

他にも色々あるんだろうけど、特に1と3は気を使ってもらえると、TVアニメでの作画としてはだいぶ楽なのではなかろうか。

ただ、これは日常アニメの時に重視することであって、アクション重視のアニメだとまた求められるものが少し変わってくるので、

それはまた別の人の話を参考にしてもらいたいなと思う。

 

あと、1.2を立てれば3が立たず、となることは例外的とはいえよくあることで、その場合は

コンテの配置を重視してパースの微調整をしていく、となるか、

コンテの文脈を読み取ってその雰囲気を守った上、演出様確認の上でまったく違うく変えてしまうとか、

コンテの配置重視でパースを無視してしまうか、とかに分かれていく。

 

作監になっても、自分より上手い人なんてごろごろいると実感するこの頃。

そういう先達をサポートし、技術を盗み、よりよい作品をみんなで作っていこう。頑張ろう。

2009-06-08

アニメーター給与改善する簡単な方法

DVD買おうとかいう話ももちろんあるけど、より直接的な方法がある。

 

アニメーター給与が低いのは、それはTVアニメの話。劇場アニメはそれぞれ単価がまったく違う。

 

原画TV→4000円 劇場→15000円

動画TV→200円 劇場→400円

 

ぐらい違う。もう全然違う。もちろん上記は例であって、作品によって単価が上下することはあるんだけど。

でも劇場はそれでも1万を切る事は通常無い。(先日のJAniCAシンポジウムの記事を見るに、上記よりは少し低めなのかな?)

だから、アニメーター給与改善するためには、劇場アニメをもっと作れるようになればいい。

TVアニメDVDを買ったとしても単価が倍の8000円になることは普通ないが、

劇場アニメが沢山作られるようになったとしても4000円まで落ち込むことは考え難い。

 

みんな、劇場アニメを見に行こう。劇場アニメをより広く定着させることで、アニメ業界はよりよくなると思う。

これは給与だけではなく、作画品質も向上する効果がある。劇場アニメは単価が高い分だけ、原画マンに対する技術要求も高くなる。

それを維持するための教育環境アニメ会社に作られるし、ひいては長期スパンで見れば人材不足も改善できるはず。

 

動画に関しても、TVアニメのように切迫したスケジュールがない劇場には、TVほど海外に頼らなければならない理由も無い。

つまりTVアニメよりは劇場アニメのほうが、国内動画マンを増やすことができる。

 

 

問題点もないわけではない。

まず技術要求が高くなる、ということは1日にこなせるカット数が減るということ。

TVアニメ→1日2カット(計8000円)が、劇場→2日で1カット、となってしまっては元も子もない。

こればかりはアニメーター各々が技術向上(作画の質・作画速度共に)していくしかないし、それは業界として悪い流れではないはず。

 

また、スケジュールがゆるい、ということはグダグダになるケースがあるということ。

これは同人ゲームを作ろうぜ→1年経ってもできねぇーってなってる方には身に覚えのある話かもしれない。

ここらへんは制作の力の見せ所ではあるが、どうしても長期スパンだと生まれやすくなるものなので、

空の境界などのように数回にわたって上映するスタイルが定着するといいのではないかと思う。

 

あと個人的には劇場より深夜アニメのほうが好きなんだよなー。<ぇー

劇場って、金かけてる分だけ肩に力が入っちゃってるって言うか、観てるほうも体力いるんだよなぁ。

いいじゃないの。劇場とかでけいおんとか咲とかひだまりとかやっちゃってもさ。ゼーガペインとか劇場でやろうよ。…無理か…

劇場用に再構築したゼーガペインとか見たいなぁ…ってゼーガペインは深夜じゃなかったっけ。

 

 

てなわけで、みんな劇場アニメ見に行こうぜ!とりあえず劇場なのはとかからどうよ。

って書くとセブンアークスの回し者みたいだなぁ。

http://anond.hatelabo.jp/20090608005506

そこで挙げられてる作品なんて、明らかに他に比べてクオリティが高いものなんだよね。(一部の)作画オタにも共通して見られる傾向だが、特別に出来が良いものでないと好きじゃないというその態度が小賢しいっつーんだよ。出来が良いものなんて誰だって好きに決まってる。

メモリーズ劇場公開作品だから特別に出来が良い部類に入るだろうけど、オレンジロードOPは作画オタ的にみて出来が良い部類に入るか?ゴールデンに流れてたアニメとしては物足りないくらいじゃないかと思うけど・・・。

「出来が良いものなんて誰だって好きに決まってる。」っていうなら出来の悪い作画のことも愛してやんなよ。それとも「こいこい7」が好き!とでも言えばよかったのか?

普通に流れてる数多くのTVアニメを、演出目当てにチェックしてるくらいでないとアニメが好きなアニオタとは思えないね。

最近チェックしてるTVアニメが少ないことは認める。そういう意味では俺はもうアニオタとはいえないかもしれない。

まぁでも、アニオタ認定して欲しいわけじゃないし。アニオタじゃないなら黙ってろって言われてもねぇ。貴様に そんなことを言う権利があるのか?

キャスティングをしている業界人達が、声優キャラを重ねる見方しかしないなんてことはありえないよね。

うん。そりゃそうだ。でもこの人には世間的に〇〇キャライメージがあるから・・・という判断をされることはあり得るし(それはプラスになることもあるだろうけど)、目先の仕事を追いかける中でもやれることを広げる努力して行かないと早晩消えてっちゃうわけで。ファンの方からイメージ固定するようなことしない方がいいんじゃね?ということ。

そりゃおまえの考える作品本質が俺らとずれてるだけだよ。

この流れだと、君の考える作品本質キャラクター造形になっちゃうけどそれでいいの?

だとしたらアニメを見る必要ないから、設定資料でも見てるがいいと思うよ。それかフィギュアとか。

君はアニメに何を求めてるの?

2009-04-16

リア充アニメ

オトナアニメの新しい号が出てたので、流し読みをした。

俺はオッサンなので、感性が枯れてきていて、最近アニメに飽きてきているのだが、惰性で読んでいる。



山本寛コラムを読んだ。何かもやもやしたモノを感じた。

曰く、とらドラリア充アニメで、平気でリア充アニメを見るような時代になった。若手の作り手もリア充になっている。その結果、つまみ食い的に話題作に参加することが目的のような若手が多くなった。一本に情熱を注がないリア充が多くなったことに、アニメの危機を感じる。のような内容。(微妙に違っているかも)



どこかで聞いたことがある話だ~。(奥田民生

一昔前の、ネットサービスに身を投じる若者などを思い出すね。・・・今は、iPhoneか。



でも、確かに、ヤマカンの危機感も分からなくもないけど、何か違うような感じがするんだな。リア充化というのは、メジャー化であり、TVアニメリア充になるのは喜ぶべき事だと思う。裾野も広がる。多分、自意識過剰で、暗い情熱を持っている若者は、ひとけのない自分の居場所を自分で作ると思う。例えば、HellsingOVAのように、無意識的にか、意識的にかは別にして、人が避けて通るような場所を自分の有利な立ち位置として移動してしまう。というか、そういう体質になっていますから。(体験的に)



ヤマカン高学歴だし、本人が自覚している以上にリア充だったと思うので、その辺に想像力が及ばないのは仕方が無いのかも知れないが。

2009-04-02

夏のあらし!」のペイパーポスト記事を書いてるブログ一覧

ソース中にwriteup-cp.com/beaconが含まれるものを抽出

時系列順(下に行くほど新しい)。

そのうち2つは同じブログだから、60あるペイパーポスト記事の中で実質2つだけ。

内容はどこもベタホメ。

2009-03-24

アキシブ系~侮れないアニソン

アキシブ系とは?

本日テーマアキシブ系Perfume特集記事第1弾で「アキシブ系」という言葉を「萌えテクノ」と共に使いましたが、アキシブ系の方がどうやら頻繁に使われているようです。



アキシブ系Google検索をして、アキシブ系がどのように捉えられているか調査してみました。Wikipediaはてなには既に用語解説があります。



アキシブ系 - Wikipedia

アキシブ系とは - はてなダイアリー


はてなの方では、僕の名前も出ていますね。僕は発案者でもなんでもないですが、ありがとう



アキシブ系という定義については、人によって微妙に違いますが、乱暴な言い方をすれば、秋葉系とされるものと渋谷系とされるものがミックスしているものはアキシブ系とされる可能性があります。



秋葉系 vs. 渋谷系

では、秋葉系渋谷系ステレオタイプ化し対比してみましょう。以下のようになります。



秋葉系属性】←――――――――――――――→【渋谷系属性

ヲタクカルチャー     ポップカルチャー(おしゃれサブカルを含む)

アイドルヲタクカメラ小僧)             音楽マニア

萌え系)アニメヲタク     (ヌーヴェルヴァーグ系)映画マニア 

メイド喫茶                     おしゃれカフェ

大ぶりの銀縁メガネ               小ぶりの黒縁メガネ

チェックのウールシャツブランド不明) ボーダーシャツ(Saint James)

宅八郎森永卓郎電車男    小西康陽フリッパーズ中田ヤスタカ

AKB48時東ぁみ桃井はるこ  カヒミカリー野宮真貴、野本カリヤ



秋葉系というのは、確かに秋葉原という街をで見かけそうな物や人です。しかしながら、渋谷系音楽ムーヴメントから始まっているので、必ずしも渋谷メッカとは言えない物もあります。また、渋谷を闊歩する人たちの多くが渋谷系かと言われると、甚だ疑問ですらあります。



こうして比べてみると、一見、水と油資本主義共産主義のように秋葉系渋谷系が相反しています。到底仲良く出来ないみたいな。しかしながら、実際のところはこうした完璧属性でトータルコーディネイトしている人はそれほどいないでしょう。つまり両方の属性をパーツパーツでもっている人口は結構いるはずです。例えれば、音楽マニアだけれどメイド喫茶が好きだとか、アニメヲタクだけれどボーダーシャツが好きとか。ボーダーと言えば、なんか楳図かずお先生が目に浮かびます。でも、先生吉祥寺系ですね。



秋葉系渋谷系パラドックスに満ちており、従来の観念をぶち破る役割がアキシブ系にはあるのです。



アキシブ系アニソン

アキシブ系に戻りましょう。先ず、アキシブ系現象の一つとしてあるのが、秋葉系アニメ)と渋谷系クオリティの高いポップス)の融合です。『AKSB~これがアキシブ系だ!~』は、正にそのコンセプトで選曲されたアルバムです。

01. Dimitri From ParisNeko Mimi Mode(「月詠OP曲)

02. ROUND TABLE feat. Nino:Let Me Be With You(「ちょびっツOP曲)

03. 山野裕子ビーグル(「ココロ図書館主題歌)produced by 宮川弾

04. 小川範子波のトリコになるように(「月詠」挿入歌)produced by 菊地成孔

05. 豊口めぐみ人間だから(「ちょびっツイメージソング)produced by 冨田恵一

06. 高浪敬太郎&Yama-K:かたことの恋(「ちょびっツ」挿入歌)

07. 鈴木さえ子 with TOMISIRO:Dear Friend(「ケロロ軍曹」挿入歌)

08. 桑島法子la la maladie du sommeil(「ラーゼフォン」挿入歌)produced by 橋本一子

09. 田中理恵:瞳のトンネル(「ちょびっツイメージソング)produced by 桜井鉄太郎

10. ROCKY CHACKリトルグッバイ(「ゼーガペインED曲)produced by 保刈久明

11. パール兄弟:明日はたぶん大丈夫(「N・H・Kにようこそ!」挿入歌)

12. OKINO, SHUNTARO:Cloud Age Symphony(「ラストエグザイルOP曲)

13. 牧野由依:CESTREE(「ゼーガペイン」挿入歌)produced by かの香織

14. marianne Amplifier feat. yuka:Pressentiment triste(「月詠ED曲)produced by 橋本由香利

15. 財津一郎小倉優子:帰ってきたケロッ!とマーチ -READYMADE SERGENT ROCK- remixed by 小西康陽



例えば、小西康陽リミックスした財津一郎小倉優子の「帰ってきたケロッ!とマーチ」や高浪敬太郎&Yama-Kの「かたことの恋」といった渋谷系ど真ん中、言い換えればピチカート系もありますが、渋谷系には入らないけど、音楽マニアも納得のアーティストたちが自分自身でやる又はプロデュースなどの関わりを持ったアニソン集です。



僕自身、アニソンしょこたんにはどちらかというと疎い方なんですが、アニソンって結構、いい曲あるんだと素直に感じました。このコンピではなんと3曲も収録されたTVアニメ月詠(つくよみ)』からのサエキけんぞう菊池成孔による小川範子の「波のトリコになるように」は、 2004年ということもあり、裏SPANK HAPPYとして楽しめます。



鈴木さえ子がやっていた「ケロロ軍曹」も、気になりながら買わずじまいだったのですが、「Dear Friend」とかNew Orderぽくて・・・(泣)。鈴木さえ子を知らない人がいるかもしれませんので、ちょっと説明。彼女はシネマ、フィルムス(リリースはお蔵入り)というバンドドラマーとして活動、その後、ソロとしてテクノ~ニューウェイヴなエッセンスも交えて印象派アルバムサントラも含めて5枚リリースしています。このコンピには収録されていませんが、「恋するシューティング☆スター」もお勧めです。



フレンチ秋葉系

オープニングのDimitri from Parisは、フレンチハウスのパイオニア存在DJミュージシャンですが、彼自身、アニメヲタクとして有名です。そこだけとれば、彼は秋葉系パリジャンです。自身の曲「Love Love Mode」と声優の声のサンプリングで出来上がったのが、アニメ主題歌の「Neko Mimi Mode」です。一部では萌えラウンジと呼ばれているらしいです。



フランスは元々日本文化に対して好意的な国ですが、日本アニメというのは一部のフランス人にとっては特別なもののようです。もう一つ忘れていけないのは、フランスロリータ文化大国。フランスロリータ歌手と言えば、ウィスパー・ヴォイス!このコンピにも、フランス語タイトルロリータヴォイスの歌が2曲ありますね。桑島法子の「la la maladie du sommeil」とmarianne Amplifier feat. yukaの「Pressentiment triste」(こちらは前述の『月詠』から)です。後者は完全にフランス語で歌い上げています。フレンチ秋葉系なるものを提唱する人もいますが、まさにどんぴしゃです。フレンチ→カヒミー・カリー渋谷系ですから、これはアキシブ系になります。



今後のAKSBのリリースもありそうな予感なので、期待したい思います。



Perfume好きに

アニメ絡みのアキシブ系をもう少し紹介しましょう。美水かがみの『らき☆すた』(Lucky Star意味)は4コマ漫画ですが、それが原作となって、テレビアニメDSゲームが作られています。典型的萌えアニメと言っていいでしょう。4人のキャラクターがそれぞれソロシングルキャラソンと言う)を同時発売しています。その中の柊つかさ(実際歌っているのは福原香織)の『らき☆すたキャラソン(3)』に収録の「寝・逃・げてリセット!」は、Perfumecapsuleっぽい出来上がりなんです。ゲーム音楽における「ふたりのもじぴったん」と共に、アニソンにおける「寝・逃・げてリセット!」を、Perfumeファンはチェックしてください。ジャケはかなりキツイけど。他の曲は普通アニソンに聴こえるのが残念ですが・・・



後、忘れてはいけないのが、中田ヤスタカが手がけたアニソンです。「capsule cuteness culture」で既に書いてしまいましたが、こちらもアキシブ系と言えるでしょう。嘉陽愛子の方が可愛いと思いますが、井上麻里奈の「ビューティフル・ストーリー」は、中田ヤスタカ仕事としてのクオリティーを感じます。



侮れないアニソン



次回は、アイドルという視点からアキシブ系考察する予定です。乞うご期待。

2009-01-28

添削を受けて寓話を修正してみた

ある国では、国家戦略として全国民囲碁棋士になるよう奨励していた。そして日曜日国民TVアニメでも流されているとおり、囲碁の本懐は終生の対局相手を探すことという風習だった。

1人の、囲碁ルールを覚えて一人前になった青年がいた。懸命に終生の対局相手を探していたが、なかなか見つからない。

何人目かでやっと青年は、自分の打ち筋を気に入ってくれた花屋を見つけた。そこの主人は言った。

「お前の打ち筋はすばらしい。わたしが終生相手をしよう。ただし、お前はもう他の誰とも対局してはいけない。わたしとだけ対局するんだ。わたしもお前とだけ対局しよう(←new!)

青年は、認めてもらったうれしさもあり、その申し出を承諾した。この国ではそういう対局形態も多いのだ。

それから青年は、対局を花屋の主人とだけ行う日々を過ごし、それなりに満足していた。

いちど花屋のお客さんに「俺とも対局してみないか」と言われ曖昧に返事しているところを見られて主人にこっぴどく叱られた以外は、おおむね順調な日々だった。

何年か経ち、青年散歩に出かけていると、花屋によく薔薇を買いに来る画家と出会った。世間話のあと、画家は言った。

「ぜひ君と対局してみたいね。私はこう見えても棋士の素質を見抜く才能があるんだ。君には素晴らしい腕がある」

「だめだよ。僕は花屋の主人と、他の人とは対局しないと約束しているんだ」

そう言いながらも青年は思い出していた。

もっと若い頃の、情熱に溢れていた自分を。できるだけ大勢の人と対局して囲碁世界を知りたいと夢見ていたあの頃を。

「それでも私は君と対局してみたい。これは私の正直な気持ちだ。花屋のご主人との対局スケジュールに迷惑をかけるつもりもない」

その言葉青年は決心した。青年画家と対局することで、画家幸せになれるし青年幸せだ。そしてよくよく考えてみると花屋の主人が不幸になる理由もないのだ。

2人は対局した。画家は言った。

「私の目に狂いはなかった」

それから青年はたまに画家の元を訪れては対局するようになった。青年の腕は、対局の機会が増えたことに加え、画家アドバイスもあってみるみる上達していった。

そんな日々が続く中、さすがに花屋の主人も青年が一足飛びでうまくなっていることに気付いた。

執拗な追求の結果、とうとう青年画家と対局していたことはバレてしまった。

花屋の主人は烈火のごとく怒った。

「わたしという終生の対局相手がいるのに!!!」

青年は言った。

「あなたが私という打ち手を気に入ってくれたことは大変うれしいし感謝もしています。しかし、僕と対局することで幸せになれる人が他にもいたのです。僕もできるだけ多くの人と対局してみたい。多くの対局でより多くの幸せを紡ぎ出すことが、なぜいけないのですか」

「わたしとしか対局しないって約束したじゃないか!」

「僕が他の人と対局することであなたに不利益があるわけでもないのに、僕が他の人と対局することがあなたにとって嫌なのだとすれば、それはただの卑しい独占欲ではないのでしょうか。だとしたらそのような束縛に、いったいどのような意義を見出せばよいのでしょう」

ここまで書いて思った。

浮気がいけないのって、不慮の子供が生まれちゃう可能性があるからと、セックスの打ち筋が変わってしまうから(←new!)なんだな。


解釈

青年…夫

花屋の主人…嫁

画家浮気相手

※性別は逆でもOK

■修正前

http://anond.hatelabo.jp/20090127211103

2009-01-07

http://d.hatena.ne.jp/tokigawa/20090105/p1

もうそろそろアニメで突然やってくる女の子とか、ロボットとか、やめませんか?

コードギアス 反逆のルルーシュ」第一話を見てそう思いましたよ、ホント。



なんなんだよ、この突然やってくる女の子ロボットの黄金パターンは。いつまでやり続けんだよ、マジで。放送されたの、2007年だぞ。2030年とかになってもやり続ける気か。この設定をみんなそんなに求めているわけ? 僕は誰もそんなに求めているとはどうしても思えないんだけどな・・・。

1クールにこのパターンアニメが2,3本以上ある状況って一体どうなのよ。いい加減やめろとはそこまで言わないけどさぁ、年に2,3本とかでいいと思うんだけど。


まぁこのパターンは昔からあって、突然やってくる女の子ロボットパターン金字塔と言えば「新世紀エヴァンゲリオン」があるし、映画小説演劇作品などにもあるし、日本古典作品の中にも存在しているけど、それがいまだにアニメの中心に居座り続けている状況ってどうなんだ? なんで「物語の出発点の基礎」みたくなっちゃってんだよ。突然やってくる女の子ロボットの基本は変えずに、登場の仕方が違うだけで、みんな同じなんだもんな。金髪さんに平手で殴られるとか、包帯を巻かれて担架で運ばれてくるとか、手のひらに紋章が浮かぶとか、軍のコンテナから出てくるとか、登場の仕方は違うけど、基礎の部分はまったく同じ。この設定に誰も飽きないのか?









突然何の理由もなしにやってくる女の子ロボットのセットは、創作上かなり効果的な装置なんだとは思うよ。平凡な男子高校生主人公日常と言ったら、学校と家の行き帰りがメインとなると思うし、その中で非日常的なヒロインを刺激的に登場させようとしたら、転入生としていきなり学校にやってくるか、家に何の前触れもなく押しかけてくるとか、限られたパターンの中に収まってしまうけど、その何の前触れもなくやってくる女の子が最も刺激的で効果的なヒロインの登場の仕方なんだろう。それに、突然やってくるからまどろっこしい出会いの導入をうまく省けるし、説明も必要ない。

ロボットに関しても、主人公に力を与えることで、主人公過去を知らない突然やってきたヒロインとの対比がうまく描けるし、突然やってきたヒロインを助ける道具としてロボットを使うことでアクション描写も描けるし(エウレカセブン鉄のラインバレルとか)、昔から主人公と縁があったロボットにすれば主人公ロボットを操縦できるようになって力を得る導入過程を簡単に省略することもできるし、導入過程を省略できるから主人公と突然やってくるロボットアクション描写を十分に描けるし等、いろいろと都合がいいとは思うんだけどね。



そして、突然やってくる女の子ロボットパターンアニメにとって非常に都合が良いものなんだよな。



大体のTVアニメ作品は1クール、2クールメインの長さで、一年かけてやるTVアニメ作品なんてそうそうない。12話、24話という時間制限の中で物語を展開しようとしたら、突然やってくる女の子ロボットのセットはとても相性がいい。先ほど述べたように、突然ヒロインがやってくるから下手に話数をかけて馴れ初めを描かなくていいし、ロボット主人公の意のままになるから導入過程を省ける。まともに描いたら時間がかかる物を描写しなくていいという画期的なセットなんだと思う。短い間の中で主人公女の子が戦うロボットアニメを描こうとしたら、これほど都合がいい設定はない。




だから、突然やってくる女の子ロボットパターンロボットアニメ作品には非常に多い。12話という短い間の中で十分に物語を描ける設定だからこんなにもTVアニメの中で氾濫しているんだろう・・・・と僕は思う。




でもそれって一体どうなのよ。漫画ライトノベルから突然やってくる女の子ロボットが登場する物を選んでアニメ化していたら、似たり寄ったりなものばっかりになってしまうと僕は思うんだけど。別に突然やってくる女の子ロボットの設定は悪くないけど、TVアニメでそればっかやってると飽きられて廃れていく方向へ行ってしまうんじゃないか?


もうそろそろそういう設定のロボットアニメの本数を減らしてもよくないっすか?

2009-01-04

ラノベ挿絵ってなんであんなに手抜きなの?

最近ニコ動とかで話題になってるアニメ経由でラノベを何冊か読んだ

文章のほうはまあいろいろで、上手い人も、アニメ原作にしかなってない人も、実験的な人も、センスが古めかしくて読んでる方が恥ずかしくなる人などなど、まあ、ラノベと一口に言ってもいろんなのがあるんだなあと当たり前の感想だけど興味深かった

でも、自分が読んだやつだけなのかもしれないけど、あの揃いも揃ってラフに毛の生えたような挿絵はあれでいいの?

ラノベって挿絵がかなり重要だと思うんだけど、ラノベファンってのはあのクオリティでいいの?

漫画なんかはかなり前に作画密度のインフレーションが起きて、連載貧乏なんて話が出るくらいにクオリティチキンレースをしていると聞く

アニメデジタル化で「動き」に関しては昔と一長一短なところはあるけど止め絵のクオリティに関してはTVアニメでも総じて相当高くなったように見える

てか、最近アニメの止め絵の方がラノベ挿絵より安定してて安心して見られるのは自分だけかな?

なんかpixivとかのが上手い絵いっぱい見る。まああそこの上手い人の中はプロ漫画家だったりエロゲンガーだったりするんだろうけど

で、漫画アニメ制作者の側はかなり厳しいチキンレースをしてるんじゃないかと噂には聞くし他人事ながらに心配するんだけど

ことラノベ挿絵に関してはそういう競争があまり感じられないんだけどどうなってるんだろう?

そもそもラノベ挿絵師ってどうやってデビューするんだろう?

作家の方はコンテストが頻繁に行われてて作品集まってるらしいし、どんどん使い捨てられてるイメージあるんだけど

ラノベ童貞程度で生意気言ってる増田ですが、諸先輩方のお話聞けると嬉しいです

追記

意外に反応あってびっくり

絵師編集が探してくるケースが多いとか、単価安そう、締め切りきつそう、作家に振り回されて二転三転しそうなどの

ラノベ絵師の憂鬱が少し想像できました。ありがとうございます

ラノベ読みの方の「絵は気にならないし」「慣れた」「俺もマンガ家挿絵が好き」って感じの声も聞けました

まあそれなりに受容されてると見ていいのかなと思いました。

2008-12-05

よつばと!アニメ化しない理由

作者のブログアニメ化しない理由が書いてあったけど

わざわざ噂程度のことに反応したことに驚いた。

しかし「TVアニメ あずまんが大王の出来が悪かったからアニメ化にGoサイン出さないんですか?」

なんてメールが多数送られてきてる方が驚いた。

2008-10-04

彼らのことを最近いつも思い出す。

映画TVアニメ小説漫画ゲーム、それらに触れた時に自分の中の否定主義者が突っ込みを入れてくる。

もともと「こういうこと言う奴がいたら嫌だな」という仮想敵の人格だったものが、いつのまにか自分の意見そのものになっている。

それらに脳髄を支配されたくないので、出来るだけ趣味範囲と異なる場所から作品や意見を拾ってきて精神バランスを取ろうと望んでいる。

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