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2012-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20120211143458

収益に関するノウハウコモディティ化コンテンツ濫造がさらに進む

・大手プラットホーム(というかモバゲーグリー)に依存しないコンテンツの台頭

ハードウェアの高性能化に伴うコンテンツリッチ化(開発コスト上昇)

・法規制

ゲームとして面白いゲームの台頭

・行き過ぎた経営拡大路線による自滅


この辺が複数同時進行でじわじわと適正な規模に収まると思う。

今は80年代ファミコンバブルみたいな状態じゃないかな。

2012-01-19

フランダースの犬にまつわる救われない話

オチが救われない話」というまとめサイトを読んでいたら、こんな救われない話を知った。



フランダースの犬』は、アニメとして日本人によく知られている。

しかヨーロッパではほとんど知られていなかった。

もとは1872年発表のイギリス童話だが、原作者女性ベルギー風俗イギリス人の目で偏見的に描いている。

なにしろ、帝国同士の争いが激しかった19世紀。

イギリス人の心の奥底には、ヨーロッパに対するかすかな敵意が潜んでいる。

「この地方は荒れ果て、人々は不親切で、しかも愛すべき犬を何代にもわたって、激しい労働に不当にこき使っている」

こんなことをずらずらと書いているのだ。

ベルギーを始めとするヨーロッパで人気が出るわけがない。

その上、本家イギリスでは、運命に抗わず教会で死ぬという内容がアングロ・サクソン的に受け付けられなかったようだ。

結局欧米では、誰も見向きもしなくなったというわけだ。



ところが日本では、1975年に感動的なアニメが作られたために爆発的な人気を獲得する。

80年代から海外旅行ブームでは、ベルギーフランドル地方観光が定番コースの一つとなったほど。



もっとも、ルーベンスの絵を観ることはできても、『フランダースの犬』にまつわるものがそこには何一つない。

地元人間すら誰も知らないのだから当然か。

日本人がガッカリして帰国するのが、当時のツアーのお決まりパターンだったとか。



ところが、1982年、大きな転機がやってくる。

ベルギーアントワープ観光局で働いていたヤン・コルテールという男性が、運命を変えた。

日本人観光客からフランダースの犬』という物語存在を聞いたことが発端である

生真面目な性格で、面白みのない変わり者と思われていた彼には浮いた噂もなく、恋人はおらず、友達も少なかった。

地元を愛し、それが故に地元観光局に勤めた彼。

そんなオタク青年の彼は、地元に関係する噂話を聞き逃さなかった。



だが日本人観光客に詳しいことを尋ねても、

アニメをやってたんだけど、もしかしたら原作があったのかもなぁ」

というだけで『フランダースの犬』について、はっきりとしたことが分からない。

今と違ってインターネットがない時代

日本語情報はそう簡単に手に入らない。

街の誰に尋ねても、何もわからなかった。



しかし彼はあきらめない。

「この地方舞台にしているのなら、図書館にヒントがあるかもしれない」

そう考えた彼は、地元郷土史などを調べ始める。

図書館であらゆる資料をあさり、……そしてとうとう、60年の間、二、三度しか借りられていなかった原作を見つけたのだ。

欣喜雀躍たる、彼の喜びが想像できるだろう。



……だが、読み終えた彼はがっかりした。

感動するほどの物語ではないからだった。

実は原作には、最後ネロ天使に救われて天国へと召される……というシーンはない。

ただただ暗いだけの作品なのだ

原作者は夫に捨てられた後、犬の保護に尽力していたが周囲に相手にされなくなり、晩年は30匹の犬に見守られて亡くなっていた。

そんな原作者厭世観が反映された作品でしかなかった。



(この原作日本人の感動との間の乖離は、いったいなんなのだろう?)

日本人からアニメの素晴らしさを聞いていた。

しかしたら、それがヒントになるのかも?

彼は、日本語を学び、日本人観光客の友だちを作り、帰国した彼らからアニメビデオ童話集を取り寄せてみた。

その結果……感動したのだった。

彼は、今のジャパニメーションギークの先駆けだったのだろう。


情熱は、いよいよ膨らむ。

一年半かけて調査を行ない、原作舞台が近くのホボケン村だと突き止めた。

原作に描かれた運河がスケルト川だったことも分かった。

ついには風車の跡も発見する。



変わり者のコルテールのその姿は、周囲から嘲笑を受けていた。

当時の日本なんて、極東の島国で、ドイツに加担して負けた挙句に少々景気を持ち直しただけの国、というイメージだったから、仕方ないだろう。

だが、彼の熱意は次第に周囲を突き動かしはじめた。



ルーベンス以外にこれといって観光資源のないこの街に、もう一つの観光シンボルが生まれるかも知れない。

そういった周囲の思惑も重なり、ついには1985年ネロパトラッシュの小さな像が、ホボケ情報センターの前に立てられた。

除幕式にはアントワープ州知事市長、在ベルギー日本大使らも参席、盛大なパーティーが開かれたという。



風車観光客向けに作り直された。

ネロパトラッシュが共に埋められた(ことになっている)街の教会は、観光コースとなった。

ルーベンスの作品を観るためにアントワープを訪れていた日本人観光客がホボケン村にも立ち寄るようになった。

その地域観光収入でおおいにうるおい、観光局勤めの彼の名声も次第に上がった。

フランダースの犬ベルギーで放送され、80%近い視聴率をとったという。


ヤン・コルテールは『フランダースの犬研究家として知られるようになる。

その地域では日本通として知られ、日本との橋渡し役としても活躍するようになった。

研究のために日本へ何十回となく訪れるようになり、大の親日家となった彼は、日本人女性石井ヨシエと結婚した。

彼は妻と共に、今でも地元でつつましやかに幸せ暮らしている。









……はずだった。

2008年、彼が妻を殺害した容疑で逮捕されるまでは。



なぜなのか?

コルテールが日本人の妻をもらい、日本ベルギーの架け橋として活躍していることまでは、いろいろなサイトで詳しく取り上げられていた。

ところが、彼が犯した殺人についての続報をいくら調べても、日本語サイトでは何一つその理由が分からないのだ。

英語サイトで調べても、アメリカ人などが『フランダースの犬』に関心がないためか、まったくヒットしない。




仕方ないのでグーグル先生の力を借りて、オランダ語サイト日本語に訳したり英語に訳したりしながら調べた。

その結果、驚くべきことがわかった。

コルテールが妻を殺したのは、妻の浮気のせいだった。



コルテールとヨシエが結婚して数年は、大変幸せそうだったそうだ。

だが、次第にヨシエは旦那の拘束がうとましくなってきたらしい。

彼女帰宅する時には、職場にまで迎えに来る。

もっと自由にさせて欲しい、自由にいろいろな場所に行きたい、というのがヨシエの欲求だったそうだが、コルテールはそれを許さない。



異国の地にやってきて、海外しか味わえない自由を満喫したい日本人女性

彼女を大切にするあまりに、彼女の全てを管理したいと願うベルギー男性

だんだんと、二人の間には溝が生まれるようになった。

二人の間はギクシャクし始める。



その時に彼女の前に現れたのが、口が堅いという噂のピエールだった。

「夫とは長いこと話してないの。夫は頑固でさ」

秘密を守れるピエールへの心安さからか、ヨシエは彼へ愚痴をこぼすようになった。

「彼は変わり者だからね。我慢さ」

愚痴を聞いてもらううちに、ヨシエがピエールに親しみを感じ、やがて二人が愛しあうようになるまでに時間はかからなかった。

ピエールの口は固かったが、ヨシエの下の口はゆるかった。



ところが二人の仲は、コルテールに最悪の形でばれてしまう。

二人がバスルームで愛し合っているところを、コルテールが発見してしまったのだ。

口がゆるい上に、脇も甘かったというわけだ。



だが、そのときヨシエは豹変した。

日本女性のおしとやかさはどこへやら、情事発見したコルテールを怒鳴りつけたという。

「あんたさぁ、男としての魅力がないんだよ!!」

彼女の口は、悪かった。



その時に、コルテールは、彼女のことを深く深く愛していたことに改めて気づく。

何があろうと、彼女の気持ちが戻ってくればそれでいい、というのがコルテールの偽らざる気持ちだった。

彼は、離婚を迫るヨシエに対して、仲を修復したいと取りすがった。

しかし、彼と別れてピエールと一緒になりたい、というヨシエの気持ちは変わらない。



コルテールは、一つの提案をする。

それは、最後のお願いとして、彼女日本を一緒に旅行することだった。

二人が出会った日本で過ごせば、彼女の気持ちも戻ると思ったからだ。

……これ、男にありがち。

男の浮気は「名前をつけて保存」だが、女の浮気は「上書きして保存」

他の男に気持ちが移った以上、振り向くわけなんてないのだ。



日本でヨシエは、両親にコルテールを引きあわせたという(この辺りは女性特有の図太さといえよう)。

それでいながら、彼女の気持ちが変わることはついぞなかった。



ベルギーに帰国後「自分を自由にして欲しい」と迫るヨシエ。

それを拒むコルテールを、ヨシエは罵った。

そして、決して犯してはならないラインを越えてしまった。

彼女は、職場ベルギー人の同僚達と彼とを一人ひとり比較して、いかコルテールが劣ったオタク野郎なのか、痛罵したのだ。



……こと、ここにいたっては、どうしようもない。

この時のコルテールの失望は、いかばかりであったのだろうか。

その時の衝撃は、彼の行動が示している。

コルテールは逆上し、ヨシエをナイフで22ヶ所切りつけて、殺害したのだ。

リアルは、『フランダースの犬』以上に救いようのない話だった。




※プライヴァシー保護のため、一部を仮名にしています

2012-01-06

宇野常寛を批判している人によくある無知、もしくは勘違いについて

ポップカルチャー評論家宇野常寛ARBはいかにもな90年代Jロック(キリ」オレ「ARB80年代なんだが」宇野ぐぬぬhttp://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/237067

この人達勘違いしてるよ。宇野氏ポストモダニスト歴史実証主義への深刻な懐疑が

思想形成の根底にある。

 

南京大虐殺捏造か実在か、戦後民主主義虚妄か否か、好きなほうを信じればよい。」

宇野常寛ゼロ年代の想像力』50ページ、

 

何故彼がこんな挑発的な主張をしたかといったら、歴史実証主義が現代ではもう「無力」だからだよね。

ポストモダンフェミニスト上野千鶴子は、従軍慰安婦南京大虐殺論争に加わった時、

なんとウヨク修正主義者を実証的に批判する吉見義明らを批判した。

 

上野曰く「南京大虐殺はなかった」と主張するウヨクも、あったとするサヨクも、実証主義を使って

己に都合のよい史料だけを見て無限自分正当化し続ける。

そんな土俵ウヨク批判に実証主義者は無力すぎる。それを第三者が見たら、

ウヨクサヨクも同様に確からしくない」という印象を持つでしょう。

 

重要なのは過去を生きた人の身になって想像しようとする気持ちと、物言わぬ「痕跡」の声に

耳を傾けるオーラル・ヒストリーでさ。

戦後生まれのアジア人が、日本軍に殺害された被害者の声を想像して代理できるように、

宇野氏も70~90年代当時を生きた日本人として「ARB」を受容し、語ることができる。

 

ARBを聴いて「いかにもな90年代Jロック」「いかにもな「虚構の時代by大澤真幸)」のロック」と感じた

彼の感想は、1個の体験的事実であって、この印象を他人が抹消することはできない。

物知り顔で「あの時代の空気は~」って説教垂れる老人は、自分の感じた空気感が正しいと

独断している事がタチが悪い。偏った体験とセンスを持つ1人でしかなくなんの根拠もないのに。

 

個別の事実よりも、全体として過去がどのような感じであったかを再構築する想像力が重要でしょう。

相対主義世界で、ロックアニメといった個々のコミュニティ正当化せずに、

色んなコミュニティを見て周り、その上でニュートラルであろうとする誠実な意思が必要でしょう。

閉じたコミュニティから偏見剥き出しの批判に意味はないでしょう。

正しさは正しくあろうとした人物を、未来の人々が正しく判断するでしょう。

   

    

タグARB けいおん! 輪るピングドラム 幾原邦彦 批評評論 ポストモダン

2011-11-19

http://anond.hatelabo.jp/20111119203554

友達至上主義とか、個性至上主義とか、コミュニケーション至上主義とか、勉強・暗記否定主義とか。

80年代90年代前半までの教育環境は、顕在化してないだけで本当にひどかったと思う。(どの世代でもそういうふうに思うものなのかもしれんが)

勉強学歴については完全にみんなダブルバインド状態に置かれてたし。(勉強するなand勉強しろ)

むしろカリキュラムの面で問題視された「ゆとり教育」世代の方が、議論もあったしまだ救われたんじゃないの?

その一つ上の、いわゆるサカキバラ世代周辺は、その「空気」を否定する言説なんて存在しなかったか、少なくとも学校教室にまで届いてこなかったからなぁ。

2011-11-06

なぜ比較生産費説は失敗しているように見えるのか

比較生産費説は自由貿易を通して富が増加する=豊かになることを説明した理論です

ここでまず踏まえておかなければならないのは豊かになるとは誰が、何に対してかということです。物財の市場における総供給量が増え、需要者、つまり消費者が豊かになるということです

ここのところでの異論はあまりありません。説が唱えられてから既に200年の「実験」の蓄積があるのですから、上記の点については事実として扱ってよいでしょう。

比較生産費説が最近、ホットトピックになっているのは、TTPの問題があるからですが、アメリカでもTTP反対論は根強くあるようです

抗議に参加した人々はTTP協定が仕事環境に与える潜在的な影響に対して注意喚起したかったと言っています

「私たちは雇用を求めるためにここにいます」とロレーヌ・アシュビー(66)(シカゴの南東側からの引退した公務労働者)は答えています

「小さなビジネスを行って、本当の雇用を作り出す人々がここにとどまることが難しくなってきているのですTTP雇用を作り出す人々を後ろからナイフで刺すようなものです

「あまりにも多くの過去貿易協定は普通の人々犠牲にし、ウォールストリート大企業の役立ちました」と彼は言いました。

「私たちは、この地域から海外へ送られた何十万もの給与仕事を見ました。また、私たちが必要とするものは、シカゴで、および世界中労働者生活水準を実際に改善する貿易協定です

http://gigazine.net/news/20111105_tpp_trade/

日本TTP反対派の人たちもこの言い分には深くうなずくでしょう。日本でもアメリカでも互いを敵視しながら同じような言い分を言い合っているわけです

こうした言い分に対し、経済学の人たち、というよりもサミュエルソンっぽい新古典派総合っぽい人たちが、誤謬誤謬もっと勉強しろよって膝寄せて鼻を突きつけているわけですもっとも、その人たちも完全に歯切れがいいわけではなくて、「それは別の話」とか「一時的な痛み」とか、言及している「部分」もあるわけです

それが果たして別の話なのか、一時的な話なのかというのが、本当は問われるべき問題であろうと思います


80年代のレガノミックスは、一般に言われているのとは違って、大規模な財政支出と減税による「需要刺激による」景気刺激策でした。レーガンは言っていることはともかくやっていることは無茶苦茶ケインジアンでした。アメリカはそれ以後、蕩尽的消費社会突入してゆくわけですが、基本的に好景気インフレですしかし実際にはインフレ率はそうでもなかった。需要の増大を上回る供給がもたらされたかです。つまり輸入拡大です。この構造レーガン政権以後、現在まで基本的には続くのですが、では、81年から比較して、「一般アメリカ市民所得」は増えたのかどうかという話です。全消費者の消費可能量が増えたかどうかという話ではないですよ。リカードさんのおっしゃるとおり、全消費者の消費可能量は増えた、つまり市場は豊かになったに決まっていますしかしそれが、「一般アメリカ人所得」の増大につながったかどうかという話です

レーガンから現在までの話ですからね、すでに30年間の記録があるわけです

決して「一時的な話」ではありません。

結果は言うまでもありませんね。「パパはなんでも知っている」の頃は、パパがフルタイムで働けば子供大学に行かせられました。今では、ママも働いて、それどころかダブルワーキングをしても、かつかつの生活をしている人が大半になっています。そういう人たちに向かって、理論は正しい、おまえたちが間違っていると言っているのがサミュエルソンのシッポの人たちであるわけです


比較生産費説の理論完璧さにもかかわらず、どうしてこのような現象が生じてしまうのでしょうか。

答えは簡単で、産業ごとの特性が異なるからです比較生産費説は産業ごとの特性をならして、「単位」扱いするところからまります産業ごとの特性の問題には最初から対処しきれないというか、扱っている領域そのものが違うのです

例えばA国とB国がそれぞれ半導体カカオ豆に特化したとしましょうか。しかしこの両商品はそもそも需要量が違います。必要度合いも違います産業スタートさせる難しさの度合いも違います。他産業を発展させ、雇用を創出する能力も違いますもっと言えば収益性も違うわけです

不安定、低収益、低需要、低波及力の産業に特化した国、つまりモノカルチャーの国が国際経済の荒波にゆられて「豊かになる」どころの話ではなかった原因の根本はここにあります

労働集約的-資本集約的、高収益-低収益で相に分ければ4つの相が分かれることになります

国民雇用を確保し、そこそこ安定的な経済環境を構築する」のを目的にした場合もっと効果的なのが労働集約的-高収益産業です。ありていにいえば製造業第二次産業です

国民経済にとってはコアとなるこの産業が奪われたからこそ、「全体としては経済成長をしながら、格差の増大をもたらし、一般国民の貧窮化を招いた」のがアメリカの姿であるわけです

これに対して次のように説明するサミュエルソンのシッポがいます

給与の高い仕事転職するということは、比較優位産業労働力移転しているということである比較生産費説は労働者経済行動の中にあらかじめビルトインされている」

から雇用喪失は起きない、起きたとしても一時的な調整期間中ものだ、というわけですね。

あなた、30年間を調整機関と呼ぶ神経って、なんていったらいいんでしょうね。

東大に行っているあなた卒業したらゴールドマンサックスに入りたいなんて思ってるでしょ。給料いいですもんね。給料がいいってのは、生産性が高いということです。もうひとつ労働需要に対して供給が追いついていないということですあなたと同じレベルの人を400万円で雇用できるならそうしますよ、ロックフェラーでも。そうしないのは、需要に対して供給が追いついていないかです

失業率10%以上あってもそういう状況だと言うことです

農民が工場労働者になり、事務員になり、というところまではまあそこそこアメリカ労働者でも対応できたかもしれません。もちろんその過程でも脱落していった人はたくさんいるわけですが。

比較生産費説が言っているのはこういうことです製造業新興国に特化しても、先進国はさらに生産性が高い産業・職に移動してゆけばよい。みんながジョブスになれば1000万のアップル誕生して、たくさんのiPhone を手にできるよ!ということです

それが100年、200年のスパンならばあるいはそういうことも可能かもしれません。しかし現代においては変化はあまりにも急激でありすます


TTPを巡る議論で私が非常に気にかかるのは、TTP賛成派があまりにも気軽に「経済学」を看板にしたがるところです。そしてそれは、「おまえは経済学を知らない」と相手を貶めるために用いられているように見えます現実事象について具体的な論拠を求められれば、「経済学深淵でおまえには分からない」とばかりに現実の問題には何も答えないまま、モデルの話でけむにまきます

経済学はそういうものではありません。少なくとも、そういうものけが経済学ではありません。ガルブレイスが生きていたら、なんというでしょうか。

そうした言論的脅しに屈せずに、みなさんは分からないものは分からないと言ってください。納得できないものは納得できないと言ってください。説明できないのは説明できない人の責任であってあなた頭が悪いからではありません。

2011-10-30

TPP中野先生お話をまとめてみた

ルール策定政治力で決まる 米韓FTAより酷いTPP】中野剛志

http://www.youtube.com/watch?v=NEf6bzEe1R8

http://www.youtube.com/watch?v=O9ghcF_M2CI

http://www.youtube.com/watch?v=-Qmac-tclMM

の要点を文章でまとめてみた。

どうも反市場主義者偏見みたいな部分もあって、すべての意見に賛成できたわけではないけれども、実際の事例などを元に具体的に問題点を解説されており、概ね説得力はある。

もしも、TPPがよいものであると言うのであれば、ここで掲げられている問題点杞憂であることを示し、同等かそれ以上に説得力のある意見を提示しなければ、単なる妄言しか受け止められないであろう。

TPP推進論者には、個々の間違いや重箱の隅への反論ではなく、これらを問題視することが根本的に間違っており、TPP受け入れにより大変なメリットを享受できることを、実例を交えてご紹介いただきたいものだ。

……にしても、最後の方、先生、投げやりだなぁ。



TPPは、環太平洋の発展を願ったもの

TPP日本が加わったとしても、全体のうち(GDPが?)アメリカが7割、日本が2割と日米で9割である。実質、日米の貿易協定といえる。さらに、アメリカは輸出倍増戦略をとっている。TPP日本ものを売りつけるためのものといえる。

米韓FTAや、アメリカカナダメキシコによる北米自由貿易協定(NAFTA)と似ており、アメリカに都合いいルール押し付けられ、搾取される。

そもそも自由貿易協定とはどういうもの

一般的には、関税の撤廃で物を自由に行き来できるようにし、公平な競争を促す協定であると捉えられている。しかし、かつてはそうであったが、70年代くらいからは意味が変わってきた。

それまでは各国の関税が高かったため、関税の撤廃が主眼に置かれていたが、70年代くらいからは関税が低くなり、農業以外の大抵の製品関税は低くなった。そのため、関税の撤廃による自由競争よりも非関税障壁の撤廃、すなわち各国の制度を変更することが主眼に置かれるようになった。

各国の制度を変更するということは、相手の国の制度を自国企業に有利なように変更させることを意味する。そして、どのように制度を変更できるかは、その国の政治力によって決まる。

また、アメリカ企業70年代以前よりも競争力が低くなり、公平な自由競争では他国企業に負けることも多くなった。そこで、アメリカの強大な政治力を利用して、他国の制度アメリカ企業に有利になるよう変更させることで競争力を高める手段がとられ始めた。自由貿易協定の対象となる領域の範囲が広まったのも、70~80年代のことである

80年代後半からは、日本アメリカに頻繁に制度変更を強いられている。日本企業努力は、勝手制度変更によって台無しになる。オリンピック浅田真央が苦しんだのと同じ構図だ。

現在TPPの議論では、農業vsその他の産業といった形でしか情報が出ていないが、問題はそればかりではない。

米韓FTAとは、どのようなもの

韓国コメ以外の農作物に関して、猶予はあるものの実質関税撤廃とする。また、アメリカ関税も撤廃してもらった。そして、関税撤廃を理由に、いくつもの不利な条件を飲まされることになったが、そもそも関税撤廃は韓国にとってそれほど大きな効果をもたらさない。

例えば韓国が得意とする輸出品である自動車関税は2.5%、テレビは5%と、もともと関税率は低かった。また日本企業もそうだが、韓国企業アメリカでの現地生産を積極的に行っており、当然その場合関税はかからない。このように、グローバル化を行うとそもそも関税はあまり重要でなくなってくる。また、さらに悪いことに自動車関税は、アメリカ自動車メーカーが「脅かされている」と感じたら復活させることができる。

アメリカ韓国自動車市場に参入しやすくするため、韓国に対し排ガス規制アメリカと同じにすること、安全基準や排ガス関係の装置の設置義務をアメリカに一時的に猶予するよう要求した。また、小型車が有利な韓国に対し、アメリカ大型車が有利であるため、税制大型車に有利になるよう変更させる。

農協漁協など協同組合共済保険や、郵便局保険サービス、つまり日本で言うところの簡保FTA発効3年以内に解体させ、アメリカ保険会社が参入しやすいようにする。

また、韓国で薬価が安く設定された場合に、アメリカ医薬品メーカー韓国政府に不服を申し立てできるよう、第三者機関を設置する。

その他、法律会計・税務事務所をアメリカ人が開設できるようになり、放送局外資規制も緩和される。

これらのように、環境安全に関する基準や共済保険のような相互扶助の仕組みなどを、アメリカ企業に有利にするために踏みにじられる。

また、もし韓国が他の国と貿易協定を結び、米韓FTAよりも市場開放した場合は同じ条件を自動的に適用できる制度も導入される。

さらに、ラチェット規定や投資家と国の紛争解決手続き(ISD)といった、問題の大きい制度も受け入れることとなった。

ラチェット規定とは何か

ラチェットとは、爪のついた、決まった方向にしか回せず、逆回転ができない歯車を言う。ラチェット規定とは、一旦、自由化や市場開放を認めると、今後は元に戻せないとする規定である

例えば、アメリカに対して牛肉の自由化を認めた場合、仮にアメリカ狂牛病が発生したとしても、輸入を禁止することができない。

投資家と国の紛争解決手続き(ISD)とはどのようなもの

NAFTAで導入された、非常に問題の多い制度である外国投資家が、例えば韓国カナダで、国の政策によって損害を受けたとき世界銀行傘下の国際投資紛争解決センターに訴えることができる。国際投資紛争解決センターは、その規制が必要であったか考慮せず、単に規制のせいで受けた損害のみを考慮する。また、非公開で、判例に拘束されず、上訴できない。圧倒的に投資家に有利な制度で、国家主権を制限してグローバル化を推し進めるための協定である。以下に、これまでにカナダメキシコ政府が訴えられたとき判例を紹介する。

こういった事例が頻発している。

米韓FTAでは、韓国はこのISD条項を受け入れた。ただし、アメリカ韓国を訴えることはできるが、韓国アメリカを訴えることはできない。

また、仮に、双方に訴えることができるとしても、投資訴訟アメリカが得意とする分野であるアメリカは、自国に有利な分野に戦いを持ち込もうとしている。

このISD条項は、TPPでも導入が議論される。

国際間での条約と、力関係

TPP推進論者は、話し合いの場には参加して、合意できなかったら離脱すればいいと言う。ところが、そういったことをすると国際関係や日米関係を損なう恐れがある。

また、米韓FTAについて、韓国にもメリットがあるから合意したと言う者もいるが、そんなに単純な話ではない。合意たから双方にとってよいものであるならば、不平等条約詐欺など存在しない。

力で押し切られるか、契約当事者がバカだった場合メリットの無い条約を結んでしまう。日本場合、力はないし、当事者はバカだ。

韓国場合は、アメリカに押しきられた。アメリカの要求があまりにひどいので、昨年11月までは抵抗しており、一旦決裂した。ところが12月に突然合意。その間に何があったかというと、北朝鮮砲撃があった。米韓FTAに関して、国民には内容はほとんど知らされていなかった。

日本は、バカなのか

民主党の資料によると、ISD条項は、拒否したいルールではなく、導入したいルールに含まれていた。その理由は、日本企業海外に進出したとき海外の政策によって不利益を被ったら問題を解決できるから日本政府が訴えられる可能性を一切考慮していないし、地下水を汚染されても何も言えなくなる可能性も考慮していない。日本政府TPP推進論者には、日本にとって有利になるルールとは何か、国益とは何か、それが全く分かっていない。

韓国の前大統領秘書官は「主要な争点において我々が得た物は何もない。アメリカの要求はほとんどすべて一つ残らず譲歩した」と述べており、官僚責任をとらないと付け加えている。

TPP推進論者はTPPに対する不安を煽るなと言ってるが、この状況を羨ましいと思うのか。

日本もうだめぽ。99%手遅れ

もう手遅れで、抵抗しても99%無駄だろう。

管前首相が交渉参加の検討を表明し、マスコミはそれに賛成した。その時点で賛成してしまったので、今更反対に回れなくなっている。

マスコミが賛成したことに気をよくした政府は、国民の支持を得るため、開国フォーラムと称した説明会を行ったところ、騒ぎになった。この開国フォーラム震災を機会に中止され、国民への説明は行われなくなった。

国民を説得することができなくなったので、現在は「交渉だけならいいじゃないか」と主張して、説明責任を放棄している。

米韓FTA締結でオバマセレモニーを行うので、それに対し日本も遅れるなと煽る。反対の声は矮小化する。

TPPが結ばれることは、既に決まりきっている。TPP条約なので、締結は国会承認が必要だが、交渉参加表明は政府の専権事項で阻止できない。そしてその後は日米関係、国際関係から抜けられない。阻止する手段がなかった。

私はこれまで反対しつづけていたが、もう無理だ。どうしようもない。

大きな被害が出たら、TPP推進論者はどう言うか

農業が壊滅すれば、農林水産省ダメだ、構造改革しないといけない。俺たちならもっとうまくやっていたと嘯くだろう。

何かがダメになれば、グローバルな流れに乗り遅れて淘汰されたのだから、仕方ないと言うだろう。

TPP推進論者は、自己責任と他人に責任押し付けて、自身は絶対に責任をとらない、新自由主義者である

新自由主義者による政権として、サッチャー政権レーガン政権小泉政権があるが、敵が多いのに長命政権であった。負けたものの面倒を政府が見るのはおかしい、自己責任だ、と責任逃れをして、長期政権になる。

もう手は無い

もうどうにもならん。植民地への道を。

2011-09-20

アニメ不毛の地・静岡深夜アニメ

テレビ東京系、独立U局作品も含む

関東では夕方などに放送されたが、静岡では深夜に放送された作品も含む

関東では深夜に放送されたが、静岡では別の時間に放送された作品は除く

静岡地区で初回放送されたアニメ80年代作品・再放送は除く

静岡放送

行け!稲中卓球部

機動戦艦ナデシコ

逮捕しちゃうぞ

少女革命ウテナ

MAZE☆爆熱時空

吸血姫美夕

LEGEND OF BASARA

ロードス島戦記-英雄騎士伝-

サイレントメビウス

幻想魔伝 最遊記

To Heart

それゆけ!宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ

怪傑!蒸気探偵

天使になるもんっ!

ガサラキ

下級生

魔術士オーフェン Revenge

ブギーポップは笑わない

サクラ大戦TV

無敵王トライゼノン

逮捕しちゃうぞ SECOND SEASON

探偵学園Q

RAVE

GetBackers -奪還屋-

ちょびっツ

NARUTO疾風伝

コードギアス 反逆のルルーシュ

銀河鉄道物語永遠への分岐点〜

黒執事

バスカッシュ!

マクロスF

うみものがたりあなたがいてくれたコト〜

けいおん!

けいおん!!

黒執事II

静岡第一テレビ

HARELUYA II BØY

スレイヤーズTRY

ロスト・ユニバース

彼氏彼女の事情

KAIKANフレーズ

MASTERキートン

MONSTER

桜蘭高校ホスト部

エンジェル・ハート

DEATH NOTE

HUNTER×HUNTERNTV版) ※放送予定

静岡朝日テレビ

遊☆戯☆王5D's

テレビ静岡

新世紀エヴァンゲリオン

ホイッスル!

ギルガメッシュ

銀牙伝説WEED

新釈 戦国英雄伝説 眞田十勇士 The Animation

らき☆すた

吉宗

ノイタミナUN-GO ※放送予定

ノイタミナギルティクラウン ※放送予定

2011-08-21

場をつくるということ

ついでにネットゲリラの古い記事あさっていたら、米沢氏の話がでてきた。

http://shadow-city.blogzine.jp/net/2007/12/post_1352.html

米沢氏のコミケに対する方針というのは徹底していて、とにかく「中身には干渉しない」という姿勢だった。本人は水木しげるマニアで、自分でも漫画を描いたりするんだが、コミケも当初は「創作同人誌」の売買の場として作られたんだが、蓋をあけてみると、1970年代少女漫画80年代アニメそれからロリコンと、目論見とはまったく違ったモノで占領されてしまう。それでもイヤな顔しないで黙々と参加サークルのために開催し続けてきた。

もう語り尽くされていることではあるだろうけど、こうした場をつくるということ(そのために多大なリスクを負いチャレンジするということ)、この倫理観、もう大分議論は収束/終息したのだろうけど、Pixivナントカさんもよく考えた方がいいんじゃないかなー。

町田ひらくうさくんといった、ロリコン雑誌から出てきた(あるいは育てられた)漫画家がのびてきたこともそうだし、あるいは青林工芸社やコミックビーム90年代アングラ感をまるでかんじさせず2000年代はいって目覚ましい成果をあげた。人が何かを表現するそのエネルギーに場を与えるということは、札束に書かれた数字より富んだ意味があると僕は思うけどな。

2011-08-16

http://anond.hatelabo.jp/20110816131523

そのあたりの分析はたまに見かけるよ。

韓流ドラマK-POPは、日本80年代90年代文化を引き継いでるんだよね。

朝ドラ昼ドラ的な、陳腐なくらいの愛憎劇が多くて、だからおっさん・おばさんに受ける。

あと、韓国実力主義から踊りや歌が上手い。

日本女性アイドルAKBを筆頭に素人路線がますます顕著だし、

男性アイドルジャニーズを除けばEXILEしかいない状態。

その隙間にK-POPが入ってきてる。

2011-07-15

勝手萌えパチンコパチスロの事を俺視点で書く/ツッコミその他コメにて補強ください

ざっと見る萌えパチンコ萌えパチスロ歴史

メーカー名は当時のものと、現在ものが入り混じって表記されています。ご了承ください。)



■92~94年 黎明期

パチンコパチスロ共に】

それまで、液晶を搭載した台はなかったので、登場するとしても、

 パチンコの盤面に描かれる

 スロットの台パネルに描かれる 例:「バニーガール(オリンピア/1988)」※1

 パチンコの役モノとして、動きがある部分に小物として取り入れられる 例:「ニューモンロー(西陣)」 ※2 「ビンビンバラエティ(西陣)」※3

程度でしかなかった。

もちろん、これらで登場した場合でも、実写調であったり劇画調であったりするのが普通だった。

萌え市場というものは、80年代にソコソコ形成されていたことを考えると、パチンコパチスロ萌えの取り入れはやや遅かったのかもしれない。


1991年、初カラー液晶搭載パチンコ麻雀物語」(平和)※4 が登場。

この初カラー液晶において、大当たり直後に女性の1枚絵が出てくるが、この時の女性タッチが、既にアニメ調であった。


そして、この「麻雀物語」の大ヒットを受けて、パチンコメーカー各社は、一気にカラー液晶搭載に突き進む事になる。

しかし、データ保持領域が大量にある訳でもない当時においては、荒い画素数で数カット女性が登場する程度のものばかりであった。

そんな中でも、大手メーカーは、それなりに「頑張った」萌えモチーフを投入してきている。


平和が、初出の麻雀物語以降、「プリンセス物語平和)/1993」※5 「弾丸物語平和)/199?」※6 等、「物語シリーズ」として、この手の台を出し続けた中、

これに対抗し、爆発的ヒットを飛ばしたのが、「フィーバーパワフル(三共)/1992」※7 となる。

今でも三共マスコットキャラクタとして、ここの出す台のあちこちに顔を出したり、主役となったりしている「夢夢ちゃん」の最初の作品。

そしてもう1つ特筆すべきは、この台の姉妹機として、「フィーバーガールズ(三共)/1993」があること。

パワフルに比べて台数は出なかったが、

 「版権と組み合わせた」「オタクを直接ターゲットとした」「萌え女性そのものを完全と主役としていた」「物語性を持たせた」

という意味で、「萌えパチ」として挙げられるべき、初めての台は、この台が一番相応しいかもしれない。

おたく星座FC用)」の版権を使い、キャラクターデザイン江口寿史…という辺り、実に80年代溢れるテイストタマラナイ台。

(またこの声優陣が、千葉麗子とか高田由美とか井上喜久子とかね…)



参考サイトリンク

※1■「バニーガール(オリンピア)/1988」

http://ameblo.jp/hi-up-turbo/entry-10006810607.html

※2■「ニューモンロー(西陣)/1991」

http://ameblo.jp/hi-up/entry-10005413668.html

※3■「ビンビンバラエティ(西陣)/1991」

http://blogs.yahoo.co.jp/newmitsuborn2008/13239836.html

※4■「麻雀物語」(平和)/1991」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BA%BB%E9%9B%80%E7%89%A9%E8%AA%9E

※5■「プリンセス物語平和)/1993」

http://retropachi.blog18.fc2.com/blog-entry-55.html

※6■「弾丸物語平和)/199?」

http://ameblo.jp/hi-up/entry-10044450859.html

※7■「フィーバーパワフル(三共)/1992」

http://ameblo.jp/hi-up/entry-10005687824.html

※8■「フィーバーガールズ(三共)/1993」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA

http://www.geocities.jp/pachinko_palor_teruteru_777/newpage31.html



パチスロ

この頃はまだ動き無し。




■95~99年 普及期

パチンコ

連続大当たり規制カード化、台の設置許認可ルールの変更など、業界として大きな事件が続いた。

そんな中で、液晶搭載機が普通となり、データ量も格段に増えていく中で、萌えモチーフの台も、それなりに受け入れられていった。

いわゆる「萌え」が、たった3年程度で、あっという間にパチンコ侵食していったのは、かなり面白い事と思う。


ダンスダンス2(大一)/1995」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9

http://www.nicovideo.jp/watch/sm6455634


ミルキーバー(ニューギン)/1995」

http://ameblo.jp/hi-up/entry-10110632872.html

http://www.nicovideo.jp/watch/sm4852532



96年には、(版権としてはちょっとしょぼいが)既にゲームメーカーとの開発連携は始まっていた。

当時爆発的に導入された「CR大工の源さん三洋)/1996」も、アイレムとの連携版権モノである。(打ってる人は全く知らなかっただろうけどw)

http://ja.wikipedia.org/wiki/CR%E5%A4%A7%E5%B7%A5%E3%81%AE%E6%BA%90%E3%81%95%E3%82%93

http://www.youtube.com/watch?v=WFOU4Cp4OKg


しかし、今のように「まず版権を取って、その版権の人気にあやかる」という動きが出てくるまでには、もう少し先にすすまないといけない。


※個人的にはこの辺りも結構衝撃だった。

絵的に十分なレベルに達したと、初めて思わされた台

CR乙姫(メーシー)/1998」

http://www.nicovideo.jp/watch/sm9814525

及び、バカだなと笑いつつ、「絵柄が揃うだけ」から1歩踏み出した(踏み出しすぎた?w)台

CRラブラブカップル(メーシー)/1999」

http://ameblo.jp/hi-up/entry-10009539191.html

http://www.nicovideo.jp/watch/sm6300433



パチスロ

なぜか、パチンコへのカラー液晶搭載とは背を向けたかのごとく、2000年まで、パチスロ台へのカラー液晶搭載は無い。

但し、萌えモチーフは欲しかったようで、パネルモチーフとしての進出は、少しずつ始まっていた。


温泉天国テクノコーシン)/1999」

http://777.nifty.com/cs/kuchikomi/777_777/freeList/n3_1/n3_2/aid_onsentengoku/1.htm

(この後しばらく、テクノコーシンは、この女性キャラクタを用いて台をリリースし続ける)




■00年~ 氾濫期

パチンコ

既にこの頃には、「液晶は当然として、どのような絵を使うか」という面で、コンテンツ不足が目立ち始めてきた。

完全オリジナルな路線に走るケースよりも、有名人アニメゲームなどの版権を持ってきた方が楽で、客が付きやすいという流れも出来つつある。

但し、オリジナルキャラで一発当てて…という夢は捨てがたいらしく、今でも各メーカーは様々な手法を試しているというのが実情かもしれない。


パチンコオリジナル版権で、オタクファンがそれなりに付いた台として幾つか。

※完全に趣味の為、偏りがあるのはご容赦を。


CR プリティバンド平和)/2004」

CR薔薇ローズテイル)物語豊丸)/2006

CR 超絶合体SRD(サンセイR&D)/2007」

CR 戦国乙女平和)/2008」

CR 上にまいりま~す(エース電研)/2009」

CR 新お天気スタジオ平和)/2009」

CR 南国育ち(平和)/2010」



パチスロ

2000年に、初のカラー液晶搭載機「ゲゲゲの鬼太郎サミー)/2000」が登場以降、萌えの侵略が一気に進むか…と思われた。

しかし、実際にあからさまにそれをターゲットとした台は、「賞金首(NET)/2003」まで見当らない。

NETテクモ提携して、オリジナルキャラ液晶演出を作り上げて、何作かリリースしている台は、どれも「あざとい」といわれつつも、オタク層を掴んだのだけは間違いない。

「賞金首(NET)/2003」

SuperBlackJackNET)/2003」※Rio初登場

十字架NET)/2004」


以降、NETは全面的にオタク層をターゲットとし、オリジナル版権確立に突き進んでいる。


また、2004年パチスロの性能許認可の方針が変わり、ギャンブル性を抑えられた台しかリリースできなくなった事をきっかけに、他のメーカーからも、新規顧客層を狙ってか、萌えを用いた台のリリースが出てくる。

はいえ、パチンコ同様、オリジナル版権で戦っているのは一部であり、アニメゲームで既に知名度のある版権を引っ張って作り上げるケースが殆どである


パチスロオリジナル版権で、オタクファンがそれなりに付いた台として幾つか。

※完全に趣味の為、偏りがあるのはご容赦を。


「超お父さん(SNKプレイモア)/2006

快盗天使ツインエンジェル(トリビー)/2006

モエるまりんバトるユニバーサル)/2006

スカイラブSNKプレイモア)/2007」

「がんばれ満月姫!(トリビー)/2009」



■特記事項として--フィールズという会社について

フィールズ株式会社

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA_%28%E4%BC%81%E6%A5%AD%29


パチンコパチスロに関して、既存版権アニメゲーム漫画芸能人等)を片っ端から抑え、メーカーへ販売。

また、メーカーが作った台の、店への卸販売など。


この会社が各種版権を抑えに出る前に取得した、幾つかの版権は、繰り返しリニューアルされてリリースされたり。特定の版権の噂が出たり出なかったり。ドマイナー版権しか勝負してこない小さなメーカーが有ったり。

今や、パチンコパチスロにおいて、台を売るセールスポイントとなった版権について、ここの会社抜きにして語れない事が非常に多い。

詳しくはWikipediaの詳細を見て欲しい。版権を抑えるという事の重要性がよーく判る沿革だとお分かりだろう。

2011-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20110710135659

私はアラサーオタクとしてはセーラームーン世代。

そんな私が昔ネットで印象に残ったサイトオカノ通信というwebサイトがあった。まぁ今もあるけど。

ネットで・リアルで(コミケで知り合った人など)自分より上の世代から聞かされた話として、やはり『宮崎勤事件は大きな転機だった』と言われる。その過程で、都市伝説なのか事実なのか知らないが「TV局がコミケに取材に来て、『ここに数万人の宮崎勤がいます』と言った」という話も聞いた。

オカノ通信の人はその辺の経験談を回想している。

「89年8月」に起きた宮崎事件を契機に、現在オタクとされている人たちと“場”は、社会の中で致命的に追いやられていったからに他なりません。

80年代に一度「アニメが好きだ」とかそういうことがオープンになりつつあったにもかかわらず、それらは潰され、再び人前でカミングアウトすることが難しい趣味になってしまった。

それくらいあの事件の中で繰り広げられたマスコミの、「魔女狩り」としか例えようがない報道や論旨の展開は大きな影響を残してしまった。

そういう中で90年代中盤には『エヴァブーム』が起こり、再び今度は別の意味で僕らが注目された。

けど、やっぱり外の人たちにしてみれば、なんであんなブームが起こって、どういう人たちがそれを喜んでいるのかがよくわからない。

(一方僕らはパソコン通信時代の中で、新たな独自のコミュニティと繋がりを持ちはじめていたわけですが、これはまた話がズレていくので割愛します。そもそもパソ通時代のコミュニティについては他にいくらでももっと詳しく書かれておられる方がいますし。)

そういった(今なんかとは比べ物にならないくらい酷い)蔑みと偏見。同時に湧いて出た注目というアンビバレンツで微妙な状況下で、「オタクという場の中にいるオタク自身が、外の人に“オタク”を説明したメディア」ってのは『オタク学入門』が世界初だった。

「あの本はオタクを過大に評価している」って批判も読んだことあるけど、当たり前です

そういう時代背景の中で「後ろめたい趣味であることを前提にそれを肯定する」なら、「徹底的に過剰評価した理論武装と、プレゼンテーション。そしてプロパガンダ的な要素」は必要だった。

私自身はそこまでオタク犯罪者予備軍的扱いはされたことがなかったけど、『男で恋愛物・少女マンガ好き=男として格下』という偏見くらいには遭ったことがある。そういう空気が、2chが出来て、ニコニコ動画が出来て、海外でもオタク認知されるようになって、どんどん変わっていったようには思う。それこそ、ローソンが人気アニメコラボするなんて10年前じゃ考えられなかった。長者番付作家部門に神坂一が顔を出し、読み上げたアナウンサーが『この人誰?』と言っていたような、そんな時代だった。

ガンダムマクロスからの流れでやってる人と、セーラームーンエヴァンゲリオンで入ってきたひとには確実に意識のギャップがあるし、それはおそらく宮崎事件のせい。ハルヒらきすた世代とはやはりギャップを感じることがあるけど、そっちはたぶんネットの普及のせいだと思う(つかこの世代のコミュニケーション於いて2chの影響は確実にある)



でもさ、今みたいに、深夜にしかアニメがやって無くたってどうせ地上波TV自体がオワコンとなりつつあるわけだし、けいおんで誰萌えかという話を堂々としたって確実に昔ほどは変な目で見られない。そういう時代って、70年代80年代オタクだった世代がまさに望んだ世界だったんじゃないかと思う。

2011-06-25

http://anond.hatelabo.jp/20110625004044

他の父母観察していたのだけれど、

自分の観察範囲における考察としては、ビデオ撮影してる人って父親率が高い。

んなもん、家庭用ビデオカメラが普及し始めた昔から運動会とか発表会とかでビデオ撮影するのはお父さんの役割!頑張れお父さん!ちゃんと撮れたら家庭内で株が上がるよ!みたいな感じになってたじゃん。

今の小学生の親世代の子供時代(80年代)にはまだビデオカメラがあんまり普及してなくて、親からビデオ撮影をされた記憶があんまないかもしれないからピンと来ないかもしれないけど。



機器が重い(これは昔の事か)

機器操作が面倒、よく分からない

・私はゆっくり見たいからお父さんお願いね

という理由で父親=撮影班として役割が固定されちゃってんだろうなーと。



あと、自ら子供の参観に行くほど子供に対して情熱がないような父親は、参観に行く母親ビデオ撮影してきてとわざわざ頼まないが、

参観に行かない母親場合は参観に行く父親に「どうせならビデオ撮影してきて!」と頼んでいる(=父親は撮影して、母親撮影しない)って感じなのかも。

2011-06-24

国内でも競技的なゲームの人気が出るにつれてファンは不正が行われる可能性の少ないオフライン環境での大会でのトッププレイヤー試合を見たいと思うようになる

しか

日本では80年代前半の改造メダルゲームや過激な『インベーダー』トップスコア商品等が原因の改正風営法で、ゲームの賞金/賞品はかなり限定されてしまった経緯がありますhttp://www.kotaku.jp/2011/05/justin_won_mk.html

この通り難しい

2011-06-04

http://anond.hatelabo.jp/20110604100030

俺30代だけど、子供の頃(80年代)うちでは祝日になったら玄関の横に日の丸上げてたよ。

近所の家も同様。

田舎からかな。

でも90年代くらいになってからはやらなくなってたが。(面倒になったのかな?)

ってなわけで、リアルタイムで自宅に国旗掲揚経験があるのは30代くらいまでだと思う。

2011-06-02

http://anond.hatelabo.jp/20110602041442

以下、何の根拠も無いけど。



結婚する夫婦の完結出生児数は0が激増すると思う。

結婚しても子供を作らない、と言うのが当たり前になっているからね。

80年代からDINKSと言われて存在していたけど、今は取り立てて言う程珍しくもなくなった。

そういう意味で、全体の完結出生児数の平均は確実に減ると思う。



でも「子供は2人」と言う規範は今でも相変わらず強固にあって

(因みに沖縄出生率が高いのは、この規範日本政府が作った時代は米軍領だったから「子供は2人」意識が低い、と言うのが大きいかと。

子供は3人」が極普通なんだよなー沖縄。4人以上は流石に「多い」と思われるみたいだけど)

子供を産むならとりあえず「2人」がスタンダード考える人は今でも多いよね。

その中で「1人だけ」「3人以上」と言うイレギュラーな道を選ぶ人の数はどうなるか。



子供1人の場合、高齢以外に金の都合とか仕事の都合でどうしても1人しか産めない、と言う夫婦は増えてそう。

でも「子供なんて本当は要らないけど、義務的に1人だけ仕方なく産んだ」と言う人は激減しているだろう。

(そう言う人は今は最初から1人も産まないと言う選択肢がある)

トータルで増えてるか減っているか微妙

3人以上産む夫婦は減ってそうだけど、高齢以外に金や仕事問題が大きそうだ。



何かgdgdだが適当に結論:

・完結出生児数は絶対に減る。

しかしその主な原因は「高齢出産を避ける為」とは限らない。むしろ他の要因の方が大きいのではないか

と推測。



…とここまで書いてふと思ったけど

http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou13/chapter2.html

↑の統計って15年以内に離婚した夫婦はどうなってんの?除外?

http://anond.hatelabo.jp/20110602040948

最新の数字80年代後半に結婚した夫婦統計と言う時点で、減り「始めた」じゃないだろ。

それ高齢出産関係あるのか?

どっちかっつーと、バブルとか均等法とかを経て「子供をなるべく産みたくない」女性が増えた結果じゃないかと思うけど。

2011-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20110527142826

今更こう言うのもなんだけど、80年代末くらいの「誰でもいいかエネルギーのある奴に金を出せる」という社会情勢にならんと若者は育たないよ。王立宇宙軍創った山賀さんはその時24才だったんだぞ? 今、24歳の監督に企画一本ん億するものへGOサインだせるかね。

とすると、初期投資の要らないメディアクリエイターが遷移していくのはもはや必至。

今で言うとなんだろう。ニコニコ動画とかで踊ったり歌ったり作ったりする? くらいしかできないし、したとしてもそれではあまりお金もらえないか映画アニメまでのパスはならない、っつーのが今じゃないの。

現役の奴らはいいから金出すか金を出させる方法を若者に教えろってんだ。

2011-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20110512043308

80年代の話を聞いても国民全体が貧しいって感じはないんだが…

2011-04-10

http://anond.hatelabo.jp/20110410012918

要するに、1980年初めの千葉県の公立小学校に通っていた私は「核=悪」と思っていた。

という自己申告がある。

80年代前半に7-12歳の時期を過ごしたんだから30代か40代。

1985年に7歳だとした33歳、1980年12歳だとしても43歳だよ。



んで、今の30代の親に団塊+10なのはいない事もない。

遅い子だった俺(31歳)の親父は今年73歳だからな。

2011-03-31

東京電力 不祥事歴史

1978年11月2日

 福島第一原発3号機で、制御棒の脱落により日本初の臨界事故が発生。

 2007年3月まで隠し続ける。



1989年1月1日

 福島第二原発3号機で、原子炉再循環ポンプ内が破損し炉心内に多量の金属粉が流入。



1990年9月9日

 福島第一原発3号機で、主蒸気隔離弁を留めるピンが壊れ、原子炉内圧力が上昇して自動停止。



1992年2月28日

 柏崎刈羽原発1号機で、タービンバイパス弁の異常により原子炉自動停止。

 しかし、この事故を隠蔽して行政当局に報告せず。



1992年9月29日

 福島第1原発2号機で、原子炉への給水が止まりECCS(非常用炉心冷却装置)が作動する事故が発生。



1997年12月5日

 福島第二原発1号機で、制御棒1本の動作不良が見つかり原子炉が手動停止された。(国際評価尺度レベル1)



2002年8月29日

 原子力安全保安院が、 福島第一・第二原発柏崎刈羽原発80年代後半から90年代前半にかけ計29件の事故東電改ざんしていた可能性があると発表。



2004年1月14日

 地元原発3団体が、柏崎刈羽原発管理区域内の放射性廃棄物が外に持ち出されたため近くの土壌から人工放射性物質コバルト60を検出したと発表。



2005年6月1日

 福島第一原発6号機で、可燃性ガス濃度制御系流量計の入力基準改ざんがあった事実を認める。



2007年1月31日

 柏崎刈羽原発1号機で、ECCSの故障偽装など定期検査時の不正が常態化していた事実を認める。



2007年4月6日

 福島第二原発4号機で、制御棒駆動装置不正交換を偽装した事実を認める。



2007年7月16日

 新潟県中越地震により、柏崎刈羽原発3号機の変圧器火災。6号機からは、使用済み核燃料プールから放射性物質を含む水が海水流出

 同機原子炉建屋天井の大型クレーン移動用車軸2本が破断。10月21日には、7号機の原子炉建屋のコンクリートから放射能を帯びた水が流出していた事実判明した



2008年1月14日

 福島第二原発3・4号機廃棄物処理建屋の、海水ポンプの配管や電動機などが破損。



(「週刊金曜日 840号 2011年3月25日発売」 より)

2011-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20110324094828

「俺は文明をすてるぜ!高かろうと省電力家電しかかわないしエアコンも使わない。80年代後半の水準で電気消費するぜ。

 だからみんなも電気つかうな。原発廃止しようぜ」

そう主張してる奴のほうが多いが、どこ向いて話してんだ。

「多いが」というのはどこで観測されたものだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20110324131446

うん、だから「言い出してる」よね。

反対派は、「それでいい」って言ってんのに、「フジコフジコ」してんのは賛成派の方でしょ?

本気で原発反対を望むなら、

「俺は文明をすてるぜ!高かろうと省電力家電しかかわないしエアコンも使わない。80年代後半の水準で電気消費するぜ。

 だからみんなも電気つかうな。原発廃止しようぜ」

とか、自分が思うもっとも現実的な代替案(とそれにともなうデメリットも)受け入れろって主張すればいいのに。

http://anond.hatelabo.jp/20110323235316

「俺は文明をすてるぜ!高かろうと省電力家電しかかわないしエアコンも使わない。80年代後半の水準で電気消費するぜ。

 だからみんなも電気つかうな。原発廃止しようぜ」

そう主張してる奴のほうが多いが、どこ向いて話してんだ。

それに対して、「GDP20位以下なんてフジコフジコ」「経済活動がフジコフジコ」って言ってんのは賛成派のほうだべ。

2011-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20110323231646

ぶっちゃけ原子力リスクを過少評価してるのは認めるは。

1000年に1度の大災害放射線、被曝の被害で確定してるのって農水産物の出荷停止と原発近くの住人が避難する必要があったことぐらい?

被曝した人何人もいたけど、それが本当に寿命健康に影響あったかなんて何年も追跡調査しないと

からないじゃん。

割と放射線浴びてそうな昔の科学者が意外と長生きだったり、放射線健康に与える影響がピンと来ない。

代替案を具体化せず、リスクを過少評価してるのは原発反対派も同じでは?

本気で原発反対を望むなら、

「俺は文明をすてるぜ!高かろうと省電力家電しかかわないしエアコンも使わない。80年代後半の水準で電気消費するぜ。

 だからみんなも電気つかうな。原発廃止しようぜ」

とか、自分が思うもっとも現実的な代替案(とそれにともなうデメリットも)受け入れろって主張すればいいのに。

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