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2012-01-03

訳してみた。

http://www.youtube.com/watch?v=Xxh-sS8Qoco&feature=player_embedded

1911年12月14日 ロアール・アムンセン、南極点に到着。

1912年4月14日 タイタニック号沈没

1913年 フォード、流れ作業方式を導入

1914年6月28日 サラエボ暗殺事件から第一次世界大戦勃発

1915年4月22日~1915年5月25日 初めて毒ガス使用

1916年2月16日1916年12月20日 ベルダンの戦い

1917年11月7日 ロシアで10月革命

1918年11月11日 第一次世界大戦終結

1918年11月9日 ヴァイマル共和制の樹立を宣言

1919年1月5日~10日 スペイン風邪の流行が頂点

1920年12月16日 寧夏、海原地震

1921年11月9日 アルベルト・アインシュタイン ノーベル物理学賞受賞

1922年10月27日~31日 ベニート・ムッソリーニローマ進軍

1923年 ドイツでハイパーインフレ

1924年1月21日 レーニン死去

1925年1月~2月 ノーム犬ぞりバルト)疾走

1926年 アル・カポネが権力の頂点に

1927年3月20~21日 チャールズ・リンドバーグがパリへ向け飛行

1928年11月18日 蒸気船ウィリー初演(ミッキーマウス初登場)

1929年10月29日 1929年のウォール街大暴落「暗黒の木曜日

1930年3月12日 ガンジー、「塩の行進」

1930年6月30日 第一回サッカーワールドカップウルグアイにて)

1931年5月1日 エンパイアーステートビル開業

1932年 ワイマール共和国崩壊

1933年1月30日 ヒトラー内閣発足

1934年10月27日 毛沢東の長征

1935年9月15日 ニュルンベルグ法制定

1936年6月~1936年4月 スペイン内戦

1937年5月6日 ヒンデンブルク号爆発事故

1938年3月12日 オーストリア併合

1939年9月1日 第二次世界大戦勃発

1940年6月14日 パリ占領

1940年 ヒトラー権力の頂点へ

1941年6月22日 ドイツ、ソ連へ侵攻

1941年12月7日 真珠湾攻撃

1942年9月13日1943年2月2日 スターリングラード(現ボルゴグラード)の戦い

1943年2月13日 「全面戦争するか?」演説

1944年6月6日 ノルマンディー上陸作戦オペレーションオーバーロード)決行

1945年5月8日 第二次大戦ヨーロッパでの戦い終結

1945年8月6日 広島に原爆投下 同9日 長崎に原爆投下

1945年11月20日~1946年10月1日 ニュルンベルク裁判

1947年8月15日 インド独立

1948年6月24日~1949年5月12日 ベルリン封鎖

1949年10月1日 毛沢東、中華人民共和国の樹立宣言

1950年6月25日1953年7月27日 朝鮮戦争

1951年 朝鮮の人口?

1952年10月31日 初めて水素爆弾が炸裂

1953年6月17日 東ベルリン暴動

1954年6月4日 西ドイツワールドカップ西ドイツが優勝「ベルンの奇跡」

1955年5月14日 ワルシャワ条約制定

1956年10月29日1957年3月 スエズ危機(第二次中東戦争

1957年10月4日 スプートニク・ショック

1958年10月19日 中国で大飢饉の始まり

1959年1月1日 キューバ革命の勝利

1960年 モハメド・アリ ローマ金メダル

1961年8月13日 ベルリンの壁構築

1961年10月27日 チェックポイントチャーリーでの対峙(ベルリン危機)

1962年10月14日~28日 キューバ危機

1963年6月26日 「私はベルリン市民である」演説

1963年11月22日 J・F・ケネディ暗殺

1964年8月2~4日 ベトナムアメリカ爆撃される(トンキン湾事件)

1965年 ベトナム戦争拡大 地上戦力投入

1967年6月5日~10日 六日戦争(第三次中東戦争

1968年1月30日9月23日 テト攻勢

1969年7月20日 初めて月に着陸

1970年4月 カンボジア侵攻

1970年4月29日 ワルシャワ礼拝?

1971年10月14日 グリーンピース設立

1972年9月5日 ミュンヘンオリンピック事件

1973年10月6日~26日 ヨム・キプル戦争(第四次中東戦争

1974年8月8日 ウォーターゲート事件

1975年4月30日 ベトナム戦争終結

1975年4月17日 クメール・ルージュ プノンペン制圧

1976年6月16日 ソヴェト蜂起

1977年3月27日 テネリフェの惨事(テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故

1978年10月16日 法王パウロ二世 パウロ一世を嗣ぐ

1979年9月8日 「暗黒の金曜日」 イスラム革命頂点

1980年5月18日 セント・ヘレンズ山噴火

1981年3月30日 ロナルド・レーガン大統領暗殺未遂事件勃発

1982年4月2日6月20日 フォークランド紛争

1983年4月18日 アメリカ大使館爆破事件(ベイルート

1984年12月3日 ボパール化学工場事故(インド

1985年3月11日 ミハエルゴルバチョフ氏、ソビエト共産党書記長に就任

1986年1月28日 チャレンジャー事故

1986年4月26日 チェルノブイリ事故

1987年6月12日 「この壁を壊せ!」演説

1988年12月21日 ロッカビー事件(パンナム機爆破事件)

1989年11月9日 ベルリンの壁崩壊

1990年10月3日 東西ドイツ統一

1990年8月2日1991年5月5日 「砂漠の嵐」作戦(第1次湾岸戦争

1992年4月1日~1995年12月14日 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争

1993年10月3~4日 モガディシュの戦闘

1994年4月6日7月15日 ルワンダ虐殺

1995年4月19日 オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件

1996年1月21日 フランス、最後の核実験

1997年7月4日 マーズ・ローバー(火星探査車) 火星に着陸

1998年8月 モニカ・ルインスキー 不倫スキャンダル

1999年5月3日~6日 オクラホマ州で竜巻被害

2000年1月1日 ミレニアム

2001年9月11日 911攻撃(アメリカ同時多発テロ事件

2002年1月1日 ヨーロッパユーロ発行

2003年3月20日 イラク戦争勃発

2004年12月26日 インド洋大地震と津波

2005年8月29日 ハリケーンカトリーナ ニューオリンズを破壊

2006年6月12日8月14日 レバノン侵攻

2007年6月 ヨーロッパ熱波

2008年10月 金融危機

2009年1月20日 バラク・オバマ大統領就任

2010年1月12日 ハイチ大地震

2010年4月20日 メキシコ湾原油流出事故 ディープウォーター・ホライズン炎上沈没事故

2011年 アラブの春

2011年3月11日 東日本大震災と津波

2011年3月 福島第一原発事故

2012 ?

10分どころか、6時間くらいかかったorz

それに、作ったの多分アメリカ人だから、日本にとっての重大事件(オウムとか)は入ってないんだよね。ハイチ地震があるのに、阪神・淡路大震災がないのも明らかに片手落ちでしょう。

(調べてみたら、どちらもM7クラス

2010-08-02

誰が誰をホロコースト

はじめに

途中で腹の立った人、題名で既に私の言いたいことがわかった勘のいい方、時間のない方は「本文」を飛ばして「おわりに」を読んで頂きたい。

本文

あなたは、

あなたの旦那さんは、

あなたの息子さんは、

戦争に負けて、巨額の賠償を強いられて、ハイパーインフレの国に生まれたら、家族を養えますか?

父親が貴族やユンカーでもないかぎり自活は無理でしょ。本人の資質努力、やる気なんて関係ありません。どんなに能力、やる気があっても、恐慌と重税下で家族を養える20代の男性なんてほぼ皆無です。外国を侵略したとか言われてるけど、外国を侵略せずに必死で働いてたら、食べていけたと思います?

多くの若者を死なせた国が終戦したら、自動的に“誰かが支援する必要”があるってことでしょ。

支援するのは誰?

・旧敵国(賠償免除、借款)

米国

中立国国際機関

でしょうか。現実的には、戦火を交えた旧敵国(旧敵国も戦争で荒廃してるでしょうし)が自分の生活物資に加え“7000万の敗戦国民の生活物資”を維持し続けるのも、このご時世では苦しいでしょう。

つまり、1910年代世界大戦を起こした国が敗戦した場合

(1)本人が貴族やユンカーで高額収入がある

(2)旧敵国に相当の稼ぎがあり、敗戦国民7000万名の生活物資を何年にもわたって供給し続けられる

(3)中立国が助ける

で、ないかぎりは、

(4)東方拡大により生存圏を確保する

しか、敗戦国に生きる道はありません。

だったら、ヴェルサイユ講和条約を受け付ける時に、

・父親が貴族やユンカーではなく、

政府が支払うと約束した額と現実的な支払い見通しが不十分で、

・旧敵国に、生活物資を支援する財力と予定があると確認できなければ、

「では、このままオーストリアとズデーテンラントに行って、手続きしていってくださいね」と、講和条約を調印する係の人が、講和条約と引き替えに合邦協定草案を渡しながら言う必要があるんじゃないの?

違うのかな・・

「育てられないのに降伏するなんて無責任」という人は、1910年代帝国主義をしちゃダメだと言ってるの?

敗戦する可能性”は誰にでもあるでしょ。“敗戦しても自活できる経済力を付けてから戦争しろ”ってこと?それが責任ある態度だというの?それいったい何世紀くらいのこと?22世紀くらい??何世紀まで働いたら“賠償しても国民7000万人養える経済力”なんてつくの?

民族自決ってのは、同じ民族は一つの国家に住みましょうね、っていう政策なんじゃないの?そのために国際連盟まで設立したりしてんじゃないの?

★★★

記録のための事件概要

1914年6月サラエヴォで、兄弟国の皇太子暗殺される

1914年7月兄弟国は戦争を決意。当事国に最後通牒(後に期限切れで宣戦布告)。

・当事国の同盟国も戦争に備えて総動員を始める。

1914年8月国家防衛のため総動員を開始、自動的に戦争突入

1918年11月 革命と共に終戦。隣国は皇帝を引き取り、共和国としての歴史が始まる。

1921年3月 ロンドン会議が開催され、賠償額が決定。総額1320億マルク。

7月頃から国内争乱開始か。大統領緊急令を連発するなどし法によらない解決を繰り返す。

国内に賠償踏み倒しの声が聞こえ、隣国による保障占領が相次ぐ。イギリス調停を試みるが、国会が運営できず。

1930年ヒンデンブルク(当時大統領)が議会依存しない内閣の結成を命じる。

1933年1月軍部による反大統領クーデターの噂(未確認)

大統領国防軍には屈服せず、ヒトラー首相に指名する。

ポーランド西部のアウシュヴィッツでは、虐殺されたユダヤ人無数が遺体発見される。

1945年4月30日 ベルリンが陥落したところを、ヒトラー自殺

今日時点で報道されている範囲でのまとめです。)

★★★

ホロコースト”の意味は、虐殺とか、抹殺という意味だと思うのだけど、

この事件では、誰が何をホロコーストしたの?

A) ナチスユダヤ人ホロコースト

B) 国民民主主義ホロコースト

C) 旧敵国が敗戦国再建をホロコースト

★★★

この総統が苦学生だった20世紀初頭、ヴィーンでの親友だった音楽家の証言より再構成

彼が総統となってヴィーンに来たときですか?私を接見してくれましたよ。

監視?もちろんなしです。本当ですよ。

それではどうしてあなたはあのいまわしいヒトラーを殺さなかったのですか、ですって?

どうしてって…。彼は私の親友だったからです。

民族自決もいいけど、既に分裂している国家も、もうちょっと合併したらどうかな、旧敵国。

600万人のユダヤ人ご冥福をお祈りします

おわりに

言うまでもないが、改変元→http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100801

冗談抜きで、ふざけるなと言いたい。「盗人にも三分の理」というが、同情する余地のない人間などどこにもいないのだ。しかしだからといって、追いつめられれば何をやってもいいかのごとく触れ歩くのは単なるデマゴーグに留まらない、犯罪的な言説だ。そもそもこの手の言説は、子供虐待することなく立派に育て上げている圧倒的大多数のシングルマザーに対する侮辱であることに気がつかないのか。恥を知れ恥を。

まして、「なんでも環境のせいにするな、全ては自己責任」という俗流過激ネオリベ思想を推進しているこのデマゴーグブロガーが、こういうときだけ全て環境のせいにするなど、ふざけるにも程がある。

そして、「ジェンダー」という錦の御旗を振りかざされれば目が眩んでことの本質が見えなくなる馬鹿はてな民よ、恥を知れ。

人を殺すぐらいなら、もっとまともな手はいくらでもあったはずなのだ。いくら追い込まれての行動とはいえ、同情の余地にも限度があるに決まっていよう。同情の余地があれば全てが免責されるわけでもなければ、悲惨な境遇に追い込まれれば誰もが罪を犯すわけでもない。

勿論、仮にヒトラーが生まれた時期があと50年遅ければ、誰一人を殺めることもなく平穏に生を終えることができたのかもしれない。逆に、私が当時のドイツに生まれていたらヒトラーと同じことをやったかはともかく、その下手人にぐらいはなっていた可能性だってあることは重々承知している。それぐらいの「想像力」は当然ある。しかしそんなことがヒトラーを免罪することになどならないのは言うまでもない。もしそれを赦すことができる者がいるとすれば、神仏のような超越的な存在でしかあり得ないだろう。いずれにせよ、現実社会ではヒトラーは赦されることは未来永劫あり得ない。それが世の道理というものだ。

この事件、いったいそれと何が違うのだ。「ネグレクトしない自信はない」そんなことはあたりまえだ。母子家庭であろうとなかろうと、ネグレクトをしてしまう可能性はある。人間とはそういうものだ。しかし、その責任を自ら引き受けることなく子育てなんてそもそもできるわけがない。育児に限らず、一寸先は闇の現実世界というのはすべてそういうものだ。誰も、他人が過ちを犯す可能性を零にしてやることはできないのだ。なんとか自分を律するように最善を尽くすしかない、それが本当の意味の「自己責任」ではないのか。

2009-06-27

ラーメンは塩ラーメンからはじまったのだろうか?

ふと疑問に思った。ラーメンはもともと中国料理である。確かにラーメンカレーと同様に日本で独自進化し、現在では本国のそれと大きく異なる。しかしもともとは中国料理である以上、初期のラーメン中国料理に近いはずだ。初期のラーメンはいったい何ラーメンだったのだろうか?Wikipediaで調べたのだが、不明だそうだ。

日本で最初にラーメンを食べたのは徳川光圀水戸黄門)だという説がある。倉敷作陽大学の小菅桂子の主張によれば、1659年に明から亡命した儒学者朱舜水水戸藩に招かれた際に、所持品リストラーメンを作る際に使うものが含まれるから、中国の汁麺を献上したとの記録はないものの、実際に作ったに違いないという。しかし推測の域を出ない。これを復元したラーメン新横浜ラーメン博物館にある。一方、日本への伝搬の起源として明治時代神戸横浜などの中華街で提供された南京そばに始まるとする説と、次が1921年大正10年)に現・北海道大学正門前にできた竹屋食堂からとする説がある。どちらも、現在ラーメンとはスープも麺も作り方から味まで全く違う別物であったが、竹屋食堂では大研究の結果、1926年大正15年)に醤油味、チャーシュー支那竹ネギトッピングした現在ラーメン原形ができている。

なので、勝手妄想してみた。現在ラーメンの味は基本的に

が基本だ。醤油味噌については日本のものなので塩だと考えたのだけど、どうだろう?

2008-10-09

日本人」のノーベル賞 文学賞の場合だと?

【まとめ】

ノーベル物理学賞受賞者の国籍が問題となっているが、「受賞者」がどの国の人か、という点ではなく、その「知的な成果」がどの国のものとしてカウントされるかという点から見ると、文学賞の場合がとりわけ問題となるのではないか?

【本文】

先日発表されたノーベル物理学賞受賞者のうちに何人が日本人か?ということが問題となっている。南部陽一郎博士のことです。

ニュース記事ではこういうところが;

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20081007-OYT1T00543.htm

http://www.asahi.com/science/update/1008/TKY200810080230.html

http://www.j-cast.com/2008/10/08028248.html

ブログでは、たとえば、こんな記事がある。

http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20081007/1223385373

 新聞等が「日本人3人」などと報道するからヤヤコシイことになるのだし、実際、読売新聞の記事では「米国籍で日本人」と書いてあったりする。

 とりあえずそれらのいいたいところを忖度すると、日本教育を受けて物理学者となった人であるのだから「日本人」なのだと判断することもあながち強弁ではない、というところだろう。

 もちろん、そうなのだから問題ない、と私は考えているわけではない。報道等がどれくらい考えた上で「日本人」のカウントをしているかということに疑問がないというわけではない。

 この点では、上に引用したブログの記事は、新聞等の報道姿勢に見られる、回復された自尊心や誇らしさの裏側にある他者への無思慮をやんわりと指摘していておもしろいと思った。とくに新聞報道での「日本人」基準が、やや「出生」という点に強調をおいているところは記事から読み取れる気分の高揚と結びついているのではないかなどとブログ記事を読んでさらに考えをめぐらした。

 しかしながら、このような見方もふまえた上でなお、「日本人が受賞」という見方には理由があるのではないか。ノーベル賞がある学術の成果(具体的には研究論文)に与えられるという点を考えると、次のような考え方もできるのではないか。

 つまり、今回の受賞理由となった業績は南部博士日本国籍を有していたときのものである、ということをどのように考えるか、ということだ(ただし、論文発表当時、1960年はすでにシカゴ大学に在籍していた。なお米国籍取得は1970年のようである。南部博士1921年生)。

 ここからが言いたいことなのだが、このように書いてみて、わたしが気になるのは、今回の「日本人○人」という数え上げの問題ではなくて、さらに進んだところにある問題だ。

 受賞者の国籍問題を、「研究の成果たる作品の帰属先」(ただし知的財産権の話じゃないよ)だと考えると、この問題は、ノーベル文学賞においてよりシリアスではないだろうか。

 たとえばこういうことだ。日本国籍の人が、米国に在住し、英語小説発表する。この人に与えられるノーベル賞はどの国の人が受賞したと考えるのか?(いま「英語小説」を例にしたが、英語の場合、事実上普遍語」たる役割を果たしているので、もう一つ難しい問題が生ずるのだが、これには立ち入らない)

 別の言語でも同じ問題が生ずる。日本でも、韓国籍の人がそのルーツ日本語小説とする。中国出身の人が日本語中国社会舞台とした小説発表する(近時の芥川賞!)。日本の例だと議論が別の磁場に引き寄せられるのだが、問題の本質普遍的だ。アフリカ出身の人がフランス語小説を書く。アメリカ人日本語小説発表する・・・等々。

 ここまで考えをめぐらして書いてみても取り立てて結論めいたものはないのだが、今回の報道やそれをめぐるいくつかの議論を見ていて「○○人というアイデンティティの根拠に何を置くのか」ということを、考えた。

ブクマ読んでの追記】

・図式化すると、本文では、国籍あるいはアイデンティティについて、「出生」に対して「言語」という軸で考えるという方向もありうるだろうと考え、特にそれが問題となるのは、文学賞のようなものだろう、ということを述べました。

・Mukkeさんのコメントを読んでさらに考えたところ(また、http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20081008/1223473549も読みました)、結局このエントリーを書いたときは、学術的な成果という「普遍的」なものに対して、それを報道する側が(日本メディアなので当然のこととは思いますが)、国籍という「ローカルな」語法をもちだそうとするところに若干の違和感を感じていたのかなと思いました。

2008-01-17

インフルエンザ(ry記事の疑問

http://www.zakzak.co.jp/top/2008_01/t2008011634_all.html

万全に見えるワクチン予防法

別に万全とは思ってないが、現時点では最善に近いとは思ってる。万全や最善などの過信はしてない。

医学博士の母里(もり)啓子(ひろこ)氏を直撃

厚労省とかには直撃しないの?取材源そもそもがバランス悪くね?

インフルエンザワクチンが効かないことは、ウイルスを学んだ者にとっては常識です

いやそれ非常識じゃなかったっけ。

前年のウイルスで作るワクチンができたころには、別のウイルス流行している

志村ー、予測予測

活発に変異するウイルスに対応できない

その活発ってどの程度なのか。また変異といっても程度や質があるわけで。

発がん性物質のホルムアルデヒドという薬品の水溶液

インフルエンザ重症化したり致命化したりする確率や程度よりは遥かにマシなんじゃないの。水だって飲みすぎると死ぬし、程度や確率の問題。鶏卵、ギランバレーも同様。

インフルエンザ撃退の近道は、ワクチン接種ではなく、自然感染により身体ウイルス抗体を作ること

それで死亡率や重症になる確率が高くなってしまったら元の木阿弥なわけだが。

インフルエンザ感染したときの免疫だけで、自然に治る病気

ウイルスの種類、感染者の体質、体力などの組み合わせによっては高確率で死ぬ病気ですが何か。第二のスペイン風邪が起こったらどうするつもりなのか…スペイン風邪世界人口の約50%が感染し、25%が発症、3.3 - 12.5%にあたる4000万人 - 5000万人が死んでるそうですが。

日本では:1918年大正7年)の11月に全国的な流行となった。 1921年7月までの3年間で、人口の約半数(2,380万人)が罹患し、 38万8,727人が死亡したと報告されている。

http://influenza.elan.ne.jp/basic/spain.php

自分の抗体が強ければ、たとえ周囲ではやっていても感染しない

あのですね

20代から30代の青壮年者に死亡率が高かった原因は不明で、謎として残っている。

http://influenza.elan.ne.jp/basic/spain.php

とまあスペイン風邪では青年が死にまくったそうですが。

ま、どちらにせよ、弱毒型のインフルエンザしかあまり見かけない今が続くことを祈るよほんと。

追記:スペイン風邪の記録などは国などによる情報操作なんじゃないかと疑ってる人は、タミフル等が生み出される遥か前の文献を自分で調べてみよう。どうみても1990年より前に作られた紙で作られていますありがとうございましたな本なら信じられるであろう、たとえば医学部を擁する大学図書館に文献を閲覧できるよう熱心に頼み込むといい。

- 転職ならen
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