はてなキーワード: SNSとは
某サイトに掲載されたコラムが発端となり、ブログ・SNSに飛び火し、基本的に若者は恵まれているというスタンスで進んでいる論調。
現在の社会はインフラが高度で合理化され、過去の自分たちが費やした苦労や時間とは比較にならない容易さで、クリック一回で実行できる社会。
そこで高い代償を支払わずに、ゆるい連携を持って生活する若者は恵まれている、しかし熱が感じられないので、過去の経験から「夢」と「積極性」を持つことをアドバイスする。
という点、過去は苦労したが未来は明るいという楽観的な先入観はもう通用しない時期に来ているのに、発展した未来のインフラや生活様式に気を取られ新たに発生した問題が見えていない。
見えていないというより「更に発展した未来で解決可能」又は「過去の苦労に比べればやさしい問題」と考えているのでしょうか。
社会基盤が発展すれば、価値観や生活水準が変わりますと言えば、誰もが同意するでしょうが、負の発展(規模の縮小)は誰も経験していないのです。
例えば90年代まで若者のアイテムとして誰もが持っていた車、車離れが叫ばれて久しいですが、都市に住んでいる若者における車の必要性が低下し、代わりに携帯電話とPCを持つようになっただけです。
しかし車の購入・維持に比べれば遙かに購入が容易な端末なのに、PCを持っていない人が大勢いる。00年代初頭における我が国のITインフラ整備率は世界一位ですが、現在は目も当てられない状況です。
PC購入するだけの収入がない若者は携帯で何をしたか、現在ではスマートフォンでかなり情報収集が便利になりましたが、ガラケーと呼ばれる国産端末におけるネット探索能力は前者と比べると劣悪で、利用者は検索エンジンで何かを調べるというより、遙かに狭い範囲でしか活動できなかった。新聞も購入していない、TVも見ない、社員として収入が確保できる30代以上は例え不慣れでもPC位なら即金で購入する事が出来るので、ある程度のリテラシーを培う事が出来ますが、その機会さえも与えられていない。結果情報を持つ人と持たない人の間の格差が広がる。所得が低くなっても相対的な幸福度は昔より高いという人は、かつての新聞とTVから情報を得ていた経験から言うのでしょうが、インターネットで必要な情報を素早く調べて理解するというのが基本となった世の中で、流動的な情報ニュースより固定化されている公的・私的な各制度のアクセスにおいて絶望的な差が生まれている。利益が1与えられるか99与えられるかの差でなく、0か100かの差で生きなくてはいけない。この問題に最初に晒されたのが現在の20代後半。
今の大学生はPCを所持することを半ば義務化されていますが、業務で使用できるレベルでOfficeを使えると認定される資格を持っている人は、2割居ないでしょう。ですが、職安に出されている求人のほとんどはOfficeを最低限使える人間を求めている、でも資格を取れるレベルで教えてくれる高校や大学はほとんどない。高卒は自力で学ばないとスタートラインにさえ立てない。しかし採用基準は厳しくなったのに、現在働いている社員になんら教育を施さない、Excelで文章作成する事の何が悪いかのかさえ分からない。
収入は、小泉改革以降合理化され、事務職は派遣で構成され収入は捨扶持レベルの15万円程度、それでも仕事があればマシと言えるかもしれませんが、今後は労務環境の国際化によって事務職そのものが国外に外注されるのは確実。そして発生する人口減による国内市場の縮小、70年代に隆盛を誇った着物業界の現状の様な事態が各分野で発生するでしょう。
中年が考える未来は必ず発展し、解決されうるものとして存在していますが、今後の日本が進む道はその真逆としか言いようがない。中流のホワイトワーカーは営業を除いて全滅し、高所得者は移民の導入を要求する、対して単純労働者は仕事を取られまいと反対に回る、すでに同じ事が発生している会社もあるでしょうが、これが社会全体で常識となるのに何十年もかからないでしょう。
更に合理化され、余計な費用を払わずに生活できる世の中、しかし収入は少ないのに、最低限のインフラをそろえないと就職さえままなならない世の中、企業では仕事を一から教えてくれないので、自費で各種の専門校に通い勉学する日々、収入のすべてをつぎ込んで遊びなんて全くできない20代、当然お金が足りないので脛を齧れる人は脛をかじり、齧れない人は何年もアルバイトをして費用を捻出して、職歴なしというハンデを背負い戦う。大人は新卒ですぐ就職することが全てでないと高説を垂れるが、そんな人間を雇う気は無い。
昔あった問題と今の問題、問題という意味では等価値で、その大きさは当人には判別できない。過去にとらわれているのはどちらだと。
戦前に生きていた人達は、次の世代に多くの機会を与えましたが、その世代は次の世代に機会を与えない。というのは言いすぎですかね。
あるいは「SNSを使うと高収入になれる」というデマが流れるまで。
世の中は事実と異なる煽り記事があふれている。実際には嘘であることをそれとなくまかりとおすことは風説の流布になる。フィクションであるなら構わないが、それならば断っておく必要があるだろう。そのような煽り記事に対する傾向として、最近の記事を事例として「なぜ高収入の人ほどSNSを使っているのか 」を例に情報の歪みをまとめておきたい。
ソーシャルネットワークで職場の人とつながっている? | DODA ホンネの転職白書
を見てほしい。これから言えるのは
最初の歪みはサンプルの質である。DODAであればそもそも「転職を考えている人間」であろうことが明示されていない。転職を考えているのなら少なくとも、性質上、縁故採用を期待するのは当たり前である。ならば転職者のSNSの利用が高くてもおかしくない。
一部引用すると、
順位 職種別 SNSの利用率
2 IT/通信 64.7%
3 金融 56.9%
順位 職種別 SNSの利用率
1 企画/マーケティング 82.1%
2 クリエイティブ 80.5%
とあるが、これも転職者が前提であれば、あるいは、DODAの顧客が前提であれば、SNSの利用率以前に流動性の高い職種が上位にくることは自
明である。したがって、転職者ほどSNS利用率が高いということではないだろうか。
一部引用すると、
SNS上で仕事関係者と交流するビジネスパーソンは、身近な同僚と会社内のコミュニケーションだけに留まらず、プライベートでも積極的にコミュニケーションをとっていることがうかがえます。一方で上司や部下、取引先については、SNS上では多少距離を置きたいと考えているようです。
このことは転職検討者ならば当然(上司や部下に内緒にしたいため)のことであり、サンプルの質により曲解ではないか。これらはサンプルの質を述べないために起きることである。
1 900万円台 68.4%
2 800万円台 66.7%
3 1000万円以上 60.0%
4 700万円台 57.4%
5 400万円台 56.5%
だそうだが、そもそも900万円台が何人いるのかどうかが述べられていない。相対的には少ないはずというのは予想できるが、傾向その1のとおり、上記職種の年収が比較的高いがゆえに利用率が高いだけではないだろうか。900万円台の人数と職種の比率を述べずして
と結論づけるのは、ないものをあるように見せているだけのようである。それならば、なぜ1000万円以上がなぜ下がっているのか?同じく500~600万円台で下がるのか?その理由も述べられていない。そうではなく「企画/マーケティング、クリエイティブ、ITエンジニアのSNS利用率は比較的高い」というのなら理解できる。実際、この情報からはそれだけしか読み取ることができない。年収が高いビジネスパーソン=SNSを積極利用というのは論理の飛躍ではないか。裏を返せば1000万以上職種は企画/マーケティング、クリエイティブ、ITエンジニアではないということをまず述べるべきであり、DODAの顧客=転職者としては母数が多くない職種ではないと推測できる。おそらく流動性の低い職種であろう。つまり高収入の公務員や医者と考えられる。これらはサンプルの量(と、それに対する比率)を述べないために起きることである。
一部引用すると、
DODAに登録いただいた転職者約5000名の、TOEIC®テストの点数別に平均年収を見てみると、TOEIC®テストの平均点に近い550~599点の平均年収が405万円に対し、900点台は528万円と、123万円も高いことがわかっています(DODA調べ)。これらの調査結果をあわせみると、Facebookなど海外ユーザーとコミュニケーションをとる機会が多いSNSの普及と、語学力が高いユーザーの参加が増えたことが、年収別の利用率に関係していると考えられます。
実際には別の調査であり、まったく関係がない。にもかかわらず、同じ記事で関係されている。なぜなら「550~599点の平均年収が405万円に対し、900点台は528万円と、123万円も高い」ことは年収900万円が利用率の高い説明にはならないからである。TOEIC900点台が528万円であることならば、500万円台は54.3%でしかない。さらに「SNS利用率の高いユーザが英語できること」の調査結果はどこにもない。
※蛇足だが「TOEICの点数と年収の相関」の調査はあるようだ。
http://www.english-resume.net/indiv/ent-41-10.php
しかしDODAのこれらの調査記事は「転職検討者に限ったデータです」あるいは「企画/マーケティング、クリエイティブ、ITエンジニアに限り」などのバイアスに対する前置きさえあれば、特にいかがわしいものではない。間違った推論は余計だとしても、それが転職検討者のデータであるならば、理解できる部分が増える。そして、もっとも問題になのは事実を捻じ曲げたタイトルをつけてしまった次の記事である。
このタイトルはつまるところ「年収高くしたければSNSを利用せよ」という錯覚を引き起こす煽りである。実際にはその相関も因果も何も説明
されていない情報の二次コピーでしかない。少し譲って「「年収900万円台」の利用率は68.4%!」は、DODAの調査からそうであったとしよう。しかし上記で説明したとおり、「なぜ高収入の人ほどSNSを使っているのか」というタイトルは嘘である。実に巧妙に、この記事にはタイトルに嘘が50%含まれている。たぶんこのような誘導に慣れているのだろう。文章中に「なぜ高収入の人ほどSNSを使っているのか」という説明はどこにもない。diamondの記事ならば、せっかくなのでば600万円台、500万円台の利用率がなぜ400万円台より低いのかを分析したらどうだろうか。忙しい500万円~600万円の人はSNSの利用率が低い。とでも書いたらどうか。
これらを真に受けないように対策も述べておく。
http://www.j-cast.com/2009/05/29042167.html
主な利用目的がSNSであるのが36%と世界5か国中最も低い結果ということであり、直接上記の問題と関係はない。だが、どうやら思ったより熱
狂的ではないことは感じ取れる。震災後にSNSの利用ユーザー増えたという時期的なデータもある。
と
http://nensyu-labo.com/2nd_syokugyou.htm
を比べればわかるが、DODAのデータはやはり局所的であり、上記で推測したとおりの前提付きであろう。「流動性の高い職種ではSNS利用率が高い」あるいは「ITに関係する職種ほどSNS利用率が高い」という当たり前のタイトルがふさわしいのではないだろうか。それ以上ではない。
上記のとおり、年収とSNS利用率の相関も因果も確認されていると言いがたい。これを別角度から説明した良記事がある。
http://www.j-cast.com/kaisha/2011/08/24105238.html
このような疑問や批判精神から記事が作られることは、メディアの失われつつある機能であり、稀にしか書かれることはないが、もし存在するのならばそちらの記事を合わせて読むことが重要である。
ということであり、傾向その2は証明されたようだ。これでは確率的なブレの域を出ない。つまり次の調査では異なった結果が出る可能性が高い。
900万円台の人が占める割合は、わずか1.4%。1000万円以上も1.7%に過ぎない。30.8%を占める300万円台の20分の1。高収入者はもともと、SNSの利用率で一喜一憂する必要もないほど少数派だ。「自分はSNSをこんなに使っているのに、なぜ収入が低いのか」と自信を喪失しないようにしたい。
まったくそのとおりである。自信を喪失する必要などまったくない。少数をあたかも全体のように説明してはいけない。
なぜかマスメディアはなぜかSNSの利用を煽る傾向がある。自らの利用率が高いものは良いと当然、適用しようと思うのかもしれないが、私はSNSに熱狂したり血道を上げている人間に立派な人を見かけたことがない。正しいかどうかはわからないが(と、あらかじめことわった上で)現状のSNSの利用率に関する私の感覚を言うのならば、
・SNSの利用率が高い人ほど消費性向が高い
・SNSの利用率が高い人ほど飽きっぽい
・SNSの利用率が高い人ほど不幸である(不幸をアピールする場でもあることから)
自分ではそう思ってないけど、人から見ると負け犬の遠吠えに見えるから、
冷めた目で見てもらってかまわないです。
俺はいわゆる今まででWEBサービス開発したことない(年齢=ユーザー様暦)。
小中高と情報弱者だったから大学ではがんばってプログラミングやろうと思ってた
んだけど、普通大学でIT系の奴全然いないから、友達に結構紹介してもらった。
まず、なんで俺がWEBサービスを作りたかったかというと。世間体を気にしていて、
まあそんな男がサービス開発できる分けないんだけど。
友達にも情弱情弱ってネタにされて(まあ冗談ってわかってるけど)、
まあ察してると思うけど、サービス公開はできなかった・・・一応完成までこぎ着けて
全部知人のお試しで酷評が8回(8連敗)、全く後に続かなかった。
一回目は、うまれて初めてサービス開発したから完全に舞い上がって
ものすごい労力をつぎ込んだ。ハウツー本で普段使うものを作ると良い
と書いてあったから、俺が取り込んだCDを公開して、皆さんも公開してくださいと書いたり、
調子に乗って動画も公開しましょうとか書いたり、ゲームも(ry という構想をしていた。
(まあ内容は置いといて・・・)
サービスのURLをメールで送ってからPCの前で待ってて来るかな来るかな、って3時間くらい
待ってたこともあった。そして、最初のサービスでがっつきすぎたか「著作権とかダウンロード違法化とか知ってる?」
っていわれて1回目撃沈。
それから友達から指摘を受けて、ありがちなWEBサービスを学んで次から次へ
どんどんアプローチをかけていった。
2~6回目位までは1回目と同じくらいか、少し少ない熱意を持って
やったがそれも全て撃沈。
7~8回目位になったあたりで精神が病んできちゃって、8回目が撃沈した
次の日位から、食事が喉を通らなくなった。食べてもほぼ100%吐いてた。
なんで自分は情弱なのか?情弱すぎて劣悪な遺伝子だな、頭も悪いし
こんな遺伝子残さない方がいいんじゃないか、という劣等感を感じるようになった。
大学はそのときまで全然さぼらなかったんだけど、あまりのだるさに1日さぼって、
次の日は学校行っただけでダウン、ついた瞬間保健室へ駆け込み、休憩して授業を
受けずにそのまま帰宅。一週間で飯は食えるようになったけどそれでも前に比べる
とかなり小食になった。
そして、自分の気持ちの中でいくつかの結論が出た。
自分は本当に情弱で、やればやるほど空回りする。そして、無理すればするほど
ぼろぼろになっていく。努力して、相手の為に尽くしても思いが届かないことに気づいた。
完全に逃げてるけど、俺の中でWEBサービス作ることはただたんにレッテルをとりたいだけ
そう思ってて今日まで過ごしてきたら、韓国戦見てたときに母さんが「あんたWEBサービス作らんの?」って
言ってきて「俺はもう作るのあきらめた」と言ったら、親父がいかにSNS運営が儲かる
か説いてきた。それと「1万人も集めたことがない奴が分かったような口聞くな」とか
「そんなの負け犬の遠吠えだ」などと言ってきた。それでこっちの
意見を全く聞こうせず、ずっとSNSのすばらしさを熱弁してくれた。
自分で逃げてるなんて百も承知、俺はもう疲れたんだよ。
日々見下されてて、俺に対する態度がひどくて劣等感を感じて、バイトは土日絶対1日入って、
それでWEBサービス作成するだけでも多大な労力を使ったのに、それが完成したら
毎日メンテ?毎月の生活苦しいのに、定期的に鯖増強で金を使う?
そもそもプログラマでもないのにWEBサービス作成に意味を見い出せない。
作るだけでも楽しい?今の僕には理解でないよ。
思うと少し残念な気持ちに成る。
ここまで読んでくれた人ありがとう、下手な文章でごめんなさい。
若い頃。
高校卒業と同時に解散したものだと思っていたら 大学1年の夏 彼女たちは新しいボーカルを入れて活発に活動していた。
何もいってくれなかったことへの言葉にできない寂しさ。悔しさ。
そのことについて誰にもいうことができないまま 私は他の友人と音楽を始めた。
それはそれなりに楽しかったが やっぱりずっと心には以前のバンドへの思いがあった。
彼女たちはプロになりたがっていた。たくさんのコネも持っていた。
私よりもはるかにうまい新しいボーカルといろんなステージに立っていた。
それでも賞を取ることができない。
そこで今度のコンテスト、二つの地区でエントリーして出ることにしたというのだ。
私は何もいわずに引き受けた。
結果、私が出た方の地区で優勝し 結果的に再び私が歌うことになった。
結局その後しばらくバンドは続き 数度のコンテストで結果は出たものの 最大のチャンスにメンバーの事故などが重なり
そのまま解散した。
それからいくつものバンドを続けてきたが いつも自分だけがいらないといわれるんじゃないかという不安はぬぐえない。
ずっとずっと。
数年前、やっと信じられる人たちに出会え楽しい時間を過ごすことができた。
でもいろんな歯車が、、狂ったのか。
わからない。そもそも、そのあたりドライなひとたちなのかもともおもう。
イベントの企画があがっているのだが 周りからはちらりとその話を聞いているものの 本人からの話が一向にないのだ。
直接あったのにも関わらず、だ。
はたからみたら、そんなこと なんだろうとおもう。
でも私にとっては。もうその人間関係をすべて白紙にするのと同じことなのだ。
SNSの新着もぜんぶ届かないようにして いったん情報を遮断しないと。
そして知ってるひとには 誰も届かないここで 吐き出すことしかいまはできない。
ああ、もう。この。知らない土地で。近くに味方はもういないとおもっていきていこう。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110525-00000001-diamond-sci
インターネットを介した音声データの送受信サービス――いわゆる「VoIP」技術は、長くニーズの見込まれる分野として注目を集めてきたと言える。
たとえば、マイクロソフトが先頃インターネット電話サービス「Skype」を85億ドルで買収すると発表したことは、記憶に新しい。
そんななか、Facebookを活用した和製「VoIP」サービスがリリースされた。これまで数々のウェブサービスの開発を手がけてきた「面白法人カヤック」による「Reengo(リンゴー)」である。
使い方は、いたって簡単。iPhoneユーザーであれば、専用アプリをダウンロードし、Facebookアカウントでログインするだけでいい。アプリには自分の友達リストが一覧表示され、「Reengo」を使用している友人の横には電話マークが示される。それをタッチすれば、通常の携帯電話のように通話をすることができる。
「もともと、Facebook向けにこだわって開発したというわけではないんです。ですが最近、連絡手段として、メールよりもFacebookのメッセージ機能を使うことが多くなってきた。そこでいっそ、電話もできれば便利だろうと考えたのが、開発のきっかけです」(面白法人カヤック広報)
たしかに、Facebookのメッセージ機能やチャット機能は使いやすい。ほぼリアルなコミュニケーションを、簡便に実現することができるからだ。最近では、ちょっとした仕事の打ち合わせなどをFacebook上で行なってしまうという向きも多いのではないだろうか。
だが、メッセージやチャットでは伝えきれないニュアンスもある。とはいえ、相手の携帯にいきなり電話をかけるというのは、案外と億劫だ。そもそも、相手の電話番号を知らないということもあるだろう。
そんなときに「Reengo」は、威力を発揮する。Facebookアカウントさえ知っていればいいというシンプルさは、ことのほか便利だ。従来の「VoIP」サービスを利用する場合、専用クライアントソフトをインストールした後、自分のIDを相手に伝えなければならなかった。だが「Reengo」は、Facebookの既存のネットワークをそのまま活用することができるので、いちからネットワークを作り直す必要がない。
もちろん、海外からも通話可能。Wi-Fi環境があれば、電話料金を気にすることなく、どこからでも気軽に電話をかけることができる(3G回線を利用する際は、別途パケット通信はかかる)。あるいは、Facebookで久しぶりに再会した級友と、すぐに音声通話を楽しむという使い方もあるだろう。
また、アプリを立ち上げていなくても着信を受けることができるという点も嬉しい。位置情報の取得なども行なっていないため、バッテリーの消費電力も気にすることはないという。
Facebookという世界的なSNSをバックグラウンドとして活用できるだけに、「Reengo」を使ったコミュニケーションは、様々な用途が考えられる。それだけにユーザーの期待値も高く、「5月18日時点で約6万ダウンロード」(同社 広報)を記録したという。
今後は、Androidアプリのリリースや、iPhone版の世界展開も視野に入れているという「Reengo」。日本発の「VoIP」サービスの活躍に期待したいところだ。
(中島 駆)
画像一般ではなく、イラストのみだけど、やっぱり真っ先に思い浮かぶのはpixivだね。
ネット上で人を集めるために必要な要素って色々あると思うんだけど、個人的には
①アダルトを締め出す
この3つが重要だと思う。
①のアダルト締め出しは、YouTubeやニコニコ動画も積極的に行っている。水着や際どいランジェリーまではOKだけど、チンポやマンコが写っていた場合は容赦なく削除される。ふたばちゃんねるは結構エロ絵なんかもガンガン投稿されていたから、新規ユーザーは引いちゃうかも知れない。
②のSNS系にするのも割と重要。みんな『匿名』として存在するよりは、特定の個人として何らかの情報を発信して、それに対してコメントをもらって、存在を『承認』してほしいと思っているんだよね。ふたばちゃんねるは掲示板のあり方がやはり2ch的だと思う。
③は結構個人的な意見なんだけど、例えばpixivだったら単純にイラストを見ればそのユーザーがどの程度の画力があるかが一目瞭然なので、『すごい!』というコメントを貰える可能性がかなり高くなる。それに対して風景写真は、やはり写真を撮る人の技量によるところが大きいのだけど、普通の人から見たらその写真は『たまたまその時の美しい風景を、高解像度のカメラを使って撮影した』という認識しか持てないのだと思う。写真を撮る技術よりは、イラストを描く技術の方が、『すごい!』と思われやすいのだと思う。
中高時代から友人はなく、いたとしても学校生活を送る上で必要な会話をするための人が何人か、
当然学校外では付き合いはないので遊び相手はいなかった。
一時期はそんな一人の状態が嫌で仕方なかったが、いつからか一人でいる時間も嫌いではなくなっていた。
むしろ一人でネットをしアニメを見てゲームに没頭する時間は好きなものとなり、孤独な学校生活を乗り越えるために必要なものになっていた。
ただ一人の時間が嫌なものでなくなっても、たまに無性に人(異性・同性問わず)との接触が恋しくなった。
大学に入ったらこの状況変えてやる、と思うようになって、
そのためには世間で言う良い大学に入ろう、人との付き合いのためにももう少し趣味の幅を広げてみよう、とか考えていたから
勉強は真面目にやったし、ネット・アニメ・ゲーム以外の趣味も始めてみた。
その結果、大学のランクとしてこれ以上はそうそうないようなところに入れた。
ここから変わるはず、と思ったが問題はそこからだった。(手段が目的になってたの典型・・・・)
結局中高と人との関係を上手く築けてこなかったんだから大学へ入って急に変わろうとしてもそうはいかず、対人関係はあまり上手く行かなかった。
実際変わろうとしたとき、自分の殻を破るようなことをするのが怖くなっていた。
良い大学に入ろう、っていう漠然とした目的でここまで来たから大学で学びたいこともない。
大学から逃げたところでどうにもならないから抜け殻のような状態で毎日講義を受けている。
最近何を思ってか某SNSで小中高の同級生たちのページを検索した・・・。
みんな日々が充実しているように見えて眩しかった・・・
同じ場所にいたはずなのにどうしてこんなにも違ってしまったんだろう・・・・
欲しかったのは学歴なんかじゃないのに・・・・・
彼らと同じようになりたいわけではないけど、・・・・これからどうすればいいんだろう・・・
http://blog.livedoor.jp/video_news/archives/1443799.html
年上半期(1~6月)に、「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」(SNS)などの非出会い系サイトを利用して犯罪被害に遭った子供(18歳未満)は601人で、昨年同期を56人(10.3%)上回ったことが警察庁のまとめで分かった。非出会い系サイトが子供をターゲットにした犯罪の温床となる傾向が強まっており、警察庁はサイト事業者に対し、監視体制を強化するよう要請している。
捜査関係者によると、SNSを悪用して子供を誘い出す手口の一例はこうだ。まず、利用者検索機能で目当ての年ごろの子供を検索し、プロフィル機能で居住地域や通学先などの「属性」を閲覧する。目を付けた子供にミニメールを送信。返信がくればメールのやりとりを続け、「ドライブに行こう」などと持ちかける。
携帯電話で最大規模の利用者をもつSNSは、ゲームサイトの事業者が運営しており、アクセスするための画面はゲームなどと同じだ。捜査関係者は「多くの保護者は子供がSNSを利用していることに気づかず、ゲームで遊んでいるだけだと認識している。大人がまず実態を知ることが必要だ」と指摘する。
http://blog.nikkeibp.co.jp/wol/jyoshibu/2010/06/post-38.html
10代、30代が3割、20代が4割、男女比で言うと、6:4で若干男性が多いくらい。ここ最近は、30代の伸び率が大きいですね
何かしらのきっかけや言い訳があれば楽ですよね。そのきっかけや言い訳がゲームだったのかなと思っていて、そのきっかけを上手に利用してくれたのが30代なのかなと思います。
女子高生のケツを追っかける30代男をエロオヤジと呼ぶかリア充と呼ぶか下流と呼ぶかは自由だけど、これが実体だよね
あ、先に言っておくけど、それが悪いとかは全然言ってないよ。俺ゲスなの好きだしw
まあこういうこと。なぜカワイイ系のサイトなのか、なぜそれに30代男が群がるのか、わかるよね?
http://blog.livedoor.jp/video_news/archives/1443799.html
今年上半期(1~6月)に、「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」(SNS)などの非出会い系サイトを利用して犯罪被害に遭った子供(18歳未満)は601人で、昨年同期を56人(10.3%)上回ったことが警察庁のまとめで分かった。非出会い系サイトが子供をターゲットにした犯罪の温床となる傾向が強まっており、警察庁はサイト事業者に対し、監視体制を強化するよう要請している。
捜査関係者によると、SNSを悪用して子供を誘い出す手口の一例はこうだ。まず、利用者検索機能で目当ての年ごろの子供を検索し、プロフィル機能で居住地域や通学先などの「属性」を閲覧する。目を付けた子供にミニメールを送信。返信がくればメールのやりとりを続け、「ドライブに行こう」などと持ちかける。
携帯電話で最大規模の利用者をもつSNSは、ゲームサイトの事業者が運営しており、アクセスするための画面はゲームなどと同じだ。捜査関係者は「多くの保護者は子供がSNSを利用していることに気づかず、ゲームで遊んでいるだけだと認識している。大人がまず実態を知ることが必要だ」と指摘する。(抜粋)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100819-00000026-mai-soci
ちょっと気持ちがしんどい。
知ってる人に電話してみたけど、ただ相手に迷惑かけてるだけの気がして、やめようと思いました。
ごちゃごちゃのままにしておきます。
さみしいのかな。9月病とかそんな名前でもつきそう。大学に入って、新しい環境に慣れようとして4月から必死でした。
今までしなかったようなこともはじめてみて。若干適応したいま、別のことが目に入ってきてるのか。
いつも「このままでいいのか、いやよくない」という意識を持っているんだけど、それは成長につながるものでなく単に現在の自己嫌悪にしかつながらないです。
己の駄目さにはほとほとあきれる。
なぜか行動できない。
でも甘えなんだろう。
これから先の人生何十年か同じ調子で進んでいくとしたらしんどい。
自分の悩みとか気持ちの動きって全然特殊なものじゃなくよくあるものだ。自分だけがつらいんじゃないし自分だけが不安なんじゃないし。
でも実際自分がつらいし不安だし。そういうのをどう処理したらいいのかわからない。
こんなに人の気持ちがわからないのもどうなんだろう。
まわりが見えてなさすぎる。
気をつけようとすると、別のところが盲点に。
片手落ち。
一番まずいのは、自分の内面を吐露しすぎることだ。ここでもやってるが。
SNSでも飲み会でもあらゆる人に同じように内面をさらけだしてる。
あまりにひどくて病気なんじゃないかと思い始めた。
ああもう何言いたいのかわかんなくなってきた。
伴侶っていうとなんかおおげさな気がするけど、なんとなく寄り添ってくれる人がほしい。
それで、もっと淡々と、生活すること自体に集中して生きたい。
うわー、わかる
非モテっていうのは元々は、気持ち悪いながらも結構深くて面白い話題だった
一種センスや頭のいい人が弄ぶ話題だったとすら思うよ
(なんでもやり始めや流行りの勃興期ってそうだけど)
なんでもそうだけど
ある程度流行ると
面白くない人、センスの鈍い人、全然わかってない人が寄ってきて真似し始めて
陳腐でつまんない紛い物に摩り替わって下火になっていく
(商売的にはこの前半分ぐらいが最盛期なんだけど)
「後から寄って来たよくわかってない人」というのが
ここでトンチンカンな対非モテ説教を毎日がなってる人だったりで
デブスなのに個性アピールでモテたいと思ったり、アタックしてストーカー扱いされた高校時代。
自分の顔や体型は嫌いだけど、個性をアピールすればいいと思っていた。
私はひどいデブスで、個性アピールなんかしても無駄だったと実感した。自分の顔が大嫌いになった。
そこからダイエットと整形で、見た目だけは下の下から中の下くらいまでになった。
個性をアピールするのはやめて、黒髪のセミロングに薄化粧、パステルカラー中心の地味だけど可愛らしいファッションをした。
同時に、生活のために水商売をはじめた。こんな不細工なんて嫌われると思っていたら、わずかだけどお客さんがついた。信じられなかった。
下心ありきとわかっていても、自分を必要としてくれる人がいる。
少し自分を大事にしたくなった。顔は嫌いなままだったけれど。
中退したせいで高校時代の友人もいなくなってしまったので、SNSに登録して、昔好きだった作品のおたく系コミュニティに属した。
オフ会に行って友達ができたり、楽しいヲタ充ライフを送っていた。
嬉しかったけど、こんな私が告白されることなんてありえないと思って曖昧なままにした。
彼がそのコミュニティに顔を出すことが減ってから、また同じことがおきた。
私はまた同じように考えて、曖昧なままにした。
いわゆる、サークルクラッシャーに近い存在になっていたのだろう。
コミュニティの中心的存在の人に、私がコミュニティを乱しているから出て行けと遠まわしに言われた。
私はできるだけそこに近寄らないようにした。昔ほどではないけれど、軽く鬱になった。
まだその繋がりで仲良くなった友達は少しいて、時々会って話していたりする。
そのときに言われるのは「自己評価が低すぎる」「お水なんてやめてもっと自分を大切にしなさい」
否定も肯定もしないで受け止めているけれど、ひどく傷ついた。
水商売をして、お客さんがつくことによって、少し自分を大切にしたいと思えるようになった。
最低だと思うけれど、どうしていいかわからない。
追記
普通に告白しただけなのに、受験の邪魔になるストーカーと(進学校だったので)先生に言われて、親同伴の呼び出しをくらいました。
両親には自分をすべて否定されて、今後恋愛のようなうわついたことを考えるようなら、自○に見せかけてでも○してやると脅されました。
外見や立ち回り方を変えただけで態度を変えてくれる周囲には怒りどころか、嬉しさしか感じませんでした。
きっと私は人間の屑だと思います。
幸せな暮らしをしたいとは思えませんが、せめて人に迷惑をかけないように生きていたいです。
ブームブーム言われながら一向に終わる気配がないツイッターブームの意味がようやく分かってきた。
俺はもうFriendFeedで行動記録的に使う以外には全く利用してないけど、熱心になうなう言ってた時期はなぜはやってるのかわからないけど面白いから流行るんだとばかり思ってた。
今そこから離れてみるとよく分かる。
ツイッターってポストブログの位置にうまくおさまってるんだな。
ブログって流行るとか流行らないとかじゃなく、もはやインフラの一つみたいになってるけど、あれと同じなんだな。
多分、ブログにかわってツイッターが利用されるようになったのは、こんな理由があるからだと思う。
1,見ず知らずの人に自分の日記を見せても誰も反応してくれない。反応してくれるのは知り合いだけ
2,長文書く必要がない、長文を書いても疲れるだけで誰も反応してくれない
3,ブログは数多すぎ、ツイッターはフォローしてる人に必ず発信される
茫漠たるネットの海に怖じ気づいた人々が、もっと狭く濃密なコミュニケーションを求めてSNSに飛びついた。
でもSNSは疲れる。日記を「チェックしなきゃ」という妙な義務感や、「コメントしないと」という無言の要請、そういうのに疲れた人たちが、
140字で手軽に出来るというミニブログに飛びついた。
結局ツイッターも、四六時中自分を発信しなきゃいけないってことに気づいてやめてる人も多いけどな。でも、これからは緩い日記サービスとして空気のような存在になっていくんだろう。
ブログやってるとわざわざ言う必要がないような感じで、情報発信のツール=ツイッターみたいな感じ。過剰に入れ込んだ人は距離を置いてほうがいいだろうな。
セカンドライフと盛り上がり方が似てると思うんだけど、あれとツイッターは大きく違う。
それが、セカンドライフが完全に娯楽でしかないのにたいし、ツイッターは娯楽よりも情報発信としてのツールの面が強い。
近頃は「役に立つ」というキーワードにやたらと釣られる人間が多いみたいだから、役に立つツールとしてのツイッターに多くの人間が飛びつくのも分かる。
何がいいの?というセカンドライフ的な聞き方をされてもいまいちしっくりくる答えが出ないのもそのためだろう。役に立つの?と聞けば彼らの答えは明確だ。
これは主にアメーバブログに同じ現象が見られるけど、有名人がやってるからとりあえずやるみたいな。
有名人をフォローすることで「有名人と繋がってる感」が得られて、遠い存在だった有名人と近くなったような錯覚を得られるというのも大きな魅力。
さらに、一部ではあるけど有名人が一般人のコメントに返信をくれたりする。ブログだと、コメント欄と日記欄は別の場所という認識が強いから、コメントを見ないという人も多いけど、ツイッターの場合、今書いてるそのときにフォロワーからのコメントがダイレクトに見られるから、より返信もしやすいような感覚があるんだろう。
初期は違うと思うが、今のツイッター人気のほとんどは有名人に釣られて登録したあまりネットに興味が無かった人間によって支えられていると思う。
いろいろなところで「ツイッターって何が面白いのか?」という質問を見る。これは、ブームに乗り遅れたくないという一般人が、よくわからないがツイッターに参加しなければならないという意識を持っていることを意味している。
そんな必死になってやるようなことでもないと俺は思うが、これからもこういった人たちは増え続けるだろう。
一般人が情報発信することに意味などあまりない。でも、有名人と繋がりたいからみんなツイッターをやる。役に立つと誰かが言うからとりあえず使わなければならないと思う。
そんな構図だろう。