はてなキーワード: 黒船とは
ラックスマン来航(大黒屋光太夫が同行)時に、幕府は慌てて直接蝦夷の国境警備を行おうとする。
さらに最上徳内・近藤重蔵らの調査により、北方警備の怠慢・アイヌ人虐待などの不祥事が明らかになり
松前藩は直轄領にされ、さらに翌年函館奉行の預りとなり、20年あまり藩を召し上げられることになった
※とはいっても、この間にアイヌ人は人口が2割以上減少するなど、それ以上に悲惨な境遇だった)
※今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(この時高田屋嘉兵衛がロシアに行く)も、どちらも幕府直轄時代の騒動。
その後返還がかなって34年経ち、去年ようやく松前城の新築が完成したばかりだったが
この松前城はいきなり時代遅れだったりしてどうしようもないので幕府が直接統治して国防拠点としようとする。
「樺太が日露雑居となり函館開港となれば待つ前には荷が重い」という理由で松前藩から土地没収)
(松前藩の言い分としては、幕府にしたって外国船上陸のさいにろくな対応ができていなかったし
そもそも松前藩が十分に対応出来なかったのは、対応の権限が松前藩にない上、情報すらよこさなかった幕府の怠慢が原因であるし、
今まで騒乱が起こったレザーノフ時も、ゴローニン事件(高田屋嘉兵衛)も、どちらも幕府直轄時代の騒動なのだが、そんな道理が通じる幕府ではない)
実際は、函館開港が大きな利権になること、その他蝦夷地に寄港する船舶からの租税徴収権などに目を付けられた形。
松前藩は領土返還、通行税回復を幕府に願い続けたがかなわず明治維新を迎える。
勤勉実直な父と、陽気な母の性格、さらにとびきりの好奇心を受け継ぐ?
(福沢諭吉の命名の所以は清国の法律書「上諭条例」から一文字とっている)
下士身分であったゆえ、身分の壁に悩む。諭吉も父を見て封建社会を憎むようになる。
父は諭吉が2歳になる前に病死。その後福沢一家は中津藩に戻るも福沢一家は言語・風習の違いから疎外されたりもする。
(父の死後も母が常に父の偉さを子供たちに話し続けたため、父の教えは強く受け継がれる)
幼い頃は、家事手伝いや内職をして過ごし、内職名人として有名に。
少年になってから親戚の中村家の養子に(跡継ぎが耐えないための保険にすぎず中村家に養ってもらったわけではない)
中津藩では儒学のみならず「鉄砲とそろばん」の教育にも力を入れていたため諭吉も儒学のみならず算術に大いに才能を発揮する。
子供の頃の諭吉の夢は「日本一のお金持ちになって好きなだけお金を使いたい」であった。
諭吉は西洋文明に出会う前からかなりの合理精神の持ち主であった。
14~15まで一切本を読んだことがなく、当時としては勉強を始めるのが非常に遅かったが
白石塾に入門した時身分制度の障害にぶちあたり、なにくそと死に物狂いで勉強。あっという間にトップに。
しかし能力で抜きん出ても認めぬ身分制度になおさら嫌気が刺していたところで、中津藩にも黒船来襲。
18の時に砲術訓練の名目で長崎行きを志願し、中津を離れ、長崎ではじめて蘭学に出会う。
クリミア戦争は兵站補給、爆薬、衛生学の3つで革命をもたらしたとされる。
ロシアはノーベルの父エマニエル=ノーベルにより機雷を発明したり戦力的には奮闘したが、
産業革命により鉄道輸送を実現したイギリス・フランスとくらべて長期戦において不利を取り敗れる。
アレクサンドル2世は、国家の経済を中世以来の農奴制に依存してきたため産業革命が遅れ
クリミア戦争の敗北を招いたことを大反省し、農奴解放例を打ち出す。
大改革の過渡期には様々な矛盾が一気に吹き出すもので、逆に一揆・反乱・独立運動が続々と起こり
それらの打開策のため皇帝は軍事力を強め、国外戦を起こすにいたり、大改革は、大混乱へと突入していく・・・。
(日本も時間の余裕さえあれば、こういうことを経験できただろうということもできるし
逆に時間の余裕がなかったために、ロシアのような悲惨な流血時間や長い内乱をある程度避けれたと考えるべきか)
現代の愛国心というのが観念的な薄っぺらいものであるのに対し、
間宮林蔵は、この時代の誰よりも日本全土を自分の目と足で実際に把握し抜いた。
さらにロシア船が日本沿岸を海賊のように荒らし回った時に、択捉島で直接砲火を浴びつつ応戦するという経験までした。
ここまでくると、日本という領土に敬意を示さず土足で日本に上がりこむ外国人に激しい怒りを燃やすようになった
(しかし、土地のありがたさを知らず軽んじる人たちにはそう感じなかったのかな?そこまで考えてたらきりないか)
#その他#
昔生きていた人たちが、この本の中では今も生きてる。そう感じられる。これはスゴイことですよ!(安彦良和)
子供の頃から「こういう漫画を誰か描いてくれないかなあ」と、本気でずっと思っていました。そうしたら、ズバリみなもと先生が描き始めて下さいました。「よし!」とばかりに読み始め、「こりゃなかなか終わらないだろうな嬉しいな読みでがあるなあ」と思っていたら、本当に終わらなくて、もうずっと読み続けられて嬉しいことこの上なしです。いつまでも描き続けてください。ちなみに、小学生の頃みなもと先生のキャラをソラで描けるのは、クラスで僕だけでした(京極夏彦)
#吉田寅次郎の思想#
・「ことは長州藩内の問題ではない。寅次郎個人の問題でもない。一藩の軍学師範が約束を違えることは、長州が満天下に恥をさらすことです。最大の不忠なのです!私人としての寅次郎がどうなろうとも、私は公人として立派な行動を取らねばなりませぬ」
・「僕は気が狂っているかもしれません。しかし狂うぐらいに行動して初めて道は開けるのです。家族にも私の突き進む道を見ていただきたい。きっと褒めていただけるはずだ」
・愚かな人間とは自分の信念を曲げてしまう男のことです 自分で一旦決めたことなら生涯をかけて貫かねばなりません
・金子くん、使命を見失ってはいけません 私達が守ろうとしているのはあの人々の平和な笑顔です
私も一瞬君と同じ気持ちになりました 我々が命がけで苦労をしているのに、と
のうのうと遊ぶあの庶民に怒りが込み上げそうになりました。
しかしだからといって、彼らも苦しまねばならんと思うのはトンデモない誤りです 驕りです!
私達が守るべき庶民が愉しむ姿に怒りを覚えるのは本末転倒であります
何のために戦うのか それを忘れてはなりません それが武士なのです
自らの意思で死地に飛び込むのが武士なのです 我々は決して「戦ってやるのだ」などと思い上がりをいだいてはなりません
逆に、どれほど苦しかろうと事情があろうと、戦うべき時に戦わずのうのうとしている武士を許してはいけません
・我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!我米国に渡らんと欲す!(投夷書)
・密航計画が幕府に知れるのは時間の問題。ならばその前に自ら名乗り出よう。
「逃げ隠れしたと思われては僕達の誠実さが伝わらない」死刑を覚悟で密航を企てたとわかってもらわねば役人の心を動かすことはできない。
私から何かを説くわけではない。私の姿を見せるだけでいい。
命をかけてこの国の前途を憂えている人間がいると知れば、その人がまた真剣にこの国を考えるようになる
そんな人を増やすのが、これからの私の使命だ、喜ばしいことではないか
私は無理だったが、その人達が私の夢を継いでくれる 絶望などないさ
僕は誓って悪いことはしておりません 命を捨てて貴国の船を訪ねたことはいまでも英雄的な行為であったとおもっております
まさかさらし者になるとは思わなかった
この状態では悲しい顔を見せればそれが他の理由でも人々は僕をダラしない、情けない罪人だと思うでしょう
といって怖い顔をしてもニコニコ笑ってもトンデモなくふてぶてしい悪漢だと思われてしまします
だから僕はどんな表情もできない… まだ英雄であることに慣れていないのであります・・・
「我が国の祖法」とおっしゃるが、
我が国の歴史を見るに、学問文字仏教儒学すべて海外より伝来したもの
そもそも聖徳太子はるばる波濤を越えて隋に試写を使わされ それが遣唐使となりて交流が栄えたところから始まっております
これは三代将軍の御代 寛永年間に起こった島原の乱に原因を持つ非常時の措置にほかなりません
二百余年を過ぎてなおこれに執着するのは弊害のみが多く国家発展の妨げとなり
神奈川条約が結ばれた今、鎖国は事実上死文となっているのではありませんか?
徳川幕府そのものがすでに町民中浜万次郎くんを直参に登用し重用されているのですよ
本年よりは急ぎ多くの優秀な若者を外国に送り、異国事情を学ばねばならぬ時ではありませぬか?
→幕府側の対応「自首してこなければこんな問題起きなかったのに」w
「以蔵、怒る!詳しく怒れ!何に、どういう訳で怒るのかをよくかんがえて怒らんか!」
「以蔵、お前の言うとおりだ、わけのわからん上の勝手なカラクリでわしらはすきにされてるんだ。お前のおかげで分かったぞ!」
「エライ人も偉くない人も同じだということを教えてくれる人が偉い人なんじゃ」
「以蔵、もうすぐ世の中は変わる。お前も何でもやれる時が来る。だから短気を起こすな」
→刀振りかぶってる相手に両手広げて真正面から抱きついてくる人間は斬れない。お前には負けた
#日本が勝てない理由#
それぞれの藩が自分の持ち場だけで戦う よそが買っても負けても知らぬ存ぜず それで勝てるわけ無いだろう!
藩が互いに連携を取らなければ作戦すらタテられないというのに 各藩が共同戦線を組むのは幕府が禁じている
各藩が仲良くなったら将軍家より強くなることを恐れている 幕府は馬鹿か!
目の前に巨大な敵が出現しても各藩は互いの顔色を伺い前の敵より後ろの将軍家に睨まれるのを恐れている
結局江戸湾防備にしても 形だけのことしかしない 幕府も各藩も、国が消えれば全部なくなってしまうのに自分のことしか考えられない
こんなことではこの国は他の国と戦争なんかできない この国を変えなきゃどこにも勝てない!
この国を何とか一つにまとめなければすべてが滅びる
#日の丸の旗の話#
海軍の創設に際して、薩摩が強く主張し、幕府が反対した日章旗であるが、
幕府が日の丸を掲げ、錦旗を掲げた薩摩は日の丸を賊軍として攻撃目標にした。
以来戊辰戦争のあいだじゅうは日の丸は皇室に背く悪の象徴として、官軍の手によって踏みにじられ引き裂かれ焼き捨てられたのであった
#大災害が起きても、大飢饉が起きても、幕府が地方を支援することはない#
安政東海地震 M8.4 五ヶ月前に安政伊賀地震、翌日に安政南海地震、一年後は江戸直下型地震
しかし幕府には蓄えがないし、そもそも幕府は他の班を助けるという発想自体を持たない。
たとえば天明の大飢饉の際には、白河藩は餓死者ゼロであるのにたいし、付近の岩手藩は最も餓死者が多い結果になった。
これをみても、徳川が日本代表や支配者などではなく、ただの一番強い藩でしかしかなかったことがわかる。
この不安定さのせいで、思想の取締や、政道への口出し禁止、参勤交代で外様藩の力を弱めるなどの措置が取られたわけで
どうせなら、徳川家が名実ともにもっと強大な支配者として君臨していれば、話は変わったかもなー。
#開明の志を持っている藩は多いが・・・#
薩摩藩を筆頭に
越前福井の松平春嶽、下総佐倉の堀田正睦、水戸の徳川斉昭など。
お互いに競争をするのはいいが、みんな自分の班のことしか考えていない。
私は攪拌の江戸湾警備をこの目で観てつくづく情けなくなった。
三百も藩があって、それが互いの垣根を取っ払って力を合わせ、西洋列強に立ち向かう方法はないのか?
→薩摩の西洋化にした所で所詮一昔前を追いかけているに過ぎない。
イギリスやアメリカの最新兵器に比べればおもちゃのようなものよ。
攘夷も開国も、どちらも無理なんだ。このままじゃどっちにしろしてやられる。
しかし、やつらは数百年ずっと相互貿易で文明を発展させ富を蓄え、その力で東洋へ次々と乗り出していった
そんな連中を相手に 訳もわからず国を開いて交易を開始してもいいように食い物にされる。
だからまず船だ! 一隻でもいいから最新鋭の蒸気船を購入するんだ。
「あなた方は無知です。9年前に国王ウィレム2世は親身になって日本のことを心配し、親書を特別船で届けました。親書には世界の情勢が詳しく説明されていたはず。いずれこういう日がかならず来ることを懸命に日本に訴えてきました。それに対する貴国の返事はこんな手紙は二度とよこすな、というものでした。去年私が長崎にやってきた時も、特別船でペリーより依頼された親書と、私の詳しい説明を添えてお渡ししました。一体この1年・・・いや9年の間、あなたがたは何をしていたのですか?」
「今から蒸気軍船を購入しても、航海士はいるのですか?一隻につき訓練された水兵が100人近く必要ですよ。今蒸気船を買った所で港の飾りにしかなりません。戦うつもりならもう遅きに失しています!」
「最初は腸が煮えくり返ったが、今は奴らが可哀想で仕方ない。自業自得だがこれから辛酸を舐めることになるだろう。三百年の付き合いだ、少しは何とかしてやらねばなるまい。本国に手配して蒸気軍船4~5隻をプレゼントしてやるか。今は商売抜きで尽くしてやるさ。この美しい長崎を、列強の砲火から救ってやりたいからな」
#佐久間象山の開国論#
オランダからの密使が来る前から島国の海防の困難さを悟り、大船建造禁止令を撤廃し、オランダより軍艦を購入して海軍を育てる必要性を説いていた(海防八策)彼からみると、阿部正弘の改革はすでに手遅れで勝負にもならない。
その上で黒船の戦力を見抜き、負けても大きな被害にはならないという見込みを立てた。この前提をもとに、1年以内に江戸湾近くの住民を避難させた上で日本側から戦闘を仕掛け、脅しには屈しない姿勢を見せつつ、あっさり負けて戦力差を思い知ることが開国のもっとも望ましい形である、とした。
これは長州や薩摩が外国艦隊と戦争をして開国に目覚め、その後の日本のリーダーシップを握ったことを考えても妥当な判断ではあるが、この時に彼の考えを理解する人はイなかった
→彼の献策は検討されることもなくお蔵入り。
勝海舟、吉田松陰のほか、橋本左内、河井継之助などを門弟として育てる
水戸斉昭は全くの鎖国論者ではなく、貿易でとませることも技術の導入も必要だとは考えている。
他の藩よりはやく大船建築や、蘭学推奨をしていることからも松平定信ほど頭が硬いわけではない。
しかし、西洋船が自由に日本に来ることは反対で、片道貿易などを考えていた。
もちろん、そんな身勝手で一方的な開国案が受け入れられるはずもないのだが斉昭にはそれがわからない。
「自分の都合の良いところだけ取り入れたい」という姿勢は中華思想と変わらないのだ。
そうして意見をはねつけられた不満と怒りを藤田東湖などの側近にぶちまけ
かくして彼の怒りは全国的に攘夷志士として広まっていく。
過激な発言はするがバランス感覚も持つ水戸斉昭の思想のニュアンスは
実は水戸の上層部は保守派がしめており、水戸学が攘夷思想として暴走するのを抑えようとするのだが
これがかえって水戸藩内に深刻な対立分裂を引き起こすことになる。
クリミア戦争の影響で君の航海も何かと苦労が多いことだろうとお察しする
しかし戦に巻き込まれた力を奪われたりしてはならない
相手国を武力で倒すより相手国の信頼を勝ち取るほうが遙かに難しく重要なことだ
1812年、この時もロシアはナポレオンのフランス軍を迎え撃つ大戦争のさなかにあった
こういう時代の気分は必ず伝染する
モスクワと正反対の極東においても日本とロシアが小競り合いから開戦直前の緊張状態にあった
捕虜のみでありながら両国の間に立ち戦争を回避することを決意し
言葉もわからぬ相手とほとんど身振り手振りでこの難題をやり遂げたのだ
42年前のカヘエの奇跡を忘れてはならない このような優れた日本人もいるのd
目的は日本との平和なる国交樹立だ その一点を決して忘れないでもらいたい
ロシア政府も戦争よりも日本を開国させることが重要であると考えればこそ
ちのに事務戦費を削っても我々に送金してくれているのです
三国通覧図説には「日本橋より唐おらんだまで境なしの水路なり」とあります。
海国兵談の末尾にもこうあります「この書で述べた計画を今から幕府が五十年かけてやり遂げれば
鎖国だけが問題だったわけではない。鎖国していてもやりようはあったのだ
六十年前のことならまだ諦めもつくが
これまで幕府は逆コースを撮り続け最も大事な人物ばかりを迫害し殺し続けてしまいました
その人達のおかげでこの国が救われたというのに
二度とこの失敗を繰り返すわけにはイカぬいよいよ国際社会の荒海に乗り出したのだからな
http://anond.hatelabo.jp/20111029232710
の続きね。結構気になっている人が多いのだなと思ったので、さらに追加解説を。
最初に書いておくと、Amazonはアコギだけど、ユーザーには(短期的に)歓迎される可能性が高い。
それ故に対応を間違えると、日本の電子書店は太刀打ちできずに壊滅するだろう、
それはAmazonが世界最大級の小売りで十分利益を上げているからだ、という話。
(あくまでも友人が出版社につとめていてその話を聞いた中から)さらに説明しようと思う。
迷惑かからないようにぼかして書いてあるし、版面権や絶版、DRMや市ヶ谷方面の話題は煩雑すぎるので割愛している。
一ツ橋が出版社の全てみたいな話をするな!とか気になる人も居ると思うけれども、大枠で読んで欲しい。
(それに、これがググらずに判る人は、たぶん説明は不要で十分判ってると思うので)
最初に「経費圧縮による分は、安く出来るはずだ」というところから。
取り分は、作者(10%)→出版社(60%)→取次(8%)→書店(22%)→読者
例えば講談社がOnline書店を新たに作ったとして、取り扱いの本が講談社だけなら、取次8%分は削れる。
なぜなら、取次とは「多数の出版社と多数の書店を繋ぐ役割」だから。
ここで「多数の出版社と、講談社Onlineを繋ぐ役割」だと、0%ではできない。
そして、経費が削れても、利益を上乗せする方向にいっちゃいけないって事はない。
「ネットでの課金徴収、データ管理やバックアップにサーバ管理で、コレぐらいの値付けはしても使ってもらえるだろう」
という見込みがあってやってしまっても悪くはない。
それは「そこは消費者に還元しろよ」という感情はわかるけれども、商売としては別。
元々「電子出版なら安くなるはず」と圧力のある状況で売っても、一冊あたりの利益は薄い。
すると、その面倒なところ(他の出版社への声かけ、販売対応、サーバ管理等々)を、既存出版の割合でやってくれるなら、ギリギリなくはないかな、
といくつかの出版社は考えてもおかしくない、というのが前回のお話。
まずは、お金の流れの一般論として再販制度の仕組みについて触れておこう。
(矢印がお金の流れ、その逆向きが本の流れ)
判り難いので、具体例で列挙すると以下のような感じになる。
(出版の70%は作者の10%含み。本屋群の78%は、本屋の取り分の22%を引いたもの)
これに月末締めの翌月払い、条件返本相殺締日とかが絡むけども、胃が痛くなるので割愛した。
……ついてきているだろうか?
差し引きで見てみよう。
ほぼノーリスクで作者は100万円を手にするのに対して、本屋は頑張って110万、出版社も250万。
クリエイターに対する印税10%が低すぎると思っている人は、少しだけで良い。お金の流れを追って欲しい。
(ただ、返本率は、実際には4割程度だろう)
また、取次の集金機能にも着目して欲しい。
配本流通集金と、色々やってるのが取り次ぎだ。
さあ、管理も煩雑、処理も大変、もはや本が札束に見えてくると言う悲惨な状況下の中、Amazonが提示したのが55%という数字だ。
さて、例のリーク記事のAmazonが提示した契約書とされている部分、実はあの式にはちょっとしたポイントがある。
Amazonは当月中の各本件電子書籍の顧客による購入の完了につき、希望小売価格から以下に定める金額を差し引いた正味価格を出版社に対して支払うものとする。
先ほどの金額の流れを見た後だと、気がつくことがないだろうか?
そう、これは「出版社に対してAmazonが支払う金額」についての式なのだ。
具体的に見てみよう。
1500円のハードカバーを、出版社が「電子版だから、じゃあ1000円にするよ」と希望小売価格を決めたとする。
Amazon.com でのKindle版の価格から鑑みるに、おそらく、500円で売るだろう。つまり50%OFFだ。
すると、希望小売価格 1000円x55%=550円を差し引いた金額、450円をAmazonが出版社に支払う事になる。
希望小売価格は出版社が決められるが、紙の本より高くは出来ない。
そして、Amazonは希望小売価格から55%を引いた額を出版社に払えば良い。
50%OFFで売れば、Amazonの儲けは、一冊あたり5%になる。
どういうことになるか、火を見るよりも明らかだろう。
Kindleが8000円、Kindle Touchが1万円ぐらいで発売されてしまったら、どうなるだろうか。
紙の本には手に取れる書き込みできる、そして所有する喜びがある。
しかし、紙の本 1500円 vs kindle本 500円 ならどちらを選ぶだろうか。
10冊買えば本体代の元がとれると思った時に、Kindleデバイスを買わない自信があるだろうか。
Kindleデバイスを売る為だとか、ロングテールで値下げせずとも良い本から利益を回収する為だとか、色んな理由があるだろう。
でもきっとAmazonは、市場で無視できないサイズとなって十分利益が回収できるようになるまで、じっくりゆっくり粘り強く低調に成長を続けるだろう。
なぜなら、オンライン小売の巨人は、他で利益を出せば良いからだ。
もちろん出版社は、1500円の本を、他の電子書店には1000円で卸して、Amazonには1500円で卸すことだって出来る。
忘れてならないのは、Amazonは1500円x45%=675円を出版社に払うことだ。
他の電子書店は、1000円で卸された本から20%だけとって800円払うこともできる。売れればだが。
そして、Amazon対抗のためだけに他の電子書店に750円で卸したとして、電子書店側も決意の10%として675円を出版社に払っても良い。
1万冊売って75万円利益の電子書店、しかも様々なフォーマットでデバイスも様々で、本当に継続できるだろうか。
読者が安い本を買うことは止められない。非難も当然出来ない。
安いKindle版を出さずに独自の電子書籍を出す出版社に、文句を言わないだけの理性があるだろうか。
そして、(アメリカのペーパーバックがでかくて重いという理由があるにせよ)電子版が紙の本を売り上げを上回る世界で、
Amazonを無視して自己流を貫く事での機会損失を、オーナーや株主は許容できるだろうか。
流石にアマゾン、(アメリカ市場からの推測でしかないが)相当にえげつないことをする。
出版社は、既存の電子書店に卸してもAmazonに卸してもそう代わりはないが、消費者は安い方から買う。
そして、Amazonは限界まで値引きをして売るだろう。ダンピングにならないように5%程度の利益を抑えた上で。
黒船Amazonが、日本の電子書店と違う点は、既に成功したネット上の小売業者である点だ。
赤字をものともせず待ち続けられるのは、アメリカの市場で証明済みだ。
商売なんだからきちんと儲けてくれよ、金なら払うから経費圧縮分は利益にしてくれよ、
そう消費者が言ってくれないことは判ってる。
でも、電子書籍は安くて当たり前、デジタルなんだから薄利多売で消費者に還元してくれ、
そういう意見一辺倒だと、現状ではAmazonは無視できる存在ではない。
そしてこれは、Amazonの用意したハードルを乗り越えて契約できる出版社が増えれば増えるほど、
サムスンってすごいと思うのよ。
iPhoneやiPadといったAppleの世界的な売れ筋商品を臆面も無くパクって、挙句の果てに本家のiPhoneやiPadを差し止めようと訴訟とか。
俺個人はパクリモノの GALAXY は絶対買わないけど、日本の家電メーカーの Android 端末なんてもっと情けない代物。SONYのタブレット業界2番宣言とか、東芝のREGZAフォンのスレの惨状とか見てると情けなくなる。
こういう日本の負けっぱなしの状況を悲観して、去年は坂本龍馬なんかが流行ったわけだけど、結局お話を楽しんだだけで、坂本龍馬なんてどこにも現れず。
Amazonの日本進出で日本の出版業界が危ない!黒船だ!って今更何言ってんのよ。Kindleが最初に出たのは4年前の2007年、どう考えてもこの日が来るのは分かってましたぜ。
楽天のRaboo/SonyのReader/ガラパゴスあたりのどれかがiOS/Android端末、Windows PC/Mac(要は全端末)に対応する電子書籍プラットフォームになればいいだけ。
正直、システム構築とマーケティングはそれなりに大変だろうけど、まあ先が読める範囲に収まるし、掛けたコストをはるかにこえる儲けはある、って素人でも想像がつく。
それでもうちの端末でしか読めないようにしてくれとか、薩摩だ長州だ、と言っているうちに、その儲けは、Amazon親方の総取り、日本の出版は植民地になろうとしている。
家電はやられっぱなし、出版もやられる、じゃあ日本はいいとこ無しなの?っていうと細かいところを見るとそうでもない。
例えば、文房具とか、最近だと財布とか、そういうこまごましたものは日本が最先端を行ってイノベーションの塊だったりする。食も含まれるかな?
そういう業界は知恵と技術を発揮できているのに、家電や出版は上手くいかないのはなぜよ?
違うのは掛金の大きさ。イノベーションできてる業界は、それぞれの小さい会社でも自分のリスクでチャレンジが出来る。家電や出版のような規模の業界ででイノベーションを起こそうと思ったら、大勢の利害関係者を説き伏せて、大金を掛けてプラットフォームを作る必要がある。
足りないのは知恵や技術ではなくて、大金を掛ける度胸のある山師。サムスンの鼻息の荒さ。
とはいってもそういう種類の、鼻息荒い山師って実際日本から絶滅したような気がするのよね。
まずは、90年代前半のバブル崩壊で、そういう拡大志向の人間はだいたい表舞台から消えてしまった。2000年代中期のITバブルの頃にそういう機運もあったが、ホリエモン逮捕とともに消えてしまった。
もう日本に大きな事をやる奴は本当にいないのよね。知恵と技術のある奴は小さく手堅く掛けるし、度胸のある山師は、知恵や技術が無いのでテレビとか携帯電話で国内の情弱相手に荒稼ぎ、未来に繋がるプラットフォームなんて一片も築かれはしない。
実際のところ、日本では神格化されてる坂本龍馬だって、日本の発展を見ることなく若死にしてるわけで、そんなリスクとって国の英雄になるなんてメリット無いよね〜ってみんな思ってるんだろうけど。
それよか、みんなの日本という国への帰属感自体が怪しいので、知恵と度胸と鼻息があったら、米国の東海岸なり西海岸に渡って、日本をやり込める側に回るほうがいいよね、って感じかね。
つうか、Amazon kindle上陸の話な。
電子出版で、Amazonの取り分が55%もあるので論外だとかなんとか。
匿名としてリークさせてる記事があったり、何でそんなことになってるか、なんで出版社はそれが正しいと思ってるか、
(あくまでも友人が出版社につとめていてその話を聞いた中から)説明しようと思う。
迷惑かからない範囲でぼかすし、全ての出版社がそうではないし、危機感を持ってる若手は多いというのも念頭においといて欲しい。
まず、出版の経路から。7割を占めるのが一般書店だ。(残りはコンビニとかね)
それぞれの役割を簡単に振り返っておこう。
出版と取り次ぎだけ補足しておこう。
出版社は、紙に印刷するダケじゃなくて、編集して校正して割付して校了してと、色々調整してくれたり売り込んでくれたりと本当に色々やってる。なので高給取り。
取次が何であるかというと、出版大手5社で3割を占めるとは言っても、細々した出版社が数千社ある。数万ある本屋といちいちやりとりしてらんないので間に挟む。
で、Amazonの55%ってのが一人歩きしても変なので、まず今までの金の取り分を見ておこう。
さ、コレを見てAppleの30%が取りすぎだ!とか言ってた人は少し考えてみよう。
書店や出版社の人がパーセンテージに関してあまり触れないのは、当然この割合が念頭にあるからだ。
小売りや飲食店など、商売をした人ならわかる通り、経路が存在すれば当然その人たちに払うお金がある。
本屋は当然ボランティアじゃない。売ったらお金をもらえるからやっとるわけだ。
1500円の本を売れば、330円が本屋の儲けになるわけだ。取次は120円、著者は150円、出版社が900円。
(実際には金融と揶揄されるぐらいややこしくて酷い事になってるけど、まずは割合で)
よく、取次だとか印刷をすっとばせるから電子書籍は安くできるはずだ!と言われている。
出版社の6割の取り分のうち、紙への印刷が大部分を占めてれば確かにそうだ。でもそうじゃないことが多い。
また取次も8%なので、そんなに減らない。
具体的に1500円の本で考えてみよう。
どうだろう、安いだろうか?高いだろうか?
ただ(出版社は最後まで印刷にかかる経費の割合を出さないだろうけども)印刷諸経費は20%〜30%ってとこだろう。
電子出版なら、出版社の取り分は、さらに削ろうと思ったら削れる。
紙の本より安く売る、55%が取り分だ、かなり豪快に見える。
出版社の取り分が45%になるわけだ。
(希望小売価格から55%を引いた額となっているのは、Amazonが100円セールで売って45円払うわけじゃないよ、と言ってるのだろう)
ここで、日本で受け入れられるであろう電子書籍の希望小売価格を考えてみよう。
紙の新書1500円を電子版1000円で売るのなら、まあ納得してもらえるだろう。
1000円なら、Amazonが550円(55%)、出版社が450円(45%)となる。
ただし、出版社は著者に印税を払うから、450-150=300円(30%)の取り分になる。
ここで「あれ?印刷費は2〜3割を占めてたんだから妥当じゃない?」と思ってはいけない。元々1500円の本だったハズなのだ。
つまり、900円(1500円の60%)のうち、印刷製本が半分を占めていたとしても450円(1500円の30%)が出版社の取り分だった。
これが、300円(1000円の30%、1500円なら20%!)になってしまう。出版社は、努力しなければ達成できない数字だ。
まとめよう。
Amazonは、取次8%+書店22%+印刷25%=55%を寄越せと言ってきている。
これはまあまあ妥当な金額だ。(判型を合わせる手間で5%ってのもまあ妥当)
問題は、電子書籍は安いはずだという圧力から「希望小売価格」を下げざるを得ないことだ。
すると、割合は妥当でも、金額で一冊あたりの儲けが減る。これが難しい。
しかし、自分の出版社だけがkindleから出ないのは怖い。だから、牽制し合う。
(これに小売りである書店との関係だとか、自前の電子書店だとかが絡むと、とてもややこしい)
流石にアマゾン、日本の出版社が飲めなくもないギリギリの金額で攻めてきている。
出版社はイヤなので、55%だとか60%がすごく大きい金額だと思って欲しい。
さらに、電子書籍だからって安くならないよ、とアピールしたい。
それが今Amazon Kindleを巡る出版社の立ち位置になる。
僕は今の労働環境にうんざりしている。糞っ垂れな残業に、糞っ垂れな英語公用化、糞っ垂れな上司に糞っ垂れな慣習。
僕は今の雇用環境にうんざりしている。糞っ垂れな新卒優遇に、糞っ垂れな既卒差別、糞っ垂れな非正規雇用待遇に、糞っ垂れな収入。
僕は今の社会環境にうんざりしている。糞っ垂れな満員電車に、糞っ垂れな価格の食べ物、糞っ垂れな宣伝カーに、糞っ垂れなDQN共。
僕は今の国際情勢にうんざりしている。糞っ垂れな中国に、糞っ垂れなリビア、糞っ垂れな世界不況に糞っ垂れな国連。
僕は今の地球にうんざりしている。糞っ垂れな地震に、糞っ垂れな黄砂、糞っ垂れな花粉に糞っ垂れな津波。
僕は今の自分にうんざりしている。糞っ垂れな自分に、糞っ垂れな自分、糞っ垂れな自分に糞っ垂れな自分。
僕は今の人生にうんざりしている。糞っ垂れな学歴に、糞っ垂れな両親、糞っ垂れな仕事に糞っ垂れな環境。
具体的に言うと、会社が先に潰れるよね。
なるほど確かに.
あとは日本人の特性からいってそこまで天晴なグータラぶりを発揮できるかどうか.
完全サボタージュになるとどうしようもないが,
ある程度のことはゆるゆるやる人たちだとすると,どうなるだろう.
実際問題として何割の人が真面目なら企業は成立するのだろう.
IT化やアウトソーシングが進んだら,日本の大企業なんて2割の優秀な人がいれば,
残り8割の人の主たる業務は「優秀な2割の邪魔をせず黙っておくこと」だとすると,どうなるだろう.
2割を選出するための多様性としての8割.
1億円の宝くじ1枚を当てるために買われた外れクジ999枚みたいな.
outputは天と地でも,いずれも買値は同じ300円.
もちろん8割にただ飯食わせることに,優秀な2割が耐えられるかという話があるが,
ここもまた日本人のメンタリティ的にふんばれてしまいそうな気が.
まぁ2割だけで戦う無理のある組織は,
いずれそうでないところに負けて,淘汰が進むのかな.
そして「そうでないところ」ってのは多分,外資なんでしょうねぇ.
誰も私にプレゼントをくれない。誰も私をダンスに誘ってくれない。シャンパンは、どこで買えるの?ケーキはどうやったら食べきれるの?チキン。もうチキンに至っては、ほんともう内心そんなに食べたくないけど、チキンなんでしょ?今日って。 買ってきた照り焼きチキンにかぶり付いて、チキン片手にドレスを着て、寝てたシーツを引っぺがしてベールのようにして、シャンパンが売り切れた店で買ったワインの、完全にペットボトルみたいな蓋をあけて、その下についた輪っかを左の薬指にはめて、チキンをブーケにして、 私、結婚します。 この孤独と。孤独という名のクールなおまえと。おまえはすげぇ。おまえといると、毎日が自由で、毎日が宿題で、毎日に結論がない。おまえを突き付けられると、あわあわと焦るというのに、おまえの気配を感じると、いつもどこかホッともしてた。ホッともっとローソン。 これじゃないものを、愛せないかもしれない。これじゃないものと、暮らせないかもしれない。 だから結婚してくれよ、孤独よ(あと、ローソン)。私を離さないで、孤独よ(あと、セブンも)。 孤独さま、あなたを射止めるために、今日は空けておいたの。あなたとダンスしたいの。クリスマスだもの。今夜、来てくれるんでしょ?真っ先に私のところに。山下達郎やマライヤキャリーのドヤ顔に鼻フックして、その二本指をピースに変えて、私のところに一歩、さあ一歩。 たくさんの漫画もDVDも、あなたなくしては、ない。大泣きした夜も、悪酔いした朝も、あなたなくしては、ない。30歳の私には、あなたなくしては、ないわ。 お気に入りのエロDVDをガンガンにかけて、隣人に宣戦布告をしてさ、黒船じゃああああ!!って叫んだ私を背後から抱きしめて、どげんかせんといかん…って囁いて。ああ、夜が更けていくように、私もふけていくように、暮れていくから途方に暮れて、12月の24日は死ねばいいんじゃないかな。駅の階段でこければいいんじゃないかな。この先、一生、改札に逐一全部挟まれればいいんじゃないかな。 それを孤独と腕を組んで歩いてきた私に鼻で笑われればいいんじゃないかな。
http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52410978.html
米国人がこのオブジェクトを見ても気持ち悪いとは思わないだろう。
プロテスタントの立場からすれば神が作り出した人間以外の生き物は所詮ただのモノ扱いだから。
だからケルトゲルマンの自然宗教の意識が残っている欧州や神道の自然宗教の意識が残っている日本と違って
アメリカ人は遺伝子組み換え作物や遺伝子工学を駆使した合成生物を創りだすのに何の躊躇も抱かない。
フィギュアに命が宿ってるかのような汎神論的宗教意識は神道に由来する。
気持ち悪い・マジキチという感想を述べているのは紛れもなく日本人である。
国際化社会において必要な教養とは、己が何者であるのかを外国人に説明できる知識である。
日本が外国人と融和できず移民政策を実行したらかなりの確率で国家解体に向かうであろう理由は、
日本人は自らが何者か知らず、何者か語れないから。日本とはどんな国なのかを外国人に説明できない。
自分が何者か明確でないから、おそらく外人の価値観に”染められる”。
今のまま移民政策を実行したら、外国人の自治区を作られて、排除できなくなる。
日本とはこれこれこんな国だから、郷に入れば郷に従え!と外国人に言えるほど自国について理解しないと国際社会を生きていけない。
古くは中国朝鮮、明治以降は欧米に学んできた日本が、かつての日本自身を学んで日本に帰還する時代がやってきた。
日本の宗教観は自然宗教としての神道があり、そこに大乗仏教が入ってきて神道の影響とともに戒律外しが行われ、土着化し、日本仏教としか説明できない独自の仏教を形成した。
キリスト教が欧州でケルトゲルマンの自然宗教の影響を受けてカトリックになったのに似ている。
長い歴史をかけて神道と日本仏教を土台として儒教、道教、キリスト教などありとあらゆる宗教を取り込んだ。
黒船がやってくるまで、数える程度しか国家の存亡をかけた外国との戦争というものを経験しなかった。
たえず異民族に攻めこまれ安定した国家を築くことができなかった中国とは違い、海に囲まれて異民族の侵入を受けなかったため、
シルクロードを通って日本にやってきたあらゆる文化と宗教が、日本から出ていくこともなく、壊されることもなく、日本列島の中で密閉されてぐつぐつと煮込まれて、融合した。
神道の最高司祭=天皇の存在が日本人が特定の宗教に支配される事態を防いでいる。
天皇がある限り、日本に入ってくる宗教は全て相対化されて平等化される。
天皇の権威を否定したらカルト宗教が流行る。天皇になりたがる奴が後を絶たなくなる。
第二次大戦後、日本でどれだけの新興宗教が権力を増し、あるいは事件を起こしたか考えてみればいい。
皇室を政治利用させず、皇室を守り続けることが日本を宗教先進国たらしめる。
天皇がかつての聖武天皇のように仏教徒になろうが、キリスト教徒になろうが、イスラム教徒になろうが大勢に影響はない。
神道は教義がなく異宗教との二股三股が可能だから。軸を神道に置いてさえいれば、いくらでも世界中の宗教をつまみ食いしてOK。
イスラム教、キリスト教など、経典のある宗教は”意識”である。
神道は教義を持たないからいくらでも変わりうる。神道は”無意識”である。ESである。ゆえに無敵である。
宗教がまったくなければ人間は動物になる。宗教に染まりすぎれば人間は機械のように柔軟性を失う。
龍馬は土佐の大殿様、山内容堂に直訴し、大政奉還を促す建白書を書いてもらうことを願い出る。
龍馬は答える。
黒船の脅威に怯える幕末とこの現在を重ね合わせている人も多いのではないだろうか?
維新志士たちがやっとの思いで作り上げた新しい日本。
しかし、現在の日本からは当時の志士が夢見たような輝きは失われている。
もしも今、龍馬のような人物が日本にいたとしたら日本をどう変えていくのだろう?
毎週の龍馬伝を楽しみにしながら、こんなことを漠然と考えていた。
その答えが今回の龍馬伝で見えた気がした。
特権階級である幕府と武士階級が権力を独占し、いつしかその利権の上にあぐらをかいていた幕末。
この構造に立ち行かなくなった日本では、ついに幕府と身分階級を解体し、
一部の特権階級だけでなく日本人全員が政治に参加できる世の中へと変化せざるを得なかった。
新しく現れた世界は、岩崎弥太郎の台詞のように、生き馬の目を抜く世の中であり、
目端の利くものだけが成功し、変化を拒んだ特権階級は没落していったのだ。
では、この平成の世で既得権益の上にあぐらをかいていたのはいったい誰だっただろう?
...。
..。
思い当たった。それは、日本人だ。
日本人は敗戦後、貧しい中から復興し、経済大国日本というブランドを築きあげた。
そして、同じく貴族階級ともいえる欧米先進国とともに経済活動を独占してきた。
だがそうして手に入れたブランドの上にあぐらをかいている間に、世の中の流れは変わった。
より多くの大衆がこれまで先進国に独占されてきた経済に参加を始めたのだ。
多くの人が平等に競争することになれば、特権階級にあった人々が没落していくことは避けられない。
そのような世界では、岩崎弥太郎のように変化を恐れない人物だけが生き残っていく。
「幕府と武士階級を解体する」ことではなく「日本と日本人を解体する」ということであるはずだ。
これまでの特権階級であった日本人(=武士階級)は、日本(=幕府)に助けを求める。
「日本は無くなるがです。」
容堂は問う。
龍馬は答える。
平成の日本でもこんなことを大っぴらに話していたら、ほとんどの日本人から敵視されることだろう。
龍馬は言う、
「命を狙われるぐらいのことをしなければ日本は変わらん。」
テレビで電子書籍について報道していたので、またいろいろグダグダと書いちゃうぞ~。
という軽いノリで。酒飲みながら。
今まで散々それに該当する商品は世に出ていたと思う。
分岐はあるけど文字であり小説でありエレクトロである点を考えると
小説をPDFにしてダウンロード販売していたサイトだってある。ボイルドエッグとか。滝本竜彦は元気かな。
でも、そういう一連の流れは無視されて、
キンドルやipadと連動する書籍のみが、『電子書籍』として認知され、
『黒船』として恐れられている。
その違いは一体何なのか。
いろいろ考えたけど、最終的にはやっぱり『形』かな、と。
考えてみれば、『本』は非常に優れた形状と質量を持っている。
どこへでも持ち運びできるし、いろんな体勢で文字を読むことが出来る。
寝転がりながら。椅子に座りながら。飯を食いながらでも読める。右手に箸。左手に本。
ハードカバーでは多少きついけど。
これまでの『電子』な『書籍』は、その点を考慮していなかった。
ゲーム機やパソコンなどといった端末で再生され、可搬性や可読性については議論さえされていなかった。
それがキンドルの登場で変わったのだ。端末自体が変わったのだ。
そしてipad。そして、さまざまなメーカがipadを真似し始めている。
これは凄いことになりますよ。出版社さんは覚悟したほうがいいですよ。
「ネット上の動画展開はまだまだ先のこと」と思っていたらYouTubeの登場で慌てふためいた
こういうパラダイムシフトは、マジで予期しなかった時期にいっきに来ますよ。
音楽業界は、もはや目も当てられない。もっとも~、これはこれで面白いけ・ど・ね!(ファッキュー!)
まぁでも、パラダイムシフト自体が悪いことではないですからね。
むしろ、新しい文学の可能性も否定できないわけですよ。
文学の可能性というか、文字の可能性ですね。
『文字の可能性』と聞いて思い出すのは、やっぱり2001年に起きたテキストサイトブームですかね。
あれは面白かったわけですよ!あれだって一種の電子書籍なわけですよ!(酔いが回ってきた)
文字ポイントを拡大して、オチが放たれる。文字の色を変える!
空白でページをスクロールさせて中身を稼ぐという手法は、有名人のブログで定着しましたけどね、
ありゃあひどいもんですよ。辻ちゃんがテレビ番組で『スペースをあけてページに
内容があるように見せかける』というのをやっていましたけどね、ありゃあひどい。
やっぱりある程度の文章の量は必要なわけですよ!
やっぱり精度の高い文章を読むと興奮するわけですよ!
でもま、電子書籍なら電子書籍ならではの、『演出』というのも欲しいわけですよ!
たとえば、音楽が流れるとか。挿絵が美麗なアニメーションで表示されるとか。
何か、村上龍が作った電子書籍は、著名な方の音楽が流れるらしいですよ?
でも、音楽やアニメーションも、出来れば文学的な演出がいいですな。
心に染みるようなやつをね、僕は望んでいるわけなんですよ。
『私小説』は、『エンターテインメント小説』とは違って、やっぱり心の中で反響するような文字列であって欲しいわけなんですよ。
だったら、その電子的な演出にも、私小説性、心の中で反響するような演出が宿っていて欲しいわけなんですよ。
エンターテインメントな映画と違って。
文学性というのはバズワードだと思うけど、でも、それでも、僕は『文学性』を求む!
『エンターテインメント』という言葉自体に『マジョリティを拒絶する』という意味が宿っているような気がしてつらい。
そろそろ終わろうか。グダグダと書き綴っちゃって、ごめんね。ごめんね。
酔っ払っていてごめんね。
出るわ出るわ髪の毛にフケ。びっくり。見えないようでいろんなところにすこーしずつ。
一箇所にまとめれば手のひら大ぐらいになっただろうか。もしかしたらまだ少ないほうかな。まあいいや。
布団も干して、洗濯もして、取り込んで、掃除機かけて、今ペプシ飲んでる。
MMOの話だけど、MMOに限ったことではない。たぶんすべてに適用できる話。
グローバル化したことで、何が一体「一番良い」のかが丸わかりになってしまった。
その結果、皆がそれを追従することになり、ゲームの多様性が失われつつあると思う。
しかしここで言いたいのは、だからなんとかしようということではなく、なぜ多様性が失われていくのかということへの考察。
MMOにはいろいろな種類があったんだと思うのだが、ここ最近は本当に「クリゲー」とそれ以外しかなくなってしまった。もちろん、それ以外の数はクリゲーとは比べられないほど少ない。
なので、量産クリゲは嫌だ、という人や、量産だというだけでプレイしないという人が増えてきているのだが、だからといって量産クリゲがなくなるかというとそういう気配はない。
これはつまり、ある一定の需要があるということで、嫌だと言っている人はかなりの少数派ということだ。もし嫌だという声が強ければとっくに量産クリゲなどなくなっているだろう。(量産クリゲを作っている会社の大部分は、競争力のない小さな企業)
で、この量産クリゲというものが一体どうして増え続けているのか、それを考えてみると面白いことがわかってくる。
巷でアンチクリゲ派が言っているような「簡単に作れて集金も楽」というのはあくまで金銭から見た、運営からみたメリットの一部分でしかない。
一番重要なのは、「プレイヤーがとりあえずプレイできてしまう」その安定感だ。
クリゲーはまず、操作が楽。クリックするだけでいい上、騎乗アイテムなどもあり、全体的に移動速度は速くなるようにしてある。
さらに、中毒性のある成長システムが多数存在すること。比較的長い期間、ユーザーの厳しい評価にもまれたおかげか、効率的かつ「楽に気持ちよくなれる」強化成長システムが実によくできている。
具体的に言えば生産や装備の強化、ペットの育成など。これらの成長システムをほとんどすべて詰め込むことで、量産であるにも関わらず「たくさんのシステムがある奥の深いゲーム」のように見える。実際は、ほとんどが流用であり開発側はそれだけたくさんのシステムを詰め込んでもあまり人員を必要としない。これはとんでもなく効率的な開発方法だと思う。
なぜ量産クリゲがはやるのか。ここまでくれば大体わかってくる。開発する側にとって、「これが一番効率的でいいものらしい」と認識されているからだ。
ユニクロのような個性的とは言い難い商品を売る企業が潰れないのも同じ理屈で、「苦労して作った」というのは、所詮はただの自己満足に過ぎない部分がある。苦労して作ったので量産品の3倍の値段です、と言われて喜んで出すのは金が余って困っている人間だけなのである。
MMOで考えると、FF14と量産クリゲが非常に好対照だと思う。
FF14はたくさんの人間を使って非常に苦労して作られたゲームのはず。なのに、レビューの点数は軒並み低く、クソゲーと連呼されてしまっている。
一方の量産クリゲーは、雨後のたけのこのように苦労せず次々出てきているにも関わらず、批判の声といえば「量産だからクソ」というもので、システム面が根本的にダメというのはあまり聞かない。
これは、MMOという市場におけるスクエニという企業と量産クリゲ開発ツールの熟練度の差なのだ。
スクエニは八年もFF11を運営していたが、そもそもFF11は同社の初オンラインということで、MMOでユーザーが一体何を求めているのかはほとんどわかっていなかったと思う。リサーチをかけたとしても、何年も運営してきたほかの会社と比べれば未熟そのもの。
にも関わらずこれだけ続いたのは、ひとえにスクエニが持つ「ブランド力」というMMOとは関係ない過去の遺産によるところが多い。つまり、スクエニが開発しなければ、そしてFFでなければあのゲームは淘汰されていたのである。
それは、量産クリゲにFF的な特徴を持ったものがほとんどないことからも裏付けられる。時間を使わせ、できるだけ攻略されないようにということだけでユーザーの快適性を考えなかったゲームのノウハウは、流用されることすらないのである。
現在のMMOにおける状況というのは、まさに黒船到来といった感じ。黒船とは量産クリゲで、開港させられるのはスクエニである。
量産クリゲのような「世界が認めた」システムの前に、独自性やグラフィックがきれいといった小さな利点は何の役にも立たない。非効率なシステムが生き残れるのは、グローバル化していない世界においてだけだったということだ。
そして、ここから考えるに、今後はゲームのみならず、あらゆる面で「量産型」が出回り、多様性が失われていく時代に入っていくと考えられる。というか、21世紀はそういう世紀になるだろう。
グローバル化がもたらしたものとは、「誰が一番なのかを見つけやすくする」ということだったのだ。
多様性は生まれるのではなく、失われていく。なぜなら、誰が一番なのかがわかれば、一番ではないと烙印を押された人間は、そこから撤退するか、一番のまねをするしかなくなる。
そうでなければ生き残れない。
グローバル化時代というのは、頂点とその模倣だけで構成される非常に「画一的」な世界であり、いままさにそれがあらゆる面で進行している。
世界はグローバル化しなかったからこそ多様な島宇宙を創りだしていたんだと思う。
たとえば都市。都市は効率化を進めることで巨大に、そして便利になれる生き物である。発達した都市は、皆同じような姿をしており、もはや「どこにいっても同じ風景」なのが当たり前なのだ。
人類は発展するにつれて次第に「他の場所に住む人類」との交流をするようになったが、そういった発展の過程で動植物は次々と絶滅している。これも、グローバル化によって多様性が失われていることの証拠といえる。
いまさかんに多様性を残そうという動きが高まっているが、残念ながら人類が発展し続ける限り多様性は失われていくだろう。ある一つの地域の多様性を守るための活動が、3つの地域の多様性を失わせているような状況である。人類の努力とはその程度のものでしかない。欺瞞と言われてもしょうがないと思う。
そこで、多様性を失わせないためにどんなことが必要なのか。これはもう、「過去の遺産」をデータ化して守るしかないと思う。
MMOの話でいえば、初期UOなどは、現在のMMOとはかなり趣が違うものであり、MMOの多様性を残すために、初期UOをエミュレートサーバで起動させ続けることは非常に意義がある。
量産クリゲではないものは、すぐにつぶれてしまうのだから、そういったものを忘れさせないためにエミュレートする。こういった努力は無駄ではない。第一、MMOの歴史など地球の歴史と比べればカスみたいなものだ、生まれた多様性もはっきり言ってほとんどあってないようなもの。だからこそ、守るのも楽だろう。地球が長い年月をかけてはぐくんできた生き物の多様性を守るのは人類には荷が重すぎる。
このように、グローバル化が進むと物事の淘汰が行われ一番のものだけが生き残り後はすべてその模倣になってしまうという話をした。
量産クリゲがはやるのは当然で、それを否定するのも意味がないだろう。ただし、それとは違う、すぐに淘汰されてしまうMMOを保護することはとても大切だと思う。
この先一体ゲームやそのほかの娯楽がどんなふうになっていくのか興味がある。もし多様性が失われ続ければ一体どんなことになるのか。時代が出す答えを待ちたい
専業主婦志願の女性ってなんであんなにクソなんだろう。昔は日本の女性は最も素晴らしいといわれた時期があったのに、今じゃ日本の女性は魅力どころか何の価値もない人が多すぎる気がする。(男にもクソが多いが省く)
日本の女性は内面の成熟によって地位を確立することなく、外圧の流れにのっかかって自分たちは何の努力も成長もせずに権力を獲得してしまった。しかも権力を得るということは責任も負うことだという当たり前のことをしなかった。股からは血を流してるかもしれないが、自分の手を汚すことをせず、黒船に男どもを皆殺しにさせて、なんとなく権力者になってしまった。バカフェミとか外圧による恐怖政治のもと、何でも言うことが通るものだから、男に負担押し付け、女は消費するだけの人が増えた。そして男は子育てに参加する余裕がなくなり、女がその価値観で子供を一方的に洗脳することになった。何かあったら「サボって男の負担を引き受けない女性」の自分が悪いのではなく「仕事に忙しく家をかまわない男」像を持ち上げて男をさらにこき下ろした。専業主婦のクセに、社会進出して働いている女性がそうだという理由で家事負担さえ男に課すのを当然と思っている。もうやめて、男性の余力はもうゼロよ!
男性に依存しなければ何も出来ないくせに、その男性から全てを取り上げようとする。ひどい妻になると子供の愛情さえ独り占めしようとする。こうして金と権力を全て女性が握る。マスメディアはもともと金と権力をもつものにすりよる性質があるので、全て女性の味方をする言説を流す。そして大して役にたたない女性が、なぜか死ぬほどがんばってる男を支配する。「性」にともなう苦痛と、家庭から追い出された男性に残された最後の聖域である「会社」を除いてとっくの昔に女性は男性より強い存在になっている。もっとも、会社にも土足で入り込んできて自分の好きにさせろとわめくバカな女性が多いようだが傍若無人だなぁ、と思う。私も生理がなくて、出産もラクで、結婚したあとは男が養ってくれるならという条件付ではあるが、日本なら女性に生まれたいわ。しんどいのって後部活のイジメくらいか?
男性にとって女性というのは愛がある間は力を与えてくれるが、愛を失ったあとは乳を出さない牛でしかない。許されるならエサをやらずに飢え死にさせるか、逆にとさつじょうに連れて行って、ひき肉にして食卓に並べてもらいたいところ。そのくらい無駄。しかも今じゃ家事もろくに出来ないときた。シングルマザーの不幸みたいなのが報道されるけれど、子供は本当に可愛そうだ。国が全力で救うべき?母親?死ねばいいんじゃね?
女性はどう考えても割りにあわない不良物件。まじめに聞きたいのだが、女性が今持ってる価値って、何?価値ゼロとはいわんけど、余りに値段に見合わなくないか?維持費は車より高いくせに、セックス以外のメリットは保証されてないでしょ。しかもいま夫婦でもセックスの強要はダメって話しだしな。そりゃ単体でみりゃそうだ。無理強いなんてお互いの不幸でしかない。でもじゃあ、他に女が何持ってるの? 男の持ってるものを消費する以外に何かできることあるの? まだ結婚してない男でも、そういう背景を読み取るくらいはできるだろう。「※」の裏側に持っている「女性の面倒見るなんて、女性がよほど美人でなければ割に合わない。しかしそういう女性に見合うのはイケメンだけ」となってもおかしくない。普通に計算できるなら嫁は不要。風俗があればいい。
それでも女性を養っても十分時間と金に余裕がある人ならぜいたく品として持っとくのもアリでしょう。金持ちの証明ですからね。あるいは「女性交際と結婚は別物」と切り分けて、対等な関係でつきあうならば楽しい。結婚はしないけどな。 さらにいえば「子供が欲しいから仕方ない」「社会的地位のためには必要な道具」などと割り切れるなら我慢できなくもない。というかたいていの人は愛とかつきあいの延長とかでごまかしてなんとなく結婚にいたる。ホント結婚は日本じゃ地獄だぜフーハハァー。
以上が一般論。このくらい一般論では女性をクソだと思ってます。いつまで弱者ヅラして男にたかり続けてるんだ、と反吐が出そうになります。そのくらい大嫌い。まぁ俺の嫁は違うけどな。
日本政府の捕鯨の一番の目的は何ですか?オーストラリア政府、グリーンピース他か...
ttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110803096
本当の目的は…水産資源を守り、日本の食糧資源を確保することにあります。
食糧自給率の低い日本ですが、幸い漁場には恵まれていまして、海からの食糧供給はある程度望みが持てます。
科学的でも論理的でもない捕鯨禁止を看過すれば、他の水産資源も捕鯨問題と同様の事態になりかねず、
今でも自給率で問題がある日本の食糧資源は、さらに他国に頼らざるを得ないことになります。
つまり有事の際、食糧を日本に販売しないという政策を他国に取られれば、内容に関わらず言いなりにならざるを得なくなるわけです。
# 本音で言うと、関係者は捕鯨再開で日本の文化を守る云々という非現実的な夢など見ていません。
外交上、著しく不利になりかねない食糧問題の象徴が捕鯨で、日本政府として絶対に譲れない問題なのです。
国際外交をモラルを持った賢人が集まって決めているような幻想を持たないで頂きたい!(当然、経験者です)
捕鯨問題は日本の高度経済成長を疎ましく思った勢力が、人種差別的な反日キャンペーンを張ったことから持ち上がりました。
別に日本人が野蛮な人種であることを世界にアピールできれば、捕鯨でも何でも良かったわけです。
さらに水産の資源問題で圧力を掛けて畳みかければ、世界トップレベルの技術力を持ち、世界最大の日本の水産市場に大打撃を与えることができるかもしれません。
日本の貿易黒字の増大を憎む人々が、日本経済を脅かそうと放ってきた問題だったわけです。
当然国内の大反発が予想されたのですが…工業製品の輸出で利益を受けている人々が問題を大きくしたがらなかったため、
国内世論が割れ、水産庁は国家が一枚岩となっての効率的な手を打てず、漁業者は一方的に損害を受けました。
200海里経済水域なんて、今では当たり前に思われているかもしれませんが、これも日本を標的とした世界の国家間の取り決めです。
それでなくても、捕鯨問題を持ち出されるだけで、日本としては諸国にODAをばらまかざるを得ないのです。
もし今まで看過すればどうなったでしょう?10年以上前にマグロが制限を掛けられていたはずです。
英語で魚のことをプアミートと呼びます。
他国では、魚が食べられなくても肉を食べればいいや…程度の扱いなのです。
魚を食べる社会の底辺の人々のことなど知ったことではありません…と。
文化的な側面も考えてみて下さい。
ペリーが黒船で来航し、日本に開港を迫った理由は捕鯨基地が欲しかったからですよ。
当時の女性のスカートに鯨の髭が使われていたのです。肉は海に捨てていました。
これにより鯨資源は減少しました。
また、敗戦直後の日本人にタンパク質を提供するために、漁師さん達が命懸けで捕鯨を行ったのです。
歌のサビの一部にもありますが「生きて帰らん、望みは持たじ」です。
ちなみに、捕鯨問題で国内がごたついた際、漁師さん達からは「裏切られた」と水産庁は責められました。
捕鯨問題の最先鋒であるアメリカでは、絶滅の危機にある北極鯨を捕鯨問題から外し、現在でも捕鯨しています。
一方で、資源として増えすぎ、他の水産資源を減らす原因となっているミンク鯨などは、捕鯨が許されていません。
あまりにも不公平で異常である状況にお気付き願います。
捕鯨問題が持ち上がった時点で、減少している鯨資源に関しては、日本政府としては保護の立場を取らざるを得ませんでした。
減少している種類は、保護すべきという立場ですし、領土問題が中国,韓国,ロシアとの間にあるため、
EEZ(経済水域)が事実上設定できない(相互乗り入れ海域)と、資源保護に関して頭を抱えています。
でもですね、こと水産問題に関しては、この国は本気で取り組んでいますよ?ODAの内訳でも見てみればよいです。
さしあたってはマグロですし、次は中国を叩くために、サメのキャンペーンが張られますよ。
FAOも国連も一切活動していない海域、しかも私達が水産資源管理庁の頂点にいる、そういう国で、のうのうとサメの漁獲量が減っているグラフなどが発表されるのです。
日本を支持した大臣の首がすげ替えられ、協力者が失踪する…外交戦の裏側です。
盲目的に他国の宣伝を信じ、自分自身の首を絞めることに荷担しますか?
ヤッホー!と叫んでいるみたいだけど、どうやらそんな意味じゃないらしい。怪しそうで本当に怪しいネット企業。株とかがすきみたいね。
サイバーとかエージェントとかなんかマトリックスっぽい単語をつなげてみた企業。大人な企業という事で有名らしい。最近は牧場経営に手を出し始めて・・・
ソニエリ:
サトエリ似の可愛い黒船系帰国子女。肉食系。
インテル:
イタリアのサッカーチーム。有名選手は大体このチームに移籍すると大怪我する。通称「インテル終わっテル」
power point:
パワポとか呼ばれる。ベホイミとかそーいう系のパワーアップ系の呪文。かと思いきや大体書いてると、いらいらして体力をそがれる、負系の呪文。
火狐とか呼ばれるけど、そんなに火は吹かない。結構すぐれたお利口さん。戦国時代にいた妖怪とかの末裔かも。。手塚さんの書いた漫画とはあんま関係ない。
ハッカー:
日曜日にもかかわらずキーボードから火が出るんじゃないか?っていう勢いで叩いてる人。通称ハッキングパパ。クッキングパパというとアゴの出たお父さんのことをいうけど、ハッキングパパはたぶん凄い人。天才。
ググれでおなじみの電気メーカー。電気ポットとか置いてる老舗メーカー。
そのままの意味だと「窓」だけど、unixが好きなひとからは嫌われている。「窓の無い部屋」に迷い込んだ人も使いこなせるように優しくできているそうだ。
日立:
「このキなんのキ気になるキとか」 書いてしまうとキが狂ってしまいそうになるけど本当はやさしい大手メーカー。多分日本でもっともでかい企業のひとつ。草食系。
NTT:
Nは北の意味で、TTは実は鳥居をあらわしている。北にある鳥居には宝が眠っているらしい
vi:
vi系と呼ぶとメイクの濃いバンドやってる男子だと思いきや、割としっかりした妻子もち。
黒船で押し寄せない限りは、ね。
もう遅いって。ってか、アフリカへの介入は黒船どころの話じゃないくらいに行なわれてきた。軍事的にも、政治的にも、文化的にも、経済的にも。
もはや富の規準が資本主義的になってなお、文化云々というのは都合が良すぎる。もはや文化侵略は完遂したわけで。さらに言えば、未だにアフリカ諸国からの間接的経済搾取が続いている中で、放っておけなんてどの口が言えるのかと。
結局のところ、本人たちが望まない以上は外部がどうのこうのする必要はないと思うよ。
そりゃ、我々の自己決定権を下敷きに考えればの話であって、そもそもの自己決定権を与えられていない人たちが望めるべくもなく。それに、貧困からの脱出、政情の安定、基本的教育を彼らは望んでいるのだが、それすら実現していないのが現状。
はなっから不介入を決め込んでいたならともかく、今更外部からの介入は迷惑でしょなんて言えないって。
多分日本の江戸時代も同じような感覚だったんだと思うが、歴史を振り返ってみればその江戸幕府が続いた300年間っていうのは極めて安定していていて、かつ長く続いた政府だったわけで。
一方でニンジャ、ブシドー、ゲイシャ、スキヤキなんかの野蛮な文化もそりゃあったろうが、逆に言うならそれは歴史にとって必要な何かだったのであろう、とは思う。
局所的にそういう儀式やらがおこなわれているのは事実なんだろうけど、もうちょっと先の未来から考えると、それらは大したことのない文化に価値観自体が変わる可能性もある。
結局のところ、本人たちが望まない以上は外部がどうのこうのする必要はないと思うよ。
黒船で押し寄せない限りは、ね。
気に入っている順で.
また行きたい
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活力屋 http://ramendb.supleks.jp/shop/262
ちゃぶ屋 とんこつ http://www.yodobashi-akiba.com/restaurant/restaurant_chab.html
九州じゃんがららあめん http://www.kyusyujangara.co.jp/shops/akihabara.htm
粋な一生 http://r.tabelog.com/tokyo/A1310/A131001/13021102/
だるまのめ http://r.tabelog.com/tokyo/A1310/A131001/13000363/
自分仕立てラーメン 康竜 http://r.tabelog.com/tokyo/A1310/A131001/13059793/
威風 http://r.tabelog.com/tokyo/A1310/A131001/13011834/
麺屋 きわみ http://r.tabelog.com/tokyo/A1310/A131001/13024755/
麺屋 黒船 http://r.tabelog.com/tokyo/A1310/A131001/13041169/
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また行きたいかと言われるとそうでもない
アマゾン ジャパン株式会社 バイスプレジデント書籍事業本部統括事業本部長(現在は肩書きが変わっているらしい)渡部一文氏の話を聞いて来た。
壇上で話す氏の印象のみだが、死ぬ死ぬ詐欺の片棒を担いでいた人物とは思えない、ということは無かった。
同姓同名ではない。GEヘルスケア バイオサイエンス株式会社取締役副社長 という前歴が一致する。
http://blogs.yahoo.co.jp/sakurarode33/2153591.html
細かい経緯は把握していないが、当初の広報担当者が引っ込んだ後に登場した人物のようだ。
http://www18.atwiki.jp/sinusinu/20.html
話した内容は、リアル書店とは協力したい、取次を中抜きするのではなく価値を認めている、と迎合するような発言が目立った。黒船とか業界をかき回す悪役みたいに見られている印象を払拭するために、表に出て話す機会を増やしていると言っていた。なか見!検索は出版社の許諾を得ているのでグーグルとは違う、という冗談を繰り返していた。
縮小する市場でいがみ合っていても仕方ないという主張には同意するし、旧態依然とした取引慣行にしがみつく一部の業界人はどうかと思うけど、何か釈然としないものは消えなくて後々足元を掬われないようにしようと思った。