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2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (2/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。

そういう文化交流はえてして少しぎこちなくなるものだ。

日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。

アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。

YouTube ではきらびやかトレーラームービーを見ることができ、

一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。

Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。



村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。

これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。

彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、

毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである

1Q84』によって彼は三年間収監されたという。



といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。

村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセント女の子出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。

「基本的には同じなんだ」と彼は言う。

少年少女出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」



実際には『1Q84』は単純な物語ではない。

筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。

物語は行き詰まりから始まる。

青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。

そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。

タクシーラジオからある歌が流れる。

チェコスロバキア作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。

渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。

しかしそれは神秘的な深さで彼女共鳴する。

シンフォニエッタ」は進み、タクシーは動かない。

運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。

高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。

本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。

青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。

「見かけにだまされないように」と彼は言う。

降りていけば、彼女にとっての世界根底から変わってしまうかもしれない、と。



彼女はそうして、世界は変わった。

青豆が降りた世界歴史の軌跡がわずかに違っていた。

そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女遅刻した約束というのは暗殺約束であったことが明らかになる)。

そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。

彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。

1Q84』の狂気はおよそそのような流れだ。

この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、

私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。



この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。

一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。

その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説1Q84であるように思われる。

怒り、暴力惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、

日本のすべてを取り込もうとするかのような本である

偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、

ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。



驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。

そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいものようにそれを受け流し、

自分想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。



「リトル・ピープルは突然やってきた」という。

「彼らが何者なのかはわからない。その意味づけもわからない。

 僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事



村上の作品は夢のようであることが多い。

明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、

覚えていられたことはない、という。

目覚めたときには消えている、と。

ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹小説のような繰り返す悪夢だったという。

その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。

蛇肉の天ぷら芋虫パイ、そしてパンダ入りライス

食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。



2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。

運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。

私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。

カーステレオではブルース・スプリングスティーンカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。

アメリカシュールレアリズム古典である



車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。

次に彼は存在論的に複雑な仕事をした。

実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである

彼女用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。

「だから多分このあたりのはずだ」

と言ってこちらを向いて念を押すように

「それは現実じゃないけれど」

と付け加えた。

それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。

「そう」と指差して「ここが彼女が降りていった場所だ」

キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。

村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、

「それは現実じゃないけれど」と言った。



村上フィクションは変わったやり方で現実漏れ出す。

日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。

村上東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。

私はできるかぎりその世界時間を過ごそうとした。

村上天啓を得たあの場所神宮球場へ行き、

客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓もっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。

また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトン2001年アルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入り東京ジョギングルートゆっくりと走った。

私のホテル新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要役割を果たす、交通機関ハブ的な場所だ。

登場人物たちが好んで使う集合場所中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。

そしてフレンチトーストタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。

そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。



こうして私は、村上巡礼者の列に連なることになった。

実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、

登場人物が聞いた音楽プレイリストオンラインでまとめている読者もいる。

村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社西日本への『海辺のカフカ旅行を企画したこと、

ポーランド翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行ガイドブック編集していることを教えてくれた。



こうした旅自体が、形而上の境界を越えてしまうこともある。

村上は読者から彼が生み出したもの現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。

たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。

ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。

1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字家族から村上は便りを受け取ったという。

彼はサイン本を一冊その家族に送った。

ここでの要点と言えるのは、現実漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、

村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。

彼は私たちを世界から世界へと往還させる。



世界から世界への往還──それは翻訳の作業を思い起こさせる。

翻訳は、様々な意味村上の作品を理解する鍵となる。

彼は一貫して日本作家からの影響を否定してきた。

作家活動の初期には、「日本人という呪いから逃れようとしているとさえ語った。

その代わり、十代の若者として、西洋小説家の作品を貪ることによって、文学感受性を培った。

その中にはヨーロッパ古典ドストエフスキースタンダールディケンズ)もあったが、

彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀アメリカのある種の作家たち、

レイモンド・チャンドラートルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルドリチャード・ブローティガンカート・ヴォネガットなどだ。

処女作に取りかかったとき村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。

本の冒頭を英語で書き、それから日本語翻訳し直すのである

そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。

村上を長く翻訳しているジェイ・ルービンによると、村上の作品の特徴のひとつは、

たか英語原作から翻訳されたかのように読めることだという。

2011年10月21日

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2012-01-22

[]ハイテンションな人が手放しで賞賛される社会はしんどい

http://d.hatena.ne.jp/Lobotomy/20120121/p1

むちゃくちゃ同意

人の笑いや泣きがどれだけ簡単に操作できるかについては

http://www.nicovideo.jp/watch/sm8905211  でも見れば一発で分る。



しかし、上の記事に同意するからこそ残念に思うことがある。

世の中って、感動屋の方が人を動かすことが多いのだよね。

というか、本当に

・「嘘だとかって言う前に感情が動くほうが人生充実してない?」

・より多く感動した方が素晴らしい人生を送っているというのが正しいとすれば、我々の大半の人生オウム真理教信者よりもつまらないことになってしま

こういう人多い。

で、こういう人が多く集まって、それが正しいのだって空気が形成された空間、プチ社会は本当に息苦しい。

私にはこれが形を変えた体育会系とか吉本喜劇のクソヒエラルキーのように、脳が酸素欠乏になればなるほど偉いみたいなドMの集団にしか見えない。




はてなは、そういうのが苦手な人が多いと思う。他人に笑顔を強いられるくらいなら自虐することを選ぶくらいそういうのが嫌いな人が多いと思う。

上の記事のような、ユーモアアイロニーでこういう空気に冷水を浴びせる記事が人気になりやすい。

多くの人が批判記事を書いて抵抗の意思を示す。

しかし基本的にはてなの人たちの努力はか弱い。

ハイテンションな人がちょっと本気をだせば、あっという間に2500ブクマ越えを達成してしまう。

ゲーセン少女など可愛く思える、病弱な少女を酷使して死に至らしめておいて、泣けばすべて許されるという初期ケータイ小説的な道徳を描いた虐待推奨小説が300万部のベストセラーになることを止めることはできない。

ハイテンションな人の熱狂には結局勝てないのだ。

その理不尽現実ますますはてな民を苛立たせるが、早いところ受け入れざるを得ないのも事実だろう。




頭が冷えているときは、「人と人って簡単に分かり合えないよね、というか絶対に分かり合えないよね、みんな一人で生きて一人で死んでいくんだよね」ということと向き合わざるをえない。

そういうのは人気がでない。人気が出ないと言うか、あまりオススメしない。

特に今みたいに、支えとなるものが金くらいしかなかったのに金すらもない状態で、そういう訓練したことがないのにいきなり一人で向きあうのはむしろ危険だとすら思う。

ある程度みんなそれがわかってるから、すごくつまらないことでも共有して盛り上がってハイテンションにはしゃぐ。

とにかく泣く、怒る、やばいやばい黄色い声で絶叫する。そうやってうすっぺらい経験を少しでも濃いものとして錯覚しようとする。

自殺しないで生きていくためにはこういう必死努力が必要なんだろう。 

そういうことを考えると彼らは彼らなりに生きるのに精一杯なのであって、愚か者といって批判するのもなんか違う気がする。



命がけではしゃぎまわり、群れようとする彼らには勝てない。

勝てないのだから最初から勝とうと思ってはいけない。

でも負けを認める必要もない。負けを認めて、彼らのルール適応しようとして頑張ってモテ系の記事を読んでも、どうせ一度冷めた熱は上がらない。

自分が楽な生き方を考えるしかない。

日本人のうち9割はドMなんだ、でも僕はMじゃないんだ、体育会系ではないんだ、とはっきりとカミングアウトする勇気が必要。

意識して別路線を選ばないと、その自覚を持ってないと、生きるのが苦しくなる。




そんなことより今週のハンターハンターがめちゃくちゃおもしろくて生きるのが辛い

うわーそうきたかー。 蟻編とはなんだったのか、どころか、24巻あたりの伏線がこんなところで生きてくるとは。富樫神すぎるだろ。




追記

感動してる人たちを斜めに見て自分を高みに置こうとするのも嫌いという結論にしかならないな。

から、私はその上下とか高低ってのがいやだから、横に広げようとしてるわけよ。ヨコのものをむりやり縦に考えないといけない病気でないならそこは理解してください。


H×H単行本シリーズ累計5500万部でていてケータイ小説トリプルミリオンなんか鼻で笑えるくらいハイテンションな人御用達コンテンツと思うけど。あたなが横と思ってるものこそ縦かもしれんぜ

系のツッコミありがとう。それについては一つ目のトラバの返信に書いてあるから読んでね♪

ハンターハンターを好きなオレは縦社会から抜けだしたヨコの人間だと主張するつもりもないし、どんなマイナーな作品が好きだろうが、それはただのマイナー好きです。

あと、文中でも述べているように、ハイテンションな人たちを批判するつもりは全くないんですよ。それどころか彼らの気持はよくわかるつもり。

私が言いたいのは、「ただそこしか場所がない」という考えから抜け出したい、ということなんですね。 

必要ならみんなで盛り上がっていい。 何かをきっかけにして、人とつながりあう感覚は時々必要になりますキャッキャウフフな人たちを批判するつもりなど毛頭ない。



分かりやすいように話をぐっと傾けると、「・・・してたら楽しかった!」が逆転して盛り上がることやつるむこと自体が目的化され、常態化されるような状態は嫌だってことです。

これずっとやってると感情が薄まるんですよね。良い方向でも悪い方向でも自分の頭が麻痺してくる。

形的的を追い求め過ぎて、外からみるとリア充だけど中身は・・・って経験は誰にでもあるでしょう?

・・・と、ココらへんまで話を傾ければ誰にでもわかってもらえるとは思うんだけれど、私がいいたいのはそこまで傾けない状態のことです。

ここまで極端な話をシなくても、もうちょっと手前の微妙なところで、しんどいって言うくらいはいいじゃない、と思うんですがどうでしょう

単純に言えば、あんまり周りに振り回されずに、好きでないものや、必要でないもの、必要でないタイミングにはNoという。 

その代わりに好きなものやここだというタイミングではワッと楽しみたいです。感情を濃くしたい。そんだけ。




追記2 

反応が帰ってくるのは予定していたとおりだけれど、内容は予想以上。我ながらナイスアシストができたと胸を貼りたい気分。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120124/1327388248

彼がまともな記事を書くと、普段の彼とバッティングするというのが非常に味わい深い。

私はこれから岩崎さんの綺麗な面を際立たせるような、彼がまともな記事をかけるような問題提起をしてきたいと思います

今回は、直接作品について、しかも悪口の形で触れてしまったのである意味反則です。

そうではなく、岩崎さんの正義の心を激しく揺さぶるようなテーマ提供していきたい。

最近岩崎さんはスランプらしく、自分で考えて記事を書くことができないみたいなので、みんなもアシストして行きましょう。


あと非常に悲しい誤解があります

またぼくの悪口がはてなに書かれていた。

私は岩崎さん個人は大好きですよ。

大好きすぎてハックルブログが富樫化してる最近は生きるのが辛いくらいです。

岩崎さんは好きだけど、もしドラゴミだと言ってるだけです。その点だけは誤解して欲しくないな。

2012-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20120105200842

こういう人って、実際に障害者隔離されても満足できずに残った人の中に難癖つけてはどんどん排除していって結局自分が排除されるタイプだよね

エネルギーが有り余ってるなら何か1つのことを熟成させていけばいいのに、おちゃらけて喧嘩売ってつまんないとこで発散して麻痺して錯乱を隠すためにまた暴れて、、、放っといてもそのうち勝手に死ぬんじゃない?自分絶望して

2012-01-03

http://anond.hatelabo.jp/20120102223346

真面目な話。

国会」にしろ、「自治体」にしろ、選択可能な範囲になんて収まってないぞ。

協議されるのなんざ、ごく僅かだ。

その前段階で捨てられる(協議すらされない)案件なんざ、ごまんとある。

から賄賂や人脈は有効なんだ。

自分に関連ある案件を、優先的に協議してもらえるからな。

彼らが「センセイ」と呼ばれてちやほやされるのは、全然進まない陳情も、「センセイ」が一声かければ解決するからだ。


超絶優秀な独裁者が敷く独裁性がなぜ捗るかって、そうした優先順位の決定すら協議する必要がないから。

夢物語だけどね。

今のところ、落としどころとして一番いいのは、やっぱり間接民主制なんだよ。

人民意見を代弁する議員が、それぞれの利害を調整する合議制が、一番デメリットが少ない。

二大政党制とかになると、各所の調整はしやすいが、その代わり国民の声よりも、政党内の政治ゲームに陥りやすいんで、

もう少しばらけた方が良いと個人的には思っている。

いろんな意見代弁者国会自治体には居るべきで、与党が決めたら決定ってのは、あまり健全じゃない。

調整に失敗すると、政治機能麻痺するデメリットもあるが、それよりは協議健全性を取りたい。

2011-12-20

男子ハック」っていうブログ名がきもい・・・

二十歳街道なんたらかんたらっていうブログ名もきもかった。

なんだろう。「若い男がやっているブログです」感がきもいのだろうか。

「若い女がやっているブログです」感は、きもいはきもいのだけど多すぎて麻痺してしまった気がする。

「若い男がやっているブログです」も、麻痺するほどに見慣れてしまえばきもく感じなくなるのかもしれない。

それにしても「男子ハック」の人や「二十歳街道」の人は、三十路おっさんになっても今のブログ名でやり続けるのかな。

"「若葉」という名前のお婆さん"みたいな違和感が生まれてしまうと思うんだけど。

若々しい感じのする名前をつける人って、加齢のことを考えているのかな?

それとも自分が老化したら、二十代前半の男性に運営権をバトンタッチしていくのかな?

2011-12-18

一連の流れで何となくわかる、東電企業としての姿勢と、今後やるべきこと

原発絡みのニュースを色々見て、一つ確信していることがある。

東電では「安全管理」関連部署が軽視されていて、閑職なんだろうな、ということ。

安全管理」の畑から出世できない状況が続いていて、発言力も皆無だったんじゃないかなと思うのです

 

安全管理」はほとんどの企業で「コスト」とされていて、削れば削るほどよいこととされがちだ。

まあ、競争状態にある大多数の企業において、こうなるのはわかる。ある程度はしかたないとも思う。

けど東電は、発電業において圧倒的な独占体制を敷いていたのに、「安全管理」の努力放棄していた、と考えられる。

えらい人の頭にあったのは、この独占体制をいかに維持するか、だけだったと言っても過言じゃないだろう。

そうなると本来は保安院みたいな第三者機関がきっちりチェック機能果たしてなきゃいけなかったんだけど、

狭い世界からずぶずぶの関係にあって、そのチェック機能麻痺していた、というのが今回の事件の本質なんだろうと思う。

要するに、誰も「安全管理」に対するインセンティブを持っていない状況だったということ。

 

こう考えると、現経営陣は総とっかえ(ガバナンスを一から作り直して体質改善するにはこれっきゃないよ)して、

第三者機関との独立性を確保し、「安全管理」へのインセンティブをどうにかして持たせるべきなんだけど、

未だにそういった議論はあんまり進んでいないようだ。

 

もうちょっと具体的に言うと、「東電」は発送電分離解体して競争状態にして、

第三者機関に権限を与えて「業務改善命令」なんかを出せるようにもして、

業務改善命令」を出されるとその発電会社がすっごく困るような仕組みを作ればいいんじゃないかな。

『すっごく困る仕組み』としては、「業務改善命令」に

「ここの発電所安全管理なってないから、ここから出た電力売るの禁止な。足りない電力は他のとこから(割高だとしても)買えよ」

という措置命令をくっつけることが効果的だと思う。

2011-12-15

夜一通のメールが来た。

ちょうどその時洗濯物をしていたので、後で見ようと放置していた。

段落ついてから、この間飲んだ子からメールかも!

なんてちょっぴりドキドキしながらメールを見た。

差出人:母

タイトル:(文字化け入院

本文:左側が痺れてろれつがまわらなくて、軽い脳梗塞です心臓ペースメーカーを入れているので、MRIは使用できないので詳しい所まで検査が出来ないようです。〇〇病院の8階8H6に入院してます。あんたが来てくれたら元気になるかも(笑)

は?

一瞬意味がわからなかった。

ペースメーカー

脳梗塞

初めてその単語を聞いたかのように全く意味が分からなかった。

倒れたの?

いつ?

なんで?

ペースメーカーって即効いれるものなの?

心筋梗塞??

疑問で頭がいっぱいになった。

親父からは何の連絡も無い。

からの一通の携帯メールで病状を知るなんてあり得るか?

いくら仲良くない親子だったとしても。

メールの受信時間は21時30分。

現在22時。

時間前のメールだった。

洗濯してないですぐに見ればよかったと思った。

こういう時に限って間の悪いメールが来る。

よし、面会に行こう、すぐに。

そう思って病院の面会の時間を調べてみると、面会時間は20時迄。

今はもう23時。

今日はどうやら無理だ。

胸がざわつく。

軽く動揺してる?

でもそれほど慌てていない自分を少し冷たいと思った。

とにかく早く寝て明日病院へ行こう。

明日の朝行くよ。

と、メールして寝ることにした。

布団に入ってからもしばらく色々な思いが走馬灯の様に思い出されて眠れなかった。

まぶたのうらに母の麻痺して歪んだ顔がちらついた。

他に怪我はしてないかな?

親父はとても一人じゃやっていけないんじゃないか

また手伝わなきゃならないのかな?

早く結婚しておけばよかった。

こんな時に家族がいたらきっと心強かっただろう。




朝になった。

時刻はすでに8時を回っていた。

寒さで布団から出られないが、起きなきゃ。

でも、眠気に負ける。

ごめん、おかん、親不孝な俺を許して。

まどろみの中で問答を繰り返す。

10分後、二度目の目覚まし時計ベルが鳴ってやっと起きた。

仕事の支度を済ませる。

いつもは慌ただしい朝だけど、今日はずっと落ち着いていた。

旅行かばんが半分開けっ放しのままで廊下に置いてあった。

明日から旅行準備中だったのだ。

母の様態次第では旅行キャンセルだな。

車に乗り込みエンジンをかけ、一路病院へ向かった。

道中様々なことを考えた。

思えば、ここのところ立て続けに悪いことばかり起こってる。

不況会社をクビになり、実家の布団屋を継いだ。

その2ヵ月後祖母が突然倒れ他界

それから4ヵ月後、妹が離婚して子供3人と実家に戻ってきた。

継いでからちょうど1年後、自分は親父と喧嘩して家を飛び出し、今は運送業で働いている。

母の負担は一気に倍増したはずだ、辛労が祟ったのかもしれない。

俺も加害者だな。

すまない。

母方の親戚には結婚の事、仕事の事で色々言われていたので、また言われるかと思うと気分が重くなった。

病院までは家から15分ぐらい。

そこそこ大きな総合病院だった。

祖母が他界した病院とは違う病院だ。

S病院で祖母は他界した。

そのS病院では祖母の姉も亡くなっていた。

医者も足りず、ほとんど助からない…S病院のいい噂は聞かなかった。

きっと母はそこだけは避けたのだろうと思った。

病院駐車場へ止め、エンジンを切ってドアノブに手をかけた時だった。

昨日よりもずっと強く、悲しみが胸を貫き、涙がこみ上げてきた。

ここに来てようやく実感が湧いてきたらしい。

胸が苦しくなって嗚咽が出た。

しっかりしなきゃ。

母の前ではせめて笑おう。

足取りを確実に、メールに書いてあった8階8H6を目指し院内を奥へ進む。

途中エレベーターに乗り換える。

8階について、一際大きくなる不安と悲しみ。

ここに、変わり果てたおかんの姿が…。

そう思うと足取りがずっと重くなった。

エレベーターを出ると左手ナースステーション

ナースたちが朝のミーティングをしていた。

特に面会についての記述はなかったので、そのまま通りすぎた。

そこから先はE8F8G8H8と4方向に分かれていた。

どこにもH6なんて無い、間違えたのだろうか。

ちょうどそばにいた掃除のおばさんに尋ねてみると、H6は6階だと返答が返ってきた。

メールに書いてあったのは8階。

階は間違ってないだろう…もしかしたら8HとH8を間違えたのかも。

きっと意識朦朧としてるんだろう。

そう思ったら涙が出た。

H8廊下沿いには奥までずらっと両側に病室が並んでいた。

ナース掃除の人が忙しそうに働いている間を抜けて、部屋の上の番号を確認して一歩一歩進んでいく。

誰も自分に興味を示さない。




1…2…




途中目に入る病室の中は、

お歳をめしたご老人ばかりが目についた。




3…4…




近づいてきた。

心臓の鼓動がはっきりと響いてきた。




5…




次だ。




6。




ここだ。

部屋の入口に貼られた名札を確認する。

6人べやで上から順に名札を見ていく。

増田裕子を探した。

果たしてそこにあったのは




増田




公造




…それは爺さんの名前だった。

2011-12-01

電車内で異臭男に遭遇した

ある平日の京浜東北線電車に乗り込んだ時、ふっと、堆肥のような臭いがした。

なんとなく口臭(奥歯に詰まったカス臭?)のような気もしたので自分の息が臭わないかかめてみた。

が、特に臭わない。

周りを見回しても異臭の元がつかめない。

そうこうしているうちに次の駅について、座席が空いたので座った。

座席が空いた理由はすぐに分かる事になる…。



座席に座ったら途端に臭いが強くなった。

かいにはハンカチで鼻を押さえている人がいる。

眉をひそめて周りをキョロキョロと見回している人がいる。

二人連れが怪訝な顔をして「…何?」「…なんか臭くない?」とコソコソ話をしている。

隣の車両に移る人もいる。

右隣の人が立ち上がり、遠くの別の座席に移動していった。

そうしたら臭いがいっそう強くなった。



自分が座っているのは7人掛けの長椅子タイプの座席の左端。

右側に座っていた人がいなくなったら臭いが強くなったという事は…臭いは右から来ているのか?

ちらっと右を見てみたら一番端に男が座っていた。

ホームレスのような不潔な感じの風貌をしている。

臭いの元はこの男か、あと数駅だしこの程度の匂いならなんとか我慢できるかな

…と思った瞬間、その男が突然

キエーーーーーーーッ!

と絶叫して頭をかきむしりはじめた。

かいの座席の人が男に一斉に視線を注ぐのが見える。

はげしく咳き込みながらキー!キエーッ!キー!と奇声を上げ続ける男。

時々痰を吐くような音もする。

(怖くて男のほうを見られないので音しかからない)



車内は恐怖に凍りついていた。

はやみんな男から視線を外して何事もないように振舞おうとしているのが分かった。

顔をひきつらせて泣きそうな若い女性もいる。

男の奇声と奇行はしばらく続いた。

から遠くにいる何人かは隣の車両に移っていたが、近い人は恐怖のせいで動けない。

俺も男とは近いので動けなかった。

怖がって逃げる事でコイツを刺激したくはない。



次の駅についた時、この車両からドッと人が消えた。

皆バタバタと避難するような速度で我先にと出ていった。

隣の車両に移った人も大勢いた。

人が一気にいなくなり周辺の座席がたくさん空いた。

隣の車両は立っている人が結構いるのに、この車両だけは異様なほど空いている。

人がいなくなったせいで伝播力が上がったのか、また臭いが強くなった気がした。



俺はといえば、中途半端しか逃げられなかった。

さっきの駅についたどさくさで一つ隣の座席に移動したのみで、男とは依然同じ車両のまま。

自分心臓の音がバクバク聞こえているほど本気で怖かったが、なんとなく怖いもの見たさでこのまま目的地に着くまでここに座っていようと思った。

「何かのネタになるな」と思った。いや、ネタにしなきゃやってられない。

そう、ネタにしようと思ってしまった。(だからこれを書いた。)

つのまにか男は奇声を上げるのをやめていた。

相変わらず異臭は漂っている。



から次の駅に到着する時間がいつもよりも長く感じられる。

知らずにこの車両に乗ってくる人は可哀想だな…誰も乗ってこなければいいのに…と考えていたが

その思いも虚しく、駅につく度に人が乗ってきて空いている座席に座り、次の駅についたら無表情で降りてしまうという予想通りの行動が何度も繰り返されていた。

男は時折大きな音で痰を切る。

奇声を上げている頃に比べたら随分おとなしくはなっていたが、車内の雰囲気おかしいまま。

ただ異臭がするというだけで車掌を呼ぶわけにもいかないし、一体この男をどうすればいいんだろうという感じだ。

(こういう時本当にどうすればいい?車掌を呼んでもいい案件?)



そしてとうとう俺の降りる駅に着いた。

ようやく異臭と緊張感から解放されると思ったら、その男も立ち上がった。

同じ駅に降りる様子。

ついて来られたら…同じ目的地だったら…と怖くなったが、

電車内みたいに密室ではないのでいくらでも走って逃げられる。

降りたらさっさと駅から逃げよう。と気を持ち直した。



電車から降りて、ホームで男の姿をゆっくり観察できた。

癖っ毛で脂ぎったボサボサ髪。

マスクをしている。

ペラペラでヨレヨレのスタッフジャンパー

薄汚れたシャツ

中年のような出っ腹。

何かをパンパンに詰め込んだボロいビニール製バッグを3つほど持っている。

ボロボロに履き古した運動靴のかかとを踏んでいる。

その足がなんだかグチャグチャで変な色で、汁のようなものが靴に染みていた。

臭いの元は多分これだ。

そういえばいつか田舎で見た、車に轢かれて放置された動物死体がこんな臭いを放っていたような気がする。

腐臭だ。

この人の足は腐っている。

臭いはずだよ。



とにかくさっさと駅から出た。

振り向いたら男の姿はどこにもなかった。

ホッとした。



ただ、その日一日は臭いが鼻から離れなかったのは参った。

今までに出会った人の中で一番異臭を発している人だったと思う。



鼻に残る臭いを感じながら、

腐った足は痛くないのだろうか?

腐っているので痛みも麻痺しているのだろうか?

もしかして奇声を上げたのは痛かったからか?

咳き込んだのは何かの病気か?

その病気のせいで足が腐ったのか?

末端が腐るといえば糖尿病か?太っていたし…

病院には行かないのか?

治療できない事情があるのか?

金銭的な事情か?

どうしてこんなになるまで放っておいたんだ?

助けになってくれる人はいないのか?

あの男はあんな体でこの先どれだけ生きられるのか?

色々な事が頭を巡った。

俺がどれだけ考えても詮無いことだよなあ…。

2011-11-25

みーまーBot作る用 11

・しょーねんは外に出れば必ず死にたがる生き物となってしまっているのです



・ここにいる患者は、つらいことから楽になりたいと願った時、満足に飛び降り自殺することもできないじゃん。追い詰められた時に、精神の矛先が塞がれちゃってるんだよ。だからフェンスを取り除けば、やる、やらないは別にして閉鎖感は和らげられるかと思ってねー




・内臓は激痛を訴えてたけど。自分を削って他の人を詰め込むのが人間関係から、納得してた。無理にだって限界はあるものだと実感した日がくるまで、そう長くなかったけど。




・だれもこたえないでほしい。だってかみさまは、いないほうが納得できるから





・死にたがりながら生きてるのと、生き生きと死にたがるのと、どっちがましか、アタシには判断出来なかった。人は生きてるだけで意味があるんだって、そんなことは学んで来なかったから。




・まいのりてぃなぼくらは効率を求めてはいけないのだ。それは、趣味だけじゃなく、生き方とか、そういったこと全部に当てはまる。もはんてき人間であれないのなら、どれだけこの美しい世界がふべんに感じられても、がまんして生きるしか無い。そのがまんができない人を、「犯罪者」と世間は呼ぶ。




・やられる側としての想像や耐性があったぼくと違って、攻めるだけしか経験のなさそうな「おいかけてくるの」あらため「えらそうなの」は未体験の激痛に反撃を忘れる。




・人が動くために必要なもの。惰性、欲、他人。全くないわけじゃない。ぼくにだって、その3つは少しずつ残っている。この倍、どんな形をしているか何も分からないけど。




・こんなもんなんだ、ぼくは。このていどなんだよ!ぼくは子供で力が足りなくて頭も回らなくて笑ったり泣いたり怒ったりできなくて、自分勝手人の力を借りたくないのに借りないと生きて行けないのに借りれなくて生きていられるかすごく怪しくて!誰も助けてくれる人がいないし何も助けて返せるものがないし。マユちゃんを助けても感謝されないしぼくを助けても感謝することしかできないし。

何も無いけど、

何もないけど助けて。

助けて、「○○○○○」




・ある人に刷り込まれた幸福のための条件は2つ。その1は自分以外の誰かに期待されたり求められたり、必要とされたりすること。そのニは省略。こっちはアタリマエのことすぎるから、反芻するほど味があるわけじゃない。

(22ページ後)

幸福の条件、その2。自分以外の誰かが、不幸だったり悲惨だったり同しようもない状態であること。こんなの、幸福を感じる為の比較として、当然のこと。・・・でも、おかしい。僕はついさっきまで、どっちも傍で与えられていたはずなのに。ちっとも幸せな気はしなかったんだけど。




・でも・・・でも、ぼくといたときはぜんぜん、幸せそうに見えなかった。





・御園はね、幸せなんだよ。君の目がどれだけあの子の背景に不幸を捉えたって、背負う本人は幸せだけを凝視し続けてるの。それを他人がとやかくいう権利は、無いんだよ。あっていいはずがない。正しい不幸と間違った幸福を天秤にかけたら、どっちが重いって話よ。





・ぼくがマユちゃんを見て不幸だと思ったのなら、どうすればいいんだろう。惰性と他人と欲望の、何に従えば僕は正しく生きられますか。




先生は、それをクチにしない。意地が喉としたを麻痺させて、容易には送り出させない。対策を練る時間を稼いで、何とかしのいでいく。諦めるのを、どんどん後回しにできる。僕には一生、真似できそうもない人間らしさだ。



・なるほど、大人は、視野が狭いのに、奥が深い。ぼくのうそなんて、まだまだ子供だ。




・起きなさい、××




金子ドラえもんばりに便利な男ではない。かと言ってのび太でもスネオでもない。僕も同様だ。一体僕らは、何に属せば、収まることが出来るのだろう。




・望む望まざるにかかわらず、僕の一日はここにあった。これがぼくの世界なんだから、甘んじて受け入れよう。日常価値非凡なのだ。それを忘れないから、ぼくは普通である自分をどこまでも好きでいられるのだ。




・父の投げかけた言葉を噛み締めてみると・・・中身スカスカで、歯が咬み合ってしまうあー、つまり・・・・僕はとても幸せってことだ。今のご高説は、「ぼく」には不要なわけであり。

2011-11-17

はちま起稿のはなし

信者アンチ根本的な問題を忘れている。

あいつ、藤島康介に無断でキャラクターマスコットにしてるだろう。

ネットに浸ってるせいで皆麻痺してるけど、立派な罪だこれ。

2011-11-16

http://anond.hatelabo.jp/20111116074531

Twitterフォロワー女の子と二回付き合ったことあるけど、相手が男だと助言のしようも無えわ。でも男でも好きになってしま感覚は分かる。皆が皆美少女アイコンだったりすると性別の感覚麻痺する。

2011-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20111113105353

真面目な質問なようなので、真面目に答えます



政府が「最終的にどうなるか」に関するレポートをもっているかどうかは「分からない」です。もちろん。一定のそれをもたずに一体どんな政策決定ができるのかは分かりませんが、もっていない可能性はもちろんありますですが、私が「算数の結果」と言ったのは、かならずしもそのことだけではありません。その点誤解があるように思います



まず、はっきり言えることは、「ただちに」を聞かされる側は「ただちに影響があるかどうかについてのコメント」(国語けが関心事ではないことくらい、政治家なら分かっているだろうということです。最終的に何が起こるかが分からないとしても、分からないなりにどのような事態や対策を想定しているかについて(算数)説明するのが適切であり、たとえば企業クレーム対応する場合などでも、そうした対応フォーマットが用意されているでしょう。そういった対応のことを「算数の結果」と言ったのです。影響が分かる場合も、分からない場合も、いずれの場合でも、「今後どのような予測があり、どのような対応が求められるか」についての説明が必要だ、ということです



なぜ、そう言えるかというと、枝野さん自身が「ただちに」という言葉は、すぐ影響がでるかどうか(国語)、ということだけを言ったのではなく、将来的にはどうなるか分からないよという意味を込めていた(算数の結果も含んでいた)と後になって述べているかです。算数の結果を言わなければならないということは、当然認識しておられた。にもかかわらず、国語の結果に見せかけて、もう言ってましたよ、と言い訳してる。次の動画をご覧いただければ、本人がそう述べてますリンク踏むのを警戒される場合は、youtubeで「枝野会見 直ちに影響」で検索し、5月20日付けの会見映像を探していただければオッケーです

http://www.youtube.com/watch?v=jf_vxPJuMZc&feature=related

国語の結果」だけ言ってすました顔をしてる。後から追求すると「国語ときに一緒に言ったつもりだったので」って、言う。そういう対応って、どうなんでしょうね。



国語とか算数とか言うとかえって分かりにくいですかね。たとえばビル一階で火災が起こったとする。下を見てきた管理人が、つめかける上階の住人に「ただちに火は回らないから」と説明する。それで説明になっているのか。「部屋でじっとしておっても直ちに影響はない」が念のため2階と3階の人は避難した方がよろしい、と。後から分かったことで、実は発生したガスで4階5階も汚染されてた、と。追求すると「ただちに影響はないと言ったが、それは、5分後とかにはまだ何も起こらないというだけの意味で、これからどうなるかは分からないという意味だった」と言う。



「ふざけんな!」とならないですかね。これでも「発狂してるのは放射『脳』だけ」なんでしょうか。



…とはいえ、私は枝野さんはそれなりによくやったと思ってます。あれだけの状況の中、責任あるポジション人間として国民の前に立つ、それだけで、気の弱い人なら心臓麻痺起こしそうなシチュエーションです。それを、碌に睡眠も取れないような状況下で耐えきり、パニックも起こさずしのいだ。それだけで、賞賛してもいいくらいです。嘘の一つや二つついても全然許せるレベル。ただ、そのことをもって、批判者を揶揄するのも、どうかと思うんですよ。嘘は嘘だし不完全は不完全。そこは認めるべきでしょう。「ただちに」を繰り返しやがって、と怒る人がいるのは、当然だと思います

2011-11-03

成れの果て

少なからずの希望と欲望を抱きつつ生き続け早数年

何の変化も突破口も殻破りもなく、ただただ時だけが過ぎていく

しかった時期で思い出は止まり、そこから前に全く進めていない

もう一度あの頃の楽しさを得たいと、幾度か悪あがきもしてみたが

結果的に訪れるのは、虚無感が関の山

待機しているだけでは駄目だと、そこらにアプローチをかけるも未遂に終わる

それも慣れた事だが、やはり慣れない

一般に、一人でいることこそを恐れる者が多いし、私自身もその者の一人だが

その恐れよりも、人様にアプローチをかけるほうがよほど怖いのだ

から、進めないのだと自覚はしているが…

俗にいう「人見知り」であり、 それを越えればフレンドリーに接せられる自信はあるが

それが受け入れてもらえるのかどうか、疑問と不安が付きまとう

ここまで来ると、慣れではなく最早「麻痺」だ

2011-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20111028215840

何の規模なの?災害?被害?組織

災害の規模が大きくて社会の成り立ちが麻痺しているのなら分かる。

被害が大きいのなら会か何かを立ち上げて結束すればいい。

組織が大きいのなら組織を壊せばいい。

答えになってないのでは?

2011-10-04

東京電力社員

ボーナスだなんだって言ってるけど、あれ賃金引き下げたら誰もいなくなるだろ。それでその後入社する奴なんかいないだろ。俺がもし今の三倍払うから来てくれって言われても行きたくねえもん。正直腹は立つけど、辞めずに仕事してろ、と思う。


でもその一方、東電の社内のことなんか俺何にも知らないんだよなと思う。そろそろ日常なっちゃって麻痺しちゃって、普通に飲み歩いたりしてる社員もいるんだろうけど、その中でもきっと真面目に働いて胃を痛めてるような人もそれなりにいるんだろうな。と思うとな。同じ人間なんだよなとも思う。会社と個人は違うからなあ、何を思えばいいんだろうなあ。


話題に出ることは少なくなったけどまだ作業は続いているし、事態に大きな進展はない。毎日自分普通に生活をしている中でたまに思い出してひやっとする。穏やかに収束する日を願ってやまない。

2011-09-27

増田啓蒙しよう!OH! とかないよね

病院行った方がいいって言う人、どういうところか知ってる?


まあそれは、酷いところも良いところもあるって事で、置いといて、それを言おうとしたんじゃなくて




精神科だけじゃなくて、心理療法も、あれって広義の意味では人権侵害を含んでる

事になる。法律的には。

から、本当は治療の前にカウンセリングなんかでも、カウンセリングを受けることを納得して受けます、みたいなものを書かされたりという事もあるらしいと聞いた

書いたこと無いけど

なんでそれを書かせるかと言うと、訴えられたら治療者側が負ける可能性があるからだろう

実際損害賠償請求になってるの見たことあるカウンセリングで。


なんか変なものを心理なんとかって流行らせるから、そういう態度が当たり前みたいに思われたり、変な権利みたいに勘違いされちゃってるかもしれないけど

カウンセラーや心理療法家のやってる事って、プライバシー権侵害を含んでるから、嫌だったら、犯罪者でも黙秘権があるのに、それはプライバシー権侵害です!とはっきり言った方がいい。



カウンセリング受ける状態の人や、受ける必要がある状態って、自主性や主体性がなくなってるからそれを取り戻すという意味合いがある思う。 抑圧により、自分の意思が自分で確認しにくい状態

そういう人に付け入ったり、利用したり、騙したり、洗脳したりするのは、割と簡単だったりするんじゃなかろうか




適応症状起こしたわけじゃない顔面神経麻痺で、市立病院の口腔外科(ほんとは耳鼻科で診ないといけない)→違う市の大学病院神経内科→そこの神経科 と回されてカウンセリング

親の職業学歴、友人の数や、もっと何だったっけな、プライベートな事も下調べのようなもので、聞かれた。 ア、成績だ! 成績は?と聞いてくる。そんなの自己申告だし、どういえばいいのかと思った。

色々聞いた後、自分性格についてどう思うか?と聞く。 なんかその前からの質問も、クライアント内省強要しているような、印象を受けたし、圧迫感がない事も無かったが、 顔面神経麻痺と親の職業と何の関係があるの?と思えるけど これが不適応状態にある人なら、全てをクライアント内面に原因や責任を求めているかのようで、なんかおかしいなと思った。 顔面神経麻痺病気からそれ以上でも以下でもないけど、不適応症状だと本人も悩んだりしてるかもしれないのに、それをさらに追い詰めるような事や、勘違いされそうな事を質問として並べるのもおかしい。




心理学カウンセリングの考え方と随分違うなと思った。




顔面神経麻痺は、ほぼ治って左右の眉が思いっきり上げた時に、1ミリくらいずれるというものだった。それで何かストレスでも?なんて回された日には、かなわない。

人間の顔って左右が正確に対照的な人の方が少ないらしい。元々1ミリくらいずれてたかもしれない。

2011-09-24

気づいた

過去恋愛でのトラウマが吹っ切れたんじゃなくて、

他の物事で痛みが麻痺していただけだってことなんだ。

不意に思い出すのも麻酔が切れたから。

フラッシュバックするのも痛みがまだ残ってるから

本当どうやったら痛みが無くなるんだよ。

もう忘れさせてくれ。

いっその事俺を殺してくれ。

2011-09-22

http://anond.hatelabo.jp/20110922010047

これがキチガイクレーマー・・・

帰宅指示が出て何にも考えずノコノコ帰ったの?

交通機関麻痺することぐらいアホでも解るよね?

少しは学習しろよ、トンキン

そんなんじゃ関東大震災生き残れないぞ

昨日の品川駅の大惨状は人災

はじまり

午後3時半に品川駅京浜急行改札に辿り着いたが

そこは既に見渡す限りの人の波だった。




今回の台風接近に、いつもの如く、

「なにか言い訳さえ立てばすぐサボる」でお馴染みJR組各線が

早々ギブアップして自分達の乗客全ての輸送を放棄し、

振替輸送」として京急に投げたのだ。




地震の時もそうだったが

JR京浜東北初めとした近接線を押し付けられた時点で

京浜急行キャパ限界になる。




京浜急行のホームは入場制限が開始され、

大量の人間が改札前の階段広場で待つことになった。




高いミンドと適当な指示

過去の同様の事例でもそうだが

このとき京急職員もJR職員も

全くと言っていいほど整理や誘導をしない。

手持ちスピーカーを使い、少ない情報と指示を叫ぶだけだ。




見てるだけで恐ろしくなるような大量の人の密集列は

ただ日本人特有らしい「ミンドの高さ」「従順さ」とやらに頼って維持されている。

踊り場と踊り場の間に階段があり、

あそこが転んだり雪崩れたりしたら怖いと思うが

そこに人を立たせない程度の整理もしない。




それでも雪崩も起こさず、押し合いもせず、喧嘩もせず、

老若男女がじっと同じ方向を向いて辛抱して待った。

ホームに電車が入るたび、待ち行列の先頭から一定数だけホームに入れるが、そこでも粛々としたもの

駅員が「今回はここまでです!」と叫べばピタリと止まる。

誰1人として制止を無視したりしない。

これは地震の時も今回もそうだ。




クラッシュ

だが徐々に

そして完全に

電車自体がホームに入ってこなくなる。

そこから更に30分ほど経った頃、

断片的なアナウンスによると、

どうももっと前の駅で「人が溜まりすぎて危険な為電車を発車出来ないで居る」という。




人が溜まって危険なのに電車を止めたらもっと人が溜まるのは子供でもわかる。

何故電車を止めなければいけないのか。

全ての乗客が集中しだした京急仕事を投げたら全てがクラッシュするにもかかわらず。




危険な為」というが、

誰一人として駅員に逆らわず怒らないこの羊の化身のような民衆が

どこかの駅で「危険」になったとすればそれは

誘導・指示の係が最低限の仕事をしくじったかサボったかだ。




ホームどころか改札の10メートル前で止められても

大変な人口密度で立たされっぱなしになっても

一言の怒りの声も上げない民衆である

どこかの駅の馬鹿駅員が無計画に列を進めてホームを人で溢れさせるかしたのである




嘘の指示

品川駅改札前の人の大群は、先頭は2時間以上待っていると言うことだったが、

ここでついに駅員が、「この改札は人が集まりすぎて危険なので〇〇側改札へお回りください」と言い出した。

これはよくある欺瞞の指示だと言うことがぴんと来た。

きっと、〇〇側改札に回ったところでホームには入れない。(この予感は当たっていた。)




電車が止まって群集を解散させなければいけなくなったが

今更そんなことを正直に言うのが恐い電鉄会社現場駅員が

誤魔化しの指示でなし崩しに人をばらけさせようと考えたのだ。




怒ったのはたった一人

ここでさすがに列の中ほどの1人の男が

「ふざけるんじゃねえぞ!今更なにを言ってるんだ!」

「先頭の人達なんか何時間待っていると思っているんだ!」

「でたらめのことばっかりしやがって!」

スピーカーの駅員を言い負かすぐらいの声量で

周囲をアジるような感じの声を上げだした。




が、怒声をあげたのは彼だけだった。

見渡す限りに詰め込まれて待たされた人達の中で、彼1人だけ。

(彼は行儀がいいとは言えなかったが、

 日本人の高ミンドの評判を損ねる恥さらしかもしれなかったが、

 ここまでくるとむしろ

 彼のほうが人間味のある正気人間なんじゃないのかという気もした)




例によって〇〇側改札がどこで、どう進むのが望ましいか

などのアナウンスや誘導が一切ないので

「あぶないよー!ちゃんと誘導して!」と叫ぶ女性もいたが、やはり誘導はなかった。

あれだけのストレス状況で一切押し合わないという、群集の高いモラルのみに頼った移動が始まった。




台風はさっさと去った

これが4時半位で、

ここから時間は飛ぶ。

品川駅から離れて駅のほうを眺めていたが

から溢れ出し駅を取り囲む人の群れはとんでもない密度と大きさになっていた。




ご存知のとおり、台風ウキーの足は速い。

5時半ごろには完全に東京を通り過ぎ、雨も風もやんだ。

しかし溜め込んだ乗客に責任感を見せる様子のない電鉄各社は運行を再開しない。




みんな電車が頼み

JRなどは「線路内に障害物が入った影響で…」などと口実を作った(JR利用客は誰も信用しないいつものアレだ)ようだが

京浜急行などは線路になんの障害もなかった(確認済み)。

「人が多くて危険」というアホのような理由で運行を再開させない。




鉄道会社と言うのは代替がしにくい、独占企業・専売企業のような存在である

同等サービスをする別会社へ行く、が出来ない点で東電に近い。

「人が多い」状況は電鉄会社努力して運行を再開する以外では解決しないのに

それをするのを嫌がって、なんと8時半まで運行を再開しなかった。

高い金を払って泣く泣くタクシーに乗り込む人もいたが、タクシーちもとっくに長蛇の列である




整理のノウハウマニュアルはあんのかな

運行が再開しても、

危険なので入場制限をします。駅から離れてお待ちください」等と

ボンヤリしたことだけをスピーカーで繰り返し、

自ら作り出した超大量の帰宅難民の消化に意欲も責任感も見せない京浜急行




「待っていてください」以外何の指示もアナウンスもしないのだ。

時間待っても電車が少なく、人も少しも減る様子がないのを眺めていると

駅の交番を通して

品川駅京浜急行は大変混雑しているので、並んでも長時間電車に乗れません」

「なるべく他の交通手段で帰宅してください」

という放送。




今更言うな、の二回目だ。

「お待ちください」「お待ちください」と散々言って

時間以上待たせてからこんなことを言い出す。




難民の苦しみに興味がなさそう

その後、勝手に隣の駅「北品川」まで徒歩で移動したところ、電車には簡単に乗れた。

要するに品川駅が、上層部現場の思考硬直・怠慢で麻痺していて、

せっかく運行している電車すら満足に生かせていなかった。

なにしろ北品川に来る電車はどれこれも、混んでいないのだ。電車によってはスカスカ




品川駅駅員どんな入場制限をしているのか知らないが、

辛い思いをして待っている大勢の人間を少しでも早く多く救うことより

人の波の整理・誘導の苦労を嫌ったに違いない。




当初、現場駅員の数が平時と変わらなかったのも印象的だった。

改札前の切符センターなど、大量の人員が中に居る部署がある筈だが

切符業務などなくなっているにもかかわらず現場応援に来ていなかったような。

(これは確認していないので、あとから応援に来ていたかもしれない)





結局、あの人達は帰れたの?

品川駅から溢れ出し、大交差点の対岸まで溢れていた人たちは今どうなっているだろうか。

チンタラ運行とポンコツ誘導・入場制限に阻まれた人達がまだ帰れないであそこにいるのじゃないだろうか。

まさかあの人達を見捨てたまま、電鉄会社が「本日の運行は終了しました」などと言っていないだろうか。

心配だ。

2011-09-15

2ch

身体の相性が大事から、といって不特定多数の男とセックスしまくる非処女に低IQだのソープに沈めだの言ってみる。

昔は非処女との結婚を拒絶して孤独死させるべきだ!という過激な煽りをしてたけど、



現実就活してて、俺のことを頭のおかし非モテ童貞のように対応してくる会社があったら、

それは会社の業務とは関係ないインターネットの書き込みまで無断でチェックすることに何の疑念も感じないコンプライアンス意識麻痺した会社


当然、これまでの勤務先も個人情報も何も書かない。

それであの書き込みは俺だ、と特定できるとしたら個人の通信を無断で傍受するしかない。技術的には可能だから



そういうわけで、初対面なのに俺をキチガイ処女厨であるように応対してくる会社は、俺から見るとキチガイ

わざとキチガイのふりして、キチガイ会社を洗い出す。こんな生活さっさと終わりにしたいもの・・・

2011-09-08

猫の感じ

http://anond.hatelabo.jp/20110908093243を可能な限り段落を再現してエキサイト先生翻訳して頂きました!



長い間、私は暗箱にいます

私が箱の外部で聞いた誰かのコメントによれば、劇薬を含んでいる小さなボトルは、この箱に位置します。ボトルは完全に密閉されますが、ハンマーボトルの近くに配置します。また、彼らは、ハンマーがある時に倒れるだろうと言いました。

いつになるかは「ある時間です?私は知りません。このまさに瞬間に?あるいは遠い将来?恐らく、それは既に来ました(私はそれに関して考えたくありません)。誰もハンマーに影響することができません。独立事象として、それは、見込みで50%倒れるでしょう。見込みはちょうど50%です。ひょっとしたら、ボトルは壊されるかもしれないしあるいはだろう。自分に関して、死者、あるいは、生きている。

私は言わなければなりません、状況はどれくらい恐ろしいですか。

私は、猛烈な憤慨を持たないようにはすることができません。私の人生(私のための最も重要な問題)は、私から完全に離れており、単純な図、FIFTY PERCENTに単独で依存します!あまりに恐ろしい。

さらに、私は、それは完全に不合理であると思います(そして)。私は、ちょうど50%で見込みを維持する多くの方法で束縛されます

視覚。箱は、任意の光から完全に保護されます。それは、ボトル装置を見つけるおよび破壊することから私を回避するためにあります。完全な暗さ。私は完全な暗さにいます。したがって、今、私は、自分アウトラインさえ見ることができません。恐らく、それは奇妙に思えます。暗さは私に私の体自体の存在について疑問を抱かせます

聴覚の知覚。恐らく、私が上に言及した理由から、完全な遮音は使用されます。私は、私自身の音声さえ聞くことができません。私はメカニズムを知りません。まず第1に、私は、何も見ることができないとともに、どのようにそれを調査することができますか。したがって、これは恐らく推測だけです、私の鼓膜はこの箱の中の包囲の前に破損されました、あるいは、ある特別の資料は箱の壁に使用されます

とにかく、光と音の保護であまりによい暗箱では、ちょうど用語が示すように、私の視覚的・聴覚の知覚は死んでいます

たかも一層の確認が必要かのように、私を極度に圧迫する巨大な疲労は私のための別の拘束物です。それらは努力から私を回避するために私にある種類の筋弛緩剤を与えたように見えます。私が同じ姿勢から変わることができないとともに、私の触覚はほとんど麻痺しています

光はありません。音はありません。匂いと味は信頼性が低い。触覚は不調にあります。私は操り人形に似ています。すべての五感は私のコントロールが不足しています。あまり残酷です。完全な拘束物。それらが睡眠薬を与えていた場合、私は望みます。私は、外傷のない苦悩にいると思います。私の生活(私の存在(自体))は完全に無視されます。そのような屈辱は私の正気を維持します。そのような屈辱けができます

自分の生および死をコントロールする権利は完全に奪われます。私はそのような状況を嫌います。私の生活の連続性の中核決定要素は完全に依存します、で、単独で、で、純粋な見込み。誰からでも完全に遠方に、意志があります。私は再びそれを嫌います。私はそれを嫌います!

なぜ私は、そのような箱で囲まれなければなりませんか。そのような途方もない箱では、なぜ私は、そのような完全な拘束物を備えた、生命不安および死にいなければなりませんか。

不合理です残酷です

私は孤独です。私は、中身がなく、水平に感じていますか。すすり泣かないようにすることが困難です?番号私の孤独はるかに深い。私は空間の海でいます。私は一人です。完全に孤独です。孤児として、私はこの無限の暗さに向けられました。私は絶対零度の中で震動しています

この箱に展望はありません。暗さだけがここにあります。私はボトルハンマーを感じることができません。私は壁、底および天井をまた感じることができません。それらはそこにあるに違いありません。しかし、私の五感がすべて奪われます。何もないように、私は感じます。それらのものがいくつかの意味を持っている一方。

正直に話して、私は、箱にいるかどうかそれほど分かりません。私は、私の姿が存在すると確信します。私は考えています。私は空想しています。それは証拠である、私の独自性を示すこと、呼ばれる、自我あるいは意識、あるいは心、固体ですしかし、独自性はありますか、本当に箱で囲まれる?それが別のスペースで浮かんでいることはありえますか。私はそのような疑問を除去することができません。

恐らく、私がここでであるものは、宇宙に結局浮かんでいるか、あるいはマリアナ海溝の底に横になっています。あるいは恐らくキラウエア火山の穴から下降して行くこと。

私には、箱(私を囲んで)がどのようにか知る方法がありません。私の感覚はすべて死んでいます。私は、ここに、箱の内部があるかどうか判断することができません。

私は、本当に生きているように、それに加えて、確かではありません。私には、そんな単純なものを確認する方法がありません。恐らく、50%の見込みは私を越えて既に通過しました。恐らく、私は既に死んでいます。私はまだ、恐らく生きています。浅くて、筋弛緩剤を注入された、呼吸する、弱い心臓の鼓動。あるいはそれらのすべての停止(単に去る肉大型丸薬)。

私は私自身の身体をコントロールする任意の能力を奪われます。誰が私の心が重大な活動を継続する身体に存在すると言うことができますか。五感は完全な暗さで毒されました。それらは感覚器として機能することができません。私は、真実を知る見込みがありません。恐らく、どんな推測も一人で作り上げられます。私を包む状況および自分独自性は恐らくプログラムされた回転プレーのコンポーネントです

私の存在に関して、私は振る舞いを決定することができません。私は、それを認めることを嫌いますしかし、私は変動の最中です

私は、誰かが私を見つけることができたらと思います。私は、誰かが箱を開くことができ私がいかがか言うことができた、らと思い、私がどういう人か決めることができました。私の内側にそうするのに十分な力はありません。私ができるのは孤独の中で震動し続けることです

もし神ならば、私は言うことができるでしょう「そこにさせる、軽い。」私は、それが不可能なことを知っていますしかし、私は、私がそのように言うことができたならばどれくらい素晴らしいだろうか思わざるをえません。

私自身の自由意志!それは、自分を取り巻くすべての変動を固定することができました!

同時に、切望は影を生産します。箱が開かれるなら、私は見つかり観察されましょう。その結果、私の姿は決定されるでしょう。実を言えば、私は決定を心配しているという事実から視線をそらすことができません。

一人で生きているか死んでいるかどうか判断することができませんが、私は死を恐れています。残念ながら、私は死者として決定します。私は受理することができません。まだ、私は感じることができません。私は特定の現象として死を想像することができません。恐らく、そのため、私は死を恐れています

いいえ、それは私に制限されるべきではありません。高潔なキング。致命的な殺害者。規則的な人々。すべての同じ。恐らく、悪い疾病の年上の人々あるいは患者は、十分に真実の死に近いある想像を持つことができました。しかし、それでも、死の特定の経験を知ることができません。

結局、死は圧倒する重要性を備えた最終仕向地です時間意識は絶対的な不可逆性を持っています。死にはさらに変更することができない完全無欠さがあります。それが儀式の通過点あるいは顕著な印象的な出来事でも。

私自身、ここの私の心はそうです、そのときは消えられるだろう、どれ、私がいかがかが決定されます。それらが生ぬるい水(私はその中で温度を感じることができない)から奪う場合、私は、大気に身をさらさないようにはすることができません。

私はそのような不可逆変化を恐れています。それは死の決定に制限されていません。さらに、非常に心配しているので、私は生きていて決定されます

自分現在存在は、無限ポイント上に立っている小さく小さな幻覚に似ています。それほど大きくない。それほど小さくない。それほど長くない。それほど短くない。拡張はありません。収縮はありません。ユニークな単一のポイントで立っていること。それは数学上正確です。私は、自分同一性に関する混乱があるそのようなポイントでとどまるゴーストのようなものです

ポイントは同時(ある位置で既存でない)に座標の飛行機ですべての位置で存在します。ある出来事が生じれば、その瞬間においては、それは、すべての地空(あたかも私の招待がバスから降りるかのように、出来事がその中で生じた)中の単一のポイントに私を集中させるでしょう。関係なしで。ポイントと私がものだったとしても。

幻覚(それはそのようなポイントでとどまった)は、等しい程度に対して、実際で霧のように消されているの可能性を持っています

さて、私はすべての配当通過時間の中で既存です。そして、私はすべての自然を持っています。同時に、私は孤独からそれを受けています、私はすべての自然から離れています。私は、誰かが私を見つけることができることを望みます。同時に、私は非常に心配しています、私はどこにいてそれ、私はその瞬間にいかがでしょうか。

私は原因と結果の法則から解放されました。私は常に永久に決定しません。

2011-09-07

ねこきもち

箱の中がすっかり暗くなってしまってから、もう随分と時間が経ちました。

入れられる以前に小耳に挟んだことなのですが、どうやらこの箱の中には猛毒の入った小瓶が置かれているそうです。小瓶は口を溶接されて密閉状態にあるものの、すぐ側には振り上げられたまま固定された金槌が設置されていて、その金槌とある時間がきた途端に振り下ろされるのだそうです

そのとある時間なる時がいつを指すのか、私には全くわかりません。いまこの瞬間にもその時が来ているのかもしれないし、あるいはもっと先のことだったり、考えたくないことではありますが、もう過ぎてしまったことだったりするのかもしれません。金槌は誰の影響を受けるでもなく、独立した一つの事象として、完全な確率五十パーセントで振り下ろされることになっているのです。小瓶は割れてしまうのかもしれないし、割れないままかもしれない。私は死んでしまうかもしれないし、生きたままいられるのかもしれない。

まったく、とんだ状況の中に押し込めてくれたものです

激しい憤りを覚えずにはいられません。私の生死という何よりもの大事項が、私はもとより誰からの手も離れて、唯一、五十パーセントなどという無機質極まりない確率だけに委ねられているなんて。ほとほと酷いにも程があるのではないのでしょうか。

加えて理不尽まりないことに、この五十パーセントという確率をより厳密なものにするために、箱に入れられた私には様々な枷が与えられたのです

例えば視覚について。小瓶と装置が見つかっては壊されかねないとのことから、箱には完璧な遮光が施されることになりました。完璧な暗闇。暗黒と呼んでも差し支えのない暗さが用意されたのです。よって私には、少し先の様子はもちろんのこと、私自身の輪郭さえ視認することができません。そこに本当に私の身体があるのかどうか、馬鹿げた話ではありますが、疑いすら持ち得てしまえる暗さなのです

また聴覚についても、同様の理由からか、自ら発した声さえ聞きとれない程に徹底した遮断が施されています。どのような原理が働いているのかは不明です。そもそもなにも見えないのですから、確認のしようがありません。ですから以下は推測になりますが、もしかしたらここに入れられる前に鼓膜を破られたのかもしれないし、あるいは箱を形成する外壁に特殊な吸音板が使用されているのかもしれません。

兎にも角にも、防音吸音共に優れすぎた暗い箱の中で、私の視覚聴覚は文字通り死んでしまっているのです

極めつけとばかりに、全身を支配する身じろぎひとつ取れない虚脱感もまた、私に与えられた枷のひとつでした。暴れないようにとの理由から、箱に入れられる際に何かしらの弛緩剤を投薬されたのでしょう。半ば強制的に同じ姿勢のまま横たわらねばならなくなったので、次第に皮膚感覚麻痺していきました。

何も見えないし聞こえない。嗅覚も味覚もあてにならない上に、触覚までも機能不全に陥った。つまるところ私は五感を全て支配されてしまった木偶のような有様を晒しているのです非情まりない状況です。これほどまでに不自由を徹底するくらいなら睡眠薬を投与してくれたらよかったのにと思わずはいられません。一つも外傷を与えられないまま生殺しにされている気分なのです。私という生命存在について、これ以上ないほどに蔑ろにされているという屈辱感が、辛うじて私の精神を狂わせず律してくれているのです

私は、私の生命を、その生き死にを決定する何よりも重大な決定権があからさまに奪われてしまっていることが憎い。生命の存続を決定づける要素というものが、たった一つ、誰から意図から独立した、純粋まりない確率にだけ寄っているという事実が、憎くて憎くて堪らないのです

どうして私はこんな箱の中に入れられなければならなかったのでしょう。こんな馬鹿げた箱の中で、徹底して自由を奪われたまま生死の恐怖に怯えなければならないのでしょう。

こんなに理不尽なことがあっていいのでしょうか。こんなに残酷なことがあっていいのでしょうか。

はいま、とても孤独です。胸にぽっかり穴が開いたとか、むせび泣いてしまうとか、そんな孤独よりももっと深淵にある、一面の虚空とでも言うべき孤独感にやられてしまっているのです。すごくすごく、ものすごくさびしいのです。独りぼっちのまま、永劫の暗黒に投げ出されてしまったものですから絶対零度にも等しい肌寒さに打ち震えることしかできないのです

箱の中からは一切の遠近感が失われています。暗黒だけが広がっていて、どこかにあるはずの小瓶と金槌は当然のごとく、箱の壁も底も天井も全て消えさってしまたかのようです。無論、実際にはそこにあるのでしょう。けれども、ありとあらゆる感覚器が閉ざされ麻痺してしまった私には、当然のようにそこにあるはずの物ども(実際にはそれ自体に何かしらの存在意義が与えられているはずなのに)が、ないも同然になってしまっているのです

正直に告白しましょう。私にはもう、箱の中に私がいるという前提にさえ自信が持てなくなってきています。確かに私というもの存在している。こうして取り留めもないことを考え、あるいは空想している私の自我ないし意識とか精神などと呼ばれている唯一性は確保されている。けれども、その唯一性が本当に箱の中に閉じ込められているのかどうか。本当はもっと違う、どこか異質な空間を漂っているのではないか。疑念を払拭し切ることができないのです

しかしたら、いまこうしてここにある私は、どこか遠く宇宙の果てを漂っているのかもしれませんし、マリアナ海溝の水底に横たわっているのかもしれない。あるいはキラウェア火山の火口からマントルの方向に向かって沈下しているのかもしれません。

私には私自身を覆う箱がどうなっているのか知る術がないし、五感が死んだままではここが箱の中なのかどうか判別がつかないのです

加えて、いまここにある私が本当に生きているのかどうか。そんなことさえも私には確認する方法が与えられていません。ともすれば私は、二分の一の確率をすでに通り過ぎてしまっているのかもしれないのですから。私はもう死んでしまっているのかもしれませんし、運良く生き残っているかもしれません。弛緩剤を打たれた身体で浅い呼吸と僅かな拍動を続けているのかもしれないし、その全てが停止したままだらんと横たわった肉塊になっているのかもしれません。

私は私自身の肉体を自由にできるだけの力を奪われてしまっているのです。私という思考が生命活動を続ける健全な肉体に宿っているなどと、一体誰が認めてくれるのでしょう。完璧な暗闇に毒された五感は、すでに感覚器としての意義を失くしています。私にはもう本当を確かめるだけの機会さえ与えられていないのです。ありとあらゆる想定は、もしかしたら私自身が作り出した捏造なのかもしれない。私を巡る様々な状況や、そもそもの私という唯一性についても、プログラムされたロールプレイにすぎないのかもしれない。

私という存在について、口惜しいことに、ゆらぎの只中にある私には振る舞い方を決めることができないのです

叶うことなら、誰かに私を見つけ出してほしいくらいです。私を閉じ込めた狭い箱をこじ開けて、私がどうなっているのかを観測して、私の有り様を決定して欲しい。私にはもうそれだけの力が残されていませんから。身動きも取れないまま、孤独に身を震わせ続けることしかできないのですから

全能の神であれば、光あれと呟くこともできることでしょう。無茶な願いだと承知のうえですが、そう告げることができたのならどんなによかっただろうと感じずにはいられません。

自身を巡るありとあらゆる不確定なゆらぎを自らの意思で確定できるなんて!

あこがれは、しかし一方で臆病な陰影を生み出すものです。箱が開かれ、私が見つけられて観測され、結果的に私の有り様が決まることについて、嘘偽りなく告白すると、確定されるいまに不安を感じていることから目を逸らすことができなくなるのです

生きているのか死んでいるのかさえも自分自身では確かめようのない私ではありますが、それでもやっぱり死ぬことは怖いのです。死んでいると決定してしまうことが生理的に恐ろしいのです。どうしても受け付けられない。きっとそれは私がまだ具体的な死という現象を体感することも想像することもできていないからなのでしょう。

いいえ、なにも私に限った話ではないのでしょう。人徳有望な仁君名君であっても、極悪非道殺戮者であっても、遍く存在する人畜無害一般人であっても、誰だってそうだろうと思うのです。年老いた人や、病床に伏せる難病患者であるのならば、もしかしたら限りなく近しい想像を働かせることが可能かもしれません。が、それでもやはり具体的な体験については一生不明なままだと思うのです

結局、死とはゆるがせにできない圧倒的な意味を持つ終着点だと思うのです時間というもの、あるいは意識というものが絶対的な不可逆性を有しているように、たとえそれが儀礼的な通過点や他に類を見ない印象深いイベントであったとしても、決して覆すことのできない絶対的な事柄に違いないのです

私は、いまここにある私という思考は、私を巡る様々な有り様が決まった瞬間にここから存在しなくなります。頭までどっぷりと浸かった、熱くも冷たくもない、温度を感じることのできない完璧ぬるま湯を抜かれてしまって、否応なしに外気に触れざるを得なくなってしまからです

そんな取り返しの付かない変化が恐ろしい。死んでいると決定づけられるだけに限らないのです。私にはもう、生きていると決まってしまうことさえ不安不安でたまらないことなのです

きっといまここにある私は、永遠とも感ぜられる点に留まった小さな小さな幻想のようなものなのでしょう。それ以上広がることもなければ縮まることもない、伸びることもなければ短くなることもない。拡散することも閉塞することもない、数学的に正しい唯一一点に留まったまま自己同一性勘違いしてしまった幽霊のような存在なのでしょう。

その点は、座標平面上の至る所に存在し、同時にとある一箇所には存在していないのです一心同体も同然となった私のことなんて気にも留めないで、ある特定の事象が起こった瞬間に、その事象が起こったありとあらゆる時空間の中のたった一つに、まるでバスから降ろすかのようにして私を収束させるのでしょう。

またそんな点に留まってしまった幻は、実物になる可能性も、霞となって消え去る可能性も平等に有している。

はいま、どんな時空間にも存在し、ありとあらゆる性質を有していながら、同時にどんな性質からも見放された孤独に苛まされています。誰かに見つけて欲しいと願う一方で、その時一体私がどこにいるのか、どのような姿になっているのかが不安でならないのです

因果の理から放たれてしまった私は、何時迄経っても不確定なままなのです

2011-09-03

人生】何一つ安定なんてない世の中で

こんにちは

今、この時代を生きてくことに関して。

国内だけじゃなく、世界的にも世の中不安定すぎて、

麻痺してきたこの頃だから改めて考えたい。

最近よく聞く「戦後最低」というのは

もう60年くらいも遡ることになるってことも忘れてた。

他にも、「ミリシーベルト」「ドル安円高」「格付け」「被災地」「政治不信

よく聞きすぎて本当の重要性を見失ってきた。

ゆとり世代平和暮らしてきた自分達は、

少しずつ変わってきた世の中の変化に対応できるだろうか。


それでもやっぱり今まで通り楽しく生きたいよね。

変わらないためには変わり続けるしかないんだと思います


やらなきゃいけないのは人の気持ちが集まるところに自分も向かっていく事。

学生会社員社長も、投資家公務員主婦も全体的にどこに向かっているのか。

その先に、人のためになることが待ってる。

次の問題はお金の話、やらしい話だけど現実的な範囲の収入がないと、

いつか人のためには動けなくなる。

生きていくには絶対にこの2つの流れを抑えておかなきゃいけない。

気持ちの流れを汲む訓練は学生時代に、

お金の流れを汲む訓練は社会人になってから


しかし今までやってきたことを、ただただ一生懸命やっていても、

いずれ日本の伝統文化のようにどんどん先細りになってしまう。

例えば20年後、好きな人と一緒に笑ってる姿を、

想像できないなんて悲しいよね。

から最後に大切になるのは変化し続ける覚悟。

自分にもまだない。


でも全ての変化は成長につながってる。

自分の中でひとつの揺るがない答えを胸に生きる。


今の世の中を生き抜くにはシンプルな方が良い。

きっとね。

2011-08-25

君達全員育ちが悪いのを自覚しよう

その友人は「ニート」っていうよりただの「チンピラ」だし

店の予約の件は「コミュニケーション能力で解決した」んじゃなくて「店に迷惑押し付けた」だけだよ




能力的に言っても凄くもなんともない

君達以外のみんなは、店がそういう対応することを思いつかないから・予測しないから・やらないのじゃなくて

思いついてもやらないだけです




他のエピソードも全部そうだけど

君がそのチンピラについて長所のように言ってる部分は

世間では単に「図々しい」「程度が低い」「たちが悪い」といいます




君自身も生まれ育ちが悪くて麻痺してるんだろうけど、

普通twitterアカウントが「友人」にばれたとこから恐喝されたりはしません

それは「あるあるトラブル」じゃなく、お前らだけの特殊なカルチャーです



http://anond.hatelabo.jp/20110825005739

2011-08-16

プログラマー資格制度

プログラムを理解させるには?ブックマークコメントを読んでいて。

ブックマークコメントの中に、「資格」とかのコメントがいくつかあった。

既に情報処理試験とかあって、いろんなIT系資格があるのだけど、プログラマーやってる人なら誰でも感づいているとは思うが、資格など何の役にもたたない、という事で。高度情報処理資格を持っているからと言って、プログラム(その他設計コンサル)が出来るとは限らず、逆に何の資格も持っていないのに、すばらしいプログラムをする人がいる。

まぁ、これら既存IT系資格にある一定の目安にはなるとは思うけれども、万能では無いのも確か。昨今の不況、ITバブル崩壊で、IT系資格資格手当が真っ先に削られたのも、記憶に新しい(弊社だけかもしれないが)。

雇う外注ソフトハウスから派遣されて来た人など、だいたい15分も話せば、どのくらい出来るか、使えるかは判断出来る。これは資格では計れないものだ。

仮に、弁護士行政書士医師など、士制や免許制はどうだろうか?

やはり、使える弁護士がいると思いきや、藪医者もいるわけで。

車の免許はどうだろう?

交通事故は起きるし、無免許運転ははびこっている。

プログラマーはどうだろうか?

例えばトイレ。水を流すのに、最近トイレは、リモコンスイッチを押すと水が流れるが、あれ、プログラムだよね。

例えば炊飯器。米と水を入れて、スイッチを押せば、ご飯が炊きあがるが、これもプログラムだ。

車。ハイブリットや低燃費車が走っているが、あれは電子制御で動いている。

飛行機最近航空機は油圧では無く、フライバイワイヤーだ。

ロケットアポロファミコンにも劣るコンピュータで月まで行ったが、プログラムだ。

先日の中国の高速鉄道事故も、ATCプログラムミス(?)による事故だ。

先日の$oftbank携帯の通信障害は、故意に仕組まれた通信障害だった。

どこにでもプログラムは入り込んでいるし、そのプログラムによって、便利になっている反面、人命をも奪い、都市機能麻痺させる事も出来る。

にもかかわらず、「資格」「免許」無し。

なんでだろう?

介護について考えてみよう。

ヘルパー資格介護士とかいろんな資格が必要だが、世間一般的には、ワーキングプア、もしくはそれに近い悲鳴が聞こえてくる。

なんでだろう?

資格免許を持っていても、それが収入時間に反映されないいい例だと思う。

プログラマー」「SE」と名乗るのは簡単だ。「漫画家」「小説家」と名乗るのと同じように。なんだったら、名刺名前の上にそういう肩書きを書いておけば、「プログラマー」であり「SEである

漫画家小説家と違うのは、漫画家小説家は「売れなければただの無職」という事だ。あっという間に食えなくなる。自分アシスタントをやっていたし。アシスタントでは、ちょっと食っていけなかった(アシスタント作家自身は違うが、それなりに間近で見てはいるわけで)。

プログラマーSEがそうならないのは何故だろう?

誰かがリカバリーしてしまから、では無かろうか。

プログラマーSEが個人事業種の人達だったら、その通りになるだろうけど、多分、半分以上の技術者は、どこぞの会社所属しているサラリーマンだと思う。もちろん、これはこれでメリットがある。営業や経理・総務・庶務等が他の人に分担されている事や、会社などの福利厚生も使えるから

逆に「金の切れ目が縁の切れ目」が使いにくいというのがある。同僚が失敗したり行方不明自殺等というのはこの業界日常茶飯事だが、そのリカバリーは必ず誰かがやらなければならない。そして不思議な事に、それをやる人間は決まっている。失敗したマンガ小説を他の作家リカバリーする、というのはあり得ないのにね。

資格制度免許制度が万能とは言わないが、有効かどうかと言われると、自分には判断出来ない。しかし、前述したとおり、非常にクリティカルなモノを作る場合も有り、無資格なのはそれはどうだろうか?とも思う。

プログラマーSEミスすれば、都市機能麻痺し、人が死に、医療器具が動作せず、電力が起きず、このインターネットすら動かない。TVラジオダメ第1次産業以外のほとんどが停止する事になる。

そんなクリティカル仕事なのに、この士農工商穢多非人非人のような扱いを受けるのは何故なんだろうか?

経営者管理からみれば、次から次へとターゲットが蛆のように沸いて出てくる職業であり、使えるだけ使って、あとは使い捨て、という業界だし。

一度、プログラマーSE自分のやっている仕事がどういう事なのか、考えてみた方が良いのでは無いだろうか?

考える事は出来ると思うよ? だって、「完全動作する事を常に考えている」のだから。それが過失・故意にでも動かなかった場合、どういう事になるかは、簡単に想像出来るよね。

絵描き小説書きや楽器演奏作曲は、小学校の頃、学校で習うから、分かると思うんだけど、【今の現役世代以上】のプログラマーSEは、小学校で習わなかった。この差が非常に大きいのだと思う。

どんな無能経営者無能管理だって、「自分が絵を描けない・難しい」というのは、自分で分かる。なぜなら、義務教育時代にやっていたから。ところがプログラミングSEはどうか。やってないから分からない、わけだ。

あと、拍車をかけているのが、どこかが発表している「情報技術者何万人不足」という発表。この時点で「質」が考えられていない。そこへ、程度の低い派遣業が入り込んで、エライ事になる。そもそも派遣とは、受け側に技術が無いからその手助けに赴くものであって、人身売買では無い。先日も弊社で「組み込み系の低いレイヤーの部分を作るC言語(かなりアセンブラ寄り)が出来る技術者」を要求したのに、実際ソフトハウスから派遣されてきた人間は「C言語ポインタという概念も知らない」技術者だった(どうやら、Windows統合開発環境上においてC#だったら使える、というレベルだったようだ)。もちろん、そんな人員を使えるわけ無いのでその場でお引き取りを願った。こういう、「質」や「ベクトル」に関係無く「頭数」だけでどうにかなると思っている奴らが非常に多い。日本の(少なくとも情報系)派遣や客先常駐の考え方は、間違っていると思う。

そう考えると、ある一定の基準として、質やベクトルを明記する必要はあるのかもしれない、と思う。それが労働時間賃金に反映されるかどうかは分からないが。

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